乙女の讃歌
オゾンの揺れる森。
光が溢れている。
背の低い草の平野。
その奥。
乙女が泣いている。
蝶が舞っているのに。
花が咲っているのに。
木々が慰めているのに。
どうしたの、と声を掛ける。
飴を落としてしまったの。
乙女が顔を上げて言う。
その顔は涙でぐしゃぐしゃ。
蝶が舞っているのに。
花が咲っているのに。
木々が慰めているのに。
泣かないで、と言う。
でも悲しいの。
乙女は言う。
飴ならあるさ、と言う。
落とした飴はもうないの。
乙女は言う。
探しに行こう、と言う。
乙女はゆらりと立ち上がる。
空は薄い水の色。
雲がふわりと遠くを目指す。
雨の予感は何処にもなく。
ただ鳥の声は騒がしく。
乙女は裸足で歩いている。
背の低い草の間、手を引かれて。
何処で落としたの、と言う。
何処かで落としてしまったの。
乙女は言う。
わからないの、と言う。
わからないの。
乙女は言う。
乙女は少し微笑んだ。
捩れた道を歩いていく。
太陽は東に傾いた。
月が何処かで息をする。
飴は甘かったの、と言う。
とても甘かったの。
乙女は言う。
足取りは軽く。
空の窓は遠く。
乙女は歌い出す。
聯綿としたリズムで。
靡々たるメロディで。
瀟洒なハーモニィで。
綺麗な歌だね、と言う。
飴さえあればもっと綺麗。
乙女は言う。
夜が近付いた。
そして、夜になる。
涙を残して夜が去る。
そして、朝になる。
そして、夜になる。
そして、朝になる。
幾度も繰り返す。
やがては何百の夜を越える。
乙女は足が縺れて転んだ。
その顔を泣いている。
飴は何処。
乙女は言う。
蝶が舞っているのに。
花が咲っているのに。
木々が慰めているのに。
乙女は泣いている。
ベニトアイトの涙を落として。
だから手を離した。
乙女はゆっくりと歩き出す。
繇々と朝と夜の繰り返す先へ。
乙女の歌が聞こえた。
もう罅割れてしまっている。
だから、姿を変えた。
遠く、遠く。
飴ならここにある、と言う。
遠くまで来た乙女は泣いている。
白い足は今や赤い。
乙女は泣いている。
泣き止むのだ、乙女よ。
そう声を掛ける。
はい。
乙女が眼を擦る。
夜に涙の破片が散っていく。
ほら、飴だよ。
乙女の手に飴を握らせる。
また歌いなさい。
はい。
乙女は泣きそうに笑って言う。
美しい顔だ。
ありがとうございます。
乙女は言う。
乙女は去っていく。
夜の月の反対側へ。
朝に近い方へ。
やがて、歌が聞こえてきた。
ありがとうございます、神様。
オゾンの揺れる森。
光が溢れている。
背の低い草の平野。
その奥。
蝶の舞う中、花が咲う中、木々が揺れる中。
乙女は歌っている。




