お隣さんじゃなくて魔王軍が訪ねてきた
ズドガァァァァン!!!
轟音が鳴り響き、地面が揺れた。
その音で俺は目を覚ます。
「なんだ!?」
慌てて外を見れば、住民たちが一斉に街の方へと走っていっている。
なにやら、大声で叫んでいる人も居るようだ。
窓を開けてみると、人々の声が聞こえてくる。
「魔王軍四天王のアビスブラックだ! みんな、逃げろーーー!!」
魔王軍四天王!?
まさか、魔王軍の侵攻か!?
人々は次々に逃げていっている。
……あれ?あの後ろ姿はアンさん?
でも、なんで一人だけ逆方向に逃げていっているんだ?
「マスター、大変です!」
「魔王軍のアビスブラックとやらが攻めてきたらしい。どうする?」
気づけば、ジオとムーンが後ろに立っていた。
「どうするもこうするも、逃げるしかない……!」
「なんだ。戦わないのか? 主殿なら魔王が直接来ない限り余裕だと思うのだが」
どうもジオとムーンは俺を過大評価しているフシがある。
魔王軍の四天王と言えばその力は計り知れない。
伝説の剣と盾であるジオとムーンが居ても、使い手が俺では対抗できないのではないか。
「そうだ。プルシェラさんは!?」
「起きてるッスよ。困ったことになったッスねぇ……」
プルシェラさんは頭をかきながらそう答えた。
「急いで逃げましょうよ!」
「そうしたいのはやまやまなんスけど、アビスブラックって言ってたッスよねぇ。もしそうなら、すでに手遅れッスよ」
「一体どういう意味……」
そのとき、明らかに窓から入ってくる日差しが弱くなった。
俺は外の様子を確認すると、周囲一帯がなにやら不気味な黒い霧で覆われていることに気づく。
そこまで先が見えづらいわけではないが、太陽の光をある程度遮っているので朝とは思えないほどに暗くなっている。
「なんだ、この霧は!?」
「アビスブラックは身体から黒い霧を吹き出して人々を閉じ込める空間を作り上げるッス。この霧の中じゃいくら逃げようとしても無駄に近いッスね」
プルシェラは元冒険者だけあって魔王軍四天王のことに詳しいようだ。
「じゃあ、どうすれば……」
「ほんと、最悪ッスけど……アビスブラックが気づかずに過ぎ去るのを待つか、アビスブラックを倒すしか方法はないッスね」
プルシェラは強い冒険者だったと聞くが、それは何年も前の話。
編集者をやっている今ではさすがに腕も衰えているだろう。
それに、いくら強いと言っても魔王軍の四天王に一人で勝てるとは思えない。
ここは、やり過ごすしか……
「とにかく、今はやり過ごすしかないッス」
「そうしましょう」
窓から外の様子を伺う。
外には依然として逃げ惑う人々が見えているが、さきほど逃げていったはずの人がまた同じところに戻ってきていた。
おそらく、これが霧の効果なのだろう。
そして、少しして街とは反対側から、ひときわ大きな影が現れた。
「恐れろ! 恐怖しろ! オレ様が煉獄のアビスブラックだ!! この霧からは逃れられないぜぇ。もし逃げても、霧の外にはオレサマの配下の魔物たちが大勢控えている!」
一見すると黒いローブの男だが、その身長は二メートルほどもありそうだ。
さらに、顔をよく見れば人の顔ではなく、漆黒の毛の狼に見える。
獣人……?
そして、手に持った杖はギザギザとした造形で、多くの装飾が施されていた。
アビスブラックは逃げ惑う人々を見て笑うと、ゆっくりと距離を詰めていく。
「まずいッスよ。このままじゃ、アビスブラックにやられるッス!」
アビスブラックと人々までの距離はもはや五メートルほど。
今は逃げ惑う様子を見て楽しんでいるが、手の届く範囲に行けば間違いなく人々はやられるだろう。
それを見ていて、俺の胸は無性にざわついた。
力があれば……
俺が小説で書いているような、勇者の力が俺にあれば!
しかし、俺ももう子供ではない。
魔王を倒すなんて言っていたあの頃の無謀さは無くしてしまった。
どう考えても、ここで隠れているのが最善の策だ。
それでも……
「ジオ、ムーン、助けに行くぞ!」
そう言って俺は玄関から飛び出す。
明らかに無謀だ。
誰が考えても分かる。
だけど、俺が書いている小説の主人公たちはここで隠れたりしない。
もしも俺がここで戦わなかったら、二度と小説を書けなくなる気がしたのだ。
「なんだぁ?」
俺はアビスブラックの元まで走り、その近くで止まった。
がむしゃらに走っていたので気づかなかったが、いつの間にかジオとムーンは剣と盾となり俺の両手に握られている。
「貴様、なんのつもりかは知らんが、オレ様と戦う意志があるようだ。こんな街の外れに冒険者や衛兵でも居たか? まぁいい。かかってこいよ」
「俺はラウズ。この剣と盾は魔術武具だ! お前もただではすまないぞ。撤退した方がいいんじゃないか?」
それでも、俺自身の弱さは俺が一番知っている。
なので、ハッタリでアビスブラックが退いてくれることに賭けた。
「こんなところに魔術武具があるものか! ラウズとかいう人間よ。ハッタリも大概にしろ。来ないのなら、オレ様から行かせてもらうぞ!」
ダメでしたーーー!!!
アビスブラックは高速でこちらに踏み込みながら、手に構えた杖を振り下ろしてくる!
