ヤバイ!締め切りは明日……じゃない
コンコン。
小説を書いていると、玄関のドアがノックされる。
うーん、今忙しいんだが……
明日は原稿の締切で、今日は本気で書き続けなくてはいけない。
とはいえ、来客を無視するわけにもいかない。
渋々筆を置いた俺は玄関に向かう。
そして、ドアを開けると……
「ラウズせーんせー!」
そこに居たのはオレンジのショートヘアーに赤いメガネの女性、プルシェラだ。
……ヤバイ。
ヤバイヤバイ!
彼女がここに居るということは……!
「原稿を取りに来たッスよ~。もちろん、できてますよね!」
いや、まて。
締切は明日のはずだ。
プルシェラが間違えて一日早く来たに違いない。
「プルシェラさん、締切は明日のはずでは……?」
「何を言ってるんスか~。編集者は世界で一番時間に正確な職業ッスよ。あたしが日付を間違えるはずないじゃないッスか」
「……ちょっと待ってくださいね」
俺は一度ドアを閉めると一回深く息を吸う。
そして、テーブルまで今朝の新聞を取りに戻る。
ここのところ忙しくて新聞すら読めていなかった。
えー……本日の日付は……
「終わった……」
締切の日付は確かに今日だ。
何度見ても今日!
つまり、提出するはずの原稿は、締切なのにまだ完成していない……
「どうした、主殿。これから死ぬみたいな顔をしておるぞ」
「実際死ぬかもしれない……職がなくなったらおしまいだ……」
「ええ!? 一体何が起こったのだ!?」
俺は重い足取りで玄関に戻ると、ドアを開ける。
「ええーっと……プルシェラさん」
「原稿持ってきてくれたんスか?」
「原稿の件なんですけど……」
「まさか、できてないなんてことはないッスよねぇ?」
プルシェラがニッコリとほほえみながらこちらを見ている。
その笑みはまさに獰猛。
獲物を狙うハンターのように、冷酷な笑みであった。
諸説あるが、笑顔の表情とは威嚇の表情が進化したものという説がある。
歯茎を見せて相手を威嚇する様子が、長い年月をかけて徐々に笑顔として認識されるように変わってきたという説だ。
そんな説を俺は聞いたことがあるだけだが、目の前のプルシェラの笑顔を見ているとあながち間違いではないという気がしてくる。
なんか笑顔なのに明らかに鬼のようなオーラが見えるもんね……
「あと一日! 一日だけ待ってくれませんか!!」
「締切は絶対と、あれほど言ったはずッスよねぇ!!!」
俺の目の前には正真正銘の鬼が降臨した。
片腕でドラゴンだろうが捻り潰してしまいそうなその圧力を前に、俺はただ謝るしかない。
ちなみに、プルシェラは編集者になる前は冒険者をしていたらしい。
それなりに腕の立つ冒険者だったとも聞く。
どうして編集者になったのかは知らないが、怒らせたらいけない相手であることは間違いなかった。
「すみません! すみません! どうにか、どうにか一日だけ!」
「ま、別にラウズせんせがそのつもりならいいッスよ。こっちは別の人探すだけッスから」
「いえいえ、滅相もない。ちょっとした勘違いなんです。一日あれば完成しますから! どうか!」
このままでは、職を失ってしまう。
そしたら生活ができなくなり、全てが終わりだ。
なんとしてでもプルシェラに許してもらわなくては……
「ふーん……それじゃ、今日はここに泊まっていくッス」
「ええ!?」
「ええ、じゃないッスよ。あたしは明日出社するときには原稿を持っていかないといけないッス。つまり、明日の朝一番までに原稿を受け取ってここから出社すれば、ギリギリ一日待った上で間に合うッスよ」
「分かりました! ありがとうございます!」
良かった。助かった。
俺はプルシェラをまずは家にあげようとする。
振り返れば、哀れなものを見る目のジオとムーンが立っているが、気にしない。
おそらく平謝りする様子を見られていたのだろう。
しかし、情けないことがなんだ。
俺は食っていくために必死なんだ!
食わなくても生きていけるジオやムーンとは違うんだよ!!
「マスター、偉い方ですか……?」
「ああ、小説を書いているのは前にも話しただろう。その原稿を取りに来てくれる編集者のプルシェラさんだ」
プルシェラはジオとムーンを見て驚いている
「ラウズせんせ……まさか……誘拐ッスか!?」
「違いますよ! えーと……親戚の子供を預かっているんです!」
「え……親戚の子供に主とかマスターとか呼ばせてるんスね……」
プルシェラは俺のことを犯罪者でも見るかのような目で睨んでいた。
その瞳は絶対零度。
やめてくれ……俺をそんな視線で見るな……
説明したって信じてくれないだろうし……
「いや、それはこいつらが勝手に呼んでるだけなんだよ。な、ジオ、ムーン」
「……そのとおりだ」
ムーンが近づいてきて耳打ちをしてくる。
「話は合わせてやるから、今度またはちみつクレープを食べたい気分だ」
「分かったよ」
俺ははちみつクレープを約束する代わりにムーンに話を合わせてもらう。
なんかムーンに良いようにされている気も否めないが、今はそれどころではない。
「プルシェラさんはここで座っていてください。すぐに書きますから」
「それじゃ、あたしはここで作業させてもらうッスね」
プルシェラさんは鞄から書類を取り出して作業を始める。
俺は自分の部屋に戻るととにかく全身全霊を持って執筆作業を始めるのであった。
*
「できた……できたぞ……!」
外を見ればもう真っ暗だが、なんとか俺は原稿を完成させた。
満身創痍だが、この開放感は癖になる。
よろよろと立ち上がりドアを開ける。
「お、ラウズせんせ、原稿はできたッスか?」
「ああ、おかげさまで完成したよ」
「それなら良かったッス。あ、ご飯作っといたッスよ」
テーブルを見れば、ジオとムーンが料理を並べている最中だった。
どうやら、プルシェラが晩御飯を作ってくれたらしい。
「プルシェラは存外、料理がうまいではないか」
「マスター、プルシェラさんを困らせてはダメですよ!」
ついでに、ジオとムーンと打ち解けたらしい。
「あたしは昔、冒険者をしていたッスからねぇ。現地で狩った魔物や動物を美味しく食べるために色々と工夫したもんッスよ」
確かに、見ればテーブルに並ぶ料理は美味しそうだ。
「とりあえず食べてくださいッス。原稿ができたならあたしから言うことはないッスからね。今日は泊まって、明日本社まで持っていくッス」
「わざわざありがとうございます!」
プルシェラは怒ると怖いが、締切さえ守れば優しい人だ。
ご飯を作ってくれたのは本当にありがたい。
俺はほっと一息ついた。
しかし、このとき俺は、翌日あんなことになるとは予想もしていなかったんだ。




