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霊笛  作者: 野中
霊笛・第三部
39/72

第二章(6)

有無を言わせぬ口調だ。



「それよりも」



その上で、玄丸の言葉は、私をいっきに現実へ引き戻す。

「公を追わないのですか」

その言葉を聞くなり。


私の頭から、たちまち、少女への心配が抜け落ちた。


そう言う意味では、私はひどく残酷に違いない。


本当に、玄丸は他人をよく見ている。

彼は、煽るように囁いた。




「次は、いつ会えるか分かりませんよ」




たちまち、私は史郎のことしか考えられなくなる。

史郎には、伝えたいことも、あった。

私の選択を。


まだ何も、話せていない。


いてもたってもいられず、私は駆け出した。

遅れて、柘榴が走りだす。

背に、笑いを含んだ玄丸の声を聞いた気がした。

「…お気をつけて」


屋敷から飛びだす。

そこで、私はようやく気付いた。






玄丸が、あの男が血判状に名を連ねた一人だと事前に知っていなかったはずはない。


なにしろ屋敷の彼の場所には、…玄丸の息がかかった蛍と虎一がいたのだから。

自らの行動は明かさず、相手から情報だけを引きだす手際は、やはり、玄丸だ。


とはいえ。






さすがの玄丸も、私がその屋敷にいたとは思いもよらないことだろう。




私の隣に、柘榴が並んだ。

「凛、向かうは東方面か?」

頷けば、

「なら、近道じゃ」

くるり、腰に柘榴の手が回された。


と思った時には、柘榴に小脇に抱えられている。



そのまま、通行人の目も構わず、ふわ、と彼女は近くの建物の屋根に飛び上がった。



駆ける速度も緩めず、柘榴は呑気に尋ねてくる。

「なぜ、東方面に向かう?」

私は目を瞬かせた。

そう言えば、彼女は方向音痴だ。

認めたがらないが。


「音が、そちらから響いたでしょう?」


「そうかの?」

柘榴は首を傾げた。



「音が反響して、どこから聴こえたかなどとんと分からなんだわ」



大口で、からからと笑う。


かと思えば。


いつも鷹揚に構えた彼女の横顔が、不意に引き締まった。

「柘榴?」


「ふぅむ…気のせいかのう」


いきなり、彼女は微笑んだ。歯を剥き出しにして。挑戦的に。




「向かう先に、彼奴の気配がする」



彼奴―――――誰?




思うなり。

顔面に突風が吹き付けた。そんな感覚に、一瞬、息を詰める。

生ぬるく、血なまぐさい風だ。


そこに絡むのは、―――――苛立ち?


