新聞たい肥
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
おう、悪いなこーちゃん。ゴミ出し手伝ってもらってよ。
いやあ、新聞紙って何かと便利だからストックしてるんだが、さすがに限界があるな。図書館みたいに保管体制が整っているわけじゃなし。なんか読みたい記事があったら、切り抜いていっていいぞ?
あ、いや。少し待ってくれ。確かめたいことがある。
そこら辺の新聞の山、そっと持ち上げてもらえないか? いくつか上のものをのけていいから、一番下までな。俺もやるからさ。
――おし、特に異状なかったか? それならよかった。
うん、少し前に新聞紙をめぐって、少し気味悪い話を聞いてな。そいつが起きてるんじゃないかと、念のための確認だ。
――ん? その話を聞かせて欲しい?
こーちゃんならそういうと思ったぞ。じゃあ、ちょこっと語らせてもらおうか。
俺の友達の話で、まだ雨の日でも、新聞に透明なビニールを被せられていない時期だ。
友達の家は、塀にポストが埋め込まれているタイプ。しかも新聞に対して少し小さめで、折りたたんだ紙面の端が、ポストの端から飛び出していることがままあった。
届き物があるとすぐ気づけるのはいいんだが、取り出し方が下手だと、はさんでいる紙が引っかかって破けかねない。そうでなくとも、飛び出している部分は無防備だから、汚れを防ぐことも難しかった。
その日、友達が学校帰りに夕刊を取ろうとしたところ、はみ出ている紙面の一部に、黒い粒のようなものが三つ、くっついていた。更によく見ると、粒のまわりの紙も、かすかだが白ずんでいる。
――鳥がフンでも垂らしたかな?
ちっ、と舌打ちしながらも、家族は新聞をよく読む。取らないわけにはいかず、定位置の台所へ行く前に、軽くティッシュで汚れを拭き取ったんだ。
夕刊を取ってくると、最初に目を通すのはたいてい祖父だった。友達は当時、テレビ欄にしか興味のない子供だったから、定位置へ置いたらそれっきり触ることはまずなかったらしい。
で、次に台所のそばを通ると、たいてい祖父が新聞を読んでいる。眼鏡を使わない祖父だったが、細かい字を追う場合は、やはり目が疲れるのか。目薬をすぐ手元に置いて、中を読み進めていた。
正直、友達としてはその姿勢が、好きじゃない。ふと顔を上げて点眼し、パチパチとまばたきする祖父だが、その頬を涙まじりの薬が垂れていく。そして記事を顔より下で見ているときなど、ぽたぽたとしずくが落ちていくのを目にしてしまうんだ。
親の服と自分の服とが、一緒に洗われることに抵抗を覚える年頃でもある。先の汚れの一件もあり、友達はますます新聞から遠ざかっていく。
そんな友達が新聞のお世話になるのが、冬場の靴の中だ。
雨や雪が降りやすい友達の地域じゃ、靴の中がぐしょぐしょになりやすいらしくってな。水を吸い取らせるために、中へ丸めた新聞紙を突っ込むことが多かった。いつお世話になってもいいように、台所隅の紙袋に古新聞を溜めといてな。家族全員で一枚一枚生地をはがしては、くしゃくしゃ音を立てながら、靴底へ突っ込むのが雨の日の風景だったとか。
チラシと一緒に突っ込まれ積み重なっていく新聞だが、使われていくのは、せいぜい上から四部や五部くらい下に入れているものばかり。毎日配達されるゆえに困ることはまずなかったそうだ。
ただ、その年の冬は日夜を問わず、弱い地震を感じることが多かったらしいんだ。
やがて降水量の減った春口のこと。
溜まりに溜まった古紙を一掃しようと、新聞たちを入った袋ごと十文字にひもをかけていく友達一家だったが、ある一つの袋で引っかかる。
持ち上げることができないんだ。入っている紙の量は、他の袋たちと大差がないはず。けれど他愛なく動かせた他のものに対し、この袋は家族の誰が力を入れても、床にぴったりくっついて剥がれなかったんだ。
単なる重さの問題じゃない。袋の中からいくらか新聞とチラシを抜いても、やはりこいつらは動かなかった。そうしてついに最後の一部となり、友達はぎょっとする。
白ずんだ紙面は見覚えがある。自分が汚れを拭き、祖父が目薬入りの涙を垂らした、あの夕刊じゃないか。
じかに触りたくない代物だが、幸い、今は軍手をはめている。ぐっと、手のひらを新聞紙と袋の間に指を差し入れようとして……できなかった。
ミリ単位でわずかにめくれるも、それ以上はやはり動かない。外側から袋ごと持ち上げようとしても、やはり同じだ。微動だにしない。
ぶっとい釘か、強力な接着剤で、固定されているかと思った。
ならばと、友達が持ってきたのはカッターナイフ。場所が場所なら、銃刀法に引っかかりそうな大型だ。その刃をシャリシャリと出すと、新聞紙と袋のわずかなすき間へ差し入れ、のこぎりのように引いていく。
ブチリ、ブチリと響くのは、糸引く接着剤の抵抗にしては、あまりにはっきりした音。そしてはっきり断ち切っている手ごたえ。刃を引き進め、ようやくめくり出した新聞の裏を見て、友達は目を見張った。
数えることさえできないほど、無数の細かい根が新聞の裏面から張っていた。ヘチマの断面を思わせる密集具合。それら一本一本が袋どころか、フローリングの床さえ貫き、深々と刺さっていたんだ。
引きはがした新聞の裏面は、根がびっしり張り付いてしまい、元々の記事はもはや確かめようがない。穴の開いた袋も取りのけたものの、その下から生える根は、どうしても抜き取ることができなかった。
友達の話だと、家族全員でのさばる根たちを引っ張ったところ、家全体がぐらりと揺れたというんだ。力をこめればこめるほど、揺れ自体も強くなってしまったとか。
こいつを抜くには、家全体をひっくり返すことになるかもしれない。
そう察した友達一家は、根を押しつぶすように新しい床板を張り付け、今のところは事なきを得ているそうなんだ。
でも根はコンクリートさえ持ち上げるほどのパワーがある。いつまた、あいつらが姿を現すか。そのとき、どれほど奴らの根は伸びているか。
そんな不安に駆られることがあるのだそうな。