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霊笛  作者: 野中
霊笛・第三部
37/72

第二章(4)

「待て、凛!」


柘榴の制止は、少し遅かった。

私は、迷子のように飛び付いてしまう。


相手の袖を掴むように掌を強く閉じた。


瞬間、その行為の危険さに私の全身が冷える。



征司が脈動を渡ろうとしていたのだ。



私の行動は、それを邪魔し、かつ、かき乱すもの。

下手をうてば、肉体が真っ二つになっている。


…ただ。


この場合に幸運だったのは。

求める道が、同じだったこと。のみならず。



他の二人は、咄嗟に、私に合わせられる実力者だった。



いきなり、視界を光が焼いた。

肌に感じる陽ざしの温もりに、そこが外だとすぐ理解する。

光の強さにたまらず、私は顔を伏せた。


ぱちぱち、何度か瞬きする視界に、強く、誰かの袖をつかむ自身の両手が見える。


ゆらり、陽光にかがやく煙が私の鼻先を漂った。刹那。




「縋ることすら遠慮がちだな、凛」




なにか面倒そうな、皮肉気な声が、私の耳に届く。

それでいて、なにもかも許すような。


私は一度、強く目を閉じた。



私はまた、失敗しかけた。



私はいつになれば、胸を張ってこのひとの隣に立てるようになるんだろう。


自己嫌悪のまっくろな掌に捕まりそうになった刹那。

「なんと、凛、いつの間に自力で脈動を渡れるようになった?」

童女のような素直さで驚く声が上がった。

見張った目で横を見遣れば、柘榴が楽しそうに目を細める。


「これではますます、史郎殿は嫁御から眼を離せないな」

あっけらかんと言い放ったのは、征司だ。

私は安堵した。二人とも、無事のようだ。


私が彼等に謝罪しようとするなり。




「なんだぁ?」




不機嫌な声と共に、史郎の手が、乱暴に私が着ていた羽織の襟を掴んだ。

慌てて、史郎を見上げれば、


「俺のいない間、何があった」


ここのところ繰り返される、厳しい叱責の言葉が突き刺さる。

満月色の瞳に剣呑さが宿っていた。

そうは言っても。


私はうろたえた。…どこからどう、話せばいいのか。


いつも屋敷の中にいるから、たまに外へ出た時は、情報量が多すぎて、自身でも処理しかねる。

第一、この問いで、史郎が本当に欲しい答えは何だろう?

そもそも、そこからしてわからない。


だが、話さなければならないこと、ならあった。


いや、報告すべきことだろうか。




―――――母の、ことだ。




伊織から語ってもらう手筈になっていると、史郎には話しておくべきだ。


思うなり―――――何かが砕ける音が耳に届く。

薄い陶器が砕ける音だ。


近く、ではない。

壁の向こう側、と思うなり、ようやく周囲が目に入った。




私はどこかの庭先に立っている。


わずかに冷えた大気の感覚は、今が早朝だと私に教えた。




目の前に史郎。左右に、柘榴と征司。そして。


「うまい具合にはじまったぞ」

不意に、斜め前からおっとりした声が聴こえた。

はじまった…なにが?


「ふむ、まずは吾がゆこう」

顔を向ければ、火滝と目が合う。彼はにこりと微笑んだ。

すっきりした水干姿。踵を返すさまは、きわめて典雅だ。


その調子で、ひょいと近くの縁側にあがった。


開いていた障子の向こうに、失礼、と声をかけて中に入っていく。



素早い動きとは見えなかったのに、なぜだかあっという間だった。



一拍後、史郎は、珍しく面白がる口調で呟く。

「間が悪いな」

刹那、金切り声が早朝の空気をぎざぎざに引き裂いた。

「では貴公がその刀ひとつで南の騒乱いっさいを解決なさると申されるのですか、剣聖・火滝さまっ!!」


「…やったのぅ」

柘榴が他人事のように呟く。史郎が喉の奥で低く笑った。征司が肩を竦める。


私は目を瞬かせた。


状況についていけない。そもそも、…剣聖?




