畑の様子
『クククク、自然の象徴たる我ら精霊に対し、自然の力で満ちた場所での隠し話とは笑止千万』
『……まぁ、せめて岩場とか洞窟とかでやるとか、結界くらいは張らねぇとな』
『えぇっと? ……クックック、丸聞こえだったよ?』
「何してんの? 3人して?」
アーリヒとのお茶タイムを終えて、花モグラ恵獣のグオラが作ってくれた畑の様子を見に行くことになり、地下へと続く階段を進んでいる中、急に頭上の三精霊がそんな会話を始めて、俺は首を傾げながら声をかける。
するとシェフィは手を顔に当ててなんとも怪しげに『クックック』と笑って見せてから……ロレンス達がどんな会話をしていたかを報告してくれる。
「ふぅん……まぁ、貴族で政治家って言うんだから、そのくらいの考えは持ってもらわないとだよねぇ。
裏表ない人だと議会を戦い抜くのも大変だろうし、戦い抜けない人を味方にしちゃっても困ったもんだし……。
浄化を進めるためにも、シャミ・ノーマのためにもロレンスには頑張ってもらわないとね」
と、俺が返すとシェフィは満足げにうんうんと頷き、ドラーとウィニアは少し意外そうな顔をする。
だけども悪くはないと思ってくれたのだろう、嬉しそうに笑って飛び回り始め……そんな精霊達を眺めながら階段を降りていく。
すると驚いたことに、ある程度進んだ所で土の匂いがしなくなり、緑の草花の匂いが辺り一帯に充満し始め……そして土の階段と天井と壁が緑に覆われていく。
蔦が這ってそこから葉が生えて、土が見えないくらいに緑で覆われて……そして精霊の力なのだろう、温かな光を放つ木の実があって、それが周囲を照らしていて……その先には木製のドアが立っていた。
地下に畑を作るとは聞いていたけども、まさかこんな光景になるとは……予想していた光景と全く違うというか、別世界ってくらいに不思議な空間になっているなぁ。
一応ノックしてからドアを開くと、これまた予想とは全く違った光景が広がっていて……広々としたドーム状の空間が出来上がっていた。
その中央には大きく太い木が立っていて、どうやらそれが柱代わりらしい。
天井に届きそこから枝を左右に伸ばし、枝全体でもってドーム状の天井をしっかり支えていて……やはり木の実が照明代わりに周囲を照らしている。
そんな木の根元には地下水のものなのか川が流れていて、その川の左右にかなりしっかりとした、一目で畑と分かる畑が広がっていて……そしてその中央で花モグラのグオラが懸命に畑の世話をしている。
その爪で土を耕したり、どうやったのか背中に背負った木の桶で水を運んだり……肥料のようなものもそれで撒いているようだ。
「……精霊がかなり頑張ったみたいだね?」
明らかにグオラだけではこの空間は作ることが出来ない、どう考えても精霊の力が働いている。
そもそも天井が高すぎる、ここまでの階段もかなりの段数だったけども、それでもそこまで深く地下に潜ってはおらず……多分だけど空間が歪んじゃっている。
ちょっと手助けしたとかじゃなくて、かなりの力を貸してしまっていて……下手をすると俺よりも精霊の力を借りている可能性がある。
『あー……うん、そうだね、しかもこれ多分だけど複数の精霊が力を貸しているみたいだね。
……南の方がやばくてどんどん精霊の力がこっちに流れ込んでるってことなのかな?
……まー、こうして立派な畑が出来ること自体は悪いことじゃないでしょ、外とは比べ物にならないくらい暖かくて、環境は穏やか、きっと虫や病気も寄り付かないんだろうから、安定した収穫が見込めると思うよ』
と、シェフィがそう返してきて……俺は「なるほど」と頷いてから言葉を続ける。
「大雨や台風の心配がなくて、病害虫害の心配がなくて……木の実の光が太陽光と同じならずっと晴れているのと変わらないって訳か。
それでこの広さ……村人が食べるには多すぎるくらいの収穫量になりそうだねぇ」
広さ的にどのくらいなのか……田んぼで言うと10反か12反くらいの広さ?
恐らく気温は変わらず一定で、一年中作物を育てることが出来て、ある程度好きなタイミングでの収穫が可能。
多分だけど精霊に預けておけば腐ることもないんだろうし……割ととんでもない食料生産基地が出来上がりつつあるなぁ。
そしてその目的もなんとなくだけど見えている。
これはシャミ・ノーマのための畑ではないのだろう……いや、一部の作物は回してくれるのだろうけど、俺達の村のためだけというのならこの10分の1とかのサイズで良いはずだし、他の狙いがあるのは明白だ。
これから南の地域では大変なことになる……そしてそこにも恵獣がいて精霊がいて、多くはないけどもそれらに寄り添う人々もいるはずだ。
そういった人が助けを求めてきた際にこの畑の作物があったら……とか、ヴァークやロレンス達との取引材料にもなるだろう。
つまりはまぁ、この畑は俺達のとかではなく、こちらの世界に介入したがっている精霊達の畑なのだろう。
グオラが手入れをしてはいるが、グオラの畑ではなく……グオラは畑を委託された管理人みたいなものなんだろうなぁ。
……もしかしたらシェフィ達が生まれ、暮らしていたという精霊の世界には、こんな光景が当たり前に広がっているのかもしれないな。
照明代わりの木の実に、壁紙代わりの蔦と葉っぱ、そして花モグラのような不思議な生き物もいて……数え切れない程の精霊があちこちを飛び交っている世界。
いつかそっちにも行ってみたいと思う反面、とんでもなくファンタジックな光景が広がっていそうで恐ろしくもあるなぁと思う。
……目の前で光っている木の実とか、科学知識と正面衝突していて、中々理性が受け入れてくれず、目を逸らしてしまっている自分の小物っぷりを思うと、あちらの世界に行くのは難しいのかもしれない。
「何にせよ、こんな畑があるなら食料の心配をする必要はなさそうだね……」
『そーだねぇ、その心配はないけども、他の心配はあるかもね?
世話まではグオラが出来ても収穫となると難しいだろうから、そこら辺はヴィトー達が手伝ってあげないとだよ。
トマトとかああいうのをグオラの手で収穫っていうのは難しいだろうからさ、その時は村の皆で手伝いに来ないとね』
なんとなしに呟いた俺の言葉にシェフィがそう返してきて……俺はその心配もあったかと改めて畑を見回す。
だだっ広く、かなりの作物を植えられそうで……これ全部を収穫となったら大仕事だ。
「……その時は暇な人は全員参加じゃないと大変だろうねぇ。
……まぁ、うん、それでも食の心配がないというのはありがたいことだよ、後でアーリヒ達にもこの光景を見せてあげないとだね」
と、そう言ってから俺は未だにこちらに気付かず頑張っているグオラに声をかけて……それからグオラが運んでいた木桶を手に取り、少しの間その仕事を手伝ってあげるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
出立のはずがこんな話に
出立はまた次回に!