追加の対策
楽器を作って音楽を普及させた効果は、予想していたよりもかなり良いものとなった。
音楽がそれだけの力を持っていたというのもあるのだけど、それ以上に俺が思わず、演奏が上手ければモテるとか、以前の世界ではそうだったとか、そんな余計なことを言ったのも影響していたようで、これにはアーリヒも驚いていた。
彼らは若者、まだ狩りにも出ていない未成年ばかり。
結局の所、最大の関心事は色恋ということのようで……こればかりはどの世界でも変わらないのだろう。
そういう訳で全て解決……と、行けば良かったのだけど、まだまだ解決とは言えない状況で、若者達をまとめ上げていた首謀者というか、若者のリーダーのことが未解決のままだった。
彼は楽器に興味を示しながらも手に取ることなく、そんなことよりも沼地の連中をなんとかしなければと、元気いっぱいに声を上げ続けていて……どうやらまだまだ諦めるつもりは無いらしい。
言動が一貫している点は褒めたい所だけど、味方がほとんどいない孤軍奮闘の状態で、意地を張り続けていることは褒められたことではなく……彼のそんな態度には両親を始めとした家族一同も気を揉んでいるようだ。
もう仲間はいないのだから大人しくしていて欲しい、変なことをやらかす前に反省し、考えを改めて欲しい。
そんなことを考えて両親はアーリヒや長老達に相談しているようだけど……アーリヒ達にもどうしたら良いのか、分からないようだ。
何もしていない訳ではない。
その彼を呼び出し、説教をしたり宥めたり……出来る限りのことはしている。
だけども彼がその考えを改めることはなかったようで、楽器の他に何か無いかと、そんな相談をされたりもした訳だけど、何かと言われても困るよなぁ。
楽器はただの思いつき、ここまで上手くいくなんて思ってもいなかった苦し紛れみたいなものだ、更に他の案と言われても本当に困ってしまう。
しかしまぁ、あれかな、昔から若者の行き場のない情熱を発散させると言えば……。
「……体を動かす何か、ですかね。
力比べとか、相撲みたいなお試合とかで大会を開いて……とか。
あ、相撲って言っても分からないですよね、えぇっとお互いを殴る蹴るを禁止して、ルールをしっかり固めての対決と言いますか、喧嘩みたいなものですね。
転んだり膝を地面についたりしたら負け、戦いの場から押し出されても負け……勝てば何か景品が出る、とかなら、若者も夢中になってくれる……はずです。
特に彼は力自慢なんですよね? そして意地を張っているせいで若者の中で孤立しつつある……なら、周囲が彼を見直すきっかけみたいなものがあっても良いと思うんですよね」
演奏を終えてコタに戻っての休憩時間、話があるとやってきた長老衆の一人に件の若者のことを問われてそう返すと、長老はうんうんと頷いてから、あぐらからゆっくり立ち上がり、皆に相談してみるとコタを出ていく。
それを見送ってから掃除などの家事をしていると、思っていた以上に早く帰ってきて……相撲のような形の力比べ大会を開催することが決まったことを知らせてくれる。
……まさかさっきの今でもう開催までこぎつけてしまうとはと驚いていると、長老はゆっくりと詳細についてを語っていく。
ルールは大体相撲と同じ。
景品は長老衆が用意した狩猟用の槍、これから成人の儀として狩りに出ることになる若者にとってはありがたいものだろう。
そして……、
「お前さん達にも参加してもらうぞ。
なんだってまだまだ若く冴えないヴィトーにあれこれ決められなきゃならんのだと反発心を抱いている連中も多い。
ここは一つ、その実力を見せてやってくれたら、色々な面倒事が減ってくれると思うんでのう」
なんてことを言い出す。
「……いや、あの、俺、精霊の愛し子なんですけど?
しかもレベルアップもしていますし……まだ狩りに出ていない子達の大会に出るのは大問題というか、勝負にもならないんじゃ……?」
「だからその差を見せてやれと言うておる。
儂らにレベルアップとやらがどういうものかは良く分からんが、精霊様の加護であればそれなりのものなのだろう?
それを見せつけてやれば大人しくなる子も多いだろう。
儂らにもその強さを見せてくれたなら、村の将来は安泰だと安心することも出来るしのう」
俺が言葉を返すと長老がそんなことを言ってきて……そしてコタの中の、専用のクッションの上で寝転がっていたシェフィが声を上げる。
『レベルアップしたヴィトー達はつんよいよー!
レベルが上がれば運動をしなくても筋肉が衰えにくくなる、体のあちこちが痛むことがなくなる、怪我をしたりした時に治りが早くなる、その上、ステータスボーナスまでもらえちゃってる。
……あれ? まだこの話してなかったっけ? レベルアップしたらしただけ、身体能力が向上している訳だけど、これはステータスボーナスによるものなんだよね。
ヴィトーの素の力の強さを仮に50としたら、そこにボーナス15が乗って50+15になってる……みたいな。
まぁ、実際には人間の体とか動かし方ってのはもっと複雑で、そんな簡単に数字で表せるものじゃないんだけど、イメージね、イメージ。
ヴィトーはちゃんと毎日懸命に働いて鍛錬もしているから、加護とかなくても普通に動ける体してて、精霊の愛し子ってことで頑丈で、かつステータスボーナスがあるから、腕自慢の大人相手でも負けないと思うよー』
そんな話を聞いて俺はますます参加する訳にはいかないと思うのだけど、長老は自分の膝をパンッと叩いて、むしろ今の話を聞いて参加させる気が増したとばかりに笑って立ち上がり……そのままコタから出て行こうとする。
それを止めようとすると長老は振り返り、
「話を聞いて改めて決めた、ヴィトー達にも参加してもらう。
その上でお前達のような強者になれると聞けば、若者達の向上心も盛り上がるというもの……精霊様への信仰心も高まるに違いないしのう。
それだけでなくヴィトーが長の相手として相応しいと、しっかりと示す良い機会にもなる……長を娶りたいのであれば、あれこれ言葉を紡ぐのではなく力で語ると良い。
……開催はなるべく早いうちにするから、楽しみにしておくと良い』
と、そんなことを言い捨ててコタから出て行ってしまう。
……そんなことを言われてしまったら不参加とか手加減するとかは許されず……そうして俺は、力比べの大会に参加することになってしまうのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回は若者との邂逅の予定です