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霊笛  作者: 野中
霊笛・第二部
15/72

第一章(2)

「そうかぁ?」

史郎は訝しげな声を上げる。

「普通だろ」

どう思う、と私を見下ろした。

私は正直に答える。

「普通かと」


邸で違和感を覚えたことはない。


青柳伯は面白そうに私たちを見た。

「へえ、あれで? 凛ちゃんてどういう育てられ方したの。いいけどね、便利だから」

青柳伯、と征司が窘めるように口を挟んだ。

かといって、青柳伯が『便利』という物言いを取り消すわけではない。


私も気にしない。するとしたら、史郎が不機嫌になるからだ。


彼は何も聞こえなかったように無言だが、反応のない方が、史郎は恐ろしい。

知っているだろうに、どうでもよさそうに肩を竦め、青柳伯は私の被衣に目を止めた。

「その被衣さ、凛ちゃんはどう思ってる? ただの形式? なら、その形式はどうして生まれたと思う? 順応力はたいしたものだけど、少しは自分の頭で考えてごらん」


優しげで穏やかな容姿と言動のわりに、青柳伯は鋭利な猛毒の針を常に隠し持っている。


こうして、彼はよく私に絡むが、私に興味があるわけではない。

青柳伯の目的は、はっきりしていた。

彼はただ、忠実なだけだ。


王に。


そのため青柳伯の言葉は、容赦なく痛い。

真実をついているからだ。


おかげでいつも目が覚める心地になる。

本当のところ、私は、青柳伯をはじめ、人外たちの言動が怖い、などと史郎の後ろに隠れてしまうのは間違いなのだ。

私は相応しい言動を取らねばならない。

史郎に。…王に。

幸い、私は慣れていた。


厳しさにも。悪意にも。多少の暴力にも。


意識して、今度は踏ん張った。

史郎に縋らず、彼の隣でわずかに胸を張る。


なんとはなしに、頭の片隅で過去の経験に感謝した。


「まるで」

青柳伯の言葉を素直に吟味した私は、首を傾げる。



「誰にも見せたくないようですね」


「なんでだろうな、これが凛だと安心したぞ」



史郎が感心したように呟く。直後、




「実にお似合いの呑気さですね、お二人とも」




足元から怜悧な声が聴こえた。

見下ろせば、


「「小春」」


頼りになる史郎の眷属が、背筋を伸ばして立っている。

「会への伴侶との同席は位階持ちの義務ですが、本来、人外は伴侶を他者の目に晒すことを厭います」

身だしなみをきちんと整えた彼女は、私たちに折り目正しく一礼した。

「ただいま到着いたしました、殿、御寮さま」


可愛らしい外見とは裏腹に、氷の一瞥を青柳伯へ投げる。

「被衣のこと、御寮さまが思い至らないのも無理はないことです。そういった感情と無縁なのですから。汚れきったあなたさまと同列に扱わないで頂けますか、青柳伯」

「相変わらずかわいい毒舌だね、小春ちゃん」


青柳伯は無礼を咎めない。


楽しんでいる。







以前、青柳伯は、史郎の邸は女っ気がないと言ったことがあった。


が、小春とは随分昔からの顔見知りと聞く。

小春をはじめ、史郎の邸には女性がたくさんいると指摘したところ、彼は唖然と私を見返した後、苦笑したものだ。

「うっわ、凛ちゃん。それ違う。眷属は異性に数えらんないよ?」


人間と人外の感覚の溝は、どこまで深いのだろう。

余談だが、同じ言葉を近くで聞いていた小春も、妙なことを言った。


「それに、わたしどもは殿のお世話を仰せつかっておりますが、現在のように、邸へ気軽に出入りする許可を頂けたことは過去に一度もありません」


