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霊笛  作者: 野中
霊笛・第二部
16/72

第一章(3)

報告書でも読み上げるような声だ。

感情がなにもこもっていなかったから逆に、真実味があった。

氷を心臓に押し付けられた心地になる。血の気が下がった。


淡々と、言葉は続く。


「やれやれ、位階持ちの方々は何を考えて、人間の同席を許すのか。しかも王の伴侶だと?」

一瞬、息が止まった。

思わぬ方向から、引っ叩かれた心地が抜けない。



「…異形?」



繰り返す。

反応が、相手の思惑通りと察していても。


好々爺然とした玄丸は、さよう、と表情をひとつも動かさずに頷いた。




「あなたさまのお身体も、心配ですな。人外と契った人間が、人間のままでいられるとは、ゆめ、思われますな」




親切を装った、これは忠告だ。

脳裏をよぎったのは、青柳伯の奥方たち。

そして。

(だから史郎さまは)




私を、拒んだ?




無意識に、拳を握る。


私の動揺など知らぬげに、玄丸が歓談でも楽しむ態度で、穏やかに言った。

「つまるところ、御身は王の子を宿す胎として不具ということですよ」






厳しいひと、だった。


子を生む道具扱いどころか、その道具としても使えないと言う。

青柳伯でさえ、まだ優しい。







眩暈がした。足元がぐらつく。

座りこみそうになり、ぐっとこらえた。

膝に力を込める。

私は彼を見下ろした。


ただ。




玄丸の言葉を鵜呑みにすることはできない。


なにせ、本心が読めない。

彼は、柔和な表情を崩さなかった。


これでは、口にしている言葉が嘘か本当か、見極めも難しい。


第一、まず、問題を健全に考えるためには、前提からして足りないではないか。

つまり、私には是非を判断する力も知識もない。


一人で考えていては堂々巡りだ。


(小春が、戻ってくれたら)




私はつい、小春が立ち去った方にちらと視線を流した。

己の無知と弱さに歯噛みしたその時、


「なんにしろ、その覚悟のほどをお伺いしたいものですな。霊笛の君は、」


玄丸は微かに身を乗り出す。






「きちんと人間の世と決別してきておいでかな? いや、捨てられますか」






――――このヒトは、賢い。


気を引き締める。

私がずっと気にしているところを、正確に突いてきた。


それだけ、人間の情に精通しているということだろう。


なにせ他の人外は、そのことについて、一言も口にしたことがない。











霊笛の宗家が脳裏を過ぎる。

私の実家だ。

そこに、私を待っている人はいない。

いない、が。

結婚の夜、相手が殺されたどさくさに紛れて逃げたきり、一度も戻っていない現実はひどく後ろめたかった。

死んでいるならともかく、私は生きているのだ。


両親亡き後、宗家で私は道具にしか過ぎなかったけれど、面倒を見てもらった恩はある。











「どれ」

玄丸が、先程閉めた障子を再び開く。


「まだならご協力して差し上げましょう」


部屋を見遣った私は、微かに息を引いた。




そこには、闇があった。


いつか、穂鷹山の一角にあった、沈殿した闇とよく似ている。




知っている。

覚えていた。感触すら。なにせ。


私は一度、そこに落ちたのだから。


刹那、ぐるりと頭の中を過去が巡る。

私の視線に応じたか、ゆぅらり、闇が揺れた。

そのさまは炎の揺らめきに似ている。

「この道を、真っ直ぐお行きなさい」

道。

玄丸は、そう言った。私には、闇しか見えない。


別の言い方をするとしても、穴。




「望むところへ出ますよ」




立ち去れ、と言いたいのだろうか。


だがここで、史郎の城で、ある意味堂々と私を追い払うのはうまい方法ではない。

この老人は、そこまで短絡には見えなかった。

かといって、親切心からの行動とも思えない。


私はゆっくりと拳を開く。


自身の心を見つめた。

すぐ、反響する声がある。


――――悪い子だ。


ずっと、脳裏に木霊し続けた言葉は今、別のものに変わりつつある。






――――私は、ここにいても、いいの?






