サープの戦い
初戦を終えて二戦目は、あまり絡みのない若者同士の戦いとなり……三戦目はサープの出番。
相手はやはり好戦派で、先程のユーラの相手ではないが力自慢といった様子の若者。
体躯はサープより大きく、筋肉でがっしりとした体をしていて……加護も相応の受けているんだろうなぁ。
こうなるとただの押し合い、力比べではサープが不利になるけども、サープにはそれを受け流す技術がある。
……が、伝統的な力比べでそれをして良いものか、戦いから逃げるような真似をして皆がどう思うか……そこが心配だなぁと、準備運動をしているサープへと視線をやると、サープは俺の考えを読んだ上で問題ないと、にこやかな笑みでもって示してくる。
そういうことならまぁ、安心して観戦モードに入ることにし……そしてサープと対戦相手が、お互いの肩を掴む形でガッチリ組み合う。
『組み合って組み合ってー……殴る蹴る頭突きとかもダメだよ、力と技の勝負のみ、正々堂々とやり合うように!
それじゃー……試合開始ぃ!!』
そして始まる押し合い……どう考えても相手の方が体が大きく力が強く、サープが押し負けそうに見えるのだけど、不思議なことに押し合いは拮抗している。
……いや、サープの方が余裕の笑みを浮かべていたり、それ程汗をかいていなかったりと、勝っているようにさえ見えてしまう。
一体全体どうしてそんなことに?
思わず首を傾げてしまっていると、隣に立っていたユーラが肘でコツコツとこちらの腕を突いてきて……サープの腕を見てみろと示してくる。
今ここで声を上げてサープが何をしているかを教えてしまえば、それが対戦相手にも伝わってしまう……そう考えているらしいユーラの指摘を受けてじぃっと腕を見てみると、ただ組み合っているのではなく、左右に上下にと腕が動いているようで……どうやらそうすることで相手の力を上手くいなしているらしい。
組み合った状態でそんなこと出来るのかな? なんてことも思うが、相手がここで押してやろうってタイミングで力を抜いてみたり、腕を下げてみたりしているようで……それがあまりにも巧妙なものだから、相手としては踏み込みきれないというか、勢いのままに転んでしまう可能性があるものだから、変な警戒をしてしまい動きが鈍っているようだ。
全力を出せば勝てる、だけども全力を出したら転んでしまうかもしれない。
どうにか相手の隙を突きたいが、隙が全く見えず……そうこうしているうちに体力を消耗してしまう。
一方サープは、休むべき所は休んでいるというか、余計な力を入れてないために消耗は少ないようで、余裕はまだまだ残っているようだ。
いや、実際どうかは知らないが、少なくともそう見える……ポーカーフェイスってやつなのか、その顔から余裕の笑みが消えることはない。
懸命に応援しているビスカに微笑みを送る余裕まで見せる始末で、それがまた相手の神経を逆撫でしてしまうのだが、そうやっていきり立った相手をサープは、待っていましたとばかりにいなして消耗させていく。
さながら闘牛士と言ったら良いのか、巧みに華麗に相手を消耗させていき……それでいて、傍目にはしっかり力比べに応じているように見える。
少なくとも周囲からブーイングというか、非難の声は上がっておらず、むしろ、
「おお! 久しぶりの名勝負じゃないか!」
「さっきのユーラも良かったが、サープもやるなぁ!」
「互角の押し合いのほうが盛り上がるってもんだな!」
「サープのことだから変な小細工使うかと思ったが、いやぁ大したもんだ」
だのと声を上げての大盛りあがりだ。
実際には小細工を使いまくっているのだけど、それを周囲にバレないようにしているという小細工をしているおかげで、場が冷えることはない。
たまに口が動いているのを見ると、こちらに聞こえない程度の小声で挑発もしているようで……相手の顔がどんどん真っ赤になっていく。
顔だけでなく体も真っ赤になって、汗が吹き出し、血管が浮かび上がり……それでもサープを押し切ることが出来ないようだ。
そして……ある瞬間から糸が切れたように相手から力が抜ける。
体力が尽きたのか気力が尽きたのか、その両方か……脱力し倒れそうになった所をサープが一気に押し切って、円の外へと押しやり、相手はそのまま尻もちをついて倒れ……立ち上がる力もないのかそのまま呆然としてしまう。
『勝負あり! サープの勝ち~~!』
シェフィの軍配が上がって勝負が決し、場が一気に沸き立って大歓声が上がる。
長い試合だっただけに満足感があるというか、達成感のようなものがあり、観戦している側としては最高に楽しめる内容だったと言えるだろう。
それすらもサープの計算のうちなのか、両手を振り上げたサープはたっぷりと歓声を浴びてから、余裕の態度と表情でこちらに戻ってきて……駆け寄ってきたビスカとイチャイチャし始める。
その姿を見て声をかけようと思っていた俺とユーラが半目で声をかけるのを止める中、好戦派の一団が鋭い視線をこちらに向けてくる。
好戦派としては2連敗……表向きには正面からの力押しで負けてしまった形で、自慢の体と力が通じなかったことが余程悔しいのか、物凄いというか今までに見たことのないような表情となっていて、こちらへの敵意を隠さずにむき出しにしてくる。
……うーむ、こちらを敵視されても困るというか、何というか……。
もし本当に開戦したいというのならその口でもって族長や長老、家長達を説得すべきであって、俺達を敵視したからどうこうなるもんでもないのになぁ。
いやまぁ、その説得の糸口というか、きっかけとして愛し子である俺達というか、俺に勝ちたいのだろうけども……うぅむ、そんな態度では上手くいくものもいかないだろうに。
そんな風に俺達のことを睨んでいた好戦派達は、何があったかコソコソと内緒話を始めて……そしてこの場から去っていく。
俺の試合はまだ少し先で、好戦派の面々の試合も先で……それまで休憩、という訳ではないんだろうなぁ。
あの顔に、あの態度……良からぬことを考えてなければ良いけども、なんてことを考えた俺はとりあえず、自分の番に向けて気持ちを切らさないためにも、これから行われる試合へと意識を向け直すのだった。