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アンさんの正体は何者なのか

 ある早朝。

 ジオとムーンはまだ寝ている。


 二人は俺の書いた小説を気に入ってくれて昨晩は遅くまで読んでいたらしい。

 本来は食事と同じく睡眠も不要な二人だが、ムーン曰く「人間らしく生活するのも悪くない」とのこと。


 では俺が何をしているかと言えば、小説のアイディアを考えて頭を捻っていた。


 しかし、アイディアを出そうとすると頭によぎるのは最近の摩訶不思議な出来事。


 人間になる伝説の武具。

 それをポンと渡せるアンさん。


 こうなってくると、アンさんの正体が気になり始めて小説のアイディアどころではなくなってしまう。


「伝説の武具をひょいと渡してこれるような人物……いや、考えても思いつかないな。例えば、どこかの国の国王とか? それとも、トップ冒険者とか?」


 魔術武具は一応いくつか実在していると聞く。

 例えば、冒険者の頂点に立つ男は魔術武具を所持しているという噂がある。

 他にも、国庫には魔術武具が保管されているという噂もある。


 しかし、どれも実際に見たことはない。

 仮にそれらの噂が真実だったとして、見ず知らずだったお隣さんにポンと渡せる者が存在するはずなかった。


「そうだな……すると、神様とか?」


 魔術武具をいくらでも作り出せるような神様だったら、お隣さんに渡すということもあり得るかもしれない。


 しかし、神様が俺の隣に越してくる理由はないと断言できる。

 神様に気に入られるほどの善行はしていないからな。

 もちろん、悪行もしてないが。


「あとは……魔王、とか?」


 魔王は魔物たちの王様で、魔王城というところに住んでいると聞く。

 魔王城の宝物庫には魔術武具を含む様々な財宝があると噂されているが、これもまた噂の域は出ない。

 なぜなら、魔王城にたどり着いて帰ってきた者が居ないからだ。


 しかし、これもないと断言できる。

 人間と敵対している魔物の王が俺に魔術武具を渡す理由がないからな。

 そもそも、こんなところに魔王が居るはずない。


「うーん、考えても分からないな。こうなったら、直接確かめるしかないか……」


 思い立ったが吉日。

 俺は外行きの服に着替えると、初めて俺の方からアンさんの家を訪ねることにした。


*


「アンさん、いませんか?」


 アンさんの家のドアをノックする。

 だが、少し待ってもドアが開くことはなかった。


 残念だけど留守か、もしくはまだこの時間寝ているのかもしれない。


「……ん?」


 ガチャリ……

 俺はアンさんの家のドアに鍵がかかっていないことに気づく。


 当たり前だが、ここでアンさんの家に入るのはマナー違反。

 それどころか、若い女性の家に忍び込むなんてことは犯罪だ。

 この時間だと、アンさんは寝ているのかもしれない。


 しかし……


「中を少し覗くくらいなら……許されるよな……?」


 なにも、別に悪いことをしようというんじゃないんだ。

 アンさんの謎の発言が真実なのか確かめたいだけ。


 俺はおそるおそる音を立てないようにドアを開けると、その隙間から中を覗き込んだ。


「…………普通だな」


 アンさんの家の中は至って普通だった。


 入って少しのところにキッチンが見える。

 調理道具はすべて整理整頓されており、一度も使われたことがないかのようにピカピカだ。

 本棚もぴちっと本が詰まっていて、それ以外にも家具もすべてキレイに使われている。


 まるで、ここで生活していないような……


「ラウズさん!? なにやってるんですか!?」

「わっ!」


 振り向けば、そこには口に手を当てて驚くアンさんがいた。

 ヤバイ!


 どうこの状況を説明すればいいんだ……!?

 どうにか、小説家として養われた物語を考える力で、この場を切り抜ける抜群の言い訳を考えるしかない!


「いや、これは、その……あの……えー……あ、流れ星!」

「……今、朝ですけど」


 いや、言い訳ですらねぇ!

 なにやってんだ俺!


「そこ、わたしの家ですよね」

「これは……あの……アンさんに用事があって訪ねたんですけど、鍵が空いていたので中に居ないかなぁ……と思って」

「…………」


 アンさんの鋭い視線が俺を貫く。

 やめろ!

 俺をそんな目で見ないでくれ!


 俺は親に悪行がバレた子供のように……

 蛇に睨まれた蛙のように……

 ただ身体を固くしてアンさんの次の言葉を待った。


「……そうだったんですか。すみません。ちょっとでかけていたんです」


 アンさんはいつもの調子に戻っていた。

 いや、もしかすると俺が勝手に後ろめたさから、アンさんが怒っていると思ってしまっただけかもしれない。


「それで、用事ってなんだったんですか?」

「アンさんって伝説の武具をポンと渡してきたり、それでも一般人って言ったり……お仕事とか一体何をしている人なのかなと思いまして」

「そうですね……何をしているかって言われると難しいんですが、強いて言えば管理職ですかね……」

「管理職!?」


 意外な返答だ。

 アンさんが組織の管理職として働いている様子は想像できない。

 それに、割と昼間にもアンさんをこの近くで見かけたりするのだが、いつ仕事をしているのだろう?


「詳しくは言えないんです。すみません。ラウズさんは小説家をしてらっしゃるんでしたっけ?」


 ……あれ?

 アンさんに俺の仕事のことを話したことあったかなぁ?


 まぁ、道端に出会ったときとかに話したのかもしれない。


「そうなんですよ」

「ラウズさんだったら冒険者とか似合いそうなのに、やらないんですか?」

「とんでもない!」


 俺は必死に否定する。

 一体アンさんは俺のどこを見て冒険者が似合うと思ったんだ?


 アンさんは知らないかもしれないが、俺の運動能力は壊滅的だぞ。


「俺は、昔は冒険者になって魔王を倒すことを目指してたんですけど、てんでダメだったんですよ。冒険者なんて俺には無理です」

「そんなことないですって!」


 アンさんが急に俺の手を握って迫ってきた!

 近い!


 女性特有の良い香りが俺の鼻孔をくすぐって、俺の心臓は早鐘のように打った。


「ラウズさんほどの人ならきっと夢を叶えられますよ!」

「え……ええ……ありがとう、ございます」


 上目遣いにこちらを見つめるアンさん。


 頑張って俺は平静を保とうとするが、正直話の内容すら考える余裕もなかった。


「ラウズさんなら、絶対魔王にも勝てます」

「ええ……が、がんばります」

「頑張ってください!」


 アンさんが俺の手を離し、俺の横を抜けていく。


 そして、真横を通り過ぎる瞬間……


「わたしは、待ってますから」


 何かを耳元で囁かれた。


 しかし、その声は本当に小さく、俺には聞き取ることができなかった。

 仕方ないだろ。

 自分の心臓の音がうるさすぎたんだから。


 ガチャリ。


 アンさんは自身の家に帰っていった。

 俺はそのドアを閉める音を聞いてもしばらく棒立ちになっていたが、少ししてなんとか正気を取り戻す。


 ……ふぅ。

 俺にはちょっと難易度が高すぎるやりとりだった。

 美人で可愛いアンさんにああも接近されては……


 結局、俺はアンさんの正体を全く探れなかった。

 記憶に残ったのはアンさんの良い香りだけだ。


一体アンさんは何者……!?

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