言葉は違えど、きっと根は同じ。

私が打ち克つべきは、これだ。




己に価値はない、どころか、存在は罪ですらあるのだと感じる、…この、罪悪感。


惨めさ。




…機会、ではないのか。


これは、自身の気持ちときちんと向き合う、機会では、ないのか。

私は、しずかに玄丸を見遣った。


彼は、私を試したいのだろうか。


殺したいのだろうか。


すぐ、確信する。

おそらく、殺しはしない。

それだけ、史郎が慕われているからだ。

史郎が大切にする者を彼等は殺せない。


だが、ゆえに試さずにいられないのだ。


相応しくないと確信したなら、彼等は私を追放する。

きっと、玄丸とて何があれば納得するかは分からないのだ。


逆を言えば、どんなことをしても、相手が納得すればいいだけの話、ではある。


彼の屈託の仕方は、人間的だ、と言えなくもない。

採る方法は、一歩間違えれば死が待つやり方だが。

それを踏まえたうえで。






私が、ここですべきは何だろう。






子供のように、史郎にお伺いを立てることだろうか。

こう言われたが、行ってもいいだろうか、と?


玄丸はただ、微笑んでいる。

きっと、彼にはどちらでもいいのだ。


私が挑む無謀を見せても。


逃げる臆病を見せても。


見た目だけは、二心のなさそうな笑顔を見遣り――――私の心が固まるのはすぐだった。

微笑み返す。

相手には、見えないとしても。

「ご親切に、ありがとうございます」


私は、室内にあるには相応しくない暗い穴に向き直った。


どこにつながっているのか、まったく読めない。だが。

「行ってきます」

私は一歩、踏み出した。


試されよう。


私は証しなければならない。






私が、史郎(あの方)に相応しいと。






私を突き動かしたものは、意地でもない。

誇りでもない。

ひとつだけ、生まれた望みだ。

私の背を押したもの。

それは、


「戻ってきましたら、どうか、」

振り返らず、言葉を紡ぐ。

部屋へ入った。




「史郎さまを、祝福してください」




史郎と私の婚姻を。

どうか史郎が、心からの祝福を受けられますように。

どうか玄丸が、心からの祝福を贈れますように。


笑顔で。


我儘だ。贅沢だ。



だとしても、どう頑張ったところで、それは私一人ではどうにもならないことだから。



――――私は、私の気持ちを優先するわけだ。


つまり、史郎を無視した。

小春の言いつけも。


その時点で、戻ってくることは決定事項だった。




叱られるために。




意識を今へ戻す。

目の前の暗い穴を見た。

大丈夫。怖くない。一度は潜り抜けた代物だ。


かつては、死にはしなかった。

手を伸ばす。指先が触れた。闇は、冷たい。


「霊笛の君」

刹那、緊張に満ちた声で玄丸に呼ばれる。

焦りを感じた。

振り返ろうとした瞬間、


「…っ!」

頭頂部から足先まで、痛みが走りぬけた。

脳裏からいっとき、思考が消える。

鞭打たれたような痺れが、皮膚を駆け巡る。被衣が翻った。

視界の端で、布が消滅する。溶けるように。


リン、と涼やかな音が鼓膜を震わせた。

散った光の雫は、壊れた髪飾りの破片だ。私の意識を現実へ、束の間引き戻す。

直後。


ぬぅっと穴の向こうから、二本の腕が伸びた。

気付いたのと、腕を掴まれたのは同時だ。

(痛…っ)


