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まどろみの中で


 白く長い木々の合間に降り積もった、真っ白な雪が溶けないほど冷たい空気を吸い込んで、ゆっくりと深呼吸をしてから周囲を見回す。


 今日は狩りの日、食料を得るため村を守るために欠かすことのできないことで……ついでに俺の成人の儀を兼ねている。


 この村では狩りが出来てようやく一人前、村に恵みをもたらしてこそ自立した大人として認められる。


 そんな狩りには多くの村人が参加してくれていて……白い布地を赤と黒の線状に染め、独特な模様を作り出した服と無地のズボンを身にまとい、脛まで覆う毛皮のブーツを履いて、金属や動物の骨、木材などで作った大きな槍を持った……熟練の狩人に年の近い若者達に、普段は口と態度が悪い髭面のおっさんに……まさかの族長までが参加してくれている。


「今日は彼が成人するめでたい日……皆で頑張りましょう」


「おお、生真面目すぎる坊主を、しっかりと大人の男にしてやらんとな」


 そんなことを言い合う族長達。


 本来であればこんなただの狩りにこんなに大勢出てくるが駆り出されるなんてことは無いのだけど、今日は特別……ある日村に捨てられていた、どこの誰が両親かも分からない捨て子の俺の狩りを成功させようと、多くの村人達が集まってくれていた。


 村のほとんどの人が俺を村人として受け入れてくれていて、温かく接してくれているけども、それでも余所者だろうと白い目で見る連中もいる訳で、もし成人の儀でもある狩りに失敗したら、そんな連中が何を言い出すやら分かったもんじゃない……から手伝ってやろうと、そういうことらしい。


 捨て子なのは事実だし、白い目で見られても仕方ないと思っているし、仮にそうなっても俺は気にしないのだけど……捨て子の俺を何の見返りもなく温かく迎えてくれている、心優しい……優しすぎる皆としては、そうはさせたくないのだろう。


 ……そんな皆のことを思うと、思わず槍を握る手に力が入る、皆の役に立ちたいと……皆の優しさに報いたいと、心の中が熱くなる。


 絶対にこの狩りを成功させて、立派な獲物を手に入れて、皆の役に立ってみせると、そんなことを考えながら……改めて周囲を見渡す。


 今は冬、一面を分厚い雪が覆っていて……そこからまばらに生える白い皮の木々と皆以外に視界に入る物はない。


 こんな所に獣がいるのかと不安になる程真っ白だが、もう少し先に行くと冬でも青々とした葉を生やす木々が生える一帯となり、そこに結構な数の獣がいるらしい。


 ヘラジカかクマか、ウサギかクズリか……ウサギやクズリはあまり肉がとれないから他の獣が良いなぁと、そんなことを考えた瞬間、白い雪を舞い上げながら駆ける黒く大きい何かが視界に入り込む。


 まだまだ緑の葉は見えない、人里から近いこんな所に獣はいないはず……。


 そもそもあんな姿の獣なんて見たことがない、ならあれは……もしかして魔獣か? なんでこんな所に魔獣が!? このまま突っ込んでくるとすると、位置的に族長が襲われる!?


 そんな風に思考が凄い速さで展開していき、そして何かしなければと思い至る、だけども何をして良いか分からずに混乱しそうになっていると、自分の内側から鋭く力強い声が響く。


『助けろ! 散々世話になった族長だろ!!』


 その声を受けて俺はそれ以上何も考えずに雪を蹴り上げて駆け出す。


「危ない! 魔獣です!!」


 そう声を上げながら必死に足を動かし、族長の……雪のように真っ白な肌に、腰まで伸びた白金の髪、宝石のような淡い青色の瞳の女性の下へと駆けていって、そして彼女を突き飛ばし、迫ってくる黒い影の目の前へと躍り出る。


 瞬間、黒い影の……この世界を穢し乱す化け物、獣に似て非なる存在、クマに似てなくもない魔獣の、おぞましい腕が振るわれて俺の体がもの凄い勢いで吹っ飛ばされる。


 ああ、死んだなと確信する勢いで、結構な距離を吹っ飛ばされて木の幹に後頭部と背中を思いっきりぶつけて……あまりの痛みに悲鳴を上げながら白い雪の中へと倒れ伏す。


 子供の頃から頑丈で、転んでも木の上から落ちても大した怪我もしなかった俺だが、今回ばかりは無理だと確信する。


『ヴィトー!? 大丈夫!? そのまま雪の中で寝てると流石に君でも風邪引いちゃうよ!』


 また別の声……女性のような甲高い声、だけども族長とは別の……どこかで聞いたことのある声。


 俺の名前を呼んでいるその声に雪の中に倒れたまま、何も考えずにただ言葉を返す。


「風邪なんて今まで一度も引いたことないだろ……何言ってんだよシェフィ」


 そう言って俺は自分で自分に驚く、なんでシェフィ? なんでその名を? シェフィってのは、村で皆が大切にしている精霊の名前のはず……。


『やっと思い出したの? ねぼすけさんだったね? ほらほら、早く起きてよ! ヴィトー。精霊の愛し子である君ならこのくらい平気でしょ?』


 更にその声はそんなことを言ってきて……俺はそこでようやく自分が何者であるかを思い出す。


 精霊の愛し子、精霊に作られた存在、人間のような何かで……人間とは思えない程頑丈な体を持つ、特別な存在。


 そんな体に宿った魂は、人生を終えた元日本人のもので……さっき族長を助けろと声を上げた意識が段々と覚醒していく。


 覚醒しこの世界で生きてきたヴィトーの意識と、元日本人の意識が混じり合い……俺という人格が出来上がり、そんな俺はシェフィに向けて声を上げる。


「シェフィ、皆を、族長を助ける力を……! あの時に約束しただろ……!」


 そう言って俺は、いつの間にか目の前に浮かんでいたソレに、精霊シェフィに向けて手を伸ばすのだった。


お読み頂きありがとうございました。


区切りの良い所までは毎日投稿するつもりですので、お付き合いいただければと思います

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