写らない思い出
歴史は褪せてゆく一方だ。
私はあのゆったりとした偉大な川の傍に建てられた、赤い煉瓦造りのレトロな家に住んでいた。家は祖父のウェルクがその友人らと建てたものらしく、かなり老朽化してきている。しかし、暮らすのには問題はないし、壊れたら壊れたで新しいのに替えるだけだ。
私は父と母と祖母と一緒に暮らしていた。当時では珍しく両親が共働きで、私は専ら祖母とばかり話をしていた。まだ多感というのには早い年頃の私は、色々な物事に首を突っ込んでは、早々に興味を失うという、傍迷惑なムーブメントを繰り返していた。
家の階段を上ったところに写真がある。それは目立たず、色褪せ、埃も被っていた。何故なら、その横に祖父の戦争時代の敬礼している大きな写真が立派な額縁とともに飾られているからで、そんな小さな写真は壁の染みも同然に思われていたのだ。
事実、毎日階段を利用している私でさえ、気付いたのは七歳の時だったのだ。祖母は高齢のため階段を利用しない。そのため、誰も写真の世話をしなかったのだ。
「ねぇ、おばあちゃん」
ある時、私は祖母に訊ねた。
「あの写真は誰が写っているの?」
私はその小さな写真を祖母に見せた。写真にはふたりの男女が写っており、軍服姿の立派な口髭を蓄えた男と透明感のあるワンピースを着て照れを隠せない女だった。
「これかい? これはね、昔の戦争の時に撮った写真でねぇ。ほら、川沿いにある、ポピーばっかりの花畑があるだろう? あそこでね、徴兵前に、もしかしたら、最後の別れになるかもしれないからって撮ったものなのさ。よく撮れているだろう? おじいちゃんが撮ったんだよ、これを。あの人にしちゃあ、まともな写真でね、ピンぼけしてるのがお決まりだったからね、貴重な写真だよ。ああ、それで、誰が写っているかと問うたね? これはね、ターナーさんだよ。格好いいだろう? 町でも一番の力持ちでね、戦争でも活躍してくれたのさ。頭も良くってね、あの諜報員とかを育てるケルプス大学の出なんだよ」
「この人とおばあちゃんはどういう関係だったの?」
「ターナーさんは私の憧れさね。大学の成績は一番でね、二番目はうちのウェルクだったんだけれどね、私はターナーさんに憧れてケルプスに入学したと言っても過言じゃないのよ。それでね、ターナーさんに紹介して貰ったのが、あのウェルクだったのよ。彼は人を見る目もあったのよね。本当に多才で……よもや、戦争ごときで空の彼方に行っちまうとは思わなかったよ。それくらい強くて頼りになる人だったからねぇ。でも、最期も立派だったそうでね、敵の将校と相討ちだったそうよ。ウェルクまで死んでいたら、私も死んでたかもねぇ」
「じゃあさ、そのターナーさんの横がおばあちゃんなんだね?」
「えぇ?」
「ほら、この綺麗なワンピースを着た女の人。おばあちゃんがよくしてる髪の縛り方と同じだね。若い時からよくしてたんだ?」
「えぇ?」
「どうしたの? これ、おばあちゃんでしょ?」
「違うよ、それは」
「え?」
「それはねぇ、えっとねぇ、誰だろうねぇ……。私は知らないよ、こんな人。私じゃないね。それに、私はターナーさんと並んで写真を撮ったことはないし、そもそも、ターナーさんと同じ写真に写ったこともないわ。ウェルクが私を撮る時は必ずひとりにしたもの。そうしないと、ピントがおかしくなるからって」
「じゃあ、何でこの写真を飾ってるの?」
「飾ったことなんかないよ」
「え? じゃあ、おじいちゃん?」
「おじいちゃんなんかいないじゃないか」
「え? おじいちゃんいないの?」
「戦争で死んだじゃないか。どうしたんだい、フェイ? あんたらしくない。熱があるのかい?」
「え? フェイって、誰?」




