南からの
南へと向かって進みながら、地面の様子や周囲に何があるか、彼らがどんな道を好むのかをしっかり観察していき……途中二泊し、更に足を進めていく。
整備された道を進む訳ではなく、獣道を進む上に、ロレンス達はそこまで歩き慣れていない一団、それを追跡するとなると時間がかかるのも当然で……二泊と半程でようやく北限の森の終わりが見えてくる。
木々が密集するようになり、湿度が上がり、気温ももちろんあがって木々や草花の植生ががらりと変わる。
ある意味では自分の中にある森のイメージに一番近い光景と言えて、そんな森を抜けると皆が沼地と呼ぶ一帯が視界に入り込む。
と、言っても森を出てすぐ沼地がある訳ではない、特に何がある訳でもない平原が広がっていて……沼地はここから更に南に進むと広がっているらしい。
ロレンス達の街があるのはそこから更に南で……この平原は国境地帯というか、中立地帯というか……とにかく俺達と彼らの領域の中間にある緩衝地帯のようなものとなっているらしい。
俺達が手を出すことはないし、ロレンス達も手を出したりはしない……もし仮にこの平原に街が出来たなら当然シャミ・ノーマの皆は警戒し、見張るようになるし、場合によっては衝突が起きることもあるだろうしで……中々の広さのこの平原に何も無いのはそういった理由からなのだろう。
「……随分と無駄な時間使ったッスけど、道が特定出来たのは良かったッスね。
開けて歩きやすい場所ばっかりだったッスから、皆で整備したならあっという間に終わるはずッスよ」
森の終わりで木の陰に隠れながらサープがそう言って……平原を進んでいくロレンス達の背中を見送りながら言葉を返す。
「そうだね……道を整備して柵を立てて、看板で道から外れるなと警告して、柵の外には罠を設置。
……春いっぱいあればなんとかなる……かな?」
するとユーラが、
「なぁに、村の皆も精霊様の加護を受けてるんだ、そんな仕事あっという間に片付けられるだろうよ」
と、そう言ってきて、俺の背中をドンッと叩いてくる。
それからわっはっはと笑い、ここまでの道中に作っておいた休憩拠点へと足を向け始め……サープと一緒にそれを追いかける。
「あ~~~サウナ入りてぇ」
「毎日入らないと安眠できないんスよねぇ」
「村に戻ればすぐに入れるよ」
ユーラ、サープ、俺の順にそんなことを言いながら足を進めていき……ラーボを建ててある拠点についたなら、それらを畳み、背負えるようにロープでしっかりと縛っていく。
今回は追跡が目的なので恵獣は連れてきていない。
自分達で荷物を運ぶしかなく……歩き詰めの遠出でのそれは中々過酷だったが、精霊の加護で身体能力が強化されているからか、疲労感などはそれ程ではない。
疲労よりも強い湿気での汗や汚れの方が気になっていて……早くサウナ入りたい入りたいと、それだけを考えながら荷造りをしていく。
『皆、もうちょっとだよ、がんばれー』
と、一緒に来てくれたシェフィは、なんとも呑気な声を上げていて……夜になると精霊の力で村に帰り、アーリヒ達とサウナに入っているらしいシェフィのことを半目で見つめてから、荷物を背負って村へと向かって足を進めていく。
村までの道のりは目印……木の枝とかに縛り付けた布を見ていけば問題ないだろう。
……そうやって足を進めている時だった、3人の頭の上をふよふよと呑気に浮いていたシェフィが突然動きを止めて、南へと視線をやる。
何か……恐らく魔獣が南から迫ってきていると、シェフィの態度と表情が示していて、すぐ様俺達は荷物を手放し、それぞれの武器を手にする。
俺は猟銃、ユーラとサープはシェフィに作ってもらった特製槍。
槍自体は前々から作ってもらっていたが、今回のはそれぞれに合わせたオーダーメイド品だ。
