終局のスターチス
観測は散々であってこそ。
望まれて生まれた錯覚に飽和した私は落ちていくことを知った。何処までも何処までも、やりきれないほどに深く、どうしようもなく甘美な牢の中へ、何処までも何処までも。
「知っているかね?」
「何を?」
「君は知っていると思ったのだが」
「だから、何を?」
「輪切りにされたらわかるかね?」
「わからないと思いますが」
落ちる途中で見た、焼け爛れたような姿の古都のことを憶えている。それらは海底の神殿のようにも見えたし、アユタヤの荘厳な寺院にも見えた。いずれにせよ、錯覚か夢のどちらかであると予想される。
「ほら、見てみなさい。あの光は蓮の葉の上を滑るだろう? 何故なら、蓮の葉は光を滑らせるからなのだよ」
「はぁ。それで、何が見えるのでしょうか?」
「君は知らないのか?」
「何を?」
「知っているものだと思ったのだが……」
「黴でも生えているんですか?」
「ふむ。何処に?」
落ちていく途中で見た、群青色をした空に広がり焦げた臭いを散らすオーロラを。その近くにはイングランドの沖合いの小島で飢えを満たす修道士たちの誤魔化された悲痛な叫びが形になって浮いたり沈んだりしているが、それを安定させる余裕はない。
「聞いたことがある筈だが」
「何を?」
「君の耳は何のためにあるんだ?」
「聞くためでしょうね」
「ならば、聞いたことがあるだろう?」
「だから、何を?」
「あの秘密文書の横に置いただろう?」
「ですから、何をでしょうか?」
この航路を行くと星が卑しく灯る街に出る。そこでは真実を通貨として、嘘が購入される。真実のみを知る人々は、その味に飽きて嘘を買うのだ。街の中心の濁った池の中へ飛び込むと、ある北半球の火山島の上空へとワープするが、実際のところは誰も知らない。何故なら、今だ嘗て誰も戻って来たことはないからだ。
「わかるだろう?」
「何が?」
「説明が要るのかね?」
「勿論。あなたは言葉が足りない」
「そうか。君は思考が足りない」
「あなたも思考が足りませんね」
「君は相応しくない」
「何故?」
「相応しくないからだ」
アルバトロスの群れが青々とした崖の上から消えると、私は稲妻の群れを眺めることになった。崖下は荒れた海で、そこまでの高さもそこそこある。落ちたら死ぬのはわかるが、今もう既に落ちている最中なので何もできはしない。見てくれ、ハンバーガーを頬張る余裕さえあるが、私の逆へ行きたい気流のため、全身が震えているように見える。
「死ぬのか?」
「死ぬらしい」
「何処へ行き着く?」
「わからない」
「見ろ」
「スターチスが咲き乱れているようだ」
「それで、わかるかね?」
「何が?」
私は落ちた。ぽっかりと口を開けた暗黒に。ここは谷底。記憶という世界の谷底。這い上がる術はあるにはあるが、今の私にはない。アイゼンさえあれば可能だったかもしれない。
残念ながら、スターチスの花は萎れていくばかりになってしまった。私の責任だ。私が悪いのだ。何故なら、途絶えさせてしまったからだ。




