即死紋の結界師〜婚約者に裏切られ地位を追われ、難癖つけられて国外追放になった貴族がお気に入りだったので、俺も一緒に出て行く事にした〜
「ジルベルト。ごめんなさい、貴方とは結婚出来なくなってしまいましたわ」
「え?」
城の一室、そこに二人きりになる瞬間があった。女はこの時を待っていた。本来であれば、このまま結婚していたであろう二人の山場だ。俺の友人は、要は婚約破棄された訳だな。
「結婚出来ないって。家の事もあるのにどうして?」
俺は知っていた、この女はこういう奴だと。とは言っても確かに表向きは上手くやっていた様に思う。創り上げられた幻想の彼女はさぞ理想の婚約者だっただろう。そんなだから俺もなかなか言い出せなかった。その結果がこれだというなら申し訳ない気持ちもあるのだが。
「せめて理由を聞けないか?」
「真実の愛を、見つけたからよ」
これはまたよく聞く定番の台詞じゃないか。
台本でもあるのか?
「え? 真実の愛?」
理解が追いつかない気持ちはよく分かる。俺もそうだ。客観的に見ているのに訳が分からない。
俺の友人たるジルベルトは貴族の生まれで、家柄も良く、品行方正。絵に描いたような良いやつだ。仕事は真面目だし、言われた事もちゃんとする。裏方作業が多いからあまり日の目を見る事はないが、大切な役割だ。
そんな彼を政略結婚に利用しようと考えたのがあの女の父親だ。将来性で考えれば、子供の段階でなかり有力視されていたジルベルトを獲得すべく、かなり早い段階で婚約が取り決められた。
ジルベルト自身の両親は去年若くして亡くなり、兄が家督を継ぐことになった、ここまではまだ普通の不幸だったんだが。タイミング悪く、女の父親も亡くなってしまった。
これからは二人で励まし合って生きて行こうと、彼は一層仕事に打ち込んだ。とは言ってもまだ年齢は18。慌てる事は無いと思うのだが、そこが彼の良いところでもあり、真面目すぎるダメな所でもあった。結婚の話を具体化する為に結婚を一時的にとは言え蔑ろにしてしまった。言い換えると、女に隙を与えたと言っても良い。それくらい、女は真面目ではないタイプの貴族だった。身から出た錆と言うにはあまりにも悲しすぎる話だ。
「ごめんなさい、ジルベルト。私、好きな人ができたの」
「えっ」
そういうと、女は背後を見やる。俺のいる窓とは反対側の扉が開いて、一人の男が入室した。ここにいる全員が知っている顔だ。何故って?
「兄さん!? どうして!」
「やぁジルベルト、元気にしてるか?」
ジルベルトの兄、レグハルト。
年齢は5つほど上だったか。
ジルベルトに比べると社交的で、色白で、細身で、美形で、家督を継いだので金まで持っている。無いものを探す方が難しい、様に見える。
一方のジルベルトと言えば、並。この一言に尽きる。
オチに使った様で申し訳ない。
俺はお前が好きだぞ。
「まさか、真実の愛って……」
「そういう事だ、悪かったな。まさか彼女にこんな事を言われるとは思わなかったんだ」
言葉の上では謝罪と取れても、その表情に謝罪の意がない事は明白だ。白々しい。
「いつから僕を騙していたんですか?」
「そんな事にも気が付かないからお前はその立場なんだ」
レグハルトはジルベルトに近寄ると、笑いながらポンと頭に手を乗せた。その様子を見ていた女もクスクス笑っている。見るに堪えないがもう少し様子を見よう。我ながら矛盾しているな。
「彼は凄いのよ。私が落ち込んでいたら気が付いてくれるし、手土産はいつも私の欲しい物ばかり。まるで心を見透かされているみたい」
「プレゼントは邪魔になるから遠慮してくれって、あれは嘘だったのかい?」
「お前は乙女心を何だと思っているんだ?」
「くっ」
手土産こそなかったかもしれないが、ジルベルトは女の家が安定するよう方々に手を回していた筈だ。同じタイミングで自分の家も大変だった最中にだ。多少二人の時間が足りていなかった部分があったにせよ、そこで救われている部分の方が大きい様に思うが。乙女心ってやつは難しいね。
「確かにお前は良くやっていた。兄として恥ずかしくない男だ。だがそれはあくまで貴族として、だ。」
「一人の男として劣っていると?」
俺の知る限り、ジルベルトは家業の大部分と、女の家を含めた会計関係の殆どを一手に引き受けていた筈だ。それのせいで、本来は貴族として魔力を行使したり、剣術を磨いたりといった、武芸を諦めていたと記憶している。
その反面、兄は魔法も剣もそこそこ使うからな。突出こそしていないが、貴族としてあれだけ出来ていれば文句もないレベルだ。カッコいいのはどっちかと問われると、レグハルトになるのは仕方ない。
「仕事が大切なのは勿論だが、それは彼女を蔑ろにしてまで優先する事か?」
シンプルにお前が言うなとツッコミたい。
「あまりこんな事は言いたくないけれど、僕がやらなかったら誰かやったって言うんだ? どうなんだ兄さん」
「そんなもの、誰かを雇えば済む話だ」
ごもっとも。だがそれは【ジルベルトに匹敵する才を持つ者】を雇わなければならない。果たして、何人雇う事になるかな?
