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来訪者の思惑


 沼地からの来訪者の相手は当然族長であるアーリヒがすべきなのだけど、族長と直接会わせる前に何の用事が聞き取りが必要だろうということになった。


 現状、沼地の人々との関係は良いものではなく、こちらとしては改善する必要性もなく、むしろ浄化のことを考えるならば毅然とした態度を取るべき相手と言えて、そんな相手にいきなり族長を会わせるというのは良くないというか、舐められてしまうのでは? という判断だ。


 という訳で、まず相手から指名のあったビスカ、その付添ということでサープ、族長代理ということで俺、そして貫禄出しというか、若い者達だけでは舐められるということでジュド爺が聞き取りに参加することになった。


 最近のジュド爺は若者……というか子供達の教育に熱を入れていて、こんなことに担ぎ出されたことを迷惑そうにしていたが、それでも頼めばしっかり応じてくれて……村の前に急遽建てられたコタが聞き取りの場ということになった。


 皆が揃い次第にそこに向かうと、コタの前で沼地から来た人々が先に待っていて……一番前に立つ一人が胸に手を当てての一礼をしてくる。


 年は……30か、40か。赤混じりの金髪を油か何かで固めてのオールバック。


 生真面目そうな彫りの深い顔をしている男性がどうやらリーダーのようで、後ろには茶髪で荒々しい顔をした、鎧姿の男性二人が控えている。


 金髪の男性の服装は、分厚いマント姿……いや、あれはクロークって言うんだったかん? とにかくそんなもので覆っているのでよく分からないが、チラチラ見えている首元や手にしている、高そうなアクセサリーを見るにそれなりの地位にいる人のようだ。


 そんな男性はビスカを見るなり、ビスカに向けての丁寧な一礼をする……が、ビスカはなんとも怪訝そうな表情で首を傾げている。


 ……知人かと思っていたけど、そうでもないのか?


 いやまぁ、心配してわざわざ来てくれるような深い関係の知人がいるなら、こちらに残らないだろうし、残るにしても連絡なりするはずで、そういったことをしていないということは……。


 なんてことを考えているとジュド爺がくいっと顎を上げて、


「入れ」


 との一言で男性達をコタの中に誘導する。


 それを受けて男性達がまず中に入り……俺達がそれに続いて中に入り、中に置いてあったクッションにそれぞれ腰を下ろし、そうしてジュド爺が声を上げる。


「で? 何の用だ」


 とってもシンプル、警戒心や苛立ちを隠さないそんな態度は、外交の場としては大変アレだけども、以前の商人達のことを思うと先に無礼をしたのはあちらだし、問題ない……のかな?


 そしてそう問われた男性は、どう切り出したものかと悩むような顔を一瞬してから、コホンと咳払いをし、胸に手を当てながら口を開く。


「は、初めまして、私はロレンスという者です……ここから南にある国、アーフラの貴族院に籍を持つ議員でして、アーフラの代表としてこちらに足を運ばせていただきました。

 我々はシャミ・ノーマの皆様との友好を望んでおりまして……今世界を蝕んでいる瘴気と対抗するためにも手を取り合いたいと考えております」


「貴様らが魔法なんてものに頼るから瘴気が蔓延しておるんだろうが、よくもまぁぬけぬけと対抗するためなどと言えたな?

 手を取り合うまでもなく、我らは我らで瘴気を浄化していく……貴様らと手を組む必要などない。

 どうしても手を組みたいと言うのなら、まずは魔法を手放すところから始めたらどうだ?」


 うーん、どストレート。


 交渉も何もない、率直過ぎるジュド爺の物言いに、ロレンスさんの貼り付けたような笑顔が凍りついている。


 そりゃまぁ、こちらの立場からすると正論ではあるのだけど、浄化や精霊に関するあれこれが浸透していない沼地の人々に正論を言ってもなぁとも思ってしまう。


 ……さて、凍りついたまま思考を巡らせているらしいロレンスさんに、助け舟を出すべきか否か……あれこれ考えた俺は、とりあえず話が先に進まないことにはこちらも困るのでと、助け舟を出すことにする。


「えぇっと、初めまして、ヴィトーという者です。

 ……ロレンスさん、浄化などについて話し合う前に、まずはそちらの瘴気などに関する認識と、今後どうして行きたいと考えているのかをお聞きしたいのですが……。

 お互いの方針が分からないことにはすり合わせも出来ませんので、支障のない範囲でお聞かせいただけませんか?」


 そんな俺の発言を受けてロレンスさんは、キラリと目を輝かせながら笑顔を作り上げ、ハキハキとした物言いでこちらの問いに答えてくる。


「分かりました、お話させていただきます。

 まず瘴気に関しての認識ですが、我々……解放派の議員達の間では、目の前まで迫った危機と考えています。

 広がり続けている世界の歪みのこと、増え続けている魔獣のこと、そしてその原因たる瘴気と魔力の関係、それらについての伝承や仮説は、一時期は陰謀のように扱われていましたが、顕在化した危機を受けて実証されたものと考えています。