固い大地の中にすら、引きこまれそうになる力だった。


咄嗟に抵抗もできない。

私は闇の中へ転がり込んだ。


刹那――――色が変わるように、一瞬で空気が変わった。


ひや、とした影の冷たさが、周囲に満ちる。

腕を縛める力が消えた。

前のめりに倒れ込む。同時に、


「なぁんだ」

つまらない、と言いたげな声が私の頭上に落ちてくる。

「ただの人間じゃないか。どんな魑魅魍魎が現れるかと期待したのにさ」


いきなり、肩を突き飛ばされた。


状況が分からない。

されるまま、尻もちをつく。

私は、呆気に取られて相手を見上げた。

「それともアンタ、あたしを食ってくれる? 死ぬってどんな気分か教えてよ」

最初、目についたのは髪だ。


手入れと無縁の長い髪が、顔と身体を獣毛のように覆っている。

よく見れば、ところどころに白いものが混じっていた。着物は、しかしやたら上等だ。

鮮やかな赤い花の模様が艶やかで、乱れた髪の向こうに見える顔立ちは、意外なほど整っていた。


ただし、そこに浮かぶのは狂笑。


「食えないってんなら出てお行きよ。ほら、出口はあっちだ」

操り人形みたいな動きで、彼女の腕が持ち上がる。

指さされた先にあったのは。


「…格子…?」

顔を巡らせて、理解した。

ここは、思いの外、広く上等な部屋だ。

ただし、三方は壁に囲まれている。


問題は、残る一方向。


そこには、頑丈そうな木の格子が一面に張り巡らされていた。

これでは、まるで。



(座敷牢)



どういうわけか、私はその中にいた。

どこにも、潜り抜けたあの闇は残っていない。


一瞬、本当に過去へ戻ったのかと思った。

幼い時代を私は確かに、座敷牢で暮らしていたのだから。母と共に。


当時、霊笛の宗家の当主であった先代――――父の、私の母は愛人だった。


父は、母を囲うだけでは足らず、座敷牢の奥に閉じ込めた。

他の家族はいい顔をしなかったが、母はいつも、穏やかに微笑んでいた。

あそこはもっと、あかるかった。

母の微笑みが、彼女の存在そのものが、光だった。


私を閉じ込めるのは、あのヒトの優しさよ、と母は言った。



――――あのひとは、私に、帰れないって言い訳をくれただけ。



私が五つの頃、母が亡くなり、あとを追うように父も天に召された。

…目の前にいる女性は、母ではない。


では、誰だろう。

それに、ここはいったい。

私は真っ直ぐに目の前の女性を見上げた。尋ねる相手は、彼女しかいない。けれど。


突如、彼女は哄笑を爆発させた。大波に押された心地に身が竦む。


すぐ、自分を叱咤した。

だめ。落ち着け。ここから、出るんだ。


でも鍵は? かかっている? 開いている? …まずは、確かめないと。


私は彼女を刺激しないよう、細心の注意を払う。

慎重に立ちあがった。刹那、




「うるさいぞ」




格子の向こうから、声が響く。

「今度は一体、何がほしいんだ」

動物を躾けるときも、もう少し温かい声を出すだろうと感じるうんざりした声だ。


思うなり、恰幅のいい白髪の老人が、格子の向こうに立った。

私と目が合う。

彼は驚きに目を見張る。

「何者だ。…ん?」


私が答えるより先に、彼の目が格子の四隅に飛んだ。


表情が険しくなる。

低く唸った。



「人外…翠天師の眷属か?」



翠天師。聞いたこともない。いや。

確か先ほど、耳にした名称だ。誰が言っていたのだろう。確か、黒蜜。

それについて考える余裕は、私にはまだなかった。

それより、気になることがあった。


なぜ、人外と断定されたのか。

ただ。


人外。

私自身に向けられた、はじめての言葉に――――きっと、私の表情は変わった。


望むところ、だと。


肯定も否定もしなかったが、老人の双眸が細められ、抜け目なく光る。

歪んだ哄笑が響く中、彼は二度、手を叩いた。

とたん、複数の若い男が格子の向こうに集まってくる。

誰もが腰に刀を帯びていた。


彼等を尻目に、老人が無骨な鉄の音を立てて座敷牢の鍵を開ける。



「村に、『商人』が来ていたろう」



男たちは目を見合わせた。頷く。

誰も、一言も発さない。

狂ったように笑い続ける女性を配慮してのことだろうが、不吉な沈黙だ。

全員に最も意識されている人物など、いないような態度で、老人はちいさな戸を開け放つ。


――――開いた!