「分かっているのかい兄さん、うちの資金繰りはかなりシビアだ、一部特殊にコントロールしている部分もある」
「自惚れるなよ、お前に出来る事など誰にでも出来る」
そうでもないんだなこれが。 あいつは支出と収入のタイミングのコントロールから、節税、短期の事業、一部民衆からの支援まで駆使してやっている。
ある程度は真似出来たとしても、同じ水準でとはいかないだろう。火を見るより明らかだ。あいつらまさか気付いてなかったのか?
少なくとも事業は止まるし立ち上げられる事もなくなる。そうなると民衆からの支援も止まるだろう。支出担当の兄様は大丈夫なのか? まさかとは思うが本気で会計だけをしてたと思っているのか?
「幼い頃から共に励まし合ってきた、違うのかい?」
「そんな頃もあったかもしれない、けれど足りなかったのよ。少なくとも私にとっては」
「そんな……」
うーん、あれじゃあ多分あの家はダメだろうな。それにしてもなかなか迂闊な事をするもんだ。あの女の匙加減一つで家が滅ぶ。何ともせつないね。ま、暫くはお兄さんの財で何とかなるだろうけど。
「僕には、もうチャンスはないんだね?」
「えぇ、ごめんなさい。悪いとは思ってるのよ?」
レグハルトの腕に自身の手を添えながら、そう答える。これで悪いと思っているならどうしようもないな。
「二人のその言い方だと、どうやら僕は必要ないみたいだね」
「漸く気付いてくれたか。二人は愛し合っていて結婚したいというのに、元婚約者に居座られては聞こえが悪い。これでまた一つ住める家が増えるな」
「別荘にしましょ?」
物の例えの話とは言え、あの言い分ではジルベルトの存在価値はないと言い切った様な物だと思っていたが、まさか本当に追い出すつもりだったとはな。
「わかった、僕はここを離れるよ」
「離れるからには家とは絶縁してもらう。遺産相続に絡んでこられても鬱陶しいだけだからな」
「遺産なんて!! いや、もういいよ。わかった」
「明日にはここを出ろ、分かったな?」
「明日だって!?」
何? 明日出発だと?
うーん、家のゴタゴタは知った事ではないが、ジルベルトの奴が居なくなるのはツマラナイな。どうしたものか。
……そういえば。前からあいつには魔法も剣も教えてみたかったんだよな。自分で言うのもなんだが、俺はそこそこの実力者だ。その俺の目から見て、アイツはかなり面白そうだった。何度か誘ってみたが、家の事で手一杯で。アイツ良い奴だからな、頑張っててな。あまり強く推せなかった。
けど今なら?
それはちょっと楽しそうだ。
金にも困っていないし、一人にしておくのも心配だ。
と、目の前に虫が通り過ぎる。
こいつは毒を持っている奴だな、取り除くか。
「拘束、滅却」
虫が消滅する。
よし、着いて行こう。
そんなこんなで俺は、このつまらない貴族のしがらみの中、唯一のお気に入りだったジルベルトが追い出されると聞いて、着いて行く事にしたのだった。
短編にての投稿です。
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