私が彼から離れた七つの理由・短編
私、アリーゼ・クルツとコニー・ナヨタは、親同士が仲良しで、同じ子爵家ということもあって、生まれる前からの縁だ。
私とコニーは幼い時からずっとずっと仲良しで、初めて読んだ絵本も、初めて乗った馬も、初めてお絵描きを習った先生も、初めてピアノを習った先生も、全部一緒だった。
大人になってもコニーと一緒だと思っていた。
学園に入学するまでは……。
私が彼から離れた一つ目の理由、ロジャー・ムッキーの登場。
私とコニーは十二歳で王立学園の初等部に入学した。
私とコニーは同じクラスになれたけど、席が離れてしまった。
コニーの隣の席になったのはロジャー・ムッキー子爵令息。
ロジャーの父親は第七騎士団、副騎士団長候補……平たく言えば一番弱い団の一団員だ。
だがロジャーにとっては尊敬する父親だったらしい。
ロジャーの父親は「女は男より劣っている!」「女なんかと一緒にいる奴は軟弱だ!」という考えの持ち主だった。
ロジャーもそんな父親の考えを受け継いでいて「女と仲良くする奴は軟弱だ!」と言って、女子と会話したり、一緒に食事をする男子を裏庭に呼び出しては殴っていた。
ロジャーは大柄な体格で腕力もあったので、誰も彼には逆らえなかった。
大抵の男子はロジャーから距離を取ったが、コニーは彼の信念に感化されていた。
コニーはロジャーとつるむようになり、学校では私と目も合わせなくなり、学校以外でも私を遠ざけるようになった。
それでも家族ぐるみの付き合いがあるので、彼や彼の家族の誕生日にはナヨタ子爵家に招待された。
子爵家にお呼ばれしたとき、私からコニーに話しかけたが、「あー」とか「うん」しか返ってこず、ほとんど会話らしい会話は成立しなかった。
困った私は両親に相談した。
両親は、
「心配しなくても中等部に入ったら変わるさ。
コニーもそのロジャーという生徒も今は硬派を気取っているが、中等部に入ったら女の子のお尻を追っかけ回すようになるさ。
今は硬派なロジャーの父親だって中・高等部時代は女の子を追いかけ回していたのだからね」
と言われた。
だから私は中等部に上がるまでの我慢だと思い、コニーが変わってくれるのを待った。
☆☆☆☆☆☆
そして十五歳になった私たちは中等部に進学した。
中等部に上がったら、コニーとの仲は元通りになると思っていた……でもそうはならなかった。
私が彼から離れた二つ目の理由、グリゼルダ・ベッヒャー伯爵令嬢の登場。
中等部に上がったコニーは背がスラリと伸び、母親譲りの愛らしい顔立ちもあって、女生徒に大人気となった。
両親が言っていた通り、ロジャーは初等部での硬派な発言など忘れたように、女の子の後を追いかけ回すようになった。
それに伴い、ロジャーの報復を恐れて女の子と話せなかった男子たちも女子を食事やデートに誘うようになった。
私もコニーと前みたいに普通に話せるようになると思っていたんだけど……。
素敵なイケメンに成長したコニーを、周りは放っておかなかった。
コニーに惚れている生徒代表はグリゼルダ・ベッヒャー伯爵令嬢。
コニーは下位貴族や平民の女子に人気だった。
けどコニーと話していると必ずグリゼルダが割り込んでくる。
伯爵家に睨まれたくなくて、コニーの周りからは徐々に女生徒が離れていった。
グリゼルダは金色の髪を縦巻きロールにした翡翠色の瞳の美人。
美人に迫られるのは悪い気がしないのか、コニーもグリゼルダを遠ざけようとはしなかった。
私とコニーの距離は中等部になっても初等部の頃と変わらず……いや、前より離れてしまった気がする。
それでも誕生日などのお祝いごとには、ナヨタ子爵家に招待されていた。
グリゼルダはナヨタ家でのイベントの度に、下位貴族の女子を招きお茶会を開いた。
しかも毎回開催前日に招待状が届く。
グリゼルダに「参加しなければ社交界でのご両親の立場が悪くなるわよ」と言われては、断る訳にもいかない。