思い返せば、確かに、史郎の邸へはじめて訪れた日は、邸内はからっぽだった。

現在の邸のような賑やかさはなく、見捨てられた場所のようにも思えたものだ。


私を見上げる小春の表情に含みは感じたが、いい方向に変化したのなら、ただ喜ばしいと思うだけだ。







「小春殿」

彼女を見下ろし、征司がからりと微笑んだ。

「久しぶりだな。どうしてオレが邸に訪れた時には姿が見えないんだ?」

征司は、小春の小さな頭を掴むように撫で回す。

頭がもげそうだ。


「覇槍公」

小春は、征司の腕をうんざり押しやった。

慎重に距離を取る。

「何度も申し上げますが、図々しい若造はきらいなのです、わたし」

彼をすぱんと切り捨て、私を見上げた。


「御寮さま、畑の世話は残ったものが確実にこなしますので、ご心配なさらず。わたしはこの三日間、宴の監督をせねばなりませんので、参りました」

広間を見渡せば、整然と場が整い始めていだ。

が、何かがちぐはぐだ。

指示系統が曖昧なのだろう。

そう言ったことの統括は、小春の得意とするところだ。


座布団が並び、膳が運ばれてくる。

テキパキ動く人外たちを見遣り、私は小春に尋ねた。

「私にできることは、」

「ありません」

丁重な返事ながら、小春の視線が針のように尖る。


これは、あれだ。北王の伴侶らしく落ち着いて構えていろ、という時の目だ。


私は小さく頷いた。

私が、こういった場に慣れていないのは、事実だ。

ある程度状況を読めるようになってから働くことにしよう。


性懲りもなく思った時、一際高く、太鼓の音が鳴った。




「骸伯の、おなーりーっ」




その、刹那。

周囲が一時、空白に抜けた。

静寂に満ちた、というのとは違う。


砂漠のように乾いた気配を感じる。とたん、


「あら」

しっとりと艶めいた声が、すぐ近くで聴こえた。

とたん、金縛りにでもあった心地になる。


それが緊張だと気付いたのは、どこまでも闇に満ちた双眸に覗きこまれた瞬間だ。




「お初にお目にかかりますわ、霊笛の君」




梔子に似た香りが、ふわりと鼻腔をくすぐる。

音もなく、目の前に女性が一人、立っていた。


満月のように、豊麗な美貌。

ゆるく波打つ、長い黒髪。

大きな瞳は、酔ったように潤む、眠たげな半眼。

真紅の唇は艶やかで、誘いこむような微笑が浮かんでいる。


迫力といえるほど女を強調する豊満な肉体を、男性向けの禁欲的な軍装に包んだ姿は、かえってひどく扇情的だった。




不敵に笑うひと――――それが私の、彼女に抱いた最初の印象だ。




魅力的だが、その魅力が、おおきく不吉さに偏った女性である。


重たげなほど長い睫毛を伏せ、肉感的な唇で、彼女は言葉を継いだ。



「先ほどの一曲、実にお見事。感服いたしました。中毒しそうな美しさに、耳から酔ってしまいそうでしてよ。――――なので他の誰より真っ先に、ご挨拶申し上げたかったの。無礼をお許しになって?」



突如、私は後ろにひっくり返りそうになった。

背中が、史郎の身体にぶつかる。

史郎に引き寄せられたのだ。

同時に、彼女のきれいに整えられた細い指先が視界を掠めた。


頬に触れられそうになっていたらしい。

彼女が、つまらなさそうに目を上げた。

史郎を上目遣いに見る。


「お久しぶりです、北王さま。まさかあなたさまが、嫉妬だなんて、そこらの男と同じ心の狭い感情を抱いたりは致しませんわよね? いつだって超然となさっておいででなければ、黒蜜、いたずらをしたくなってしまいましてよ?」


