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お隣さんが越してきた

「あのー、すみませーん」


 コンコン、と俺の住む家のドアがノックされた。


 俺は「こんな時間に一体だれだろうか」と思いつつ重い腰を上げる。

 すでに刻は夕暮れだし、自分で言うのも何だが人付き合いの悪い方で友人は少ない。

 二十五歳で友人と言える相手が一人二人しか居ないというのは、ちょっと寂しさもあるが……


 光の魔石を使った玄関の照明をつけてドアを開けると、そこに居たのは初めて見るおっとりとした雰囲気のお姉さんだった。


「はい……? どちら様ですか……?」

「あっ、初めまして! わたし、お隣に越してきたアンって言います」


 アンと名乗ったそのお姉さんは、俺の目から見て非常に美人さんだ。

 ふわふわとしたウェーブのかかった黒髪が肩にかかっている。

 俺のほうが身長が高いので上目遣いにこちらを見てくる様子はなかなかに威力が高い。


「お隣に越してきたんですか……?」

「はい、これからよろしくお願いします」


 お隣は長らく空き家となっていた家だ。

 そもそもこのあたりは住宅街ではあるが街から徒歩で一時間ほどは距離があり、そんなに賑わっている場所でもない。

 魔物が襲撃してきたら街の中ではまっさきに滅ぼされるような場所だ。


 新しく越してくる人のほうが稀であった。


「それで……お名前を伺ってもいいですか?」

「これはすみません。俺はラウズと言います。アンさん、よろしくお願いします」


 思いの外アンさんが美人だったので、俺としたことが名乗るのを忘れていた。

 俺だって男だ。

 お隣に美人のお姉さんが越してきたら色々と思うところはある。


 だが、長らく居なかったお隣さんが来たということが嬉しいという気持ちが強かった。


「ラウズさんですか……良いお名前ですね」


 そう言ってニコリと笑うアンさんは可愛らしく、思わず俺は頬が緩んでしまう。

 いかんいかん……


「それで、これなんですけど……」


 アンさんが横に長い箱を両手で支えて差し出してきた。

 気になっていたが、結構なサイズのあるこの箱は一体なんだろうか……


「なんですか?」

「つまらないものですが……」


 どうやら、引っ越してきたということでアンさんは粗品を用意してくれたらしい。

 今どきにしては珍しい気の利く人だなぁ。


「ああ、ありがとうございます! わざわざ気を遣ってもらっちゃって」

「いえいえ、ほんとつまらないものですから! それでは、わたしはそろそろ失礼しますね」


 俺がその箱を受け取ると、アンさんはそそくさと帰っていった。

 箱は結構な大きさがあったが思ったよりも軽く、中身がなんだかわからない。

 大きさとしては横に一メートル近くあるのではないだろうか。


 中身が気になった俺は、部屋に戻ってその箱を開けることにした。


*


「汝か……我が封印を解き放った者は……」

「……はい?」


 箱を開けた俺の目に飛び込んできたのは、あまりにも禍々しい剣だった。


 紫の刀身は一体どんな素材で出来ているのか想像もつかず、刃は妖しく光を放っている。

 さらに目を引くのは柄の部分に位置した巨大な目玉のような装飾で、その目玉はこちらを見ているかのような錯覚を覚える。


「いや……引っ越しの粗品で剣なんてことある……? というか、めちゃくちゃ軽かったけど何だこの剣……」

「我は直接、汝の頭の中に話しかけている。無視をするでない」


 いや、常識的に考えて引っ越しの粗品で剣はないでしょ?

 確かに魔王軍の侵攻がなんたらと物騒な世の中なので護身用に剣を持つ人も多いと聞くが、ご近所付き合いで剣を贈るのは聞いたことがないぞ。


「おい、聞いているのか?」


 ……というか、剣を一目見た瞬間から変な声が脳内に響いていた。

 幻聴かと思って無視していたが、そもそも幻聴である方が問題だということに気づく。


「いや……誰……?」

「我は魔剣エタニティフルムーン。汝が我の新しい使い手か?」

「え? 剣が喋ってるの?」

「そのとおり。我は知性を持つ魔剣である。今まで封印されていたが、その封印が汝により解かれたのだ」

「封印を解いた……? 引っ越しの粗品の箱を開けただけなんだが……?」


 箱は装飾こそしてあるが至って普通の箱に見える。

 魔剣とやらが封印されるにしてはあまりにもお粗末だろう。


 まったくもって意味がわからない。

 状況を整理しよう。


 ……引っ越しで貰った粗品に入っていた物が魔剣で、しかも俺は今その魔剣と会話している。


 いや、意味わからないが?

 誰がこれを話したときに信じてくれるというのだろう?


 多分、教会にいる神父ですら鼻で笑うだろうな。


「それで……汝は力を求めて我を手にしたのだろう? さぁ、我をその手に取り、生きとし生けるものすべてを絶やす殺戮の宴を繰り広げようではないか」


 その魔剣は見れば見るほど引き込まれるような妖しさを放っており、俺の本能が危険だと告げていた。


 残念ながら俺は人や動物や魔物を斬って悦に浸るような趣味はないし、なんなら剣を最後に触ったのは何年も前の話だ。

 それに、仮に剣を使うことがあったとして、この悪趣味な剣を使うことはないだろう。


 俺はおもむろに剣を持つ。


「我を手にとったか。新たな(あるじ)よ! さぁ、最初に我が刃の糧になる敵はどこだ……!」


 ……そして、そっと押し入れに放り込んだ。


「あっ、ちょっ、オイ! 何をやっているのだ貴様! 使い手が居なければ我は動けないのだぞ! あっ、コラ! 扉を閉め――」


 俺は頭の中で喋る魔剣を無視して押入れの扉をスッと閉める。

 その途端、魔剣の声は聞こえなくなった。


「……んー、なんだかよくわからないけど、とにかくヨシ!」


 正直言って喋る剣など見たこともないし、なんなら魔剣といえば伝説で語り継がれているような物だ。


 うーん、きっと俺は疲れていたのかもしれない。

 やっぱこれは幻聴だ。


 なんで剣を粗品で渡されたのかはわからないが、アンさんの趣味が独特だっただけという可能性はある。

 もしかしたら、鍛冶屋の娘さんとか、そういう可能性もあるかもしれない。

 「いや、そうだとしても包丁とかでいいのでは……?」と思わなくもないが、武器鍛冶専門でやっていて剣しかなかったのかも。


 返すという手もあるが、それはアンさんの面子を潰すことにもなりかねない。

 人にプレゼントした物を返却されるのは恥だろう。

 それはそれで失礼という気がする。


 ……うん、このまま押し入れにしまっておこう。

 それが、一番だ。


 俺は無理やり自分を納得させると、夕食の準備に取り掛かるのであった。


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