そんな訳で私はナヨタ子爵家からの招待を、ドタキャンすることが増えた。
ベッヒャー伯爵家のお茶会に行っても主催者のグリゼルダはおらず、招待客が庭やテラスでお茶を飲んで帰るだけ。
しかもある程度時間が経過しないと家から出して貰えない。
ベッヒャー伯爵家のお茶に招待されたのはコニーに惚れている女の子ばかりで、「コニーに近づくな」というグリゼルダからの警告なのだと理解した。
ベッヒャー伯爵家のお茶会に招待される女生徒は、回を重ねるごとに減っていき、ついには私だけになった。
暖房のついてない応接室で何時間も待たされる、その間お茶やお菓子などの提供もない……そんなことも珍しくなかった。
グリゼルダは伯爵家の権力を使い、コニーの誕生日パーティーなどのナヨタ子爵家のイベントには毎回参加していた。
ナヨタ子爵家でのパーティーやお茶会をドタキャンしてばかりの私の信用は下がり、逆にグリゼルダの株が急上昇。
ナヨタ子爵家でのパーティーに参加していた両親の話によると、ナヨタ子爵夫妻は伯爵令嬢のグリゼルダとコニーをくっつけようとしていたらしい。
彼らは幼馴染の冴えない子爵令嬢より、美人でお金もちな伯爵令嬢と結婚させた方が、自分たちの利益になると思ったのだろう。
中等部二学年の年度末パーティーが迫ったある日、グリゼルダがリボンやドレスを贈ってきた。
「お茶会に招いておきながらおもてなしできなかったお詫びです。受け取ってください。ぜひパーティーに身に着けてきてくださいな」と書かれたカードを添えて。
グリゼルダから贈られてきたのはどどめ色のリボンとドレスで、新手の嫌がらせかと思った。
しかもドレスは胸元部分が大きく開き、足に大きなスリットが入ったデザインで品がない。
長身でメリハリのあるナイスバディーのグリゼルダには似合うのだろうが、私のようなスレンダーな体型には似合わない。
それでも上位貴族からのプレゼントを無下にはできず、パーティー当日そのリボンとドレスを身につけることになった。
ご丁寧にもグリゼルダは我が家に使用人を派遣し、彼女たちに私のドレスの着付けをさせた。
ベッヒャー伯爵家の使用人によって、私は髪を縦巻きロールにされ、厚化粧を施され、髪にどどめ色のリボンを結ばれ、同じ色のドレスを着せられた。
彼女たちに連行されるように伯爵家の馬車に乗せられ、パーティー会場に運ばれた。
彼女たちは会場に入るまで私の側を離れなかった。彼女たちは何が何でもこの格好でパーティーに参加させたいらしい。
会場に入ると室内がどよめいた。
皆が私を見て小声で話している。
「何あのドレス? 似合ってると思ってるの?」「猿真似かよ」「まるで……の不気味なコピーだな」
生徒たちがひそひそと囁く。
私は居心地が悪くて、会場の隅に移動しようとした。
そのときコニーにエスコートされたグリゼルダが私の目の前に現れた。
グリゼルダの姿を見て、なぜ人々がひそひそと噂しているのかわかった。
グリゼルダは、私と全く同じデザインのドレスを身に着けていたのだ。
違うのは色だけ。こちらはどどめ色だが、あちらは真紅。
グリゼルダの派手な顔立ちには縦巻きロールも真っ赤なリボンも似合っていて、メリハリのある彼女の体には胸元の開いたドレスも似合っていた。
私は地味な顔に似合わない厚化粧、茶色の髪を縦ロールにして、体型に合わないどどめ色のドレスを纏っている。
「まるでグリゼルダの劣化コピーだな」
コニーが蔑むような目で私を見て、冷たく言い放った。
「パーティーで着るドレスをどこに注文したのか、誰にデザインさせたのかやたらと尋ねてくるのでおかしいと思っていたのですが、こういうことでしたのね。
アリーゼ様、ご自分のなさっていることを恥ずかしいとは思わないのかしら?」
グリゼルダがわざとらしく悲しげな表情を作り、そう言った。
私がグリゼルダのドレスのデザインをパクったっていうの?!
