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水色揺蕩う部屋にひとり

壁の向こうに彼を見ていた。

 夏が始まったことを告げるのは空の青さである。私が見る屈折した空もそうだ。真っ白な雲が綿菓子のように浮いている。疾うに使い古された幼稚な喩えである。

 彼は帰って来るなり、ベッドに倒れ込んだ。酷く疲れているのだろう。床に投げられた鞄から雑多な紙やファイルが溢れ出していた。

「だいじょうぶ?」

 私はそう呼び掛けたが、返事はなかった。

 彼から寝息は聞こえない。まるで死んでいるみたいだ。

「いきているの?」

 ……。

「しんでいるの?」

 ……。

「めをさまして?」

 ……。

「さようなら?」

 ……。

 私は身体を捻り、ガラスの縁を揺らし、高く青い空を一瞥してから、もう一度、彼に声を掛けた。

「だいじょうぶ?」

 ……。

「くるしいの?」

 ……。

「おはなしして?」

 ……。

 私が呼び掛けて、その声が届いたのかどうかわからないけれど、少しだけ彼の手が動いたように見えた。

 私はガラスに顔を近付け、彼を見つめた。

 彼が死んだらひとりになってしまう。

 どうか、どうか。

「おきて!」

 ガラスを割って、彼の下へ行きたい。触れて温度を確かめたい。

 私は身体をぶつける。

 ぶつける、視界が霞むまで。小さな脳に電流が流れて、私の身体は少し鈍くなる。少しずつガラスが動くような気がする。音は届いているのだろうか。どうか届いてくれないか!

「おきてよ!」

 彼の身体が微弱な電気を流されようにピクリと動いた。私がもう一度叫ぶと、彼は痙攣したようになり、そして、とびきりの悪い夢を見たような顔で起き上がった。青白い顔をしていたが、すぐに頬は鮮やかなピンクに変わっていった。

「夢か……」

 彼は立ち上がって私の方にやって来た。彼の指が隔壁を押し、私の身体がそちらへ向かう。

 水色の揺蕩う部屋で、あなたはひとりだと思うかもしれない。でも、それでいい。私があなたの視界の隅にいるのなら。

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