「ほう、これは」

屋根を駆ける柘榴に腕にいる私の視界が、不意にひらけた。

柘榴が、楽しげに声を張る。




「見事に、開いたものじゃな!」




屋根の上から、ある屋敷の庭―――――陥没した大地が見えた。


上から見ると、圧巻だ。これで私はよく無事だったものだ。

真牙の体術がなせるわざか。


それはそれとして。


私は、庭の状況を見つめ、首を傾げた。



「おかしい」



私はつい、呟く。柘榴が私を一瞥した。

「なにがじゃ」

「…増えています、死体が」

先ほどは、こんな、新鮮な血のにおいは溢れていなかった。


空気はただ、腐って淀んでいた。それが。


大地の崩落に巻き込まれた者も確かにいたろうが、それにしては骸の数が多い。

なにより、刀傷で息絶えている者が目についた。

あの、盗賊の首領がまた乱心したのだろうか。

それとも。


柘榴が、考え込むように呟いた。





「カビくさい怨念が漂っておるのぅ、百鬼夜行の影響とは違うようじゃ」





私は驚く。

柘榴の判断は、的確だ。

真牙の言う通りなら、あの穴を開けたのは、五千年前の人外の怨念だ。


現在巷を横行している百鬼夜行は無関係。


だが、その辺りの説明をどうすればいいのか、咄嗟に私には思いつかなかった。

悩みの渦に巻き込まれそうになった私を置き去りに、柘榴は面倒そうに呟く。


「いずれにせよ、あの場所、早急に塞がねばならんが…」

その言葉に、私も我に返った。

確かに、それは火急の用件だ。




単純に、危険だから、と言う理由だけではない。


現在、地下の迷宮は時間も空間も歪んでいるのだ。

そことこの地上が遮るものなく通じていれば、いずれ異常は地下から這い上ってくる。


確信はない。だが、可能性はあった。

可能性がある以上、放置はできない。




私が思うなり、柘榴はすべてを投げ出すように微笑んだ。

「ま、この程度で地上が崩れ去るなら、それも一興か」


「柘榴」

咎めれば、堪えた様子もなく柘榴は、ふふん、と鼻で笑った。








確かに、南方がどうなろうと私にも関係はないが、…どうも、それは違う気がする。


森羅万象、この世にあらわれいずるもの、すべてが。

―――――結局、根をひとつにしているのではないのか。


あらゆるいっさいが、繋がっている。



最近、そんな心地が強くなっていた。



だとすれば…放置は、できない。








私は早口で尋ねた。

「柘榴に、あれを塞ぐことはできるのですか?」

柘榴は、あっけらかんと応じる。

「今は難しいのぅ」


今は? なら、



「いつならできるのですか。それ以前に、方法は?」



「これ、急かすでない。方法なら、知っておるさ。なにせ」

次いで、柘榴は信じられないことを言った。






「あの地下窟―――――迷宮をつくったのは、わたしじゃからな」






はい?


私は目を瞬かせる。

柘榴は、言いにくそうに唇を尖らせた。

「ゆえに、案内役として引っ張り出されたわけじゃが」


火滝と負けず劣らずの方向音痴の柘榴が。

内心驚いたが、私は沈黙を選んだ。


「今のわたしに往時の力はもう残っておらんでな。場を整え直すことももう難しい」

柘榴が、作った。あの、地下のありさま全体を?

どうやって。いや、そもそも、柘榴が作ったとして、

「目的は、―――――」

聞こうとして、首を横に振る。


「いえ、聞きましたね」



「そう、封印じゃ」



柘榴は珍しく真摯に答えた。

目を細めた表情は、切なそうにも見える。




「『髑髏を抱く男』のな。迷宮は、歪なものを閉じ込める檻」








檻。








そう、だろうか。


私は地下の迷宮を思いだした。




そぐわない、言葉だ。




すぐ、私は首を横に振った。


檻ではない。違う。あれは。









―――――揺りかご。



迷宮に込められていたのは、排斥の意志ではない。逆だ。





闇に、雪のように光る花の光景には―――――守護の想いがこもっていた。









踏み入った者に与えられるのは、優しい夢。

彼に対する柘榴の態度からして、いつもの彼女らしからぬものがある、が。




「彼は…『髑髏を抱く男』、は」


あなたの、何ですか。




聞きたかったが、真っ直ぐな質問は、寸前で躊躇われた。


知って、どうすると言うの。なにが、できると?

消えた私の言葉を察したか、一瞬、柘榴は表情を消す。


「…あれはな」


声が、低くなった。響きに潜むのは、憎悪に近い色。










「―――――わたしの、父御(ててご)じゃ」











小さくも、煮えたぎるような声音。

私がその意味を理解する寸前―――――柘榴が鋭く息を呑んだ。


突如、彼女の全身が闘志で膨らむ。

ハッと柘榴を見遣れば、



「…ここにおったか、鼠!」



耳をつんざくような怒声と共に、彼女が屋根の端を蹴った。


落下感に、臓腑がひっくり返るかと思う。

柘榴が空中でトンボを切った。


と感じるなり、足を何かが掠める。


その正体を確かめる余裕もない。視界が回った。

最中、咆哮のような大きな声が空気を割る。



「凛さまっ?」



直後、視界の隅に大きな人影を捕らえた。そのひとは、

「…夜彦、さ…っ」





夜彦。


構えた太刀。巌のような巨躯。まとう雰囲気。



なにもかもが、大きい。



だが彼を最も印象付けるのは、厳格な規律の気配だ。





ど、ごん!


岩を割るような音と共に、柘榴が着地。

私は無意識に止めていた息を吐き出す。


とたん、回らなくなった視野に状況をおさめた私は唖然となった。



柘榴の右手に、夜彦。そして、左側には、

「いつまで迷うておる」





―――――髑髏を片腕に抱いた、狐面の男。





彼に向って、柘榴は忌々しげな言葉を紡いだ。

なんと、対峙する双方のど真ん中に、柘榴は着地したようだ。


「悪いが、祓寮のデカブツ」


不穏な気配を漂わせたまま、柘榴は『髑髏を抱く男』を睨みつけた。

夜彦を振り返りもせず、言った。

「この獲物は、譲ってもらうぞ」


「お前は…」

黒い狐面が首を傾げる。

その間に、柘榴は腕から私を下ろした。



彼女の、氷点下まで下がった空気に、私は無言で後ろへ後ずさる。



「…おぼろげだが、覚えているぞ。何度か、手合わせしたな」

彼は、記憶を辿るように、顎を小さく上下した。






柘榴は、自身が彼の娘と言ったが―――――『髑髏を抱く男』は彼女が分からないのだろうか?






