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ベランダ

 夜半、月の見える海岸、嗚咽、遠退く大気、雨の匂い。

 ひとり、珈琲の香、夜に散る光、永劫の風。

 足音、端的な理屈、灰色の月、見えざる君、見えざる僕。

 腐った鞦韆(ブランコ)、惑う夜の雲、ポセイドンの鱗、不可思議な色。

 君の発声、僕の骨の声、揺れる浜木綿、旅路への誘惑、劈かれた空。

 間違い探し、君の赤い爪、耳で煌めくピアス、左眼に咲くロータス。

 軋む音、魔法使いの残滓、デカンタの中の飴玉、水色の唾液。

 落ちた右手、遠い国の白い砂、夜を噛んだ苦味。

 ふたり、アルコール、溺没、肺を満たす。

 雲が流れる、さよならと言いたげな逡巡、歪みの中の接吻。

 キャンディの味、君の声、パフトキシン、昨日の後悔。

 君が口を開き、僕が喉を締めて、ラグナロクに想いを馳せる。

「別れましょう。ひとつはふたつに。遠いところへ」

「それでどうするの? 君は何処へ行くの? その義足でさ」

「何処へだって。可能性は無限に近い。故に可能だから」

「近いだけで無限じゃない。人間が必ず死ぬみたいに」

「遮断ね。死ぬことは神様が付けてくれた機能のひとつ」

「その機能が可能性を遮断している。君は何処へ行くの?」

「遠いところへ。風の随に。波の随に。花弁の散る方へ」

「そこに何を求めているの? 快楽? 苦痛? 君には似合わない」

「私に似合うものならもう知っている。だから今の私がある」

「少し派手かもしれない。そういう生き方を望んでいるみたいだ」

「望まないことばかりを纏ってしまう。だから生きている」

「君は死ぬことを望んでいるの? だとしたら健気なことだ」

「勿論。生きることの末に死ぬことを望むのは不思議ではない」

「生きたいとは思わないの? 技術は日進月歩。可能性はある」

「必要がない。私は当然の循環に逆らうつもりはないから」

「少し歩こう。アルコールに溺れてしまう。海岸までどう?」

「笑い話がしたいわ。何もかもが死に絶えるような笑い話を」

 ふたり、立ち上がる、大気に逆らい、重力に逆らい、決定的に。

 擬音、ふわり、電気系統のショート、剥離する夜のインディゴ。

 砂の砕ける音、メロディ、溢れる追随、再び雨の匂い。

 レケリミエント、未来の音、風に擦れる単子葉類、モルヒネの憂鬱。

 心音、誇張、月が廻る、命のディスカーディング、存在的な酩酊。

 無意識、ハグ、接吻、オルタナティブ、綺麗という汚い言葉。

 遠く、遠く、涙、散る花弁、ふたり、波を踏み締める。

 ふたり、海月、足元の幽花、幻化する記憶、プラトニックな頽唐。

 見えるもの、見えないもの、青くなる月、感情の澱みの向こう。

 夜と平行になり、雲と垂直になり、危なげなく遠退いていく。

 軽い懺悔、海水、ハーモニィ、命名の機会、有限と無限の定義。

「名付けよう。この感情のことを。君と僕の交差で」

「可能ならね。私の肺が海水で満たされる前に。逆もまた然り」

「そう、僕の肺も満たされつつある。夜の宇宙の光を避けて」

「それはいいの。それは遠くへ行く要素なんだから」

「今だって遠くへ向かうプロセスだ。君の手を握ろう」

「引き留めようとしている? どうして? 私にはわからない」

「違う。一緒に沈もうとしているから、離れないように」

 ふたり、嫋やかに、ひとつに重なり、剥離を拒否する。

 夜半、月の見える海岸、アルコールの残り香、無人のベランダ。

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