表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霊笛  作者: 野中
霊笛・第三部
49/72

第三章(9)

「ばかな」

真緒が呻く。言葉を失った。



彼女はまだ知らない。今朝、商人たちの会合で何が告げられたか。



私が、それらのことを話す暇はなかった。

蛍のような女性が、わざわざ離宮まで訪れて、悪い冗談を口にするとは思えない。

が、現実味もなかったのだろう。

真緒は、咄嗟に何を言うこともできないようだ。


彼女に助け舟を出したのは、私と共に彼等から離れた場所に立つ琴葉だった。

「失礼」

彼女は、冷静に確認した。

「それは間違いなく、事実なのですか」

「はい」

疑うのか、と蛍は怒りだしたりしない。


疑念を理解したうえで、どれだけでも言葉を尽くす覚悟はある、といった気迫を感じた。


「確認はすんでおります」


半信半疑ながらも、少なくとも琴葉は、蛍を信じることには決めたようだ。

事実はどうあれ、今は。


真偽にこだわることは、ここでは無意味だ。


琴葉は、質問を変えた。

「元締めは、なんと?」

蛍は一瞬、唇を噛んだ。


「―――――…腹を切り、息を引き取られました」


うすら寒い心地になる。

私は見ていた。朝の会合、その去り際の、老人の表情を。


あのとき彼は、既に決していたのだ。

この結末を。




「血と死の禊だ」




虎一がつまらなさそうに呟いた。真緒が彼を睨むように見上げる。

「なんの、だ」






「―――――血判状」


何かを吐き捨てる態度で虎一が告げた。

「殺されたのは、そこに名を連ねた商人だ」






「なんだと?」

真緒が詰問口調で言葉を続ける。

「例の血判状が手に入ったのか?」


「まさか」

虎一は肩を竦めた。

「まだ盗賊の手の内だ。中身を確かめる方法はねえよ」


「ならなぜ、断言できる」

真緒の厳しい声に、虎一は面倒そうに応じる。

「今朝、商人の会合が合ったらしいが、その場で元締めの爺さんが言ったんだとさ」

蛍が身を切られるような顔になった。


その背後で、他人事のように虎一が言う。




「血判状の問題に関しては、この昼までに解決するってな」




だんだんと現実味が増してきたのか、真緒が唸るように呟く。

「まさか。それで、己が自害したとなれば、元締めのご老体も…」

言い淀んだ真緒に、蛍がやるせない態度で頷いた。


そう、誰もが思ったろう。




己の始末も己でつけたとなれば、彼もまた、血判状に名を連ねた一人であると。




ただ、誰も確認はできない。

真相は、闇の中だ。


「殺して回ったのは元締めの手の者だ」

虎一が鼻で笑った。血のにおいがする笑みだ。



「混ぜてくれたらよかったのによ」



その一瞬、落ちた沈黙の深さと言ったら。




まるで、奈落。




重い空気を振り払うように、

「既にあの方は、元締めの地位を退いております」

蛍は一瞬、血がにじむような声を絞り出す。

「ただ、おそらく」

願うような語調で蛍は告げた。


「元締めが血判状に名を連ねたのだとしても、それは、…きっと最後」


「なぜ、そう思うのです」

琴葉の冷静な問いかけに、一度、蛍は声を張る。

「思うのではありません。確信しています。その理由は、」

蛍は強く言い放った。



「他の商人の名を知るためだったはず」



一拍間を置いて、琴葉が思わぬほど優しい声で尋ねる。

「それは、皆の総意ですか」

蛍が唇を噛んだ。琴葉はため息を吐く。


「それにしても…元締めは、一筋縄ではいかない方だったはず」

面識があったのか。彼女は、不思議そうに首を傾げた。




「何者が、元締めの老人にそのような無茶な約束を…決意を、させたのですか」




虎一は素知らぬ顔で外を向いている。蛍はゆるく首を横に振った。

「あたしも詳細は知らされていません。ただ」

次いで、掠れた声で告げる。






「雪鳥衆の大樹」

真緒と琴葉が息を呑んだ。


「その、来臨があった、と―――――取締役の玄丸より聞かされております」






その報告一つで。


琴葉すら説得する何かが、そこにあったようだ。

「事実なら、商人たちの勢力図が全体的に塗り替えられる話だ」


「巷は大騒ぎだ。すぐ、確認できるだろ。祓寮なら」


虎一が唆すように言う。

一度彼をじろりと睨み、真緒は蛍へ改めて向き直った。


「ところで先ほど、あなたは『願いたい儀』があると言った」

確かに、蛍は最初にそう告げている。

祓寮への報告に寄ったわけではあるまい。その義理もない。

「それは」

