私が君のこと大好きだっていう話
ハローハローハローメイト。私、甘利梨花。現役女子高生。今、あなたの後ろでも世界の真ん中でもなんでもなく、見知らぬ車道のど真ん中に居るの。
弁明させてほしい。我に返った時には既に喧騒の中だった。
クラクションが鳴り響いて我に返り、やっと自分が車道のど真中にいることに気がついた。
何を言っているのかまるで分からないかもしれないけれど私も何が起こったのかまるで分からなかった。多分頭がおかしくなったんだと思う。QED。閉廷。
突然の出来事に思考を閉廷したとしても人生まで閉廷する訳にはいかないので、全力疾走して歩道に飛び込む。私の後ろで迷惑を被った車の皆様方が動き出して通り過ぎていった。
……ああ、怖かった。ものすごく怖かった。なんだ今の。なんで私は今、車道にいたんだ。
というか、ここは一体どこだろう。あたりの景色に見覚えがない。
もしかしてついに私は夢遊病になったのだろうか。うん、そうとしか考えられない。或いはいきなり記憶が飛んでるか。どちらにせよちょっと家に帰った後でお医者さんに行った方がいい気がする。
……に、してもだ。私は学校からいきなりこんなところに来たのだろうか?
あたりを見渡してみるとどうもどこかの駅前らしかったので、時計を探す。……ええと、十二時半。
……私はついに夢遊病に加えてテレポーターになったらしい。なんということでしょう。意識を失った五分の間で見知らぬ駅前に到着。カップラーメンもビックリの速度ですね。はやい、はやすぎる。
しかし困った。私は普段からそんなに電車に乗らない人種なので、駅名を見てもここがどこなのかさっぱり分からない。Hey, jibun、ここどこ?オッケー自分、ここどこ?……いや本当になんでこんな状態でこんなとこにいるのですか、自分よ。
とりあえず、駅の中に入って、改札の向こう側の案内板を見る。
視力は年々落ちているらしく、ものすごーく目を細めてようやく、文字を読むことに成功。
……行き先の表示に、知ってる駅名があった。ということは、電車に乗れば家に帰れるね。……お金が、あれば、ね。
突然だが私は無一文である。
いや、正確には20円ぐらい入った電車用プリペイドカードと公衆電話を使うための10円玉が3枚はある。
当然ながら、これだと最低区間ですら電車に乗れないので、改札の中に入る事すらできないのである。無念。定期券の圏内だったら良かったのに……。
しかしここで妙案走る。
そうだ、電話しよう。そして家族の誰かに迎えに来てもらおう。ああ、携帯忘れてきたけど、何とかなるもんだ。
駅前を徘徊して公衆電話をなんとか見つけ出して、10円玉を入れる。迷いなく自宅の電話番号をプッシュして、ダイヤル音が鳴り始めるのを待つ。
……だが、私の耳に聞こえた無機質な声は、私を絶望させてくれた。
『おかけになった電話番号は現在使われておりません』
「んなわけあるかい 」
使っとるわ。 昨日も電話使ったわ。掛かってきたのがセールス電話だったから『誰だ!何故ここの番号が分かった!所属と階級を名乗れ!』って応答したら切られた。
よし、もう一回掛けてみよう。案外試行回数を増やせば電話が繋がるかもしれない。
ではもう一回。
……『おかけにな』ガチャン。
さて、どうしようかな、これは。
あ、タクシーだ。タクシーがあるぞ。駅前にさっき停まってた。うん。えーと、それで、事情を話して、うちまで運んでもらおう。それから代金をうちで払おう。そうしようそうしよう。
駅前に出ると、そのタクシーはちょうど走り去るところでした。まあ、また来るでしょ。
突っ立ったままタクシーを待つ趣味は無いのでそこらへんのベンチに座る。
……暇だ。空が青い。きれいです。はい。入道雲が見えるね。うん。夏だね。……暇だ。
何かないかな。暇つぶしというと活字中毒の私は本でも読みたいところなのだけれど、今持ってる本はもう読み終わっちゃった奴である。
活字、活字、活字をよこせ。ギブミー活字。この際何でもいい。文字なら何でもいい。ジュースの成分表でもいい。ヒエログリフでも……いやヒエログリフは読めないからやめてほしい。ロゼッタストーンとセットでも駄目です。
禁断症状が出た麻薬中毒者並みの狂気に塗れながら活字を探す活字中毒者の私は、その内ベンチの上に放置されていた新聞を発見した。だいぶ汚れてる。ばっちぃ。まあいいや。ラッキーラッキー活字活字。もう活字ならなんでもいい。読めればもうそれでいい。
しかしこの新聞はいつのだろうか。カピカピになっているところを見ると、雨風に晒された後なんだろうけれど、雨が降ったのは一週間ぐらい前である。ということは大体一週間ぐらい前の新聞か、これ。
ふむ。お、一面がオリンピックの話だぞ。え、なに、次、日本なの? 知らないよ?
……いや、本当に知らない。何なんだろう、これは。読めば 読むほど訳が分からない。
私が知らない情報ばっかり載ってる。もしかして私が知らない間に虚構新聞は本当に新聞を発行し始めたのだろうか。いつの間に。いやいやいや、エイプリルフールはとうに過ぎた。流石に流石に……。
そうして私は大変驚くことになった。
やばいね。日付。なんと、この新聞は……令和元年のものらしいです!