確か、各地で伝説のような逸話を点々と残し、最強の二文字を恣にしている剣の達人の名称がそれだったはずだ。




火滝がその、―――――剣聖? 何の冗談だろう。

征司が肩を竦める。

「火に油だ。蜘蛛蔵殿は火滝殿を嫌っている」


蜘蛛蔵。はじめて聞く名だ。

仲間だろうか?


けれど、どういうわけか、征司の声から、好意的な響きは感じ取れない。


史郎がからかうように尋ねる。

「ならてめぇが止めに行くか?」

「無茶を言う」

征司はさっぱりと笑った。

「オレも嫌われている」


「それを言うなら、俺もだ。好都合にもな」

史郎は私から手を離す。踵を返した。

先ほど火滝が入った部屋へ向かう。


その部屋で、何が起こっているのか。


遅れて気付いたが、部屋には大勢の人の気配がする。

誰だろう? 少なくとも人外ではないようだ。

史郎は淡々と呟いた。


「期待通りの状況だ」

すべて掌の内―――――退屈だ、とすら言い出しそうな史郎の態度に、私は落ち着かない視線を先ほど火滝が消えた部屋へ投げる。

何が起こっているのか、不穏な気配は高まるばかりだ。


史郎は面倒そうに言葉を続ける。




「雪鳥衆名代と名乗ったせいで、南方の商人たちも蜘蛛蔵に手を出しあぐねている」





雪鳥衆。






私は目を見張った。

それは、生活していれば、自然と耳にする名称だ。

雪鳥衆は、商人たちの世界の中でも、絶対に無視できない勢力を誇る、組織だった。

聞いた話では、旅商人たちは安全のため、必ずそこに名を登録するらしい。

雪鳥衆の手形を持っていれば、どういう仕組みかは分からないが、獣に襲われる危険が格段に減ると聞いていた。


関所を通る際にも、雪鳥衆の手形は威力を発揮する。

商人が持つ品に応じた商売先の斡旋も行うと聞く。


長い歴史を誇り、人々の生活に食い込み、独自の流通過程を構築してきたため、迂闊に潰すこともできない。


つまり、商売人にとって、敵に回したくはない相手と言うわけだ。

ある意味、公的機関とも言える。






そう言えば。


剣聖も、雪鳥衆に属すると聞いたことがあった。

そんな、存在が。

―――――現状の南方に、どう関わってくると言うのだろう?


