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第五十二話 お一人ずつね

圭祐視点から離れて、仮面の男に倒された二人の話です。

 時間は少し遡り、本間譲二、井上千佳が仮面の男に敗れ、西沢鳴海が脱出する直前に戻る――



 仮面の男になぶられ、膝をつく本間、千佳は倒れている。


「行け……!鳴海!」


 本間が叫ぶと同時に、仮面の男がレイピアを突き出し、膝をついて動けない本間の胸を貫く。その直前鳴海の姿が消えた。


「うぐぁあああっ!!」


 どさりと倒れる本間。地面に横たわる姿はすでに意識がないようだ。


「本間さ、ん……!」


 本間の名前を呼びながら、仮面の男に攻撃を仕掛ける千佳。しかし、仮面の男は難なくかわすと、千佳の右足を貫く。その場に崩れ落ちた千佳は、限界を迎えたのかそのまま倒れると、目を閉じた。

 

 





 意識が戻った本間の目に、見慣れない薄暗い明かりのついた天井が映る。その部屋には様々な機械が置かれ、繋がれたモニターには数値が表示されている。リズムを刻む小さな電子音はその機械から発せられているようだ。鼻を刺す薬品の匂いが漂っていることから、ここは治療室のような所だと思われる。

 本間はその部屋にあるベッドに寝かされていた。裸の上半身には包帯が巻かれ、機械から伸びたコードが体のあちこちにつながっている。腕に差し込まれた管にはベッドの横に置かれた点滴が流し込まれている。そして、手首と足首はベルトでベッドに固定されていた。


「ここは……? ぐっ」


 見覚えのない場所にいることに驚き、反射的に起き上がろうとするが、体中に走る痛みに思わず声が出る。


「本間さん! 目が覚めたんだね……。よかった」


 千佳の声が聞こえる。本間はなんとか首を回し、彼女の方を向く。

 隣のベッドには、入院患者のような薄手の服を着た千佳が、本間の方を向いて横たわっていた。その体にはコードや点滴がつながれ、手足も本間と同じようにベッドに固定されていた。


「……命だけは助かったようだな。俺はどれくらい眠っていた?」

「わからないよ、ボクもさっき目が覚めたんだ」


 力なく返す千佳。いつもの調子でしゃべろうとしているが上手くいかないようだ。


「だけど……。気づいたことがあるよ」

「なんだ?」

「本間さん、今ゲート出せる?」


 千佳の言葉をいぶかしがりながら、本間は自分の超能力「トランスポーター」を発動させ――


「……なんだこれは、力が使えない!?」


 本間は驚き、上ずった声を出す。


「やっぱりか……。本間さんもそうなんだね。ボクも出せないんだよね、『空白』」


 本間の声に対し、沈んだ声で返す千佳。体の一部のように感じられる程に慣れた自分の超能力が出せないというのは二人にとって、まるで四肢を失ったかのような喪失感があった。


「これはまいったな…。力が使えない状態で、ここからどうやって脱出するか……」


 突如、接続された機器から電子音が鳴り響いた。耳障りというほどではないが、大きく鳴り響くその音に本間は顔をしかめる。


「今度はなんだ?」

「たぶんだけどさ、ボクたちが目覚めたことを検知したんじゃない?」


 本間の疑問に、千佳が答えた。本間もああそうか、と思う。その音の大きさに負けないように声を出すのがつらいであろう二人は、黙って鳴り響く音に耐える。

 いい加減、その不快感にうんざりしてきた本間が口を開こうとしたとき、入り口の扉が開き、白衣を着た男と、その後ろに看護師の格好をした数名の男女が部屋に入ってきた。

 ベッドの手前で立ち止まる白衣の男。看護師の男女が電子音を鳴らす装置に向かい、スイッチを操作すると音が鳴りやんだ。彼らは機器の操作を終えると、白衣の男の背後に控える。

 静かになった部屋に、白衣の男の声が響く。

 

 「目が覚めましたか。それにしても、あの状態からこんなに早く目覚めるとは、お二人ともなかなかに強靭な身体(からだ)をしていらっしゃるようだ。興味深いですねぇ」

「誰だ、テメェは……!」


 本間は、体が動かないながらも目に力を込めて、白衣の男を睨みつける。男は肩を竦め、揶揄うような調子で答えた。


「さすがは本間さん。なかなかに迫力がありますねぇ、おぉ、怖い怖い……」

「俺の名前を知っているのか……!」

「ええ、知っておりますよ、本間譲二さん。あなたの能力『トランスポーター』には興味が尽きません。遠く離れた空間を繋げ自由自在に移動できる超能力。ぜひとも解析したいと常々思っておりましたからねえ」


 男は本間にそういうと、顔の向きを変え、千佳に向かってニタリと笑いかける。


「井上千佳さん、あなたもですよ。物理的、概念的にあらゆるものに空白を作り出す能力。一体その『空白』とはどういったものなんでしょうねえ。実に興味深い!」

「…っ!」


 背筋が凍るような白衣の男の笑顔に、息を飲み体を強張らせる千佳。


「千佳には、指の一本も触らせないぞ」


 動かぬ体を無理に動かして、男を睨みつける本間。白衣の男は笑顔のまま本間のほうに向きなおすと、肩をすくめる。


「……体も碌に動かないというのに、どうする気なんでしょうか? さてさて、理解に苦しみますねぇ」


 白衣の男は最後にクックックッと笑うと、口角を下げ、真顔に戻り、目を細めると、冷ややかに二人を見つめる。


「お二人ともすでに気づいているとは思いますが、投与した薬品により、あなた方の超能力は封じさせてもらっておりますよ。あがいても無駄です。あきらめるのが吉と言っておきましょう」


 男のその目と声色は背筋が凍るほど冷たかった。男は数秒二人を見つめていたが、すっと目を開くと、声のトーンを変えて、話をつづける。


「さて、予定が詰まっておりましてね。無駄話はこれくらいにしておきましょうか」


 白衣の男の合図で、彼の後ろに控えていた看護師たちが本間に近づいてくる。


「まずは本間さん。あなたから始めることとしましょう」


 看護師たちは本間の体につけられていたコードを外すと、ベッドを動かし始める。白衣の男はそれを黙ってみている。


「……何を!」


 千佳が声を上げるが答える者はいない。

 本間を乗せたベッドは看護師に押され扉から出ていく。それと共に白衣の男は扉に向かい、閉める直前に千佳に向かって告げる。


「あなたたちの歓迎会をさせていただくんですよ。……お一人ずつね」


 扉が閉まり、部屋には千佳一人が残された。 

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