冗談じゃないわ!
誰がこんな胸元が大きく開いた下品なデザインのドレスを、好き好んで注文するものですか!
「ドレスだけじゃない、僕や父や母への誕生日プレゼントもグリゼルダに相談して、彼女のアイデアを盗んでいたことはわかっているんだ!
グリゼルダがプレゼントしてくれた物と同じデザインの万年筆や望遠鏡や手鏡が、君の名前でうちに届いたよ!」
コニーやコニーの両親の誕生日が近づくと、グリゼルダにプレゼントの相談をされていた。
彼女は私のアイデアをパクって、コニーやコニーの両親にプレゼントを贈っていたのだ。
「違うわコニー!
私の話を聞いて!」
「何が違うんだ!
君の今のその格好が何よりの証拠だ!」
コニーからの叱責と同時に、会場中から冷ややかな視線を浴びた。
「グリゼルダの熱狂的な信者なのかしら?」「気持ち悪い」「下位貴族のくせに生意気な」「悪質なストーカーだな」
会場から嫌な囁きが聞こえる。
ここに私の味方はいない。
「アリーゼ・クルツ!
今日限り君との縁を切る!
僕は君を幼馴染だとは思わない!
二度と僕に話しかけるな!」
「コニー……そんな」
「もう君は僕の幼馴染じゃないんだ!
気安く名前で呼ばないでくれ!」
「そんなに冷たくしたらかわいそうよ、コニー」
「いいんだグリゼルダ。
君のアイデアを盗む最低の女とは縁を切りたい。
それが君と婚約者としての最低限のけじめさ」
「ありがとう、コニー。
嬉しいわ」
「婚約……?
二人は婚約するの?」
「まだいたのかアリーゼ!
僕とグリゼルダは婚約するんじゃない、婚約したんだ!
来週には婚約披露パーティーを開く!
君は招待しないけどね!
親同士が仲良しだから子供の頃は僕たち二人を結婚させようと言う話もあったが、君は中等部に入ってから我が家で開くパーティーをドタキャンしてばかりだ!
年頃になったら僕と婚約出来ると信じて自惚れていたんだろ?
だからナヨタ子爵家を軽んじていたんだ! そうだろう?
我が家を軽んじるような女は幼馴染としても友人としても失格だ!
