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苦く苦しい幸せ

幸せならどうしよう。

 ガラスが散らばっている。

 これは夢ではない。

 前兆だ。

 そう、終わりという錯覚の。

 ガラスに月光が煌めく。

 何の音もしない。

 ただ、割れた窓から風が流れるだけ。

 生温い、半ば腐ったような風。

 遠くに鉄塔が見える。

 誰が見ている?

 誰が聞いている?

 誰が走っている?

 転がり落ちたのは「何でもない」もの。

 もうどうでもいいもの。

 蝶番が破損して軋んでいる。

 蛇口から水が一滴ずつ落ちている。

 生温い風がガラステーブルの上の紙を運ぶ。

 ここは喪失の部屋。

 再生は望まれない部屋。

 光もすぐに消え失せるだろう。

 まるで人の知らない砂浜。

 まるで人の知らない氷河。

 まるで青さだけが煩わしい深海。

 苦く、苦しい。

 苦しいから、消える。

 部屋の中を哨戒のために蛾が舞った。

 鱗粉が月光に煌めいた。

 それはとても幻想的だった。

 その中には何もなかった。

 何もなかった。

 糸が切られたように。

 光が隠したように。

 何もなかった。

 でも、あるものだってある。

 それは眼に見えないもの。

 苦しさ。

 苦しさ。

 苦しさ。

 苦しさ。

 幸せ。

 部屋に満ちるのは腐敗した幸福の香。

 甘いとは言えないけれど。

 それは幸せの臭いがする。

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