「雪鳥衆の名代は」

柘榴が苛立ちを無理に抑えた声で低く言った。

高熱の塊めいた視線が、史郎を貫く。


「南方の商人たちの亀裂を仲裁するために、今朝の商人たちの会合に同席したのであろ?」


柘榴の問いかけに、史郎は足を止める。素知らぬ顔で首肯。

意外だ。会合…こんな時間に? 商人たちが早朝に集まるとは、あまり聞かない話だ。


それほど緊急な案件があったのか。それとも。




主催側が、招く側に、準備を整える間を与えたくなかったのか。




「悪いが」


征司が苦笑した。

「名代の蜘蛛蔵に平和的解決は望めないな。存在自体が、乱だ」

柘榴が、温度のない声を二人の背に投げる。

「会合を潰すつもりかえ」


「逆だ」


史郎が力強く言い切った。






「俺が猛毒をあえて投げ込んだのは、力づくで会合の目的を達成するためだ」


猛毒―――――それはおそらく、蜘蛛蔵、と言う人物のことだろう。






史郎にそこまで言わせるとは、どこまで厄介な人物なのか。

史郎が振り向いた。彼は、不敵に笑う。


「けちけちすんな、折角の騒ぎだ」

とことん悪ガキめいた口調で、史郎はあかるく言い放った。


「ぜんぶ、お祭り騒ぎにしちまおうぜ。つまんねえ諍いから―――――殺戮に至るまでな」


物騒さを無邪気さの中にきれいに隠した史郎は、柘榴を煽るようだ。

これから何が始まろうとしているのか。

つい案じてしまう私を、史郎は不意に見つめた。


とたん、不機嫌になる。



「おい、柘榴」



その目が、羽織を睨んだ。

「凛の羽織と襟巻をはがせ。着替えさせとけ」

ため息交じりに柘榴が私を引き寄せた。

同時に、史郎が部屋へ乱暴に踏み込む。

ひらり、征司が片手を振って、あとに続いた。


覗きこまなくとも、ぴりぴりした空気を肌で感じる。


「凛は、こっちじゃ」

向かいの建物へ、私は誘われた。

とたん、とんでもない破壊音が背後から響く。


振り向けば、相撲取りめいた巨体が複数、室内から毬のように投げ捨てられたところだった。


それらが、庭木をいくつかなぎ倒していく。

唖然となった私の手を引き、柘榴は向かいの建物に入った。室内を横切る。

前を行く柘榴が振り向きもせず、舌打ちした。

「北竜公め。あとで弁償してもらうぞ」


「あ、あれ、史郎さまが?」

「仕置きじゃろ」

冷めた声で告げ、柘榴は階段を登る。


「雪鳥衆の蜘蛛蔵とやら、遣り手ではあろうが、いかんせん人品が悪い」


柘榴は憤然と言い切ったが、私はまだそのひとに会ったことはない。

蜘蛛蔵。いったいどんなひとなのだろう。


そもそも、人間、なの?


「どういうわけか、商人たちの会合に、護衛と称し、数多のならず者たちをこの屋敷へ連れ込んだのよ」

柘榴は鼻で笑った。

「このような怪しげな屋敷などどのような危険が潜むか知れない、とな」



…怪しげな屋敷?


私は周囲を見渡した。確かに少し古びてはいるが手入れは行き届いている。

空気も清浄。丁寧に扱われているのは、見れば分かった。



柘榴は子供のように、唇をとがらせる。

「わたしの屋敷に随分な物言いぞ」

「ここは柘榴の屋敷、ですか」

もの珍しい気分で見渡した。


とたん、柘榴の横顔に照れが浮かぶ。



「…長年、放置したために、近所では妙な噂が立っているらしいが…」



言い訳じみたことを呟き、開き直ったように胸を張った。

「眷属が手入れは怠っておらぬ。―――――居るか!」

語尾は周囲に向けたものだ。


言い放つなり、二階の部屋の障子をすぱん、と開け放つ。


中にいたのは、そっくりな顔立ちをしたはかま姿の童子二人。

行儀よく正座し、かしこまった風情で、揃って指をつき、頭を下げた。




「お帰りなさいませ、柘榴さま!」


「ようこそおいで下さいました、お客人!」




舌足らずな声で告げ、きりっとした表情で顔を上げた二人の前に、柘榴は私を押しだす。

「この娘は凛と言う。上等の着物を着せい。扱いは丁重にな」


命じ、壁際で掛け布をしていた家具に近寄った。

無造作に、布をめくる。

大きな鏡が現れた。



「北竜公が気になるなら、遠視の鏡で見せてやろう」



柘榴は、鏡面を一度掌で撫でおろした。

直後、さっさと踵を返す。


「わたしは廊下から直接見学するとしよう」


廊下へ出て後ろ手に障子を閉めた柘榴は、相変わらずだ。

なにやら、ホッとした。

―――――征司は、彼女を添石の血統、と言ったが。

(柘榴には、千華姫と、似たところはない)