分かったら二度とうちの敷居を跨がないでくれ!!」
私が彼から離れた三つ目の理由、コニーからの拒絶。
私は泣きながらその場をあとにして、走って家に帰った。
来るときに乗ってきた伯爵家の馬車は、なくなっていた。
雨が降ってきてドレスに染みを作ったが、こんなドレス、もう二度と着ることはないのでどうでも良かった。
私の帰りが早いことを両親は心配していたが、私は彼らに何も言わずに自室に入り、中から鍵をかけた。
ドレスを破るように脱いで、ベッドにダイブした。
そのまま一晩中泣いた。
悔しくて、悲しくて、辛くて……消えてしまいたかった。
☆☆☆☆☆
私が彼から離れた四つ目の理由、彼に人を見る目がなかったから。
一晩中泣いてそのまま寝てしまった。
昼過ぎに、お母様がチキンスープを作ってきてくれた。
私はリボンとドレスをゴミ箱に捨て、メイクを落としお風呂に入った。
お風呂から上がるとお母様がレモングラス入りのハーブティーを入れてくれた。
それを飲んだら少し気持ちが落ち着いた。
コニーは幼馴染の私の言葉より、嘘つきで、男に媚びるのが好きで、下位貴族の子女をいびるのが趣味なグリゼルダを信じた。
あんな女と婚約するなんてコニーは見る目がない。
でも……グリゼルダは美人でナイスバディでお金持ちだ。
コニーが彼女の魅力にメロメロになり、彼女の言葉を鵜呑みにしまった気持ちも分かる。
パーティーで起こった事を両親に話すと、彼らは「二度とナヨタ子爵家とは関わらなくていい!!」と言ってくれた。
私とコニーの関係がどうなろうと、親同士の交流は続いていくと思っていた。
でも今回のことは温厚な両親の逆鱗に触れたらしい。
我が家とナヨタ子爵家の縁はその日を限りに、永久に切れることになった。
☆☆☆☆☆
私が彼から離れた五つ目の理由、夏休みの短期留学。
年度末のパーティーから数日が経ったある日。
部屋でぼんやりとしていることが多い私を両親が心配して、夏休みを利用して隣国へ短期留学を勧めてくれた。
母の学生時代の友人(当時伯爵令嬢)が隣国の侯爵家に嫁いだらしい。
両親の勧めで私は母の友人の家にホームステイすることになった。
それが私の人生の転機となることを、その時の私は知らない。
ホームステイ先はローレンツ侯爵家。
かなり歴史の古い名家だ。
ローレンツ侯爵家は四人家族。
母の友人のローレンツ夫人と、その夫のローレンツ侯爵、長男のレイモンド様、次男のフリード様。
長男のレイモンド様は文官をしていて、仕事が忙しくほとんど王宮から帰って来ないらししい。
ローレンツ夫妻から「レイモンドには会えないかもしれないわね」と言われた。
次男のフリード様は私と同じ十七歳。長く美しい黒髪に黒曜石の瞳のスラリとした長身の理知的なタイプの美少年だ。
「やぁ、君がクルツ夫人の言っていた被験者だね!」
私が侯爵家につくなり、フリード様は私の全身を眺めそう呟いた。
「えっ? 被験者??」
「似合わない縦ロール、ダサいリボン、土色の地味なドレス、かさかさの肌……!
いいね、磨きがいがある!
僕の開発した美容グッズで綺麗にしてあげるよ!」
ベッヒャー伯爵家の呪いなのか、お風呂に入っても縦ロールはほどけなかった。(形状記憶魔法でもかかっているのか?!)
土色のリボンとドレスは私の趣味なので文句は言えない。
二年間、グリゼルダに因縁をつけられないように地味な装いを心がけていたら、クローゼットの中が地味なリボンとドレスだけになってしまったのだ。
フリード様は極度の研究オタクで学園に通いながら、シャンプー、トリートメント、化粧水、乳液などの開発をしていた。
成績は学年トップで、数々の研究で賞をもらい、彼の開発したシャンプーは王室御用達だそうな。
シャンプーとトリートメントと化粧水と乳液なんて高額すぎて、我が国では王族か公爵家しか使っていない。
それらの物を浴びるほど使ってもらい、プロのエステティシャンによるマッサージを施された。
おかげでベッヒャー伯爵家の呪いがかかっていたと思われる縦巻きロールからも解放された。
フリード様はカッティング技術に長けていて、メイクの腕も一流で、ドレスの見立ても素晴らしかった。