……令和って、何?
……ええと、なんの冗談なんだろうか、これは。
考えられるとしたらただ1つ、この頃流行りのドッキリ企画という奴か。きっとここら一帯にはカメラが仕掛けてあって、何の罪もない普通の女子高生がオロオロする様子を悪趣味にも撮影しているに違いない。なんて悪趣味な。
あるいはこの新聞、新聞じゃないかもしれない。本当に虚構新聞社が発行してる奴かもしれないし、何かの間違いってことも考えられる。
仕方ない。とりあえず何の関係もなさそうな感じの通行人Aさんに聞いてみよう。
「すみませーん、今日って何年の何月何日でしたっけ」
「……令和元年の8月13日ですけれど」
控えめに言ってうさん臭そうな目でみられた。ごめんなさい。
いや、そうじゃなく。驚いたな、通行人Aさんまでドッキリ企画に参加してるのか。あ、じゃあBさんにも聞いてみよう。
「すいません、今日って何年の何月何日でしたっけ」
「2019年の8月13日ですよ」
Bさんは優しかった。控えめに言ってうさんくさい私にもにっこり優しく笑って対応してくれた。もしかしたら若年性認知症の患者さんか何かだと思われたのかもしれない。貴女の優しさがとてもありがたくてとても悲しい。
そしてBさんの優しさはもう1つある。
そう。Bさん、西暦で答えてくれたのだ。おかげで私は『令和』が一体何なのかを知ることができた。ありがとうBさん。とりあえず今は4年後なんだね。オッケー。事態は碌に何も好転していないけれど、とりあえずありがとうBさん。
この後ドラクエにならってIさんまで通行人を捕まえて同じことを聞いてみたけれど、結局全て同じ答えであった。
どうやら私はどうも未来に来てしまったらしい。
……そうして時は過ぎ14時半。タクシーは現れない。何故だ。
しかも非常におなかすいた。これは死活問題だ。タクシーが現れないこともそうだけれどお腹が空いたことが何よりも死活問題だ。お財布を今日に限って忘れてきたことが悔やまれる。まあ、それもタクシーが来るまでの辛抱だ。それまで素数でも数えて空腹を紛らわせておこう。素数は孤独な数字だ。私に勇気を与えてくれる。でも今の私には勇気じゃなくて食べ物を与えてほしい。 けれど素数は単なる数字だ、私に食べ物は与えてくれない。
そう。私に食べ物を与えてくれるのは素数ではなく、雨に濡れた新聞でもなく、永遠に来ないように思われるタクシーでもない。
目の前を横切っていこうとする彼の前に立ちふさがるようにして、恥も外聞もプライドも捨ててとりあえず陽気に挨拶する。
「やあやあハローハロー氷上君。あなたのソウルメイト甘利梨花です。こんなとこで会うなんて奇遇だね。なんでこんなとこにいるのかは置いておいてここであったが100年目、とりあえず明日返すから1000円貸してください」
彼は氷上君。彼については色々と小一時間に収まらないくらい言いたい&語りたいところだけれどそれら私情はぐっと押さえてひとまず客観的に説明するならば……彼は私のクラスメイトにして部活メイト、ソウルメイトと言うのは烏滸がましいものの友好関係は十分すぎる程に結べているはずの相手である。
「……梨花?」
「うん。愛しの甘利梨花だよ氷上君。いや、ダーリンと言った方がいいかな?」
「いや……誰だよ、お前……」
これである。
ひどい。こいつ。第一声これかよ。もうちょっと何かあるだろ。ジョークにしてももう少し小粋な奴を頼むぜダーリン。
「ひどいな。昨日部活で顔見たばっかだろ君ィ」
固まらないでほしい。フリーズしないでほしい。私は君の再起動の方法を知らない。あのね、こっちも死活問題なのよ。私の胃袋はもう残量0よ。
「甘利、梨花……?本人?」
「そうですそうです甘利です!君のハニーでもダーリンでもソウルメイトでもなくとも君のクラスメイトで部活メイトで多分友達であることは確かな甘利ですよ!さあさあこの制服が目に入らぬか!」
堂々と仁王立ちして我が学び舎の制服を存分に見せつける。ほら見ろよ。女子高生だぜ。制服の女子高生だぜ。あまりにセンスも機能性もないことで近隣では有名な制服を着た女子高生だぜ!
「……は?ウソだろ?」
にもかかわらずこいつはこの期に及んでなんてことを言うのだろうか。ウソってなんですか!もう!
……と憤慨しかけた私の脳裏に、名推理、走る!
「あっ」
「えっ」
「ここ未来だった!だから氷上君は制服姿の私を見てもまるで意味が分からなかったんだ!」
つまり私は氷上君にとって!甘利梨花を名乗るコスプレした変人だったというわけだ!
成程!名推理だ!