「強い。…そうだ、強かったぞ」


いきなり底抜けに明るい声を上げた彼に、私は面食らう。

「記憶に残る、強さだ。ふむ、良いな、良いぞ」

男が見せた幼子めいた無邪気さに、柘榴は惑わない。

予想通り、と言った態度だ。


彼女は冷静に、低く応じた。



「気に入ったなら、何よりじゃ。ならば」



誘うような言葉に、




「やろう」




相手がからりと笑って頷く。刹那。

柘榴の姿が、目の前から消えた。遅れて、風が私の顔を撫でる。


見張った私の目に、狐面の男の懐に飛び込んだ柘榴の姿が映った。


真下から、突きこまれる掌底。男が仰け反った。空振り。

柘榴が姿勢を崩す。そこへ。


男の脚が跳ねあがった。

そのままなら、無防備な腹部に埋まった膝が、肋骨を数本だめにしただろう。


最悪、内臓をやられる。


だが柘榴もさるもの、避けられないなら、と寸前で、相手の膝を肘で弾く。

軌道を逸らした。無論、そのままでは終わらない。


反撃とばかりに、するりと腕が相手の足に絡まる。



―――――折られる。



と感じたのは、早かった。

柘榴の動きを利用し、逆に男は彼女を投げ飛ばしてしまった。

折られることを恐れない、向こう見ずな行動に、胃の腑が冷える。


とはいえ。


なぜだろう。

二人の動きを見ていると、妙な感覚があった。



動きが、まったく違うようで、…ひどく似ている。



二人の攻防から目を離せない。


止めることもできず、立ち尽くす私の上に、不意に影が落ちた。


間髪入れず、落雷の勢いで太い声が落ちる。




「このような場所で、いったい何をしておられるか!」




手習い所の先生にでも叱られるような感覚に、思わず身が竦んだ。


顔を上げれば、夜彦の厳しい顔がある。

「いつ離宮を抜け出されたのか…いやそれより、なぜ鬼女がここに」




抜け出したわけではない。


勝手に飛ばされたのだ。




とはいえ、心配をかけたのは事実だろう。

私は深々頭を下げた。

「申し訳ございません」


「おわかりならば、よろしいのですが…。どうなっているのか、お聞きしても?」


夜彦は、深いため息をつく。諦め半分。

そうは、言われても。


困って、私は目を伏せた。




「状況は、私にもすべてはわかりかねます」


「では、知っている限りで」




夜彦のこめかみに浮かんだ青筋は見ないふりで、私は頷く。

だが、今は無理だ。

「ならば、後ほど。今は」




私は足元の、奈落につながるような穴を見下ろした。




つられたように、夜彦もそれを見遣る。唸った。


「これは一体、どうなっているのやら」

説明を求められたらどうしよう。

一瞬そう思ったが、夜彦はただ、独り言のように言葉を紡ぐ。


彼自身、色々判断しかねているようだ。



「見周りの最中、地鳴りとも思える衝撃があって駆けつけてみれば」



夜彦は生真面目な声で呟く。

「このような大穴があき、そばは死体だらけ」

確かにこれは、…驚きの状況だろう。

しかも、夜彦が一人でここに留まっているということは、その時にはそばに生者はいなかったということだ。


もしいたなら、彼のことだ、きっと捕らえている。



「しかも、死体は盗賊のようだ。おまけに『髑髏を抱く男』まで現れた」



じろり、と夜彦は柘榴と、黒い狐面の男の攻防を横目にした。

終わる気配はない。


見つめながら、夜彦は強く太刀を握りしめた。



―――――割り込もうとしている。



察した私は、首を横に振った。

「早急になすべきは」

夜彦の鋭い視線が、私を向く。

怯んでいる暇はない。


真っ向から見返し、強く言い切る。




「この穴を塞ぐことです」




「しかし」


夜彦がまた、柘榴たちの方を見た。

「こちらを優先する理由なら、あります」

私は根気よく言葉を重ねる。


悪いが、協力してもらわねば、私ひとりではどうにもできない。


「…地下の迷宮はご存知ですね?」

夜彦は目を瞬かせる。私を見下ろした。

上の空だった意識が、ようやく、しっかりと私に向く。

「あの、美しくも、不可思議な空間ですか」


「今、迷宮は」

頷き、私は言葉を紡いだ。




「位相が狂っています。時間も、空間も」


夜彦は眉を潜めた。



「どういうことです」







「え」







私は面食らう。

どういうこと? なにが?


