魔法電光
理由にはそれ相応の事実が伴うものだ。
北の沼沢地を越えた先には黒い森がある。これは比喩などではなく、実際に木々が黒いからだ。何処かの学者が言うには、この黒い木々はこの地の固有種らしく、近縁種すらわからないという孤高の植物だ。
この怪異の気配漂う森に子供が入ることは当然のことながら禁じられた。陽光すらも遮る黒い木々の森では角灯が必須で、それがあっても迷う人がいるくらいだからだ。
しかし、森に入る人々は減らない。それは主に他所から来た者で、森の奥の神秘を求めて侵入し、簡単に遭難して、飢え死にするか、由来のわからない獣に食い殺されるかのどちらかを辿る。
森の奥に何があるか。それは正確にはわからないが、一般的には魔女の遺した宝があるとされている。中世の魔女狩りを切り抜けて、黒い森に隠れた魔女、名前は話す人によって異なる彼女は、常識の範疇の生命ならば、もう二百年も昔に死んでいる筈だ。勿論、魔女が常識を気にして生きていればの話である。
実は、僕はこの森で遭難したことがある。
別に無謀な侵入を試みたからというわけではなく、単純に、子供らしいバカげた理由であるが、紫色の羽に星のような白い点のある珍しい蝶を追い掛けていたからだった。子供らしく視野が狭かった僕は、愚かにも光の届かない森へ入ったのだった。
いつの間にか蝶は何処にもいなくなり、僕は足が動かなくなった。何しろ、森の中は異教の讃美歌のような渦が至るところに浮かび、加減知らずのミントの香りが呪わしく漂っているのだ。角灯なんて持っていなかった僕は、暗鬱とした森の、奇妙に育った木の根に腰掛けた。
泣いて、泣いて、両親のことを思い出した。
しかし、いくら両親と言えど、この黒い森で遭難した自分を見つけてくれるとは思えなかった。愛は肝心な時に役に立たないものであると、子供ながらに知っていた。
時間の経過、夜になったかどうかさえわからず、僕は周辺を徘徊していた。恐怖は膨れ上がって、麻痺し始めた。
黒い森の大地は禿げたようになっている。というのも、光が遮られているために、大抵の植物は生き残れないからだ。
僕は歩いていると、前方に不可思議なものを見た。
それはオレンジ色の光で、点滅していた。
僕は恐怖が麻痺していたので、その光にずんずんと近付いた。木々の間に、円形の空間があり、そこの不毛な大地には、およそ正常ではない魔方陣があった。空間の周囲にオレンジ色の光を発する、これまた異常を湛えた、自由に浮かぶ光球がいくつもあった。そして、その魔方陣の中心には、黒い布を纏った棒切れのような何かが身体を揺らして、何やらレクイエムのようなものを歌っていた。
僕は恐れ知らずの麻痺した精神で魔方陣に踏み込んだ。硬質の大地を鳴らした音に気がついたか、中心の何かが振り返った。それは酷く痩せた、悪魔めいた眼光を持つ老婆だった。誰しもの想像に難くない、魔女そのものであった。
「おや? 迷ったのかい? いけないね、こんなところに来ちゃあ」
魔女は思ったよりも優しい声で僕に話し掛けた。
「お婆さんは誰? 魔女?」
僕は物怖じせず、というのも、恐怖というか、あらゆる感情が混沌の末に麻痺していたので、そう訊ねることができた。
「魔女? そうさねぇ、確かにそう言われているみたいだ」
魔女は悲しげな顔をして、僕を手招いた。
「ボクは迷ったんだね? だったら、すぐに帰してあげよう」
「帰れるの?」
「そうさ。ここは危ないからね」
魔女が手を挙げると、浮いていた光球のひとつが寄ってきて、僕の前で浮いた。同時に、魔方陣が青白く輝いていた。
「これでよし。私の魔法がかかったからね。森の出口まで案内してくれるし、出るまで灯りが途絶えることはないよ」
「森から出たら、これはどうすればいいの?」
「持ってておくれ。場所ならわかるようになってるさ」
「ねぇ、お婆さんは魔女なんでしょ? 僕を食べたりしないの?」
「心配しなさんな。若いのは美味しくないのさ」
「そうなんだ」
「ほら、早くお帰りよ。お母さんとお父さんが探してるからね」
僕は魔女に手を振って、魔法の光球に導かれながら森の出口まで向かった。外に出ると夜明けだった。魔法が切れたのか、光球はただの球体になってしまった。僕は球体を家に持ち帰って飾ることにした。
この球体の殻は透明で、中身がよく見える。そこにはやけに機械的なパーツがあり、最近になって台頭し始めたソーラーパネルのように見えたが、それは陽光に当てても動きはしなかった。
近頃は北の沼沢地も舗装され、そのソーラーパネルが大量に設置されているのである。
あれから四十年が経った。
動かない筈の球体からパチパチと音が聞こえる。
少しずつ燐光を帯びて、浮かんでいるように思える。
あの時の魔女の言葉を思い出す。
僕は震えて家に閉じ籠っている。