「やー、めんごめんご。そーだ。君はもう大学生? だもんねえ。高校生の私がいたらそりゃあさっきみたいな反応になるよね」
「……ちょっと何言ってるかわからないんだけど、お前……何?何だよ?」
ごめん。私も原因がわかってないからね。あいまいな言い方になるけどね。
「とりあえず、君は氷上君。氷上光君。ひかみひかる。ひかみひかる。言いにくい。オーケー?」
「何で素直に肯定したくないような台詞挟んでくるんだよお前は」
言いにくいからです。
「で、君は高校生の甘利梨花は知ってるよね? 」
……あっ、パラレルワールドっていう可能性を考えてなかったぞ。もしかしたらこの氷上君は私のいない世界の氷上君かもしれないのだ。
「知ってる」
あ、よかった。めっちゃ杞憂だった。セーフセーフ。
「ありがとう。それ、私です」
「……は?」
「多分ね、私、タイムスリップして来たんだと思うんだけど」
「いや……冗談だろ」
うーん、氷上君が中々信じてくれない。これだからこいつは。今は君の現実的で賢い頭が憎いぜこの野郎。
「冗談じゃないよ。冗談でこんな事言う訳ないでしょうが。何だ?冗談だとしたら今君の目の前に居るのは高校を卒業して3年にもなって女子高生のコスプレをした痛い人か?」
氷上君は私をじっと見て、やがてものすごーく嫌そうな顔をした。なんか、美味しくないものを口いっぱいに詰め込まれたみたいな顔であった。可哀相に。いや、原因は私か。
「……お前、今、何年生?1年か?」
「いや、2年」
「ああ、そう……くそ、分かった。分かったよ。お前は甘利梨花、だな」
そして遂に氷上君は現実逃避っぽくそう認めてくれたのであった。
やったぜ。
「気づいたらここにいまして、財布も携帯もありませんで、なぜか公衆電話つかっても自宅につながらんし、お腹すくし、お腹すくし、お腹すくし、お腹空いた」
「……飯食いたいってこと?奢れって言ってるのかよてめえ」
「そうです!飯です。とりあえず飯食わないと私そろそろ死ぬ」
「ああそう。1週間ぐらいなら飯抜いても死なないらしいけどな」
「精神が死ぬんだよ、精神が。ブロークンハート。いやブロークンマイソウル」
改めて事情を説明してたら何だか悲しくなってきた。私は何故、友人にご飯をたかるような真似をしているのだろうか。全ては時空の歪みか捻れか分からないけれど天変地異な異常現象が悪い。
「なので千円貸してください。そんで何か買って食べてタクシー適当に拾っておうち帰る」
「ああ、そう……」
一方、氷上君は何やら非常に歯切れが悪い。まあ、無理もない。この非現実的な現実を受け入れろというのがまず結構可哀相だ。その上で1000円貸せって言われてるのも可哀相だ。うん、原因の半分は私だ。ごめんなさい。
「あっそうか、よく考えたら私に貸しても返ってこない可能性が高いのか」
更に、私は氷上君をより一層躊躇させるであろう要因に思い至ってしまった。
「だって私がなぜか未来に来てしまっている以上、いつ元に戻るかわからない。ということは貸したものが返ってくる可能性は結構低い。……ということを君は考えていたんだろうね、本当に申し訳ない」
「あ、いや……そりゃ……流石にこの状況で1000円程度でグチグチ言わねえけど」
そういやこいつは私より金銭感覚が緩かった。うん、まあご家庭の事情というものは人それぞれだ。
だがしかし、私は返せなくなるかもしれないお金を借りるのはちょっと気が咎める。金の貸し借りはしっかりパッキリやりたいタイプ。貧乏人はこれだから。
「じゃあ、こうしよう。私が今借ります。で、氷上君は未来の私、つまりこの時代の私から取り立てる。どうだ素晴らしいだろう」
ナイスアイデア。ごめん未来の私。でもまあここで私が飢え死にすると未来の私も消えるので許してほしい。
「……それ、って……」
しかしそんなナイスアイデアにもかかわらず、何やら氷上君は悩み始めてしまった。何だ、何なんだお前は。
「……おーい、氷上君。何?固まった?フリーズ?寝てるの?君、眠り姫か何か?キスしようか?え?駄目?そうか私は王子様じゃないもんな烏滸がましい事を言いました」
私はめげずに氷上君の目の前で手を振り続ける。そして遂に、彼の意識を引き戻すことに成功したのであった。
「……貸しだぞ、忘れるなよ? 」
渋々でもいい!了承が出た時点で私の勝ちだ!グラッツェ!
