表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/47

塔の材料

 海を舐める月の光。

 君はひとり逡巡している。

 僕は君に訊ねる。

「何を悩むことがあるの?」

 君はガーベラのような顔で僕を見つめる。

「静の海の貝殻が必要なの」

 君は言う。

 何処かで琴が奏でられている。

 僕は首を傾げる。

「貝殻は綺麗だけど、何に使うの?」

 君はマラカイトのような眼で僕を見つめる。

「塔を造るの」

 何処かで琴が奏でられている。

 僕は考える。

「塔か」

 砂が地表を掠める音がする。

 淋漓たる雨の名残が唸っている。

 何処か遠くで。

 月さえ忘れる何処かで。

「塔は何のために必要なの?」

 僕が訊ねると君は嬰児のように笑う。

 歌うように笑っている。

 君の長く緩やかで河のような髪が風に靡く。

 擦り切れた空が鳴っている。

 忘れたように波が音を立てる。

 存在の誇張。

 不連続的な無意味の連続。

 君の唇が星の瞬きのように動く。

「塔がなければ星を観ることができないから」

 何処かで琴が奏でられている。

 君の眼はマラカイトのようだ。

「君は星を観たいの?」

 砂が弾ける。

 遠吠え。

 セスナが月に投影される。

「観たい」

 君は言う。

 灰色の月が今だけは黄金になる。

 君のガーベラのような顔が煌めいている。

 黒い海が僻むように唸る。

「それで貝殻が要るんだね?」

 君は遠く静の海に眼を遣った。

 その眼には深く微睡んだ緑が蕩けている。

「たくさん必要」

 僕は月に眼を遣った。

 隳惰な光が水平線の向こうに落ちている。

 あちらは死の国。

 あちらとはどちらか。

 繋がる夜のプレート。

 繋ぎ目を探してみる。

 暗くてわからない。

 東ですらもまだ暗い。

 ハリカルナッソスの霊廟の向こう。

 駈けるは純白の影。

 静の海を知っている。

 砂が堆積している。

 褶曲が著しい。

 三千年前の記憶。

 まだ喧しい頃の石畳。

「貝殻が欲しいなら僕が取りに行こう」

 僕はそう言った。

 君が僕を見つめる。

 光が散乱している。

 爛れたような大地の砂が攪乱される。

「いいの?」

 君が言う。

 何処かで琴が奏でられている。

 海を舐める月が廻る。

 水平線の彼方に人差し指を伸ばす。

「そんなに遠くないんだ」

 君は眼を輝かせる。

 それは月の光ではない。

 心の灯が映し出されただけのこと。

「君は僕が戻るまで」

 水平線が幽かに震えた。

「塔の設計図を描いていて」

 僕の言葉で君の細い顎が縦方向に揺れる。

 僕は立ち上がる。

 遥かな霊廟に向けて。

 貝殻のために。

 三千年前に死んだ静の海へ。

 貝殻のために。

 君のために。

 暗い海は冷たい。

 月の光が冷たいから。

 こちらからあちらは一方通行。

 言葉は真実と嘘が捩れている。

 往こう。

 君が夢観る塔の貝殻のために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