そんな訳で彼の開発したシャンプーとトリートメントと化粧水と乳液を使い、彼に髪をカットして貰い、彼にドレスを見立ててもらった私は、帰国するときには別人のようになっていた。
くせ毛だった茶髪はサラサラに、少し内巻きのセミロングにしてもらった。
かさかさだった肌はフリード様の開発した化粧水により潤いを取り戻し、幼児のようにプルプルだ。
自国から持ってきた地味な土色のドレスは全て教会に寄付した。
代わりにフリード様から桃色や水色やレモン色の最先端のデザインのドレスと、ドレスと同じ色のリボンやアクセサリーをプレゼントしてもらった。(ドレスやアクセサリーはモニターをしたお礼だそう)
フリード様にコーディネートされ、鏡に映った自分を見て、私は一瞬鏡の中にいるのが自分だとは信じられなかった。
「これが本当の君だよ。
自信を持って」
フリード様のおかげで、私は粉々に砕けた自信を取り戻すことが出来た。
秋の始まり、短期留学という名の長い夏休みを終えた私は、軽やかな気分で帰国することが出来た。
☆☆☆☆☆
私が彼から離れた六つ目の理由、彼の浅はかさに心底嫌気がさしたから。
帰国して最初に聞かされたのは、ベッヒャー伯爵家が事業に失敗して多額の借金を負ったことだ。
それに伴い、コニーとグリゼルダの婚約が破棄されたらしい。
コニーとグリゼルダがどうなろうと私には関係ない。
しかしナヨタ子爵家はそう思っていないようで……。
ナヨタ子爵家はベッヒャー伯爵家に多額の融資をしていた。
このままではナヨタ子爵家も共倒れだ。
ナヨタ子爵家は、うち(クルツ子爵家)に援助を求めてきたのだ。
しかも婚約破棄したばかりのコニーを引き連れてやってきた。
私はコニーに会いたくなくて、彼らが訪ねて来たことを知り自室にこもった。
両親が応接室でナヨタ子爵たちの相手をしている。
家の優秀な使用人が応接室での話を逐一教えてくれるので、部屋にいても両親が彼らと何を話しているか分かるのだ。
ナヨタ子爵は、
「昔からの約束通りコニーとアリーゼを結婚させよう。
やはり気心がしれた幼馴染と結婚するのが一番いい。
コニーもアリーゼもお互い初恋同士。
悪い話ではないだろう?」
と言ってきた。
夏休み前コニーは、
「グリゼルダと婚約するから、クルツ子爵家とは縁を切る!」と言っていた。
大衆の面前でそう宣言したのだ。子供の戯言では済まされない。
パーティーのあと、ナヨタ子爵家から当家に対する謝罪はなかった。
それはコニーの言葉をナヨタ子爵家が認めたも同然。
なのに今更どの面下げて家の敷居をまたげるのかしら?
図太い神経の一家に私は心底辟易していた。
メイドが「両家の話し合いは決裂しそうです」と告げに来た。
まあ、そうなるだろうと思い私はメイドを見送った。
メイドが私の部屋を退室したあと、メイドと誰かが廊下で言い争う声が聞こえた。
どうやらコニーが応接室を抜け出し、私の部屋の近くまで来ているらしい。
幼馴染とはいえ、他人の家を許可なく歩き回るなんて礼儀のなってない男ね。
コニーはメイドの制止を振り切り私の部屋の前まで来ると、
「僕はアリーゼと結婚していずれこの家の主になるんだ!
僕の命令が聞けないならクビにはするぞ!」
と脅し近くにいた使用人たちを勝手に下がらせた。
使用人たちはコニーの命令に従い下がっていったようだ。
おそらく下の階にいる両親を呼びに行ったのだろう。
コニーは私の部屋の扉をトントントンと叩き、
「アリーゼいるんだろ!
僕だよ、コニーだよ!
パーティーでのことは謝るよ、開けてくれ!
仲直りしよう!」
猫なで声でそう言った。
「帰って、迷惑だわ!」
私が冷たく言い返すと、今度は部屋の外から怒鳴り声が聞こえた。
彼は扉をドンドンと乱暴に叩き、
「おい開けろよ!
優しく声をかけてやれば調子に乗りやがって!
お前、学校での自分の評判を知っているのか!?
『グリゼルダの劣化コピー』『嘘つきアリーゼ』だ!
評判が悪くブサイクでセンスのないお前を、嫁に貰いたがる物好きはこの国にはいないんだよ!
イケメンの僕がお前ごときで手を打ってやるって言ってるんだ!