「わーいありがとう氷上君大好き! 」
「五月蠅い殺すぞ」
わーいツンデレだー!……もう今の私にはありとあらゆる全てが面白いのでそう睨まないでほしい。
私を一睨みした氷上君はてくてくと(いや、そんな可愛いもんじゃないな。なんたってこいつ、コンパスがでかいのだ。この野郎、私の1.8倍ぐらいのスピードで歩くんだ)どこかへ行ってしまう。
「飯」
ああ、なるほど。
「……氷上君、大好き……」
「五月蠅いぶっ殺すぞ」
目指すは某ファミレスチェーン店でした。
「生き返った」
「もともと死んでないだろ」
「精神が死んでた」
「ああそうかよ」
とりあえずご飯食べておなかもくちくなった。今の私の頭の中ではアセチルコリンが出ている。つまり眠くなってる。
だがここで昼寝と洒落込むわけにはいかない。ファミレス内が過疎ってるのをいいことに、もう少し居すわらせてもらいつつ、もう少し真面目な話をしなければならない。
同じことは氷上君も思っていたらしく、食事が終わって水を飲むばかりとなった私を眺めつつ、早速切り出してきた。
「お前、この後どうするの? 」
「おうちかえる!」
素直に答えたら盛大にため息を吐かれた。
「……お前、馬鹿なの?ここ、お前にとって未来だろ」
あ、忘れてた。そうだった。ここは未来だった。そのせいでここまで色々大変だったんだった。
さてさて、ここが未来だということは……。
「下手に帰るとバックトゥザフューチャるのか」
「なんだよそれ」
説明しよう。バックトゥザフューチャるとは、某映画の中で起こったあの現象である。つまり、過去の時間軸の自分に合ってしまった未来の自分がいろいろパラドックスって、消滅してしまう、という恐ろしい現象である。理屈は私にはよくわからん。誰か偉い人がいつかきっと解明してくれると思う。
「……もしかしてこれ私、帰れないのでは?」
が、物理学だか数学だか哲学だかで挑むべき謎よりも何よりも先に私にとって大切なのは、今ここで私が家に帰れないというただそれだけなのである。すまない、私は宇宙の謎に比べたらちっぽけな存在なのでタイムでパラドックスの理論なんてどうでもいい。
「だからそう言ってるだろ」
「……どないしよ」
「だからそれ聞いてるんだろ」
呆れたような顔を向けられつつ、さて、私は考えよう。
こういう時に行けそうなところ、絶対に未来の私がいないと確信できるところを考えなければ……て、ちょっと待て。待て待て待て。
「ちなみに氷上君よ。今の私って、何してる?大学は?」
今の自分とカチ会わないようにするためには、今の自分の動向が分かっている必要があるのさ!
が。
「……知らねーよ」
無情。
ああ無情。
そんなかんじの返答が来てしまった。
知らない、と。氷上君は、今の私が何をしているか、知らない、と……つ、つまりだ。つまり、私と氷上君との交流って、高校で終わってしまうということですか!悲しい!数少ない友人の一人なのに!嘘だと言ってよ氷上ィ!
「せ、せめて、どこ大に受かったかとかは……」
「……覚えてない」
え、えええええええ! な、なんて奴! 君にとって私はその程度の存在だったのか! やばい! 泣きそう! 涙が出ちゃう!だって女の子だもん!
「手がかりゼロじゃないですかやだー!」
「しょうがないだろ」
ごもっともです。はい、すいませんでした。
うーん、とりあえずこれでかなり出方が難しくなった。下手にそこらへん歩いてハローこんにちは自分してしまったら自分が消える可能性がある。こわい。一歩町に出たその瞬間からリスクが生じる。なんなら今この瞬間にもリスクは生じてる。ちょうこわい。
「じゃあとりあえず、携帯貸してください」
「は?なんで?」
なので私はよりリスクの少ない道を選ぶ!
「ユキノちゃんにお電話します」
そう!それは、私の数少ない他の友達に連絡するという手段である!
多分彼女なら今の私の動向を知っているはず!多分!知らなかったら悲しすぎるけれど!
それでいてまあ、彼女なら私を匿ってくれるんじゃないかな、と期待できるんだけれど。
「……今のお前と一緒にいたらどうすんの」
「んー、それを君が聞いてくれればいいんじゃないかと思うんだけどどう?ナイスアイデアでしょ?」
「つまり何?俺は碌に交友も無かった高校の同期の女にいきなり電話かけるってわけ?俺が?嫌だけど?」
ひどい。
「い、いや、それは……そこは、なんとか……」
「……お前、現代の知り合いに会うリスクってもんを考えろよ」
確かに、いろいろパラドックスる可能性は大いにあります。が。
「現に君と会っちゃってるし」
「わざわざリスク増やす必要もないだろ」
そ、そうですね。ご尤もですね。しかしそれだと見事に膠着状態になるんですが。うごごご。
「とりあえず今晩のお宿を探さないと、制服着ている私は23時あたりからおまわりさんに補導されないために逃げ回る羽目になる……ちょっと段ボールの中に隠れたりした方がいいかもしれない。じゃあ君が大佐ね」
氷上君がものすごい顔で私を見ている。なんかあれだ。虫けらを見るような目だ。ごめんなさい、私なんかがスネークになるのは無理があった。
「……いや、段ボールでスニーキングミッションできなかったとしても、ずっとファミレスにいるわけにもいかないし。とりあえずユキノちゃんかな、と思うのですがね、氷上君。観念して電話貸し」
「この近辺なら今のお前、来ないよ」
突然話を遮るな。
「ここらへんで会ったことないから」
「そ、そうかね」
しかも何言ってんだこいつ。未来の自分とエンカウントしちゃわなくてもおまわりさんにエンカウントしちゃうかもしれないんだぞ私は。
「とりあえず出るぞ」
「えええ? 」
お会計を済ませて、さっさと氷上君は歩いて行ってしまうので、半分走って追いかけた。うるせえ短足で悪かったな。
「……ATM?」
氷上君、おもむろに駅前の銀行に入ってATMでお金を引き出し始めました。
「ちょ、ま、あの、それ、何のお金?」
「いわゆる軍資金」
「え、なんの?競馬?」
「徹カラ」
……成程。