ユーラの槍は持ち手も金属で出来ている、重く大きく、槍というよりも鉄の棒と言った方が良いような代物だった。
それに精霊が作った頑丈な布を巻き付けて、寒さの中でも握れるようにしていて……穂先は太く長く、一撃で魔獣の心臓を貫けるようにしたらしい。
サープの槍は持ち手は木で、前の槍とは変わらないけども、穂先が特注品となっている。
先端は突きやすいように今までの槍と同じ形だけども、刃と言ったら良いのか、横の部分がまるで日本刀のように煌めいていて……切れ味を増させているらしい。
サープはユーラに比べれば力がない、そもそも戦闘方法がヒット&アウェイで一撃にかなりの力を込める突き攻撃向きではない……ということで、シェフィと相談して作ったのがその穂先らしい。
それでもって相手の血管などを切ったなら逃げ回っての出血死を狙う形になるらしい。
突きでトドメを刺すのは相手が十分に弱ってからにするそうで……確かにサープに合った戦い方かもしれないなぁ。
それぞれが自分に合った武器を構えて南の方を睨み、どんな魔獣がやってくるのかと警戒していると、シェフィが一声、
『来るよ』
と、声を上げ、同時に物音がしてきて何かの気配が迫ってきて……そして全く予想もしていなかった姿の魔獣が現れる。
「え? いや、え? 魔獣かこれ!?」
と、俺が声を上げながら猟銃を構える中、ユーラとサープが駆け出して、それぞれ槍を振るってそれに襲いかかる。
……それは歩く植物だった。
木ではなく草花の類……根を足とし、体は細く柔らかいらしい茎、手のように枝葉を何本も生やしていて、顔のような部位は存在しない。
目も耳も鼻もない、本当に植物そのものが歩いているといった印象で、瘴気で変異した姿なのだろうということは分かるが、果たしてこれを魔獣と呼んで良いのやらと思ってしまうような見た目だ。
普通の植物と違って葉の形が凶悪というか、手裏剣を思わせる形になっていて、実際手裏剣のように何かを切ることも出来るようで、こちらに向かってくるのに邪魔な木々の枝などを枝葉を振り回すことで切断しまくっている。
沼地からやってきたのか、他の場所からやってきたのか……沼地からとなるとロレンス達はこれとすれ違った訳で……うぅん、無事なんだろうかなぁ。
いや、今はそんなことを考えている場合ではないかと軽く頭を振ったなら狙いを定め……静かに引き金をひいて弾丸を発射する。
動き回る細い枝にしっかり当てられるかは不安だったが、冷静になれているおかげか無事に命中し枝が吹き飛んだ……が、血が流れ出ることもなく……そもそも痛覚があるかも怪しいその植物の化け物は、ダメージを気にした様子もなくこちらに突っ込んでくる。
そもそも枝は他にもある、1本2本潰したとしてもまだまだ攻撃は可能で……枝ではなく幹を狙うべきだったかと後悔しながらの再装填を行う。
そうこうするうちにソレが接近、ユーラとサープが同時に槍を振るい、ユーラの槍は幹に命中して斬るのではなく幹を折り、サープはユーラに迫っていた枝葉を次々に切り払う。
ユーラは幹を斬るつもりだったのだろうけど、草花のような存在だからか軽く細い幹は斬れる前に折れてしまったようで……折っただけでは倒せないらしく、折られ飛んだソレがゆっくり立ち上がり始める。
サープに結構な数の枝葉を切断されたのも全く問題ないらしく、残った枝を武器のように振り回し、元気いっぱいだ。
「……しょ、植物のモンスターってこんなに厄介なんだなぁ」
と、そんな声を上げながら装填した俺は、ユーラとサープに射線から離れるように指示を出し……それから引き金をそっと引き、装填した一発弾ではなく散弾をその化け物に叩き込んでやるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はこの続き、VS植物です。