第九話 これは、タマランなあ
アナザー優子から聞いた話では、黒づくめの男は不意打ちに弱い可能性がある。その可能性を確かめようとしていたところだったが、逃げながら攻撃している位置関係上、中々効果的な攻撃ができなかった。自動車二台での連続攻撃も防御されたしな。
そこで今回は、目の前で自動車を持ち上げ、前方からの攻撃に意識を向けさせ、別のものをだまし討ちで後方からぶつける、という連続攻撃にアレンジしてみた。
もう一つの攻撃に使ったのは…マンホールの蓋だ。
適当な硬さと重さがあり、自動車の後ろに隠して目立ちにくい、我ながらいい選択だと思う。
マンホールの蓋が黒づくめの男の背中にぶつかり、ゴンともカンともつかない音が鳴り響いた。黒づくめの男は勢いで吹っ飛び、うつ伏せに転倒。地面に腕をついて起き上がろうとする男に、俺はその上から、空いた左手にもう一つマンホールの蓋を掴んで交互に叩きつける。しばらく叩きつけるうちに黒づくめの男は動かなくなっていた。
「何とかなったみたいだな…」
「すごいです、圭祐さん! あの男を倒しました!」
「ちょっと、やりすぎ…かも?」
優子には少し引かれつつ、俺はマンホールの蓋を手放す。蓋は鈍い音をたてて地面に落ちた。アナザー優子は興奮してテンションが上がっている様だ。黒づくめの男は血を流して動きを止めている。
俺たちはある程度の距離を保ちながら様子を伺うが、黒づくめ男は動く気配が無さそうだ。
「とりあえず、ここから離れよう」
「ああ、そうだな」
黒づくめの男がいつまた動き出すかわからないので、俺たちはこの場を離れることにしたが、そう上手くは行かない様だ。
倒れた男の向こうから、黒づくめの男が走ってくるのが見えたのだ。俺たちは反対方向に走りだすが、すぐに立ち止まった。
またもや、向こうの角から黒づくめの男が二人、現れた。
「そ、そんな」
「こいつら…何人居るんだ!」
「よ、四人も…!」
新たに現れた黒づくめの男達は倒した奴と同じく、サングラスをかけた大男で、黒のジャケットに黒いパンツ、黒いブーツを履いている。見分けがつかないほどにそっくりだ。
角から現れた黒づくめの男二人は、俺たちから数メートルのところで立ち止まった。
「圭祐、あれ!」
優子の言葉に振り向くと、倒れた男が、走ってきた男に手を引かれて起き上がり、二人ともこちらに歩いてくる。それに合わせて立ち止まっていた前方の二人も歩き出す。
前後合わせて四人に挟まれて身動きのとれない俺たち三人。絶対絶命と言うやつだ。
「ど、ど、ど、どーしよ!」
「もうどうしようもありません!」
動揺する優子達、だが俺は二人の肩に手を乗せ落ち着くように言い、少し離れた場所へ視線をやる。二人は俺の視線の先に気づくと、息をのみコクンと首を縦に振る。
「切っ掛けを作るよ。二人が先で俺がすぐ後ね」
「わかりました」
「圭祐、気を付けて」
先ほどは却下されたが、今回は後からと言っても離れるわけではないので了承してくれる二人。
俺は左右の手に、転がっていたマンホールの蓋を能力で掴み、前後の黒づくめの男たちに向かって飛ばした。
さすがに不意打ちでないので、攻撃は防御されてダメージは与えられないが、四人とも防御に徹するように一旦立ち止まっている。
「今だ! 行け!」
後ろに向かって走り出すダブル優子、俺はマンホールの蓋で牽制しながらそれを追う。そして、蓋が外れてぽっかり空いた穴に優子たちは飛び込んだ。俺は二人が穴に入るのを見ながら、黒づくめの男にもう一度攻撃してから、二人を追って飛び込んだ。
中は暗い。そして臭い。ここは下水道の様だ。ドブ川の匂いともまた違う、形容しがたい臭さだ。俺たちはスマホのライトで照らしながら進んだ。
「臭いよう…」
優子がほとんど泣きながら愚痴を漏らしているが、足は止めない。挟み撃ちから逃げられはしたが黒づくめの男はすぐに追ってくるだろう。
いくつかの分かれ道を超え、カモフラージュの為に出口の蓋をところどころ能力で開けながら20分ほど進んだところで、優子の足が止まった。
「…もう、限界」
「私も、これ以上は…」
アナザー優子も無理なようだ。
「そうだな、ここらで外にでるか…」
今のところ、追ってくる黒い男の気配はない。ちょうど見えた出口のはしごを登る。俺が先頭でその次が優子、最後はアナザー優子だ。俺は能力で蓋をずらしマンホールから外に出た。
辺りを見渡し、現在地を確認する。この場所は見覚えがあるな。
「圭祐、ここって…!」
「ああ、俺の部屋の近くだ…」
偶然とは恐ろしいもので、GPSも効かない地下道の中で適当に逃げて出てきたところが自分の家の近くだとは。まぁ、駅まで行って戻ってきたようなもんか…。
「臭い、臭いよう。外に出ても体が臭くてもう嫌だ!」
「これは、タマランなあ」
下水道の匂いが体に染みついていて臭い。とりえず蓋を閉め、周囲を警戒しながら、とりあえずは俺の部屋を目指すことにした。
俺たちは何事も無く俺の部屋にたどり着き、順番にシャワーを浴びることにした。
「着替えはこれしかないぞ」
「あ、私このシャツと短パン借りるね!」
「じゃあ私はこれで…」
体はシャワーで流せるが、服にも匂いは染みついているわけで。俺はともかくダブル優子の着替えは、俺の服から二人が着れるそうなものをいくつか見繕って選ばせた。優子は白のTシャツと黒の短パン、アナザー優子は黒いTシャツと紺のジャージ、という恰好だった。下着はさすがにどうしようも無いので、そのままで我慢してもらうしかない。
二人がシャワーを浴びている間、俺は玄関の外で黒づくめの男を警戒していたが何事も無く、着替えた二人が扉を開けて出てきた。
今度は俺がシャワーを浴びて着替え、一息入れることができた。俺の格好は着替える前とほぼ変わらず、Tシャツにジーンズだ。
「ドライヤー無くてごめんな」
「それは仕方がないことですので」
アナザー優子は長い髪をバスタオルで包むように拭きながら言う。
「ちょっと、ちょっと、私だって髪は短くても、いつもドライヤーで乾かしてるんだから、一言あっていいんじゃない?」
優子が俺に文句を言ってくる。
「ごめんごめん。ところで、これからどうするかだなあ」
結局、俺の部屋に戻ってきて振り出しに戻ってしまった。いや、そうじゃない。黒づくめの男が四人に増えて、むしろ状況は悪くなっている。
これからどうするか。俺たち三人は、今日何度目かの相談を行うのだった。
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