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風船鰻

茹だるほど暑い日には夢と現実がぐちゃぐちゃになるものです。

 ああ、灼けそうだ。

 今年の夏はどうなっているのだろうか。異常気象という言葉は現代では珍しいものではなくなったが、それでも、今年の夏は異常である。猛暑日など可愛いものではないか。

 私は営業先のビルから出たのだが、その熱の強烈さに思わず蹌踉めいた。雨でも降ればいいと思うが、降ったら余計に蒸し暑くなってしまうだろう。打ち水なんて、焼け石に水である。

 カフェにでも入って休息を、と思ったが、腕時計を見るに、そんな余裕はないようだった。仕方がないので、自動販売機で売っている缶コーヒーで凌ぐことにした。水分を摂取した瞬間から流れていくことは百も承知だったが、何より気分的に回復しておくべきだった。

 缶コーヒーは一分もせずに空になった。

 缶をゴミ箱に投げて、バス停に向かった。次の目的地はバスで十五分程度。その移動の間はクーラーの恩恵を受けることができる。

 私はソーラー・レイの降り注ぐ茹だる道を、正気を保ちつつ歩かなければならなかった。ともすれば、前のめりに倒れてしまうだろう。バス停には簡素なベンチがあり、そこには小学生くらいの少女がふたり座っていた。悪意のある熱の雨すらものともしない、小学生という生き物は知っている以上に逞しいものだなと思った。

 私もベンチに腰を下ろして、次の目的地のための資料を開いた。汗が眼に入って文字が滲んでしまい、ろくに読めなかった。気は散り散りで、つくづく、夏は罪深いと思うのだ。特に今年は。

 ふと、小学生たちの会話が耳に入ってきた。

「ねぇねぇ、フウセンウナギ、いるかな?」

 フウセンウナギ?

「いるでしょ多分。いつもバス乗ってるんだから」

「私まだ見たことないんだよねー」

「まじ? 私、何度も見てるよ?」

「えー、何で、ズルいなぁ」

 バスがやって来て、小学生たちが立ち上がった。私も立ち上がり、バスに向かった。暫しの憩いの時であるが、それよりも、フウセンウナギとは何だろうか。それは本来ならば、細長い体に大きな口が特徴の深海魚を指す言葉ではないのか。都市伝説の類いだろうかと考えたが、片方の小学生が見ているのならば、実在するのだろう。

 乗り込んだ瞬間の冷気がありがたい。

 私は敢えて小学生たちの後ろの席に座った。勿論、フウセンウナギを見たいがためである。

 バスが発車して暫くの間、小学生たちの言葉に耳を傾けていると「いたよ」と小声で聞こえてきた。小学生が非常識にも対象に人差し指を向けたため、私にも確認できた。

 そいつは大学生のようで、色の白い細面の男で、髪は比較的長く、真っ黒な半袖Tシャツに、踝まである黒めのジーンズを穿いている。ガムを噛んでいるようで口元が忙しなく動いている。眼はバス内の広告に向いているようで、微動だにしなかった。

 何処にもフウセンウナギと呼ばれる所以が見当たらない。

 何処にでもいる若者にしか見えないが、小学生たちから見たらフウセンウナギなのだろうか。私にはわからない。

 フウセンウナギは次のバス停で降りてしまったし、小学生たちもそこで降りてしまった。結局なところ、フウセンウナギと呼ばれる所以がまったくとしてわからないまま、究明の機会を逃したのだった。

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