第十一話 どういうことか教えてください
やっと状況が動き出しました。
住宅街の片隅にある一角、大型フェンスに囲まれた、工事中のマンションの建設現場。八階建てと思われるその建物の周りを足場が取り囲んでいる。いつもなら、人の声や、何かを打ち付けるような金属音が聞こえるのだが何も聞こえない。本日は休みなのか人っ子一人いない。
そんな中、突如中空に白く光る球体が現れた。
球体は発光しながら大きくなっていき、最初はピンポン玉くらいであったのが、ビーチボールくらいの大きさになると、今度は形を変え始めた。球体の周りに白い光が付け足されていく様は、絵の具をのばして形をつくるような、そんな動きにも見える。
やがて、白い光は三人の人型になった。これ以上光が広がる気配はない。すると今度は、人型を中心にその場全体が白く光りだした。
もし、この現象をカメラで撮影していたら、画面全体が真っ白で何も見えなくなっていることだろう。そんな状態が二、三秒続いたかと思うと、ふっと消える。中央の人型は三人の男女の姿に変化していた。
ーーーーー
周りが真っ暗になったかと思うと、急に上に引っ張られる感覚がした。そして気が付くと俺たち三人は工事現場らしきところに立っていた。
「なんか、暗くなったらバビュンって感じだった!」
「ああ、そうだな」
ちょっと興奮気味の優子に、同意する俺。
「着きました」
「ああ、そうだな」
アナザー優子はさすがに落ち着いている。俺も外面は落ち着いて返事している風を装っているが、相当驚いている。話を聞いていたとは言え、気が付けば全然別の場所にいるなんて驚き以外の何物でもない。かなり動揺していて「ああ、そうだな」としか言えなくなっている…。
「これから、なんとかして圭祐を探さないと…」
「ああ、そうだな」
「ていっ」
アナザー優子に相槌を打つ俺は、優子に脳天チョップを食らわされた。
「…なにすんだよ」
「圭祐、様子がおかしいから、緊張をほぐそうかと思ってー」
「脳天チョップはないでしょ、チョップは、結構痛いんだぞ」
「えへへ、ごめーん。けど、落ち着いたみたいだね」
「そういうお前は、よく平気だな。瞬間移動だぞ、瞬間移動。しかもほぼ変わらないとはいえ、別の宇宙だぞ。驚いてあたりまえだろ」
「私と同じだから分かるんですけど、順応性高いですからね、優子さん」
頭をさすりながら優子に抗議する俺をまぁまぁと宥めるアナザー優子。順応性高いで済ませる当たり、優子らしいといえばらしいが…。
そんなことを考えていると、パチパチと拍手する音が聞こえてきた。
「いやー、すごいねー、どんな能力なのかなー」
音のする方を見ると、花柄模様のワンピースを着て、若干茶色がかった髪色のロングヘアーをゴムで止めておさげにした、同年代くらいの女性が、一人拍手しながらこちらに歩いてくるのが見えた。
「「「!」」」
瞬間、臨戦態勢になる俺たち。二人に目をやると、真剣な顔で謎の女性を見つめている。俺は素早く周りを見渡し、フェンスの周りに積み上げてある鉄パイプの山をみつけると、小声で二人に声を掛ける。
「俺が切っ掛けを作る。そしたら、フェンスに向かって走ってくれ。フェンスを破って逃げよう」
「わかった」
「わかりました」
謎の女性を見つめながら返事をするダブル優子。俺はパイプの山に向かって手を伸ばし、俺は能力でまとめて掴むと腕を振り、謎の女性からの目くらましになるように、俺たちとの間の空中にばらまいた。
それをきっかけに反転。俺たちはフェンスに向かって走る。フェンスを破ろうと右腕を振り上げた。しかし、その腕を振り下ろすことはできなかった。いつの間にか、俺の手首が謎の女性につかみ取られていたのだった。
「その能力はテレキネシスかなー、けど、手を動かせなかったらどうなるのかなー?」
「圭祐を離せー!」
優子が金属バットを振りかぶり、女性に向けて打ち下ろす。しかし、バットが当たる直前に女性が掻き消え、バットは空振りする。勢いで倒れそうになる優子を咄嗟に支える俺。
「あらあらー、そんなの当たったら大けがするじゃないー、危ないよー」
俺たちの後ろから、緊張感の無い間延びした口調で女性の声が聞こえてくる。振り返る俺と優子。謎の女性はアナザー優子の斜め後ろに立っていた。
優子はバットを構え直し、俺は鉄パイプを引き寄せた。しかし、アナザー優子が間にいるので、うかつに攻撃はできない。
「とりあえずー、落ち着いてねー」
緊張する俺たちに向かって、両手を肩の上あたりまで上げ手のひらを向けて左右に振りながら女性は言った。
「俺たちをどうする気だ?」
「どうするって言われてもー、何もしてないんだけどー、むしろ君達こそ私をどうする気ー?」
言われてみればそうかもしれない、と思う俺。一度腕は掴まれたが…、相手が俺を攻撃する気だったらやられていたかもしれない…。いつの間にか近づいて俺の手を掴んだことや、優子のバットを避けて一瞬で向こう側に移動したのは多分、テレポートとか瞬間移動とか言う、一瞬で好きなところに行ける能力だろう。