容姿も、性格も。

嘘かまことか、あまり血筋の件にこだわった様子は彼女にはなかった。

まあ、そうだろう。


血統など、彼女という個を前にしては、どうでもいいことだ。


私は改めて、ちいさな手をのばしてくる柘榴の眷属ふたりに小さく頭を下げた。

「手間をかけます」


「そんな、勿体ないっ」

「お顔を上げてくださいっ」


生真面目な態度で、二人は首を横に振る。

主人とはあまり似ていないようだ。

ちまちま立ち働きながら、手際良く着替えの準備を整えていく。

羽織を肩から滑り落とせば、おあずかりします、とすかさず手が伸びた。

申し訳ないと思いながらも預ける最中、目の端に、遠視の鏡が映る。


その、中に。



―――――先ほど見た庭の光景が映し出されていた。



正確には、その、続きだ。

思わず動きが止まった私の首から、襟巻が丁寧に解かれる。

眷属たちが話しかけてきた。



「あかるい橙に、白い帯はどうでしょう?」


「この空色に紫の花の着物もようございますよ」



上の空で頷いた私の目は、鏡に釘づけだ。


史郎が、巨躯の男たちに取り囲まれていた。

男たちは、先ほど見た盗賊たちとも、また、雰囲気が違う。


だが間違いなく、荒事の専門家たちだ。


仕官のかなわない浪人者も混ざっているのではないだろうか。

彼等のど真ん中に、すっくと立つ史郎の姿に、不意に私は何かがおかしいと感じた。


首を傾げるなり、気付く。




どうしてだろう、史郎の威圧が薄い。




いつもの暴力的な重さが幻のように消えている。

思えば先日見た火滝も、冗談のように気配がなかったが。



いや、確かに、街中を歩くには、それが一番いい。


常の通りの彼らでは、市場に一歩踏み出した途端、幾人がその気にあてられ、気絶するか読めない。にしても。




―――――これは、どういう仕掛けだろう?




不思議に思うなり、厳しい誰何の声が飛んだ。

「何者か!」

それは間違いなく、乱入者である身元不明の史郎に向けられたもの。


彼は不敵に笑った。


応じ、告げる。








「史郎」








ただそれだけを。


それだけで、すべて説明したとばかりの彼の自信に、誰もが唖然となった。同時に。




―――――なんと、説得もされていた。




あろうことか、ああそうか、それなら仕方ないな、と言う雰囲気が漂う。

けれど、なんでこんなにあっさり納得してしまうんだろう、と言う理不尽な感覚を自分で自分に覚えてもいるようだ。


この場合、納得するのがおかしいと感じるのが、真っ当だ。


とはいえ。

実際、どのような肩書も、史郎を前にしては、すべて褪せるだろう。


それだけ、彼の存在感は強烈だった。



奇妙な沈黙を破ったのは、火滝の声だ。



説明が全く足りない史郎の言葉に、柔らかに微笑んで言葉を付け加える。






「この方は、雪鳥衆の大樹です」






大樹とは、雪鳥衆の長の別名だ。

一瞬の沈黙。次いで。

ざわめきが爆発した。


―――――大樹? 本当に存在したのか。


―――――待て、本物とは限らん。ほとんど伝説の存在ではないか。


―――――だが剣聖が言ったのだ。


―――――代々の剣聖・火滝の襲名者は、雪鳥衆・大樹の護衛。


―――――では、本当に…?