夜彦は重ねて尋ねた。





「時間や空間が狂うとは、どういう現象なのですか」





あっ、そこを訊くんだ。


えーと…。

訊かれるなり、気付いた。











説明が、―――――…難しい…。











ただでさえ口下手なのだ。どう言えと。

なんだか少し、腹が立った。


両方の拳を握りしめる。




夜彦を、上目遣いに睨みつけた。


夜彦は、さらに、よく分からない、という表情になっただけだ。




思えば、私はよく無表情だと言われる。

困惑は伝わらなかったようだ。


「…とにかく、たいへんな状況なんです…」


どうにか紡げたのは、子供じみた言葉。

ふむ、と夜彦はひとつ頷く。


穴の果てを見遣るように、夜彦は暗がりを覗き込んだ。



「貴女の言うことだ。信じるが」



私は内心、目を丸くした。

結局、何が起きているかは分からない、だが夜彦はそれでも、



(―――――私は信じる、と言ってくれるの)



知ってはいたが、男前だ。


有り難く、甘えさせてもらうことにした。

慌てて私は、言葉を紡ぐ。


「もちろん、誰もいない地下がどうなろうと今は、手の施しようがないので、放置するほかありません」

今はそこまで、手が回る状況ではない。ただ。



「…ただ、私が不安なのは」




ああ、とようやく納得した態度で、夜彦が顔を上げる。




「その地下の状況が、こうして穴で繋がった地上に影響するのではないか、と仰りたいのですね」


私はようやく、しっかりと頷いた。

直後、気付く。


夜彦は敬語だ。そう言えば、先ほど、私を『凛さま』と呼んだ。


今さらだが、なにやらむずがゆい。

昨夜の場に彼は居合わせなかったが、事前になんらかの話が祓寮の中でされていた可能性は高い。


彼等はどのていど、私の事情を知っているのだろうか。


伺うように見上げれば、考え込む仕草で、夜彦は顎に手をやった。




「おれは太刀式ゆえ、できることは、対象を斬るぐらいのものだ。大がかりな結界を生じさせるとなると…―――――綾月がいればよかったのだが」




綾月。

極彩色の笑顔が、私の脳裏を過ぎった。


丁寧に脇へ押しやり、私は尋ねる。



「他の、祓寮の方々は、こちらへは?」



夜彦は苦い顔になった。

なるほど、仕方ない。


そう都合のいいことが起こるわけもないのだ。


穴に目を戻した私は、思わず瞬きをした。

向こう側の光景が、陽炎のようにゆらめいたからだ。

空気に亀裂が走るように、別の光景が一瞬現れ、消えた。


同じものを見たか、夜彦が口元を引き締める。



私の言葉を少し、理解してくれたようだ。



表情に浮かぶ危機感が、先ほどとは段違いに強くなる。


なんにしろ、この状況は私の責任でもあった。

盗賊たちの手から逃亡するためとはいえ、大昔の人外の怨霊を呼びだしたのは、真牙ではあるが、彼の行動を止めなかった私も悪い。



私は帯から豊音を取り出す。


豊音―――――霊笛の音ならば、この場をしばし、清澄に整えることは可能だろう。



「異変は、私でも抑え込めるでしょう」

夜彦に言葉を挟む隙を与えず、早口に続ける。



「ですが、長くは保ちません。どうか、…夜彦、塞ぐことが可能な方に心当たりがあるならば、呼んできては頂けませんか」



夜彦は顔を歪め、唸った。

「このような場所に、貴女一人を置いてですか」


危険だ、と彼が言外に告げる。





だが、だから何だと言うのだ。


居合わせたのだ。


やらねばなるまい。






応じず、私は豊音を口元に近づけた。そのとき。









「必要ねえよ」









すぐそばを、風が過ぎった。


「ここにいるので足りる」

その声に、たちまち、私は、緊張が緩むのを自覚する。


思わず、声が弾んだ。




「史郎さま」




隣に感じた体温に顔を上げれば、当然のように史郎がそこに立っていた。

一瞬、私と目を合わせ、に、と笑う。

それだけで、思ってしまった。


もう、大丈夫。


史郎は私の頭を軽く撫でてくれる。



ああ、もう。








百人力だ。






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