 この先我々は各地で浄化を進めている、皆様のような方々と手を取り合って浄化を進めていきたいと考えています……が、我々のそうした考えたアーフラ議会の主流とは言えません。

 まずはそこから変えていかなければいけない訳で、そのためにも皆様に協力いただければと思うのです。

 ……たとえばアーフラ議会に精霊様が来ていただけたなら、そのお力を見せていただけたなら、未だ半信半疑の者達も信じるしかないはずで、一気に流れを変えて我らが議会の主流派と―――」


 あー、うん、なるほど、なるほど……そういうことか。


 まず南の沼地の国には議会があるようだ、


 だけども貴族院という言葉から察するに議会制民主主義ではなく、王族貴族などが残った状態の共和制に近い政治形態をしているらしい。


 そして彼らは議会の少数派で……あれこれお題目を語ってはいるけども、その真意を読むなら多数派になっての議会掌握を目的としていると、そういうことだろう。


 そのための手段が浄化であり、精霊の招牌であり、自分達の議席のために精霊を利用したい……と。


 ビスカのことを知っていたのは、精霊や瘴気について研究していた学者……だからかな?


 そんな学者がこちらに根付いたとなったら、なるほど……わざわざ貴族議員が会いに来る価値はある訳か。


 そうなるとかなり胡散臭い話となる訳だけども……だからといって彼らを一蹴するのが良いのかというと、そうではないはずだ。


 いずれは沼地などの浄化もしなければならず、そのための協力者は必要で、彼らを主流派に仕立て、その恩でもって協力させるというのは悪くない考えのはずだ。

 

 彼らに精霊を利用させるのではなく、こちらが彼らを利用する……理想は彼らを傀儡にしてしまうことだけど、貴族だ議会だとやり合っている腹黒さん達を傀儡にするのは、簡単ではないはずだ。


 ……そうなると程々に利用するのが一番、かな?


 向こうは恐らくこちらを舐めきっている……と、思う。


 露骨な嫌悪感を示しているジュド爺の反応なんかは想定済みのはずで……それをなんとかするための露骨な手段、おだてるとか貢物をするとか、そんな見え透いた手段での買収なんかをしてきそうだ。


 逆にそこをついて利用をする……とか?

上手くいくかは分からないけど、やる価値はありそうな……。


「―――もし協力いただければ、相応の金銀や食料などの贈り物の他、可能な限りの便宜を―――」


 あ、うん、早速買収っぽいことをしてきた、ますますジュド爺の顔が険しくなっているけど、構わず買収を仕掛けてきた。


 そうすると……うぅん、どうするべきだろうか? どう利用するべきだろうか?


 不意を打ってこちらに有利な条約を結ばせる? いや、そんなの結んだところで守るかどうかも分からないし、そもそも彼らは議会の主流派でもないのだから、条約が批准されるかどうかも……。


 ……そもそも条約を守らせるためには軍事力なんかの後ろ盾がいる訳だけども、そんなもの……ああ、いや、そうか、工房の力を使えばなんとかなるかも?


 精霊の力が予想以上のものであると見せつけ、それでもってこちらの軍事力が巨大だと誤解させて、彼らには積極的な協力者になってもらい、あちらの議会を侵食してもらうのが一番、かな?


 以前使った爆薬……の劣化版とか、猟銃とかの威力を見せつけるだけでも、かなりの動揺を引き出せそうだ。


 そしてそれを誤解させたまま国に帰らせて議会で宣伝してもらえば……誤解が広がって、という展開もあるかもしれない。

 

 ……きょとんとした表情のままのビスカにも協力してもらえれば、上手くいく可能性が上がるはずで……一旦皆で作戦会議した方が良いかなと、そんなことを俺が考えていると、ジュド爺達がこちらをじぃっと見つめてくる。


 ジュド爺は口元を小さく歪めて笑っていて、サープは少し引き気味で、どうやら俺が何かを思いついたことを、表情から察してくれたようだ。


 そしてジュド爺は、ゆっくりと立ち上がりながら、


「……大体の話は分かった、族長と相談してくるから、少しここで待っていろ」


 と、そう言って相手の反応を待つことなく歩き始め……俺達は黙ってそれに続いて立ち上がり、何をどう誤解したのか、手応えあったぞと言わんばかりの表情をしている男性達に見送られながら、仮設のコタを後にするのだった。




お読みいただきありがとうございました。


次回は作戦会議となります


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