駆け出したいと逸る心を、私は慌てて宥めた。

まだ、機ではない。


『商人』の確認は、彼等の間でもう十分だったのか、それ以上は誰も何も言わない。

老人は私を指差した。


「この座敷牢の中にいきなり現れ、同時に符が破れた。あの娘は人外だ」


符? では、ここには人外に対する結界でも貼っていたのか。普通はしない。

つまり、そうする必要があったというわけだ。だが、なぜ。


理由など、この時の私には、想像もつかなかった。




それこそ、あとで起こる騒動の、いっさいの答えだったのだと知るのは、すべてが終わった後だ。




疑問は小さな針となったが、私の胸の奥深くに沈んでしまった。

ただ、私は先ほど闇を潜った時の状況を思い出す。

人外除けの結界があったから、あのようなことになったのだ。被衣が反応したのだろう。


あれは人外である小春が念を込めたものだったのだから。


とはいえ、ここで、私は人間だと主張しても聞き入れられないだろう。


はたから見れば、出現からして私の存在はおかしい。

そもそも、人間か人外かは、おそらく老人にとって重要ではないのだ。

老人の、どこか芝居がかっていた声が、真剣なものに変わった。


「容姿も優れている、いい値で売れるに違いない。捕えろ」


何があっても命令を遂行してのけるのだろう。

そう確信させる冷徹な動きで、男たちが座敷牢に入ってくる。

その後ろから、老人の声が飛んだ。

「娘には傷一つけるな」


娘。私のことじゃ、ない。ということは。

私は哄笑を途切れさせない女性を横目にした。

こちらへ、と狂女は手を引かれ、部屋の隅へ連れていかれる。


丁重な扱いだ。そういう、ことか。


私はすぐ、そのすべてを意識の外へ押しやる。

あっという間に取り囲まれた。

囲まれる前に、行動を起こすと言う手もあった。だが。


私が選んだのは。


一人の男の手が私に伸ばされた。

大人しくしていれば、鳩尾に拳が埋まったに違いない。

しかし待つ理由はなかった。


(あ、遅い)

暢気に思う間すらあった。

小春と比べれば、断然、動きが悪い。


風に押されるように、身を開く。拳が真横を掠めた。横目に見送る。


捕まれたら私の首など容易にへし折れるだろう野太い腕に寄り添い、畳の上を滑るように舞う。

拍子抜けするほど簡単に、私は男の背を見上げていた。


戦うつもりはない。逃れたいだけだ。


倒すことは目的ではなかった。が、私は男の膝裏を思いきり蹴っ飛ばした。

均衡が崩れ、男の身体が畳の上に沈む。

幾人かが巻き込まれたなら、重畳だ。


私は身を翻した。

後も見ずに駆け出す。


次々伸ばされた手をどうにか避けられたのは、彼らが私を『取り囲んでいた』からだ。

自身の身体で壁を作る格好で。


その壁が、幾重にもなり分厚ければ、脱出は困難だった。


だが、目の前にある壁は薄かった。

その上、取り囲む意思があるなら逆に、相手の立ち位置が読みやすい。


私が扉を潜るのは、すぐだった。

咄嗟に施錠すらできなかった老人が、唖然と私を見つめる。

そのすぐ脇をすり抜けた。

低く飛ぶように走る。


「逃がすな!」

我に返った老人の怒声が聴こえたのは、私が、もう十分と思える距離が開いた後だ。

遠ざかる背後で、割れんばかりの声が、叫ぶ。


「娘のことを吹聴されるわけにはいかん!!」


声を染め上げた狂気に、私の肝が冷えた。

追いかけてくる気配に、死に物狂いで、廊下の端に辿りつく。

それ自体が結界のような重い雰囲気の木戸を、思い切り真横に引き払った。

とたん。


目を、陽光が焼いた。一瞬、盲目になる。


見えなくなっている場合ではないのに、ままならない。

かつて経験したことのない焦燥が、腹の底を焼いた。



帰らなきゃ。


「史郎さま…っ」



心に押される格好で、足を踏み出す。よろよろと、数歩。


捕まりたくない。

会いたい。

戻らないと。早く。


見えない目を懸命に瞬かせた。

なんとかものの色彩が判別できるようになった瞬間。


強かに、なにかに腰を打ちつけた。

打ち付けた場所を支点に、頭から前へ倒れ込む。直後。



――――浮遊感に襲われた。



いっとき、指先が宙を掻く。なにも、掴めなかった。

「…あ…っ」

鼻をついたのは、緑のにおい。

まっくらな座敷牢から、勝手に地下を想像していたが、


(二階だった…っ?)