―――――それにしても、若い。


聴こえたのは、外からだ。

遠視の鏡は、画像しか映し出していない。


史郎の周囲で殺気立っていた男たちが、わずかに怯んだ。


それも当然だろう。

柘榴の物言いでは、雪鳥衆の者が彼等を雇ったということだ。



いわば、史郎は彼等の雇い主の上役に当たる。



迂闊には手を出せない。


それにしても。

…史郎が、大樹。

私としては、現実味が薄い、と言うか、史郎は史郎だし、という程度の感想しか持てない。

そのとき。


縁側へ、音もなく現れた人影がある。



―――――長身の、うつくしい少女だ。



少女。一瞬、そう見えたが、…違う。


あれは、少年だ。少女と見紛うような。


艶のある長い黒髪、ぱっちりした瞳、色香の漂う朱唇。

だが紛れもなく、骨格は男性のもの。


彼は、にこり、微笑んだ。

自身の正しさをひとつも疑っていない強さで。




「膿も、清水も同じでしょう」




いきなり、何の話か。私は面食らった。

史郎はただ、少年から目を逸らさない。

「分ける手間を考えれば、まとめて一掃すれば確実です」

含む意味はわからないなりに、なにやら物騒な言い様だ。


「…ここにいる誰がいなくなったところで」

一度、彼は室内を見遣った。





「誰かがうまくやっていきますよ」





投げやりな物言いだ。


誰より己自身が、代わりのきく存在だと自嘲しているようにも聞こえる。

私の場所からは少し聞き取りにくいその声は、先ほど火滝を剣聖と呼んだ金切り声と同じもののようだ。


史郎はうるさそうに手を振った。それだけで。


黙れ、という命令が、見ているものの心臓を捕らえる。

…こういう凄味は、相変わらず。



「それこそ無駄だ、蜘蛛蔵」



素っ気ない断定。

たちまち、少年の笑みの種類が変わった。刺々しい、毒の滴る笑みに。

「邪魔するなら」

躊躇なく告げる。




「死んでください」




私は一瞬、息が止まるかと思った。

危機感より、その言葉の響きに。

忌まわしい汚物がいっぱい詰まった何かを、空気の中にぶちまけたような、醜い口調。


まるでそれが号令だったかのように。


空気が沸騰するように、殺意が弾けた。史郎へ。

彼を取り囲んでいた男たちが、動いた。


しかし、当の史郎はと言えば、襲い来る凶刃の渦などものともせずに、




「なめてんのか?」




手の内で、くるり、煙管を回す。

うんざりした落胆の表情で、苛立たしげに呟いた。


「本気の殺意がこの程度か」


背から肩口に、刃が落ちる。頭に。首に。その、すべてに。



刃の動きに、命への慈しみはなかった。



まるで小枝でも折り取るように、無造作で無慈悲。

ああ、これは、『仕事』なのだ。


『掃除』と同じ感覚で、彼等は命を消そうとしている。


だが、今回は、――――相手が悪い。

「…では、身体で覚えろ」

史郎が、至極面倒そうに動く。



いきなりだった。風の流れが変わった、鏡越しにもそう感じる。



空ぶった刃同士がぶつかり合い、不協和音を奏でた直後。






「本物の暴力ってヤツをな」






何があったか、一人の身体が小石のように吹っ飛んだ。

くの字に曲げたその身体を避け切れなかった複数が、もつれ合うようにその場に倒れ込む。


史郎が、地面に顔から転がった相手の頭を、容赦なく踏みつけた。

同時に、肘を振り抜く。

立っていた別の一人の鼻柱が折れ砕けた。

勢いを殺さず、史郎はその場で身を低め旋回―――――とたん、鼻を潰されよろめきながらも立っていた相手の胴体が、数本の刃で串刺しになった。

史郎を狙った刀身が為したわざだ。


連携などあったものではない。


ぐるり、白眼を剥いた仲間の身体をゴミのように投げ捨てようとする男たちの足元で、史郎は皮肉気な笑みを唇に刻んだ。

「無様だな」



結局、彼等は死体から刃を取り戻せなかった。



骨が折れ砕ける音が、早朝の庭先で連続する。

苦鳴を上げ、腹や腕、顔を押さえた男たちが次々と沈む中で、刃を突き立てられた男の体だけが、ゆらゆら操り人形のように揺れていた。


史郎が、右手を揺するように振る中で、最初に倒れた男たちがようやく立ち上がる。

「ふん」

史郎は悠然と煙管をくわえ、目を細めた。刹那。




「ときが惜しい」




ふわり、風のように火滝が庭先に降り立つ。


「平らげるぞ」

「汚れも知らないような優男が…!」

涼しげな表情で史郎の前へ進み出た火滝に、猛然と斬りかかった相手を前に、彼は優しげに微笑んだ。


「すまんな」


―――――抜刀の挙動すら、ほとんど見えなかった。





「汚れ方を知らんのだ」





そう、告げるなり。


いきなり、時間が止まったようだった。

唐突に、我先にと飛び出した男たちの動きが止まる。

わずかに、遅れて。


火滝が刀身をおさめる、鍔鳴りの音。次いで、水干の袖が翻る。直後。



ぐるり、男たちが白眼を剥いた。




直後、抵抗の手段など知らない赤子のように、彼等の身体は呆気なく地面に沈んだ。








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