「骸伯」


史郎の声が、氷のように感じられた。

いつもの皮肉と嘲笑がない。


あるのは素っ気ない厳しさ。それだけ。


取りつく島もない。

私は身が竦んだ。

だが、目の前の彼女は拗ねたように唇を尖らせただけだ。

「黒蜜とお呼びくださいな」



「西の、白鷺家と佐倉家に戦の気配ありと連絡があった」



史郎の態度には、ぬくもりも親しみも一切ない。

冷酷さとは違う。


人形にでも話しかけているような、…この、圧倒的な存在感を持った女性がここにいないかのような態度だ。


史郎は厳しいが、決して、冷たい相手ではない。

いったい、どうしたわけだろう。

被衣の下で、私は戸惑う。


この、黒蜜と名乗る女性は、どういうヒトなのか。


「発端には人外が関わっていると言う噂もある。あの二家は骸ヶ淵に近い。意見は」






骸ヶ淵。

聞いたことがある。

西の、自殺の名所。


つまり『骸伯』は、略称だ。

正確には骸ヶ淵伯、というのだろう。






「近いと言うなら、翠天師もでしてよ。人の世のことは、人間と関わりたがるあの方の意見の方が、参考になるのではありません?」



「――――骸伯」



一言だ。

黒蜜の戯言が止まる。


史郎の目が、ひたと黒蜜に据えられていた。


それでも、黒蜜は少しも負けず、嫣然と微笑んだ。

「さ、どうでしたかしら。人の世の戦など、黒蜜に興味はございません」

とはいえ、話題を変えようとする態度はもう消えていた。

「本当に戦が起こるなら、亡者が生まれますわね。亡者が鬼を呼びますわ」


鬼。


言霊にまで闇がこもっている。

黒蜜の眼差しに、破滅に溺れる狂気を見たせいだろうか、息が詰まった。




「無垢なほど残酷で、意志を持たず、亡者を喰らう。あの天災を…また、見られるとは、心踊ること」




「鬼、を」


ふ、と足元で空気が動いた。

気付けば、私と黒蜜の間に、小春が立っている。

彼女はつめたい微笑に揺れる黒蜜の双眸を臆すことなく見上げた。


平然と棘を吐く。



「鬼を、望まれますか、黒蜜御前。破滅がお望みならば、祓寮に依頼されてはいかが?」



私に、小春の真意は読めない。

黒蜜の表情が、いっきに冷めた。小春を見下ろす。嬲るような目だ。


「まあ、小春。相変わらず醜いこと。まだ生き長らえているのね、何の価値もないのに」


口調は親しげなのに、黒蜜の口元には嘲弄が浮き上がる。

「趣味を疑いますわ、北王さま。黒蜜はうつくしいものしか目に映したくありません」

つん、と黒蜜は顔を背けた。


これほど豪勢な美女がとるには、やけに幼い仕草だ。


「片翼の蝶など。蝶にもなれない、イモ虫にもなれない。醜悪な半端者ではありませんか」



拗ねた語調の裏に、妬みがあった。



小春が黒蜜の物言いをどう取ったかは、分からない。

ただ、いつもの減らず口がなかった。黙している。毅然と。

沈黙をかき消したのは、






「蝶になれないなら、鳥になればいい。なあ?」


史郎だ。






ただし、庇っているわけでも、慰めているわけでもない。


彼らしく、口調も表情も、荒い挑戦に満ちている。

それでいて、言外に信頼を秘めているのだ。



――――お前になら、できるだろう?