それとも、三階だろうか。分からない。いずれにせよ。


痛みを予想した。身体を丸める。受身なら得意だ。何度も投げ飛ばされた。

だが。

「え…?」

声が、聴こえた。私の頭上から。


つまり、落ちていく先に、――――誰かが、いる。


胃が竦んだ。青ざめる余裕はない。

「に、逃げ」

て、と言い切る前に、衝撃はきた。ただし。

予想した地面の固い冷たさは感じなかった。

容赦なく骨まで届く痛みもない。


ぶつかる感覚はあった。ただし、感じたのは、ぬくもり。


何が起こったのか。

固く閉じていた目を、激しい動悸が促すまま、見開く。刹那。



驚愕の表情を浮かべた若者と目があった。



互いに、見張った目でしばし見つめ合う。

はじめて見る顔だ。

清廉とした空気。生真面目に引き結ばれた、不器用さを感じさせる唇。

全体的に精悍なのに、こわいと感じないのは、目が優しいせいだろう。


なぜか、結水の領主のご子息様たちを思い出した。


顔は似てはいない。けれど。

(あ、雰囲気が…)

私を見下ろしていた彼の目が、空を見上げた。呆然と呟く。


「天女…?」

どこに?

彼と同じ方を見上げかけ、すぐ我に返る。


私は彼の腕から、するりと下りたった。

相手の腕に、力が入っていなかったからできた芸当だ。

ここがどこかも知らず、私は駆け出す。

とにかく、この場を離れなければ。


どこも、家屋のつくりは大体似ている。おそらく、ここは裏庭だ。

ならば、と裏口があるだろう場所を目指す。

慌てたように、若者が声をかけてきた。


「お待ちください。アナタは、」


「助けて下さって、ありがとうございます。でも、お願い、」

礼を失した態度をとるのは嫌だが、この場合は仕方がない。

私は駆けながら振り向いた。声を張る。



「見逃して…っ」



彼が何者かは知らないが、ここにいる以上、あの老人の縁者に違いない。

若者はいっとき、躊躇した。刹那。


「清孝殿!」


私の訴えに被る格好で、先程私が落ちた二階から、怒声が響いた。

「その女を捕らえて頂きたい!」



――――彼が、どう動いたのか、私には見えなかった。



背後にいたからだが、たとえ正面にいたとしても、見えたかどうか。

「御免」

鋭い声と共に、首筋に、軽い衝撃が走る。

たちまち、足から力が抜けた。


意識が途切れる寸前、

「申し訳ない。今は」

囁きと共に、浮遊感があった。

攫われるようなこの感覚は、誰かに抱きあげられたのだと思う。


「オレは白鷺家家臣、清孝。後ほど必ず、お救い致します」











誠実な名乗りの声を最後に、私の意識は闇へ落ちた。









●こぼれ話:彼がそれをする理由

征司「爺さま方か。人外の中でも、古参の方々だ。学ぶべきことは、たくさんある」

征司「無論、オレは史郎殿の味方だが、あまりに対立しすぎても、厄介だからな」

征司「…爺さま方にとって、のみならず…、人外全体にとって、やもしれん」

征司「なにせ、オレは見たことがあるんだ」

征司「史郎殿と青柳伯の、」




征司「喧嘩を。間近で」




征司「そのときオレははじめて学んだ」

征司「恐怖を」

征司「なに、目から?」

征司「はは、これは鼻水だ」

征司「…あんなものに遭遇するのは一度だけでいい」


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