下手に出てる間に出てきて『はい』と返事をしろ!
応接室に行っておばさまとおじさまにこう言うんだ!
『コニーは初恋の人よ。私、彼と結婚するわ!』ってな!
それからナヨタ子爵家へ融資をするように、おじさまとおばさまを説得しろ!!」
と言ってきた。
完全にうちの財産目当てだ、このクソ野郎。
こんな奴に惚れていた時期があるなんて最低だ。完全に黒歴史だ。
「あんたみたいな最低な男、死んでもお断りよ!!」
あまりにも腹がたったので、私はドアを開けて叫んだ!
コニーは私を見てしばし呆然としていた。
しばらくして彼は目を何度も瞬かせていた。
「アリーゼなのか……?
驚いたよ、こんなに美しくなるなんて……。
僕はグリゼルダに騙されていたんだ。
頼むよ許してくれ!
もう一度やり直そう!」
あれだけ最低なことを言っていたくせに、舌の根もかわかないうちにこの男は……!
「やり直すも何もあなたとは何も始まっていないわ!
帰って!
顔も見たくない!!」
私がそう言うとコニーは額に青筋を立てた。
「ちょっと可愛くなったからって調子に乗るなよ!
メイドも執事も下がらせた!
ここには僕たちしかいない!
僕がその気になればお前を手籠めにだってできるんだ!
そうだ先に体の関係を結んでしまおう、それから婚約だ!」
そう言ってコニーが私の部屋に押し入ってきた。
コニーが私の肩に向かって手を伸ばす、しかし彼の手が私に届くことはなく……。
「痛っっ……!! 何者だ!
僕は子爵家の長男だぞ!
使用人風情が手を出してただで済むと思うなよ!」
コニーは己の腕をひねり上げている男に向かってそう叫んだ。
「誰って、俺はアリーゼの恋人だ!
このゲス野郎!」
「ありがとうフリード様、助かったわ」
私の部屋にいたフリード様が、コニーに襲われそうになった私を助けてくれたのだ。
コニーは部屋の外の使用人を下がらせたが、私の部屋の中にはフリード様とメイド長と執事長がいたのだ。
コニーは、部屋の中に私しかいないと思い込んでいたらしい。
「部屋の中にこんなに人がいたなんて……!
僕はお前と二人きりで話がしたかったのに!
僕を騙すなんて、この卑怯者!!」
コニーが喚いている。
卑怯も何も確認しなかったのはそちらのミスだ。
私が扉を開けたとき、三人には扉の死角に隠れて貰ったので、こちらにも多少彼を騙す意図はあったが。
「か弱い私がたった一人で、あなたみたいな最低な人間と対面するわけないでしょう?」
「君の話はすべて録音させてもらったよ。
後でクルツ夫妻にも聞いて貰おう」
フリード様はポケットから録音機を取り出した。
フリード様は機械の開発もしているのだ。天才すぎる。
「コニー・ナヨタ子爵令息、今日限りあなたとの縁を切ります。
もうあなたを幼馴染だとは思いません。
二度と私に話しかけないでください。
そして二度と我が家の敷居を跨がないでください」
私が冷然と言い放つとコニーが顔を真っ赤にし、いきり立った。
「お前がなんと言おうと、僕の両親と君の両親は仲良しなんだ!
君と僕は必ず結婚する!」
コニーはフリード様に拘束されながらなおも吠えている。
いっそのこと縄でもかけてやろうかしら?
「残念ながらそれはないよ、コニーくん」
「おじさま、おばさま……!」
「ナヨタ子爵夫妻との交渉は決裂した。
もう彼らは私達の友人ではない。
先に関係を壊したのは君だよ、コニーくん。
娘にパーティーで恥をかかせておいて、うちとの関係が続くと思っていたのかね?
