地蔵の手当て
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ねえ、つぶつぶ。私たちって日々、あらゆる可能性を食らって生きている、極悪生物だと思わない? だってご飯とかパンとかの主食って、元は稲や小麦の実にあたる部分。これらって種と区別が難しくって、私たちは結局、種を食べているのと同義らしいわよ。
他にも、ソバ、マメ、トウモロコシ。これらも種をそのまま、もしくは加工して、ありがたくいただいている。つまりは出るかもしれなかった可能性の芽を、私たちは大いに摘み取っているというわけじゃない?
優秀な種のみを残していくことが道理なのは、種もみの確保からも分かること。でも途上で捨てられていったもののことを思うと、ちょっとセンチメンタルな気分になっちゃったりもしてね。
その種に関して、私、昔にちょっと不思議な体験をしたんだ。その時の話を、聞いてみないかしら?
私の実家って、ちょっとした山の中にあって、裏の小さい畑で色々な野菜を作っているの。この前に帰った時なんか、オクラをたっぷり食卓に並べられちゃってさあ。「一人暮らしじゃ、栄養偏った生活してるんじゃないの?」って、もりもり食べさせられちゃった。
小さい頃はほぼ毎日、野菜を欠かすことない食事生活を送っていたけど、ある日、私は少し奇妙な光景を目にする。
私が通っていた学校は山を下ったところにあって、指定された通学路の途中には、お地蔵さんの前を横切る箇所がいくつかあった。
未舗装の道路の脇に立つ彼らは、一体だけでたたずむところや、「かさじぞう」の話を思わせる、7体連続で並んでいるところもあった。
お供えものに関しては、皿に乗るよう、必要に応じて大きさを整えた野菜を乗っけていることが多かったわ。その日も学校へ行く途中で、きゅうりがお供えしてあるところを見かけたの。
そして帰り道。坂をうんとこうんとこ登っていた私は、ふと足を止める。
道の左手前方にあるおじぞうさん。その前で男性がひとりかがみ込んでいたの。よく見ると近所に住んでいるおじさんだったわ。
「お参りでもしているのかな」と、近づきつつ挨拶しようとする私。だけどこちらから死角になっていたおじさんの手と、それが握っているものを見て、思わず固まっちゃった。
おじさんが握りしめていたのは、石でできた腕だったのよ。
幸いといっていいか、私に背を向けてゆっくり去っていくおじさん。一歩ごとに、こちらを向いた腕の断面からは、細かい粒がこぼれていくのが分かる。
おじさんの姿がすっかり見えなくなってから、私は件のおじぞうさんのもとへ。石で作られたハスの花の前に立ち、錫杖を握って頭を丸めたお地蔵さんは、足元のお供えの皿にプチトマトを乗せられている。そのお地蔵さんの左腕は胸の前で、祈るように指を立てているのだけど、明らかにおかしい。身体を構成する他の部分の石に比べて、左腕だけが真新しいの。
――きっとおじさんが新しく取り付けたんだ。
そう思っても、被害に遭った肝心のおじぞうさん本人は、にこやかに微笑んだまま、否定も肯定もしてくれない。
結局、家に帰ってからも、私はおじさんのことについて言い出せないまま、夕飯に臨んでいたわ。今日の晩御飯は焼きナスのポン酢浸しがメインディッシュ。ほのかに漂う、ごま油の香りがアクセント。
ナス単独だと箸をつけるのを躊躇してしまう私でも、これなら食べられたわ。ポン酢とかつお節をたっぷりつけて、本来の風味をごまかす、ちょっと邪道な方法だけどね。
このナスも、お裏の畑で獲れたもの。食べないと母親がせっついてくるから、わざわざ目立つように皿にとり、無数に浮かぶ白い種ごと口へ運んでいく。
正直いうと、美味しくなかった。
いつもならポン酢の甘味で打ち消してしまう、ナス本体の香りが、この時は強く鼻の奥にこびりついたの。それどころか、勢いよく飲み込んだ喉の奥からは、すえた匂いが漂ってくる……。
「口に出したら怒られるだろうなあ」と、口直しのご飯をかき込みつつ、周りの様子をうかがう。
私の家は父母に祖母も加わった、4人家族。一緒のタイミングで食べ始めた父も祖母も、どことなく苦々しい表情だった。片づけを終えてから加わった母も、ナスを口に入れたとたんに妙な顔をして、どうやら私だけのことじゃなかったと、ほっとしたわ。
けれど、安心も束の間。父は「ごちそうさま」と箸を置いたかと思うと、バタバタと台所を出て行ってしまう。それを見て、祖母と母が顔を見合わせると、私に「後を追って、手伝ってあげなさい」と告げてきたの。
その目は真剣で、断ることができそうな雰囲気じゃない。私も台所を出て、物音がする2階の一室へ急いだわ。そこは亡くなった祖父が使っていた部屋だったの。