「てつから、って、あのてつから?徹夜でカラオケボックスに篭る奴?」
「……俺が一人暮らしなら考えたけど実家だし」
「……うわーお」
ちょっとまて、仮に一人暮らしでもそれはそれでちょっと考え物だぞ、おい。君、傍目から見ると女子高生を家に連れ込む男子大学生だぞ?犯罪じゃん。大変だ、私このままだと友人を犯罪者にしてしまう。
「他なんかある?」
「ユキノちゃん」
「却下」
「そんな、ひどい……」
氷上君が『はい』と答えるまで永遠に続ける所存の台詞を発してみたところ、氷上君は長々とため息をお吐きになられた挙句、ぎろりと私をお睨みになった。こわい。
「今、お前、財布も携帯も持ってないんだろ?」
「はい」
「つまり、お前が活動するのに必要な経費とか、道具とか、全部俺が用意するわけ」
「つまりスポンサーですねわかります!」
「だから言うこと聞け」
ご尤もです。でも。今一度言わせていただこう。
そんな、ひどい……。
所変わってカラオケボックス。マジで箱って感じのせせこましい部屋である。多分4畳ちょっとじゃないのこれ。つまり4畳半か。そこにテレビと机とソファがあったらもう他にスペースなんて碌に無いしな。うん。現に無い。
そして現在、お互い歌えるものはとことん歌いつくしていい加減ダレてきて、雑談タイムに入っている。カラオケの宿命。
「そういやお前、2年なんだったな。……この季節じゃ、夏休み?」
「うん。存分に夏を謳歌してるよ!」
「ああそう。じゃあスイカ割り中庭でやろうとして先生に怒られた?」
「何故知っている!?あ、そうか君、未来人だった」
「そんなことしてないでコンクール用の小説書けよ」
「あああ、いつも締め切り1か月前にはもう書き終わってる奴がなんか言いよる……」
「ネタバレだけど俺は高校卒業まで一回も締め切りを破らなかった」
「何のネタバレにもならないよそれ。簡単に予想つくよ」
……それにしても順応力高いな、私も氷上君も。もうなんかお互いタイムリープしちまったという特性を存分に生かした会話してるよ。
折角だからここで未来の宝くじの番号とか聞いておいた方がいいんだろうか。いや、やめておこう。なんかホントにバックトゥーザフューチャりそうで怖い。
なので代わりにもう少しリスクが少なそうな奴を聞こう。
「そういえば、氷上君はなんでまた私を助けてくれたのですか」
「……は?」
「はあ? 助けてほしくなかったの?見捨ててほしかったとか?」
いやいやとんでもないとんでもない。わたしをすてるなんてとんでもない。
「だって、現在の私と氷上君の交流はかんっぜんに途絶えてるわけでしょ? ということは氷上君と私って、そんなに仲良くないってことになるじゃない。なんでまた大して好きでもない奴をこうして助けてくれるのかと」
みるみる氷上君の眉間に皺が寄る。……あ、こりゃ、しくったか。
「……気紛れ」
そういって、氷上君、そっぽ向いてしまった。……うーん、まいったな、ちょっとご機嫌を損ねてしまったみたいだ。彼に限って言えば、『殺すぞ』とか、『馬鹿か』は、怒ってるうちに入らない。ボキャブラリーが少ないからそうなってしまっているってだけで(こう言うと本当に殺されそうだな)本当に機嫌を損ねたら、今みたいに、喋ってくれなくなる。
……さて、どうしたもんか。こういう時は時間を置くのがベストなんだけど、この状況だと、時間を置く=このままこの空間で延々と黙ってる、ってことになってしまう。どっか別の場所に行くわけにもいかない。ならばいっそ壁にめり込むか。うーん。
「……トイレ行ってくる」
「あ、ハイ」
先にこの空気に耐え切れなくなったのは氷上君だった。やー、なんか申し訳ないね。申し訳ないんだけどさ。現在真夜中でして。就寝時間が22時、ってのがデフォルトの私と致しましてはいい加減眠い。
起きてることに疲れたよ氷上君。なんだかとっても眠いんだ。
気が付いたら、朝でした。時計見たら午前5時だった。
そして気が付いたら、丸まってた私にシャツが1枚掛かっていた。で、L字型のソファの私が寝てなかった方の辺に、シャツが1枚足りなくなってる感じの氷上君が壁によっかかって、腕組んで寝てた。
……私が寝ぼけながら氷上君のシャツを剥ぎ取ったとは思いたくないけれど、氷上君が自発的に私にシャツを貸してくれるようなジェントルメンだった覚えもない。ならばこのシャツは一体どこからきたのだろうか。私はその謎を解き明かす為アマゾンの奥地に飛ばない。
「いつの間に氷上君はこんなに優しくなったのだろうか」
「ぶっ殺されたいならそう言えよ」
現在午前6時。お会計真っ最中。朝っぱらから謎解きが捗った。いや、捗らなかった。謎ですらなかった。真実はいつも1つ。氷上君が寝てる私が冷房に冷えて丸まっていくのを見かねてシャツ貸してくれた。たったそれだけのシンプルな答えだった。
ついでに私の1分後ぐらいに起きた氷上君は既に私からシャツを剥ぎ取って再装備済みである。
「氷上君がデレたんですもん、そりゃびっくりしますわ」
「ぶっ殺す」
「ぶっ殺した、なら使っていいって兄貴が言ってた」
ありがとうございましたー、という、間延びした店員さんの声を聴きながら、朝の大通りに出た。
「とりあえず朝飯食うか」
「え、いいの?」
「何を今更?」
はいご尤も。はい何を今更。まさにそれだね。ごめんな。
「……某ハンバーガーチェーンでいい?」
「もちのろんであります!」
とりあえず駅前の某ハンバーガーチェーン店に入る。朝っぱらからご苦労様である。あなた達が朝から営業してくれているから私はご飯にありつける。ありがてえ、ありがてえ……。
「お前、何にする?」
「んー、軽いの」
「……具体的に」
「任せる」
「……すいませんWチーズ」
「え?それ氷上君の?」
「は?んな訳ないだろ、俺、チーズ嫌いだって……ああ、知らなかったっけ?」
知らんよ、そんなの。
そもそも私、君と一緒にご飯食べたこと、あったっけ?あ、あったかもしれない。部室の片隅と片隅で便所飯ならぬ部室飯が相室になってしまったことはあったかもしれない。でもその程度だ!