真緒が厳しい目で蛍を見つめた。




「この報告と関係があることか?」




蛍から一瞬、表情が抜け落ちる。

直後、怖いくらいに真摯な顔で、言葉を紡いだ。


「取締役・玄丸の見立てでは、百鬼夜行は、この離宮を通る、とのこと」


真緒の沈黙が固い。

玄丸は離宮の動きを呼んでいるのだろうか。

ただ、状況はまだ曖昧だ。大皇と交渉中なのだから。


そして、もし要求が通ったとしても、迂闊に頷ける話ではない。


真緒の反応に構わず、蛍は玄丸の言葉を確信した態度で身を乗り出した。

「ということは、あれらを隠れ蓑にしている盗賊たちも、ここを通るはず」

真緒の顔に、はじめて蛍に対する強い警戒が浮かんだ。


構わず、蛍は目を逸らしもせず続ける。



「…いえ、そもそも盗賊の狙いは、はじめから、―――――離宮でしょう」



絡め手どころか、直球だ。清々しいほど。

傍から聞いていた琴葉は呆れたようだ。

「となれば、よっぽどうまくやらないと、奴等にとってここが墓場になる」

蛍は愚直に告げた。


「それじゃ困るんです」


一瞬、彼女が何を言いたいのか分からなくなる。



殺されたら困る、と言うことは…あ。



「討伐せねば、南方は乱れたままだぞ」

真緒が真意を探るように低く言葉を挟む。

「いえ、討伐はぜひ、お願いします。ただ、その前に」

蛍は強い声音で真緒に訴えた。






「あたしは盗賊たちに接触し、血判状を手に入れたい」


蛍にあるのは、その一念だ。






早急な解決を計ったとはいえ、あの老人が行ったことは、残った者の心に傷を残した。


そしてまだ、彼等は疑惑に揺れている。

彼女はそれを、ただしたいのだ。


そして願わくは、元締めにかかった皆の疑いを確実に打ち払いたい」



たじろぐほど真っ直ぐな眼差しで、蛍は訴える。

「そのためにも、―――――お願い申しあげる」

蛍は深々と頭を下げた。






「あたしを…あたしたちを、百鬼夜行の退治に、戦力として組み込んで頂きたい」






真緒は虎一を横目にする。

「だから虎一を連れてきたのか」

虎一は嫌そうな顔になった。不貞腐れた態度で、槍の柄を撫でる。

「オレの戦力は無視できねーだろ」


「お前はな」

渋々認めた真緒は、だが、と厳しく言葉を紡いだ。

「結界は繊細なものだ。予定外のものが中に入り込めば、維持が困難になる」

「今は平気みてぇだが?」

ぐるりと周囲を見渡した虎一に呆れた目を向け、真緒はため息をついた。

「平時ならば、多少の融通はきく。だが、お前たちが望んでいるのは」

虎一は鼻で笑う。

「なんだ。祓寮の長とやらもたいしたことねーな」


「…挑発にはのらんぞ」

「つっまんねーの」

頭の後ろで腕を組んだ虎一を一睨みし、真緒は頭を下げたままの蛍に向き直った。


「―――――百鬼夜行の動く夜までにはまだ時間がある。それまでには長と話し合い、使いを走らせよう。…宛先は、玄丸殿で良いか」


弾かれたように蛍が顔を上げる。顔を輝かせ、前のめりになった。

「い、いいよ、いや、それで、お願いします!」

勢い付きすぎて転びそうになった蛍の襟首を、虎一が乱暴に掴んだ。

「喜ぶのは早ぇ。うまくいくとは限らねえぞ」


「悲観的だねえ!」

姿勢を立て直しながら、蛍は人差し指を虎一の鼻先に突きつける。




「話を通してくれると思わなかったことすら、かなったんだ。なんとかなるさ」


それこそ楽観的、と評価されそうだが、蛍の場合、許されなくても忍び込んできそうだ。




虎一はどうでもよさそうに手の甲で蛍の手を横へ押しやった。

「へいへい。オレは人外が殺せりゃどうでも…っと、そういや」


何かを思いついた表情で、虎一は真緒を横目にする。






「祓寮に青い目の女はいるか」






予想もしない問いかけに、私は内心、ぎくりとなった。真緒が不審気に呟く。


「青い目? …いいや。お国に認知のない異国のものでも発見したか」

「盗賊とか言ってたが」

さらりと虎一は応じた。真緒の視線が尖る。

「例の、か」


「違うよ」

慌てて口を挟んだのは蛍だ。



「百鬼夜行に関わる盗賊連中とは敵対してたみたいだ。追われてたし」



叱るように、虎一の腕を叩く。虎一がどこ吹く風とばかりに首をひねった。

「おっかしーな、あの強さ、祓寮だと思ったんだが」


「今度はどこで何をしたのだ」

真緒は眉間を押さえ、唸るように呟く。すぐ、気持ちを切り替えた。






「…話は通しておこう。お前たちは一旦戻るといい」












評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