いや、魔術とかじゃなくて杖で殴ってくるんかい!
とか、言っている場合ではない。
俺は必死に左手に構えた破魔の盾ウィッチクラフトアルペジオを突き出す!
ガキンと音が響き、杖が弾かれた。
「まだまだ!」
なんとか最初の一撃を防いだ俺だったが、アビスブラックはそこから杖を高速で振り続けてくる!
これは流石に反応できないぞ……
「マスター、攻撃は私が防ぎます!」
頭の中でジオの声が響いた。
どうやら、ジオが自動でアビスブラックの攻撃を防いでくれているらしい。
その連撃はすべてジオによって弾かれていた。
「中々やるな」
アビスブラックが大きくバックステップで距離を取る。
そして、間髪入れずに杖を掲げた。
杖が妖しく光り始める。
「これならどうだ! 煉獄アビスブラスト!」
振り下ろされた杖から放たれたのは闇の波動。
あれに飲まれたら一巻の終わりであることは見るだけで分かった。
「大丈夫です! 私はあらゆる魔術を弾く破魔の盾です!」
ジオを信じて前に突き出せば、黒い波動はジオによって完全に阻まれていた。
もはや、何も当たっていないかのように軽い感触。
……あれ?
これ、ジオが強すぎて意外と行ける?
「まさか防ぐとは……ならば、オレ様の魔力を濃縮した一撃を、やはり直接当ててやる!」
アビスブラックの持つ杖が一段と妖しい輝きを放ち始める。
だが、今度は魔術を放出せずにこちらに向かってきた!
きっと、魔力を込めた杖で直接俺を攻撃する気だ!
「主殿、あいつの杖を切り落としてやれ」
今度はムーンが語りかけてくる。
俺は魔剣エタニティフルムーンを構える。
「無駄無駄! この杖はオリハルコンでできた超強度の杖だ! そこにオレ様の魔力による強化まで加わっている! まともに当たれば剣の方がダメになるぜぇ!」
アビスブラックの杖が俺に振り下ろされる!
その速度は俺の目では負えないレベルであったが、とっさに俺はムーンを振った。
いや、俺が自らの意志で振ったのか、それともムーンが合わせてくれたのかはよくわからない。
だが、結果として……
「……は?」
カラン。
アビスブラックの持っていた杖の先端が斬り落とされて地面に転がった。
もちろん、そこに込められていた魔力も霧散したようだ。
「バ、バカな!? オレ様のオリハルコンの杖が!?」
慌てふためくアビスブラックを見て、俺は思った。
――あれ、これジオとムーン強すぎて意外と行けるやつだ。
アビスブラックはそれでも渾身の魔術や体術で対抗してきたが、ジオによって阻まれて何もできない。
「クソ! ならば、霧を解除して魔物の軍勢を差し向けてやる!」
アビスブラックがそう言って指を鳴らす。
その途端に、周囲の霧が晴れてきた。
そして、霧の中からは魔物の軍勢が……
「ア、アビスブラック様……突然現れた人間に部隊が全滅させられました……」
出てきたのはボロボロになった魔族だった。
地面に倒れ伏した魔物の兵士たち。
「なんだと!? 一体何者の仕業だ!」
「分かりませんが、ラウズと……名乗っていました」
……ん?
ラウズ?
「ラウズだと!? お前、さきほどまでオレ様と戦っていたはずだろう!? まさか、高等魔術である分身を使って霧の外の軍勢と霧の中のオレ様を同時に相手していたというのか!?」
いえ、してないです。
魔物の軍勢を倒したのは別の誰かだと思いますけど。
それ、どこのラウズさんですか???
「く……クソ……オレ様の完全敗北だ……」
はっきり言って俺は何もしていないのだが、アビスブラックは負けを悟ったのかなんと土下座してきた。
「オレ様……いや、オレでは勝てないことがよく分かりました……。ここは退きますから、どうか命だけは……」
「……」
正直、俺は何もしていない。
まず、アビスブラックと戦っていたのはどちらかと言えばジオとムーンだ。
次に、霧の外の魔物を倒したラウズと名乗る人間に心当たりがない。
別の誰かだと思うのだが、魔物の軍勢を一人で壊滅させられる人なんてそう居ないだろうし、本当に謎だ。
だが、現実として俺の目の前には土下座するアビスブラックが居た。
「すごい……すごいッス!」
気づけば、いつの間にかプルシェラが近くまで来ている。
なんだか、キラキラとした目でこちらを見ていた。
「ラウズせんせがこんなに強かったなんて、知らなかったッスよ!」
「いや、これは……その……」
「あのアビスブラックに土下座させるなんて、一体何者なんスか!?」
プルシェラだけではない。
周囲にはこの辺りに住んでいる人々が集まってきていた。
「勇者様だ!」
「英雄だ!」
ど、どうしようこの状況……
俺はぶっちゃけ何もしてないんだけど!!
…………
……
結論から言うと、このあと街から衛兵がやってきた。
衛兵たちが来るまでの間に多くの魔物たちには逃げられてしまったが、アビスブラックは捕らえられた。
魔王軍四天王の侵攻にも関わらず死者ゼロ名。
結果として、俺はアビスブラックを一人で圧倒した英雄として一躍有名人となってしまう。
昔は英雄になりたいなどと言っていたものだが、こんな形でというのは不本意すぎるな……
いや、というか今は別に英雄になりたいとか思ってないんですけど!
これで面倒なことにならなければいいが……
小説家なのに四天王撃退!?
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