「ちょ、待て待て待て待て! すいませんでした!すいませんでした!ぱ、ぱんけーきせっとで!お願いします!」
氷上君はチーズ嫌い。ということはWチーズバーガーとか絶対食べない。そうなると必然的にそれ、私のだよね。そりゃ止めるよね。ていうか、お昼時とかでもWはきついよWは。女子高生の胃袋を何だと思っとるのかね君ィ。
「飲み物は」
「紅茶!アイスで!」
即答しないとなんか変なのにされてしまう。こいつの事だ、「ではそちらのレディに青汁を」とかやりかねない。いや、ここのメニューに青汁は無いけど。いや、だったら「そちらのレディにジョッキ一杯のバーベキューソースを」とかやりかねない。いや、ここの店舗にジョッキ無いと思うけど。
「……早いね」
「お前が遅いんだろ」
食べる速度の話である。……私、そんなには遅くないと思う。しかし氷上君は速い。そんなに早食いしてどうするというのかね。早死にするぞ。よく噛んで食え。
「うんそうなんだよ、私どうにも食べるのが遅いんで」
「知ってる」
「ごめん急ぐね」
「別に急がなくていいから」
そうか。ならゆっくり食べよう。
ゆっくり食べていると、氷上君がコーラを吸いながらじっとこちらを見てきた。
「何?仲間になりたいのかい?」
「はあ?」
「いや、こちらを見ているのでつい」
仲間になりたそうにこちらを見ている訳じゃなかった。残念。
「……お前は変わらないよな、と思って……当たり前だけどな」
そりゃだって、私、リアル高校生だもの。みつを。
……いや、もしかしたら私が変わってる可能性もあったのかもしれない。こう、この世界と私の世界がいわゆるパラレルワールドみたいな奴で、こちらの世界の氷上君が知る私がなんかこう、パンチパーマで常にグラサンを装備しているようなはっちゃけっぷりをしていたとしても何らおかしくないのである。
ということで、今、氷上君が私を『変わらない』と評しているということは、こちらの世界の私も私と同じく粛々と日々を過ごすただの女子高生なのでしょう。多分。或いはそもそもパラレルワールドとかいうものが存在していないか。うん。やめよう。考えるときりがない。
「そりゃあ変わらないでしょうなあ」
「ほんとにな」
意味の無い相槌を打ってみたら、なんか氷上君がぼんやりした目で私を見つめてきた。呆れてる、とかじゃなくて、ぼんやり。
「……わざわざそう言うって事は、氷上君は変わったの?」
これは何か言いたいけど言わないようにしてる顔だな、と思って聞いてみる。
尚、私の目の前に居る氷上君は、私の知る氷上君とそんなに見た目は変わらない。精々、多少身長が伸びて、多少大人っぽくなって、制服じゃなくて私服になってるだけだ。
というか、変わってたら最初、私きっと気づかなかったと思う。大学生になってコンタクトになって茶髪になったりしてチャラくなってたらマジで気づかなかったと思う。うん。相変わらずの冴えない黒髪根暗っぽいかんじでいてくれてよかった。いや、決して馬鹿にしている訳じゃない。馬鹿にしている訳じゃないんだ。うん。そこが氷上君の良いところなんだ。だがそこがいいって奴だ。
「……いや、そりゃ……変わるだろ。お前じゃないんだから……いや」
何やら氷上君はもやもやした顔をしてるものの、それが何かを明確に言ってくれはしなかった。しつてるしつてる。君、そういう奴。
「まあ、あんまり見た目は変わってないけど。でも確実に中身はかわってるんだよね?……だって私と今音沙汰無しなんでしょ?」
ということで私から攻撃開始だ。
そう。そこが気になっていた。そこには異議申し立てをしたい。
私が最後のパンケーキを食べ終えてアイスティーを啜り始めたあたりで、氷上君はようやく喋り出した。
「……別に、俺から連絡切った訳じゃない」
「まあ、そういうものってそりゃ、普通は自然に消えてくものでしょうなあ」
「いや、そうじゃなくて。……お前が突然連絡取れなくなった、っていうか」
なんだと。
「え?何?私は何を考えていたの?馬鹿なの?」
「知るかよ!」
ありえん。何があった未来の自分。アホか。アホなのか。アホだ。
友達は大事にしなさい。ただでさえ貴様(私)は友達が少ないのだぞ。何を考えているのだね貴様は。 氷上君に愛想を尽かされるとかそういう理由じゃなく、自分から連絡つかなくなるとは、本当に一体何を考えているのだね貴様は。
未来の自分に殺意を覚えたところで、しかし流石の私だ、素晴らしいことに気付いてしまった。
「……あ、でも。ということは。別に氷上君は私が嫌いになった訳ではなかったんだね!?むしろ私の事は好きだったんだね!?」
「……は」
氷上君は何か衝撃を受けた、みたいな、或いはハトが豆鉄砲食らった、みたいな、そんな顔をして私を見た。
多分これはあれだ。次にお前は「ぶっ殺すぞ」と言う!