父は柱で左右に区切られた押し入れのうち、左側のふすまを開けて、中を漁っていたわ。私が来たのを察すると、右の押し入れのどこかに、紫色の風呂敷にくるまったものがあるから、それを取り出して欲しいとのこと。
父の捜索体勢はまさに「頭隠して尻隠さず」。胴体ばかりを突っ込んで、ズボン越しの大きいお尻から、毛がぼうぼうの足回りまで丸見え状態。対して小柄な私は、上下二段になっている押し入れのそれぞれの段に、入り込んで丸まってしまうことだってできる。身体ごと入って、奥の奥の方から順番に見ていったの。
ほどなく、無数の大きいカンや紙袋に挟まれて、父の言っていた通りの紫色の風呂敷を見つける。引っ張り出して抱えてみると、当時の私の視界がすっかり隠れてしまうほど大きい。触ってみると、中にはどうやら丸っこいものがたくさん入っている模様。
「見つかったら、早く出なさい」
どうやら父親もお目当てのものを発見したらしく、押し入れの外から急かしてくる。
数分後。私たちは風呂敷を抱えながら、家の外を歩いていたわ。私が持つ紫色の風呂敷に対し、父が手に提げているのは緑色の風呂敷。揺れるたびにかちん、かちんと中の物同士がぶつかる音がする。どうやら複数の何かが入っているらしいけど、私には一抹の不安が湧く。
この道は、7体おじぞうさんが連なる場所へまっすぐ続いているものだったから。
やがておじぞうさんが見えてきたけれど、私は近くまで来て「うっ」と顔をしかめる。この7体のおじぞうさんは、見た目にも不健康そうだったのよ。
7体のうち、4体の頭部はすっかり紫色に染まってしまい、元の目鼻さえその位置が分からないほど。残り3体のうちの2体は左腕だけ。1体は右腕が石の錫杖ごと、同じ色合いに染まっている。
「これは手を借りて、正解だったかな?」
父親が風呂敷を地面に置き、結びを解きにかかる。私にも同じようにするよう指示を出してきて、しぶしぶながら従ったわ。もう、中身については見当がついていたから。
広げてみると案の定よ。風呂敷に包まれているのは、何十個というおじぞうさまの首だったのよ。そして父親の風呂敷から出てきたのは、これまた無数の、切り取られた石の手足。
汚れた頭をお取替えしてあげてくれ、と私に告げつつ、父は右腕が汚れたおじぞうさんの一体に手を伸ばす。握られた腕は、まるで作りかけの模型のようにあっさりと外れたわ。同時に、夕食でナスを飲み込んだ際とそっくりな臭いが、腕全体から漂い始める。
「おじぞうさんは、子供の見守り手といわれる。だがそれは何も、人間に限った話じゃない。野菜などの作物、その子供にあたる種に対しても同じなんだ。見守る者に異変があると、その影響が子に及ぶ」
早く取り換えて差し上げなさい、と父は取り外した右腕にあてがう候補を、広げた風呂敷の中身から見繕い出す。
私はそうっと、手近なおじぞうさまの紫色に染まった顔をのぞき込む。やはりここも、あのナスとそっくりな香りが漂っていて、顔をしかめつつその頭に手を伸ばす。
ぽろりと、待っていたかのようにあっさりと首がもげて、地面に転がる。「恐れおおいことしちゃった」と、あわあわしながら拾い上げて、速やかに替えの頭を探す私。
広げた中身のどこを見ても、柔和な笑みを浮かべた顔、顔、顔……。いや、そもそも接着剤とか、持ってきてないわよね?
「きっちり整っていると思うものを、取り外したところにくっつけるんだ。おじぞうさんが気に入れば、ぴったり動かなくなる」
そう告げる父は、2体目の左腕にかかっていたわ。1体目のあの右腕は真新しくなって、いささかも外れる気配を見せなかったの。
首がくっつく瞬間の手ごたえ、今でも覚えているわ。ぴたりとはまるものはね、断面に乗せただけで、添えている手のひらごと勝手に「きゅっ」としまるのよ。瓶の蓋をねじって開ける時の、あの感覚にそっくり。それからはさすっても揺らしても、微動だにしない。
あまり時間をかけるのもいけないらしくて、取り外した首の悪臭が、どんどん強くなってくる。最終的に父も手伝ってくれて、おじぞうさんたちの身体から不調の色は取り除かれたわ。
外した部位は、他の使われなかったものと一緒に、風呂敷に包まれる。しばらく寝かせると元の色を取り戻し、次に必要な機会がやってきた時、役に立つとか。風呂敷を戻した翌朝には、また昨日の残りのナスが食卓に出てきたけど、あのすえた臭いはもう漂ってこなかったの。
あの時、腕を取り換えたおじさんの話を振ると、この辺りの家はいずれもおじぞうさんの「替え」を、部位ごとに持っているらしいの。そして野菜の味などに異変があると、担当しているおじぞうさんを調べ、調子の悪そうな箇所を見つけたら速やかに取り換える、という役目があるみたい。
過去、悪くなった種を放っておいて、食事を続けていた男がいたらしいけど、数日後。突然、獣のような雄たけびをあげて山の中へ走り去ってしまい、それきり戻ってくることはなかったとのことよ。