確かに小春なら鳥になれるだろうが、

「史郎さま、小春は花です」

私は小春が受けて立つ前に、慌てて言った。



「せっかく傍で咲いてくれているのに、飛んでいかれては寂しい」



うっかり、本音を零す。

とたん、史郎が笑った。声を上げて。

このとき私は、史郎の黒蜜に対する態度が彼らしくないと感じる理由の一端に気付いた。


――――意識の焦点を、定めかねているのだ。


たとえば、私や小春に対しては、こうやって、真っ直ぐ目を向ける。

魂の底まで覗きこむような、奥深い眼差しで。

けれど、そう、…黒蜜は。


外見は、目を放せなくなるほどはなやかなのに、中身は空っぽでそこには誰もいない感があった。


まるで――――死体が操られているような。

思うなり、

「確かに。棘が多いが、見るだけなら害はねえな」

史郎の温かい掌が、私の目元を覆った。

すぐ、理解する。

彼は、黒蜜をあまり見るな、と言っていた。

いつしか私は、目をそらせなくなっていたのだと気付く。


奈落のようなヒトだ。


私は史郎に、微かに頷く。

同時に、小春が軽やかに言い返す。


「あら、刺す相手は選びます」

史郎が私から手を放した。

「平気で嘘つくな。お前は無差別だろうが。とにかく、さっさと仕事しろ」

彼は私の背を、小春へ向けて軽く押す。



「宴の準備の前に、凛に城内を案内してやれ」


「承知いたしました」



小春の声は平静だ。

傷ついたのではないか、という心配は彼女にとって迷惑だろうから、しない。


ただ、史郎の意図は察した。

このまま留まっては、黒蜜を煽ってしまう。

私は、小春と黒蜜の関係を知らないが、いっとき、場の空気を変え、頭を冷やす時間が必要だった。


誰かが口を挟む間を与えず、私は素知らぬ顔で小春に声をかける。

「では史郎さま、皆さま、失礼致します。小春、お願いしますね」

「お任せを」

小春に先導され、私は広間を後にした。


つきまとう視線の束には、いい加減慣れなければいけないのだろう。


廊下に出るなり、夜が明けていることに気付いた。

きらめく陽光に照り輝く満開の桜の木が、そこここで枝を張り出している。

花弁の舞う廊下を先に進み、小春は前を向いたまま言った。

「花というなら、御寮さまです。史郎さまのみならず、眷属一同、他の者にはその御姿を見せたくございません」

花?

