ロレンスという男
――――話し合いの後に ロレンス達
族長アーリヒ達との話し合いを終えてロレンス達は、一旦頭を冷やしたいからと村を離れて、森の中の一画……アーリヒ達が安全だと保証してくれた、小さなテント……ラーボのある休憩所へと足を運んでいた。
村を離れる事に対してアーリヒ達は、ロレンス達だけで話し合いたいこともあるだろうと理解を示してくれていて、茶入りのポットや食器、ちょっとした食べ物まで用意してくれていて……ラーボの外にある椅子用と思われる丸太に腰を下ろしたロレンス達は、小さなため息を吐き出してからそれらに手を伸ばす。
今回の交渉の結果、それ自体に不満はない。
完全に交渉を拒否していたアーリヒ達からかなりの譲歩を引き出せたとも言えるし、この状況でこれ以上の結果は出せなかっただろうし……やれるだけのことはやったと、胸を張って言える結果ではあった。
問題はアーリヒ達……以前は見下していたはずのシャミ・ノーマ族が、予想以上の発展をしていたことで、ロレンス達はその事に対し、大きな危機感を抱いていた。
自分達はこれから斜陽を迎える。
魔法頼りの文明が魔法を失えばどうなるかは明らかで……混乱を出来るだけ抑えようと努力はするが、限界があり数十年はその余波が続くことになるだろう。
逆にシャミ・ノーマ族には日が昇ることだろう。
精霊の力を得てたったの数ヶ月でこの結果……聞けば精霊の力で安全に出産が出来るようにもなっているとのことで、数年後に人口爆発が起こることは明らかだ。
魔法を上回る圧倒的な武器を手に、どんどん人口を増やし支配地域を増やし……それらを支える食料や医療などは精霊の力でなんとかしてしまう。
とんでもない話だ、斜陽の自分達の人口などあっという間に追い抜いてしまうことだろう。
そう考えてロレンス達は、今度は大きなため息を吐き出す。
実際にはアーリヒ達はそこまでの拡大を考えてはいないし、精霊の力頼りの人口爆発などさせる気はないし、ましてやそれらを頼りに沼地に手を出そうなど考えてもいないのだが……ロレンス達にはそれが理解出来ず、身勝手に暗い気持ちに沈んでいく。
「……いっそ精霊とやらを奪っちまえば良いんじゃねぇです? あの力が手に入りさえしたら魔法がなくなってもどうにでもなるじゃねぇですか」
護衛の一人がそんな声を上げ、他の面々がそれは良い考えだとか、地獄の中で光を見たと弾む声を上げる……が、ロレンスだけは暗い顔のまま言葉を吐き出す。
「どうやって……?
そもそも精霊がどんな存在かもよく分かっていないのにどうしたらそんなことが出来る?
……明らかに我々の技術を越えたあんな真似が出来る存在が相手だぞ?
下手なことをして怒らせでもしたら、そんな存在が敵に回る上に、今回の交渉も台無し、シャミ・ノーマを始めとした精霊を信奉する異民族との大戦争になりかねん。
魔法を失い精霊に嫌われたなら来年の畑がどうなるかも分からないんだぞ?
食料なしで四方が敵、そんな大戦争をしているうちに他国が彼らと結びでもしたら、滅亡は約束されたようなものだろう」
それを受けて提案をした男は不服そうな顔をし……大きなため息を吐き出したロレンスは立ち上がって腰に下げた剣を抜き、その先端でもって男の肩を刺す。
刺されて男は一瞬何をされたか理解が出来なかったが、すぐに痛みと熱が体を襲ってきて、悲鳴を上げながら地面に転げ、這々の体でロレンスから距離を取り始める。
「殺しはしないから安心しろ、そのおかしな考えを実行出来ないように念の為のしつけだ。
その怪我なら勝手なことも出来ないだろう?」
まるでなんでもないように言い放つロレンスの態度は、先程までの……シャミ・ノーマの村での態度とは全く別物で、もう一人の護衛は顔を青くしながらも何も言わず……抗議の声も疑問の声も上げずに、ただ息を呑む。
ここ数日の経験が衝撃的過ぎて忘れかけていたが、ロレンスは貴族の家の生まれ……幼い頃から特別な教育を受けてきた特別な人材だ。
頭と体を徹底的に鍛え、貴族としての倫理観だけを育て、判断は冷酷で迅速、平民の命など何も思わずに奪うことが出来る。
実際に今も至って冷静なまま、血で汚れた剣の手入れを始めてしまっていて……手入れが終わったなら丁寧な仕草でもって剣を鞘に納め、再び丸太に腰を下ろす。
「誘拐でも略奪でも、それが国益に付するのなら好きなようにしたら良いがなぁ……その考えの浅さでは国益の『こ』の字も頭に無いのだろう?
圧倒的な差を見せつけられて悔しかったか? 他民族に自国の女を取られて妬ましかったか? 次に馬鹿なことを言ったら腕を落とすからな」
そう言い放つロレンスに肩を刺された護衛は、どうにか上半身を起こしてからこくこくと頷き、
「も、申し訳ありませんでした……」
と、謝罪の言葉を口にする。
それを受け満足そうに頷いたロレンスは、顔を両手で覆い、その合間から口を出す形でため息混じりの声を吐き出す。
「奪うのなら……誘拐するのならあのヴィトーとか言う小僧の方だが、あれは簡単にはいかないぞ。
議会というものを知っていて、そこから我が国の規模を推察出来る賢さがあって、だと言うのに我が国に対する恐れも憧れもない、あの若さでだ。
……それどころかどこか見下すような態度も見え隠れしている。
その程度の制度の国なのかと、まるでそんな態度と言葉選びだった……我が国以上の国を、圧倒的な国力を持つ最先端の国を知っているかのようにも見えた。
この状況を作り出したのは精霊ではなく、あの小僧なのかもしれん」
その言葉を受けて肩を刺された護衛は小声でふてくされるように「なら小僧を……」と言いかけるが、それを言い切る前にロレンスが言葉を続ける。
「蒸し風呂で小僧の裸を見たが、お前の数倍は鍛えていたぞ。
いや、裸を見ずともその立ち居振る舞いで大体察せられるだろう? 体幹、足運び、周囲を警戒する視線、油断の無さ……。
どういう訳かあの小僧、ただ鍛えているだけでなく、かなりの場数を踏んでいるように見える。
10代に見えるのに、30代か40代か……それ以上のような態度だ。
お前如きにはどうにも出来ない相手だと思うがな……? と、言うかそんなに腕を落とされたいのか? それ以上続けるなら本当にやるぞ」
肩を刺された護衛はその言葉に震え上がり、もう一度謝罪の言葉を口にして黙り込む。
もう一人の護衛は終始黙ったままで……そんな中ロレンスはもう一度深い溜め息を吐き出し、どうしたものかと一人で頭を悩ませるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
帰還までいけなかったので次回は帰還となります。