長老の問いかけ
ビスカの提案で作られた新しいサウナ。
真新しく綺麗で、新感覚で楽しめるサウナということで、あっという間に大人気になったのだけど、ただそのサウナを楽しむだけでなく、ビスカのサウナに負けない新しいサウナを作ろうという、全く予想外のブームを作り出すことになった。
手元には不思議な力を持つ琥珀があり、数え切れない程の不思議な力を使うことが出来るのだから、きっと面白いサウナが出来るはずだ……とかなんとか。
古い……いつも使っていたサウナでその試作が行われ、それから色々なサウナが体験出来たのだけど、塩サウナ程画期的というか、効果的なサウナが発明されることはなかった。
……まぁ、そうだよなぁ、基本的には体を温めたり清潔にしたりするのが目的で、そこにととのうという快感が付随していて……それを強化するためのアウフグース。
前の世界でもあった塩サウナやハーブサウナは既にやっていて、そこから更に新しく気持ちよくとなると……中々難しい。
唯一成功したのは琥珀を使ったミストサウナで、これは中々の好評となった。
琥珀の力で霧を振りまき、程々の温度で楽しむゆるいサウナ。
誰もが熱いサウナを好んでいる訳ではないし、体調によって程々に楽しみたいって時は当然ある訳で……そういう人にはありがたい存在となったようだ。
まだまだ体が弱い子供とか、妊婦さんとかが楽しむにも悪くないようで……その話を聞いたアーリヒが早速、ミストサウナのためのサウナ作りを考え始めたようだ。
……だけども、そろそろ村を移動させるかという話も出ていて、村の移動が先か、サウナ作りが先かはなんとも微妙なタイミングとなっている。
ここは冬営地、冬が終わったなら後にする場所で……より恵獣の餌が豊かな北部に村を移動させなければならない。
もう少しするとこの辺りはかなりの暖かさとなる……そうすると村へ結構な量の虫がやってくる。
更には病気もやってきて……自然は豊かになるのだけど、暮らしやすいかと言うと微妙な感じになってしまうのだ。
北部に行けば気温が下がり、虫なども減り……そして手付かずの餌場も広がっていて、シャミ・ノーマにとって快適に暮らせる場所となっている。
そちらに村を移して、その際に井戸やら厠も作り直して、コタも立て直して……それによって環境が改善されるというか綺麗になるというか、リセット効果も馬鹿に出来ず、村の移動は欠かせなかった。
そのタイミングがいつになるかはアーリヒ次第で……アーリヒも村の爺さん婆さんに相談して、日程調整をしているようだ。
当たり前のことだけど移動には凄い手間がかかる、体力もいる……天候が荒れている時にやるのはリスクが高く、北部の空を見ながら決めていく感じとなっている。
「まぁ、それでも皆なんとなくそろそろかなって察して準備はしているみたいだけどねぇ」
コタの中で、捨てるものは無いかと荷物の整理をしながらそんなことを呟くと、同じく自分の物の整理をしていたシェフィが言葉を返してくる。
『引っ越しは一大イベントだからねー、心機一転! 綺麗な新しい村とお家で楽しい新生活!
衛生面でも欠かすことが出来ないだいーじなイベントだし、恵獣の皆も喜んでくれるし、狩りの獲物もたっぷりだしで良いこと尽くめだよ!』
「あ、そうか、ここらの獣は大体狩っちゃったから、そういう意味でも引っ越しは必須なのか。
……魔獣はもうほとんどいなくなった訳だけど、北部にいけばまだいたりするのかな?」
『魔獣はほとんどいないかな、ただ魔獣に殺されていた獣が殺されなくなったから、獣の数は増えているね。
ちゃんと夏営地の浄化は終わっているから、安全面の心配はないよ。
瘴気が減って自然も豊かになってるし、湧き水も綺麗になってあっちでもきっと良いサウナに入れるんじゃないかな』
「そっか……ならまぁ、後はアーリヒの決断を待つだけかな」
そんなことを言いながら片付けを続けていると、コタの入口から声が響いてくる。
「ヴィトー、少し良いかい?」
それは老齢の男性のもので……ジュド爺とはまた違った声に誰だろう? と、首を傾げながらも「どうぞ」と返す。
すると入口の布をめくって長老衆の一人が顔を出し……シワの寄ったしかめっ面を見せつけてくる。
薄くなった髪を後ろで縛ってまとめて、顔には呪術的な意味があるのか炭での化粧……年は多分70かそれ以上といった感じで、服装は着替えなどが面倒なのだろう、ゆったりとしたローブのような布をまとっている。
シャミ・ノーマにおいて長老衆はあまり表に出てこない。
隠居状態というか、若者のすることには口を出さず、コタの中でゆったり過ごすか、日向ぼっこをしているかのどちらかで、こうやって会話をすることも珍しい相手だ。
「今日はどうされたんですか?」
焚き火の前にクッションを置いて、お茶を淹れるための湯を沸かしながらそう声をかけると、長老はしかめっ面のまま声を上げる。
「……若いもんの一部が逸っておる。
攻撃に向いた琥珀を手に入れて、それでもって手柄を立ててやろう、沼地の連中を征伐してやろうと哀れな程だ。
……精霊様のお力で征伐など許されることではなかろう。
……ヴィトー、お主はどう考える?」
「……それはまた、何と言ったら良いのやら。
少なくとも精霊様がこうして力を貸してくれているのは、浄化のため、世界を救うためで……征伐とかはどうでしょうね。
沼地の人々は魔法に頼って暮らしていて、それを止めるためと言えば理屈は通りそうですが……そもそも精霊様がそれを望むなら、最初から俺にそうさせているはずですし、やらないほうが良いと思いますよ。
……後は多分、そうやって人を害そうと琥珀に力を込めたとしても、中の精霊様が応えてくれないんじゃないですかね」
「……そうよな、琥珀はただの道具ではない、精霊様そのもの。
それを武器のように扱うなど許されることではない……やはり連中にはきつく言っておいた方が良さそうだのう」
「その方が良いと思います。
……と、言いますか俺に聞くんじゃなくて、精霊様……シェフィに直接聞いたら良いんじゃないですか? 何なら説教もシェフィにやってもらえば―――」
と、俺がそう言っているとシェフィがぷかりと飛び上がって俺の頭の上に乗っかり……それを見た途端長老はバッと凄い勢いで頭を下げて、床に伏す。
「せ、精霊様に直接問いを投げかけ、こちらの不始末を押し付けるなど、で……できようはずがなかろう!
無礼にも程がある……!」
そして震える声。
……なるほど、信仰心が高すぎて直接は憚れる訳か。
「……わ、分かりました。
とりあえずシェフィにも異論はなさそうですから、その若い人達については長老衆にお任せします。
それでも駄目そうなら俺が出ていくので使いをよこしてください。
俺も精霊の愛し子としてそういったことは望んでいませんので……その旨も伝えてやってください」
と、俺がそう言うと長老は頭を下げたまま「分かった」と、そう言って……それからシェフィへのお礼と祈りの言葉と、日々の糧に関する感謝の祈りを捧げながら頭を下げたままずずっと、床から立ち上がることなく這い出るような形でずずっとコタから出ていくのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回は長老と若者関連です