私は首を傾げた。

今までそんなことを言われたことはない。

なにより、それが価値があることとも思えなかった。

なにせ、生まれてからずっと付き合っているこの面立ちで、得をしたと思ったことは一度もないのだ。


もし花のようだとしても、いいことだとは思えなかった。とはいえ。


「史郎さまのお気に召すようなら、咲きたいと思います」

「…時に思うのですが、御寮さまは純粋なのか捻くれているのか、紙一重でおいでですよね」

くす、と息だけで笑った横顔は可愛らしかった。だがそれは一瞬だ。


小春は毅然と背筋を伸ばし、廊下を進む。



「よいですか、誘惑が多いので、わたしを見失わないようにお気を付け下さい」



誘惑。

なんの話だろう。

思うなり、理解した。

庭で、たった今誰かの手にもがれた木の実が、瞬く間に再び実ったからだ。


ふざけたほど自然の法則から外れている。


「…どういう仕組みなのです?」

つい指差した。小春を見遣る。

彼女は淡々としたものだ。

「この場では、樹木も草花もひとりでに生えます。果実は、ちぎってもちぎっても成ります。鈴なりです、むしろちぎってあげてください」

「一から真面目に育てて、収穫する側から見れば、複雑な光景ですね…」

小春は肩を竦める。


「宴の日限りの恩恵です。毎日の『当たり前』であれば、皆、これほどはしゃいだりはいたしませんよ」


私は恨めしい気分で、無造作に実りをもたらす大樹を見遣った。

仕組みを知りたいとは思う。

が、謎は謎のままであった方がいいのかもしれない。


廊下を進めば、ずっと先に青空を映しだすちいさな池が見えた。


そこから漂う香りに、私は首を傾げる。

小春は袖を、周りの埃を払うように動かした。

「このあたりの酒精はひどいですね。報告しておかなければ」

「あの池、…お酒が湧いていますね?」


「泉です、御寮さま。ああ、御寮さまが口にするのは少し控えてください。慣れておられないでしょう。代わりに、花の蜜などいかがですか。お勧めですよ」

そこらのものを手折って手渡された花の蜜は、とろりと甘い。

舌の上で溶ける感覚に、陶然となった。

感動しながら小春について歩く私の耳に、ちいさな囁きが届く。




「人間たちは落ち着かんな。また戦争か」


「西では祓寮の動きが活発だとか。あちらはまだまだ人間との溝が深い」


「王がおられぬから、均衡が取れんのだ。北を見ろ。人間も人外も尊重し合える」


「必要なのだ、双方な。血気盛んな者は好んで西へ向かう。戦いに厭けば、北へ」


「たかが人間と侮るな。祓寮の太刀式も術式も手ごわいぞ。連中、徒党を組むと厄介だ」


「祓い屋というはぐれもいる。西方の地を歩くときは、用心せねばな」




…聞いたことは、あった。


西方の地は、人間と人外の間にある不審と争いが未だに根強いと。

かつては北方もそうだった。

だが今では、北方の誰もが知っている。


――――人外と人間の世界は、無関係ではない。


複雑に絡み合い、共に影響を受けている。

争ったところで、何が生まれるものではないのに。

私はつい、花弁を少し噛んだ。刹那。


近くで、どっと歓声が上がる。


振り向けば、泉の水が、否、酒が、噴水みたいに高く吹き上がったところだった。

吹き上がった酒の上で、顔を赤くした人外が何体か踊っている。

屋根の上に雫が降り注ぎ、廂からぱたぱた落ちていった。

小春が額を押さえる。


「また、ばかが出た…申し訳ございません、御寮さま。しばし、こちらでお待ちください。すぐ戻ります」


小春は足早に立ち去った。

胸に花を抱いて見送った私は、少し息を吐く。



宴はまだはじまったばかりだ。


疲れている場合ではない。




気を引き締めた刹那、背後で気配がした。

「おや、これは」

柔和な声に、胸を宥めながら振り向く。


背後にあった部屋から出てきたのは、風呂敷を背負った小柄な老人だ。



「霊笛の君ではありませんか。先ほどの演奏、お見事でございました」



我を忘れる旋律というものがあるのですな、と顔全部をしわくちゃにして彼は微笑む。

私は小さく会釈した。

彼が部屋から出てきやすいように、脇へ避ける。


「ああ、申し遅れました。わしは玄丸。商人ですよ」


一瞬、老人の双眸から笑みが消えた。

私はなんとはなしに被衣を鼻先まで引っ張る。

ふ、と音もなく玄丸は廊下に出た。


その姿は、どこからどう見ても、人間だ。

本当に人間かとも思う。

が、人外の気配が隠し切れていない。

しかも、商人という。


人外のみならず、人間相手の仕事もしているのだろうか。

確かにこれなら、問題はなさそうだ。


「まぁ、あの程度の芸は持ち合わせておられなければ」

口調は変わらない。

けれど、ふいに声の温度が下がった気がした。

私はつい身構える。



「北王の伴侶に人間を迎えるなど、誰も認められませぬ」



冷ややかさが、隠されもせずに、漂う――――これは、悪意だ。


否、悪意というほど明確な意思ではない。

青柳伯からも時折感じる、これは。



路傍の石を品定めでもするような、どうでもよさ。


道具のでき加減を見る程度の、注意。



私はとっくに気付いている。


私は、『私自身』は、相手にされていないのだ。

ここにいる娘は、『北王の伴侶』――――という『だけ』の存在。ただの看板。




代わりはいくらでもいる、彼にあるのはそういう意識だ。そして。




「ご存知ですかな?」

玄丸が前置きした時、不吉な予感はあった。

だがこういうとき私はいつだって、聞かずにすますことはできない。

「人外と人間の間に産まれる子は、」


…嫌な言葉が、きっとくる。


けれど耳は覆えない。

今聞かずに逃げても、おそらくいつか追いつかれる。

なら、今聞こう。

耐えて私は、被衣をぎゅっと握りしめた。


老人は告げる。









「総じて異形」





●こぼれ話:彼女がそれをしない理由

小春「はい? わたしが昔はもっと素直だった、ですって? 殿が? まったく、今も素直でしょう」

小春「素直と言うより正直、言葉を飾らない…そうとも言いますかしら。え、いやですよ」

小春「演技でだって、可愛い子ぶるのは御免こうむります。無駄ですからね」

小春「第一、わたしには似合いません。要らぬ騒ぎの元です」

小春「ああ、昔の話ですが、…いつだったか、覇槍公が邸を訪れ、ちょっとした手伝いをして下さったのです」

小春「わたしは、丁寧にお礼を述べました。そのときです」

小春「覇槍公は青ざめ、わたしを横抱きにすると、駆け出しながら、叫びました」





征司「史郎殿! 小春殿が病気のようだ!!」





小春「以来、わたしはこうなのです」


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