「当たり前だろ何言ってんの」
……うわーお。
「デレたーッ! 氷上君がデレたーッ!」
「静かにしろ」
コーラの氷をガリガリやりながら、氷上君はそっぽを向いた。耳が赤いよ!照れてるよこれ!前代未聞のデレっぷりだよ!
「そうかそうか、君はそういう奴なんだな。私が大好きなんだな」
「勝手に水増ししていくな」
「まあ、だよね。だから助けてくれたんだもんね。ありがとね」
そうか。だから機嫌悪くなっちゃったんだな、昨日というか夕べというか今日というか。
私の事が大好きで大好きで仕方がない氷上君としては、『なんで好きでもないのに助けたの?』とか言われて腹が立ったって訳だ。成程名推理だ。
……いや、それで腹立つの?流石にこの人キレやすすぎなのではないだろうか。カルシウム足りてないの?
それとも、私が音信不通になったことを根に持ってるんだろうか。
だとしたら私に当たられても困る。私は未来の私とは無関係とは言えないけれど、未来の私の責任が私にある訳はないのでそこは諦めてほしい。
「……甘利」
「はい」
「ジャム付いてる」
考えていたらそう指摘されるもの、氷上君は『どこに』とは言ってくれないし指さしてくれもしない。
「どこにどこにどこに?」
襟?袖?やってしまった。私は知っている。ブルーベリー汚れは滅茶苦茶に落ちにくい。あと意外とカレー汚れは落ちやすい。紫外線に当てとけば案外落ちるって近所のカレー屋のおっちゃんがゆってた。ナマステ。
「顔」
あ、杞憂だった。顔は洗濯が簡単だからね。助かるね。
「どのへん?」
鏡とか持ってないのでとりあえず紙ナプキンをとってローラー作戦に出る。何処汚れたか分かんない時はとりあえず全面拭いておけば多分いけるって近所のカレー屋のおっちゃんがゆってた。ナマステ。
「馬鹿。そこじゃない。ここ」
が、私の無敵のローラー作戦も顎と顔の境目はノーマークだったため、無事、氷上君に拭いてもらうことと相成った。
……氷上君に拭いてもらった。
「とれたけど」
うん。そうだね。ありがとうね。ナマステ。
「……君は割と日常的にこういうことやっちゃう人だったのね」
いや、流石に流石にまさか拭いていただけるとは思ってなかったよね。氷上君がなんかこんなよく分からない行動にでるとか、全く思ってなかったよね。想像もしてなかったよね。全く想像の範囲内超えてたよね。いや、ビビった。ビビったよ。うん。マジでビビった。
「いや……別に、日常的にやる訳じゃないけど……」
……うん、確かに、そうだね。顔に日常的にジャム付ける人がいるかっていうとそうでもないねきっと。
まあいいや、氷上君もなんか「やっちまった」みたいな顔してるから多分流してあげた方が親切だ。私は親切なのでここは流してあげよう。
「食い終わったなら会計するけどまだ?」
「さっき急がなくていいってゆったばっかじゃないの君ィ」
どちらかというと流したというより流されつつ、残っていたアイスティーを一気に飲み干して私も席を立った。
とりあえずお店を出て、駅前通りを歩く。
相変わらず、氷上君は歩くのが早い。けれど昨日ほどじゃない。気を遣わせてるのかもしれない。こちらに合わせてしまってなんか申し訳ない。
「……ね、どしたの氷上君、なんかデレっデレじゃないですか、私の知ってる氷上君はツンツンツンツンツンツンツンデレぐらいのツンデレさんだったのですが」
「ぶん殴るぞ」
失礼ついでに聞いてみたら、せっかくゆっくりしていた氷上君の歩くスピードが速くなる。歩いていたら追いつかないので、追いつくために競歩大会のスピードを出すしかない。これはきっと明日の私は脛が筋肉痛なんでしょうなあ。
「君もしかして、大学生になってツンデレからデレデレにジョブチェンジした?」
「ぶっ殺すぞ」
コンパスの違いは残酷である。氷上君は早歩きなのに、最早私は走らざるを得ない。ウォーキングVSランニングですよ奥さん。不公平ですよ奥さん。ごはん食べたばっかりなのにですよ奥さん。ご飯ですよはご飯じゃないんですよ奥さん。あれはノリの佃煮。
「高校生の氷上君……私の知ってる氷上君も、わずかながらデレがコンマ数%入ってるのは知ってるけど」
「おい、殺」
「もしかして私は君に殺されたのかなあ」
急に氷上君、止まる。
一方、車及び走っている甘利は急には止まれない。数歩行き過ぎてから戻ってきて、向き合う形になる。
「ね、氷上君……私の死因って、なんだった?」
「……は?何言ってんだよ」
氷上君はすごい顔をしている。そんな顔をしてほしかったわけじゃ、ないんだけども。
でもまあ、そういう顔になったってことは、そういうことなんでしょう。