「聞き方を変えるよ。あんた、超能力者か?」
「さあー、どうかしらねー? あなた達こそ能力者じゃないのかなー? とりあえず物騒なことはやめて欲しいなー」
両手を挙げたまま間延びした口調で話しているが、鋭い視線でこちらを見てくる。俺も彼女を見返す。しばらく見合わっていたが、俺は小さくため息をつくと鉄パイプを離して、優子の肩に手を置き、優子にバットを下ろすように言う。優子は不満そうにしながらも、バットを下ろした。
「わかったよ。そっちが何もしないって言うならば、俺たちも何もしない」
「それがいいと思うよー、仲良くお話しましょー、私は西沢鳴海、よろしくー、鳴海って呼んでくれたらいいよー」
「俺は藤沢、藤沢圭祐だ。彼女達は…」
そこで言葉に詰まる、彼女達は同じ名前なんだよなあ。二人とも二宮優子なんて紹介したら変だよなあ。どうしようか、適当な名前を俺が勝手に考えるのもどうかと思うし…。
俺が言い淀んだところで、鳴海が質問してきた。
「君たちは双子かなあー? 髪型とか違うけど、顔がそっくりだねー」
「………」
俺は返答に詰まる。鳴海は肩をすくめて、仕方がないといった風なポーズをとる。
「何か問題があるみたいねー? ま、とりあえずはいいよー」
「悪いね、事情があるんだ。…これはまだ、今は言えない」
どう紹介しようか、どちらかを優子と紹介して、片方を偽名にする? ここはアナザー優子の宇宙だから、こちらにお邪魔している俺と優子がアナザーになるのか? …ややこしいな。
「私は二宮優子、よろしく、鳴海さん」
俺が考えていると、優子があっさり本名を名乗った。…お前がそう名乗ったら、アナザー優子はどうすんだよ。しかし、アナザー優子は俺の心配なんぞ、気にしてないかのように名乗る。
「二宮優子です」
マジか。アナザー優子も本名を名乗りやがった。何考えてんの? 同じ名前を名乗るとか怪しいやつ全開だし、鳴海が近づいてきた理由もわからないのに。俺も本名を名乗ったけど…。いや、俺が名乗るのと、優子たちが名乗るのは意味が違うじゃん。もうちょっと何か考えようよ。
平静を装いつつ、俺の内心は焦っていた。だが、鳴海の返事は何も気にしないかのようなものだった。
「名前も同じなんだー、すごいねー」
「ややこしいですよね、私のことはアナザーと呼んでください」
「アナザーねー、もう一人の優子さんー? 意味深だねー」
それにこたえるアナザー優子もあっさりしたものだ。てか、そこまで言っちゃう? 「私怪しいものです」って自己紹介しているようなもんじゃん…。などと考えていると、優子が俺の耳に顔を寄せ、大丈夫、と言ってきた。大丈夫? どこからそんな自信が…?
「ちょちょちょ、鳴海さんちょっとごめんね」
鳴海に断りをいれて、俺はダブル優子の手を引き、少し離れて小声で真意を問いただす。
「二人とも何してるかわかってる? 二人が正直に名乗ったら、何かあるって思われてややこしくなるだけじゃん?」
「ややこしくはなりませんよ」
「え?」
「こちらの事情はちゃんと話すからねー」
「え?」
「圭祐さんこそ、何を狼狽えているのですか?」
「え?」
逆に質問されて、俺の頭の中には疑問符が浮かびまくっている。なんで二人とも落ち着いているんだ? 事情を離すって? 初対面の人に?
「圭祐さん、わかりませんか?」
「あんたって、時々おバカになるよねー」
「え? え? え?」
ダブル優子は首を曲げてお互いを見合って頷いている。二人が何を言っているのか、俺にはわからない。…降参だ。どういうことか教えてもらおう。
「どういうことか教えてください…」
「素直だねー、偉い偉い、なでなでしてあげましょうねー。ニシシシ」
優子が笑顔で俺の頭をなでてくる。その言い方はどうかと思うが、我慢する。
「圭祐さん、私の能力について、説明したことを思い出してください」
アナザー優子の能力…「世界を渡る力」。世界を渡って、自分を助けてくれる人や物に出会う…。
「あーっl?」
思わず出した大声に、離れていた鳴海がびくっとしてこっちを見ている。俺は鳴海をしばらく凝視してから、アナザー優子に向きなおった。
「やっと、気づいたねー」
「じゃあ、彼女が…?」
「はい、なんとなくですけど…。突然現れたので、最初は焦っていて分からなかったんですけど…、敵じゃなさそうだって思ったときに、あの人がそうなんだと…」
「あのー、まだかかるかなー?」
「あ、ごめん。そろそろ戻るよって、えええええ!!」
鳴海がいつの間にか俺たちの近くにいた。突然の割込みに驚く俺たち。
「もう…、びっくりさせないでよー」
「ごめんごめん。結構またされたしー、突然大声出すから気になっちゃってー」
優子が口を尖らせて文句を言うと、鳴海は苦笑しながら言い訳をする。
「で、内緒話は終わったのかなー?」
「はい、私たちの事情をお話ししようと思います」
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