だとしたらクルツ子爵家も舐められたものだ。
君はもうアリーゼの幼馴染ではない、赤の他人だ。
二度と我が家の敷居を跨がないでくれ。
これはお願いではない、警告だ」
お父様に睨まれ、コニーはガックリと肩を落とした。
普段優しいお父様が怒るなんて、彼は想像していなかったのだろう。
コニーは執事に拘束され、屋敷の外に連行された。
先に我が家を追い出されていたナヨタ子爵夫妻と共に馬車に乗り、家族三人で帰って行った。
さよならコニー、二度と話すことはないでしょう。
同情はしないわ。あなたが自ら招いたことなのだから。
☆☆☆☆☆
私が彼から離れた七つ目の理由、私に素敵な恋人が出来たから。
「アリーゼ、怖くなかったかい?」
フリード様が私の手を取りそっと握りしめた。
「平気よ、フリード様が守ってくれるって信じていたから」
見つめ合う私たちを見て、お父様が咳払いをする。
「分かっていると思うが、君たちはまだ婚約前だからね」
「節度のあるお付き合いをしてね、アリーゼ」
両親が近くにいたことを思い出し、私はフリード様からパッと体を離した。
短期留学中、ローレンツ家にお世話になっている間、私とフリード様は恋仲に……!
フリード様と一緒に帰国したのも、両親と婚約について話し合いをするためだ。
「しかし彼がアリーゼの初恋の相手だったとはね」
フリード様が窓の外を見て、眉根を寄せる。
窓の外を眺めても、もうナヨタ子爵家の馬車は見えない。
「昔の話です。
黒歴史ですわ」
抹消したい過去だ。
「これからは俺がアリーゼの側にいる。
コニーはもちろん他の男も近づけさせないよ」
「フリード様、では我が国の学園に通ってくださるのですか?」
「新学期から通うつもりだよ。
転入手続きはすでに済ませてある」
「嬉しいわ。
フリード様と一緒に学園に通えるのね!」
「まだ婚約の許しを出していないのに、フリードくんに外堀から埋められてしまいそうだよ」
お父様が寂しげな顔で感想を漏らした。
「俺は次男なのでクルツ子爵家に婿入りできます。
そう悲しまないでください、クルツ子爵」
フリード様の言葉にお父様は複雑そうな顔をしていた。
☆☆☆☆☆
それから程なくして、フリード様がクルツ子爵家に婿入りするという条件で私の婚約が決まった。
フリード様は新学期から私と同じ学園に通うことになった。
容姿端麗で文武両道なフリード様に、学園の女生徒たちはあっという間に夢中になった。
でもフリード様は他の女子には見向きもせず、私の側にいてくれる。
同じ頃、ベッヒャー伯爵家は借金が膨らんで破産。
ベッヒャー伯爵家に投資していたナヨタ子爵家も共倒れ。
ベッヒャー伯爵家もナヨタ子爵家も爵位を返上することになった。
コニーは学園を退学し、両親と共に田舎に引っ越した。
グリゼルダ様が没落後、どのような人生を歩んでいるのかは知らない。
地方の娼館で彼女によく似た少女を見たという話もあるが、真相は定かではない。
一つ言えるのは、平民になった彼らに二度と会うことはないということだ。
グリゼルダの被害者が私の他にもいて、彼女たちが私と同じ目にあっていたことを証言してくれたので、私の悪評はすぐに払拭された。
みな、ベッヒャー伯爵家が怖くて証言できなかったのだ。
追伸。
私とコニーの仲を最初に引き裂いたロジャー・ムッキーは、初等部のとき女子を軽視してたせいで女子から毛嫌いされ、弱い男子を殴っていたせいで男子からも無視されている。
私にとってはコニーとの縁を切る最初のきっかけをくれたある意味恩人?なので、挨拶だけは交わしている。
そうしたら彼に妙に懐かれて、私の護衛騎士になりたいとか言ってきたので丁重にお断りしておいた。
彼にはぜひ、彼の父親と同じ騎士団に所属してもらいたい。
――終わり―――
読んで下さりありがとうございます。
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