第三話 絶対ゆるさない!
第三話です。連日更新は不安なので、次回から隔日ですすめます。
「成功だー♪」
空中で静止したバットを見ながら優子がまた明るい声で言う。失敗しても成功しても同じ調子なのな。
いや、今度は満面の笑顔で腕を天に突きあげながらだから、成功したときのほうがリアクション大きいな。
優子がそこまで喜んでくれるのはうれしいんだけど、おかげで俺がよろこぶタイミングを失ってしまった。
仕方がないので淡々と次にいくことにする。
「よし、つぎいくぞ」
「なんだよ圭祐、喜べよぉ」
お前に奪われた俺の喜びを返せ。
優子の不満を無視して、力を抜くとバットは地面に落ちた。
ここからだ。
今度は掌を下に向け、バットを取るときの様に手を伸ばした。そして手は引かずにバットを掴む様に手を握る。
そのまま、腕全体を上にあげると、バットが持ち上がった。
俺はそのままバッティングポーズをとり、ぶんぶんと振り回す動きをすると、バットは空中で振られていた。
「よっしゃあ! 超能力素振り完成!」
俺はテンションが上がってはしゃぎながら、手に持たずにバットを振り回す。
「ちょっと、私の喜びを取らないでよ!」
優子が不満を表明してきたが、取り合わない。
「無視するなー! 無視するなー!」
優子は俺のそばにきてわき腹を突きながら抗議してくる。
「うるせー。お前はこうだ!」
俺はバットから意識を離し、両手を優子にほうに向け掌ではさむようなポーズをとった。
それと同時にバットは支えを失って地面に落ちた。
そして、優子のわきの下に手を入れるイメージで持ち上げる動きをした。
彼女の体がわずかに持ち上がった。
「おお!? おおお!?」
不意を突かれたのか、変な声を出して目を丸くしたまま優子が固まった。このままさらに持ち上げようとするが、地面から数センチのところで動きが止まる。
尋常じゃない重さが腕にかかったような気がして、腕を動かすことができない。
「お、重い…。これ以上は…無理…」
俺は持ち上げるのをやめて腕を引いた。すとんとおちる優子。数センチだったので特になんともないようだ。
そして、優子はパチパチと瞬きをした後、真っ赤になって喚き散らした。
「嫁入り前の娘さんに、重いとかサイッテー!!!」
「圭祐のバーカ! バーカ!」
「絶対ゆるさない!」
「私は重くない!」
自分の体を抱きしめながら、真っ赤になって喚き続ける優子。
しばらく喚いた後、静かになったが、ずっと俺を睨んでいる。
やってしまった。
優子は一度機嫌を損ねると、機嫌を直すまで相手しないといけないから、面倒なんだよな。
確かに、優子はスレンダー体形なので重くはないはず。ということは、超能力で持ち上げる力の問題か…。
「優子は重くない。俺の能力の持ち上げる限界点が低すぎただけだよ。だから機嫌をなおしてくれよ」
「つーん」
優子は俺の言うことを無視してそっぽを向いている。
超能力で持ち上げるには重かっただけ、という理屈では許されないらしい。
うーん。
ここは体感してもらうしかないか…。
俺は優子のほうに歩み寄ると、わきの下に手を入れて優子を持ち上げた。
明らかに軽い。
能力で持ち上げた時よりも、勢いよく持ち上がった。
「ほら、軽い軽い」
「な、なにすんのよー!」
優子は持ち上げられたまま俺の顔面を突き飛ばした。その拍子に俺の手は離れ、すとんと落ちる。今度はその場でしりもちをついた。
そしてそのまま固まっている。まだ怒っているのか顔が赤いままだ。
「な? 直接持つと軽いよ。俺の能力で持ち上がらなかっただけだから…。機嫌直せよ」
「…」
優子の返事がない。こいつフリーズしてるぞ、なんなんだ?
目の前で手をひらひらさせていると再起動したようだ。
「あ、あ、あ、あっ」
まるでばねの様に飛び上がって立ち上がった後、俺から1メートルほど離れて謎の言葉を発している。
「ゆ、ゆ、ゆ」
「許す?」
「ちがう! 許さない! 絶対許さない!」
まだ許してくれないらしい。
仕方がない。物で釣るか。
「この前駅前にできた喫茶店の山盛りパフェ、おごるから機嫌直してくれよ」
優子は再びフリーズした後、即再起動して、満面の笑顔で言った。
「許す! 今から行こう!」
現金な奴め。
そして優子に手を引かれて、駅前の喫茶店に向かうのだった。
「で」
「で?」
コーヒーを一口すすり、話だそうとする俺の前にはまるでバケツの様な大きさの山盛りパフェを満面の笑みを浮かべながら食べる優子がいた。
「それ食べ終わったら、家に戻ろうかと」
「あのまんま、出てきちゃったしねえ…」
「もう2時間ほど経ってるしな、さすがに放置しておけないから」
「おけ。じゃこれ急いで食べるね」
そして優子は山盛りのパフェを食べ続けるのだった。
三十分後。
アパートの自分の部屋の玄関ドアの前で俺たちは意を決していた。
「よし、開けるぞ?」
「ちょっとまって。よし、おっけ」
優子がバットを前に突き出すように構え直したのを見てから、俺は、そっとドアを開けた。
人の気配はない。
さすがに、黒づくめの男がずっと家にいる、なんてことにはなかったようだ。
中に入る。もちろん靴は脱ぐ。
部屋は特に荒らされた様子もなく、朝起きて出て行ったときのままだ。
「なんもなかったね」
「おまえ、ちょっと残念そうに言うのやめてくれない?」
二人でほっとしながら、そんな言葉をかわしていると突然声が聞こえてきた。
「助けて」
お互い顔を合わせていたので、どちらの言葉でもないことは分かる。
「ま、また何か…!」
声が聞こえた方向は分からないが、俺も優子も玄関を見つめる。
優子がバットを構え、俺は掌を向ける。
近づくのは怖いので、能力でドアを開けた。
「誰も…いないね?」
ドアの向こうには誰もいなかった。
ということは外からじゃない…?そう思いながら、部屋の中を振り返ると異変が起きていた。
まばゆく光る真っ白な人型。
そして聞こえてくる声。
「私の…、圭祐さんを…、助けてください」
一体何が起こってるんだ?
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