お隣さんからのおすそ分けがドラゴンの卵だった
翌朝。
新聞には昨日の事件が書かれていた。
「魔王軍四天王アビスブラック捕まる。侵攻を食い止めたのは一人の若者……と」
昨日の侵攻を食い止めたのは街の外れに住む若者。
アビスブラックは魔物の軍勢を率いて侵攻を試みたが、失敗に終わった。
「アビスブラックの供述により魔王が交代していたことが判明する……か」
捕まったアビスブラックは「数ヶ月前に魔王様が一体の魔物に敗れ交代した。オレ様が一番に功を上げて新たな魔王様に認められようとしたがこのザマだ」と語った。
「新たな魔王の名はラヴズアンセム……と」
魔王が交代したという噂があったが、どうやらそれは真実だったらしい。
人間と魔物の戦いが激化しなければ良いのだが……
そのとき、玄関から音が聞こえた。
コンコン。
「ラウズさん、いませんか?」
アンさんの声だ。
俺は急いで玄関に向かう。
「アンさん、無事でしたか?」
「ええ、わたしは家に隠れてたんです」
……あれ?
あのときアンさんの姿を外で見かけたと思ったが、気のせいだったか。
後ろ姿だったから、別の誰かをアンさんと勘違いしていたのかもしれない。
「それは良かったです」
「いえいえ、ラウズさんがアビスブラックを撃退してくれたおかげですよ! やっぱりラウズさん、強いじゃないですか!」
「いや……強かったのはアンさんから貰った剣と盾だったんですけど……」
「ラウズさんこそ魔王を倒して世界に平和をもたらす英雄ですよ!」
最近、アンさんが冗談で言っているのか大真面目なのか判断がつかない。
最初は全部冗談だと思っていたが、それにしては目が本気すぎる。
ジオとムーンだって本物だったし、もしかしたらあのとき貰ったマンドラゴラやら世界樹の新芽やらも本物だったのではないかと思い始めた。
正体はわからないままだし、とにかく謎が多すぎる。
「それは流石に無理ですよ。それより、今日は何の御用ですか?」
「ああ、実はまたラウズさんに料理をと思って……」
ゲッ!
アンさんの手料理!?
あの無差別破壊兵器Xのことか!?
「えっ、りょ、料理……ははは、な、何を作ったんですか」
「いや、実は今はまだ練習中なんです。なんですけど……練習のために取り寄せた材料が余ってしまって、ラウズさんに少しおすそ分けをと」
「それはいい考えですね。ええ、存分に練習したほうがいいでしょう。いやー、ありがたいなー。それで、材料ってなんですか?」
「卵です」
アンさんのことだから意味不明な食材で料理をしようとしているのかと思って身構えたが、卵なら安心だ。
卵料理だったらいくら失敗してもあのときのシチューのように酷くはならないだろう。
卵料理は料理の基本だ。
初心者でもとっつきやすい。
シンプルだし、なにより失敗しても焦げて炭になる程度で済む。
いや、炭になるのも大失敗なんだけど、あのシチューを食べるくらいなら炭を食べたほうがいくらかマシだ。
なんか嫌な予感がする気もするが、さすがに卵なら大丈夫だよな……
「ちょうど卵は切らしてたので、そういうことなら少し頂いてもいいですか?」
「はい、喜んで!」
そう言ってアンさんは家に戻ると、少しして出てくる。
……ん?
「ラウズさーん、卵持ってきましたよ!」
見間違いか?
一個の卵を両手で抱えているように見えるぞ?
アンさんの上半身がその卵らしき物体でほとんど隠れてしまっているぞ?
「……なんですか? これ」
「卵ですよ。ドラゴンの」
ほう……今度はそう来たか。
俺が甘かった。
アンさんが鶏の卵なんか使ってるわけないよな。
ここまで来たら、予想できなかった俺に落ち度がある。
俺は諦めてアンさんから卵を受け取ることにした。
「ラウズさん、重いので気をつけてくださいね」
「はい、どうも」
俺はアンさんから卵を両手で受け取る。
というか、両手じゃないと抱えきれないサイズなのだ。
その重さもかなりのもので、気を抜くと落としてしまいそうだった。
「鶏の卵は美味しいので、多分、ドラゴンの卵はもっと美味しいと思うんです。ぜひ食べてみてください!」
「は……はい、アリガトウゴザイマス」
「それじゃあ、失礼しますね」
俺は卵を抱えたまま家の中に入り、そっと卵を置く。
「マスター、なんですかこれ?」
「んー……ドラゴンの卵らしい」
「どういう風の吹き回しだ? ドラゴンを育てるのか?」
「いや、食材として貰った」
「?」
ジオとムーンはそれを聞いて頭に疑問符を浮かべる。
だが、事実なのだからそれ以外に説明しようがない。
「とにかく、今日のご飯はドラゴンの卵だ」
「ドラゴンの卵を食べるのか? うーむ……聞いたこともないが、どんな味がするやら……」
「とりあえずなんだが……ムーン、この卵を斬ったりできるか?」
卵は巨大すぎて普通の卵のように割ることができなさそうだ。
こんなことに魔剣を使うのも申し訳ないが、どうにか卵を斬ってもらわなくてはいけない。
「我をそのようなことに使うとは……でもまぁ、仕方ないな。ゆくぞ!」
ムーンがチョップのように卵に手を振り下ろす。
その一撃はドゥランを追い返したときに見せてもらっている。
ただのチョップなどではない。
しかし……
ガキン!
「な、なんだと!? 我の刃が通らない!?」
「そんなに硬いのか?」
「硬いなんてものじゃない! これはただのドラゴンの卵ではないぞ。おそらく、ドラゴンの中でも最上位に位置する古龍種と呼ばれるドラゴンの卵だ」
「ええー……」
ムーンで斬れないってことは、きっとこのドラゴンの卵は本物なんだろうなぁ。
そして、ムーンがそう言うってことは古龍種の卵ってのも本当なんだろうなぁ。
俺は遠い目をして窓の外に見えるアンさんの家を見つめる。
こんな物もらってどうすればいいんだ……
「うーん、仕方ないな。とりあえず捨てるわけにもいかないし、このまま置いておこう」
「これ、孵ったりしないよな」と一抹の不安を覚えながらも、放置しておく以外に選択肢はなかった。
俺は片付けで空いた押し入れのスペースにドラゴンの卵を押し込む。
本当はどうするか考えないといけなかったのだが、この日の午後からは昨日の事件のことで記者が訪ねてきたりで色々と大変だったのだ。
その上、なんと訪ねてきた人々の中にはこの街の領主からの使いが居た。
俺は一週間後にこの街の領主邸へと赴くことになり、とにかく慌ただしく日々が過ぎ去っていく。
原稿が終わって一段落したタイミングで幸運だった。
この状況自体がある意味不幸であることは考えないでおくけど……
だが、そのために俺はドラゴンの卵のことなどすっかり忘れてしまうのだった。
領主の館に呼び出されたラウズ。
ドラゴンの卵も放置されることに。
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