「考えるといろいろ辻褄が合うんだよね。君の言動とか、うちに電話かけても繋がらないとか。あれでしょ、ユキノちゃんに会うなっていうのも、たぶんそういうことでしょ。つか、そうでもなきゃ、君は私をさっさとユキノちゃんでも誰でも、女の子に預けちゃったほうが良かったはずだ。制服着た女の子を一晩中連れまわすってのはどう考えてもリスキーだし。……なのに私を連れ回してたのは、そうしないといけない理由があったからで……つまり、現在の私は、もう死んでいるんじゃないかな?って」
氷上君は黙っていた。ずーっと、黙っていた。
それで私も黙っていたら、やっと、喋りだしてくれた。
「事故、だった」
「事故、かあ。どんな?」
「交通事故」
「まじか。ということは死体はぐちゃぐちゃだったんだろうか」
「……いや。綺麗な顔してた」
まじかよ。そうか。それはよかった。
……いや、よくない。よくない。自分のことながらちょっと……というか自分のことだからちょっと、ちょっとなんかしんどいぞ、これは。
「あ。ということは、氷上君、お葬式、来てくれたんだ?」
「……お前の言うユキノちゃんとかも来てたよ。大泣きしてて五月蠅かった」
「あはは、やっぱり」
エゴみたいでアレだけど、あの子は私が死んだら泣いてくれるっていう自信がある。……ふと、気になって、聞いてみた。
「ね、君は?」
「何が?」
「君は、泣いてくれた?」
またしても、沈黙。
「……実感わかなかったから」
やっと言ったと思ったらこれである。うん、まあ、氷上君が泣いてるとかちょっと想像できないからいいや別に。
「部活の他の連中は?」
「皆でなんか変だな、っていって、苦笑いしてた」
「わー、あっさりしてるう」
そのぐらいでいいのかもね。あんまり泣く人多いと、ちょっと葬祭場に水取りゾウさんを大量に設置しないといけなくなってしまう。或いは除湿器。
「……多分皆、家に帰ってから泣いたと思う」
そうか。なら君も家に帰ってから泣いてくれたんだろうか。
……想像がつかないなあ。
まあまあ立ち話も何ですし、ってことで駅前のベンチに座る。そして朝焼けを眺めつつ、私達は話を続けた。
「仲間内じゃ絶対お前が一番長生きだと思ってた」
「えー、私は一番最初に死ぬ気でいたけどなあ。……いや、流石にちょっと早かったみたいだけど」
「せめて卒業っていうか、受験までは死なないで欲しかった。お前のせいで皆受験ボロボロ」
「メンタル弱すぎない?」
言ったら滅茶苦茶睨まれた。ごめんなさいでした。
「ユキノちゃんとやらは一浪したらしいし、こっちもまあ結構色々やばかった」
「えー……ごめん氷上君」
「俺は第一志望通ったから別にいい」
流石です。
「……そういえば、さっきのお前の推理、間違ってるとこあるから」
色々死んでるトークを繰り広げた後、突然氷上君はそう言った。
何だ!?何が間違っていた!?私の推理は完璧だったはずだ!
「死んでるお前が知り合いに見つからないように連れまわしたんじゃないってこと」
……ほう。
「連れまわしたくて連れまわした」
そう言った氷上君を見て。その顔を見て……私は何か、こう、すとん、と、違和感が埋まったような感覚を覚えた。
「そっか。私、心残りだったのかも。そうだね、そうだ」
「何が」
「私は死んだらしいけど、じゃあなんでここに居るのか、っていう問題について……多分私は、君に連れまわされにここに来たんだ。あー、そうだ。絶対そうだ」
そうじゃなきゃ、こんなピンポイントで知らない駅になんて来るもんか。私は多分、選んでここに来た。氷上君に会いに来たのだ。多分。
「……へえ。そうかよ」
なんか氷上君、すごい泣きそうな顔してるけど、たぶん私もだけど。
「まあなんというか、多少、時間軸が狂っちゃったんだと思うよ。本来はあと1年後?かそこらの私がここに来るべきだったんだろうけど、まあ、そこはご愛敬ってことで」
私は私の知らない、きっと私が未来で見ることができない、成長した氷上君を見上げる。
「……お前さ」
「はい」
「もう1個、更に、気づいてないことがあるんだけど……」
「はい?」
氷上君は何やら真剣に悩んだような顔をして、何か言い淀んだ。言いたいことがあるけれど言わない方がいいか、みたいな事を考えている気がした。
「……いや、やっぱり、何でもない」
そうですか。氷上君が言わないと決めた事なら、私も聞き出すことはできない。
「甘利。この先、俺が……いや」
代わりに氷上君は私をそう呼んで、何か言いかけて、そしてやっぱりそれも言えなかったらしい。一体何なんだよさっきから。
「あのね、氷上君」
氷上君がさっきからこの有様なのだ。なら、代わりに私が言ってしまってもいいだろう。
「私は」
「甘利、起きろ」
「うん、あと5回ぐらい地球が回ったら……ううおああああああああ!氷上君が高校生だああああああああ!」
「……お前、気でも狂った?」
目が覚めたら知ってる部屋とよく知ってる氷上君の顔があった。ただし氷上君が高校生だ。
窓の外からみんみん蝉の声が聞こえる。暑い。首筋を汗が流れていく。
ここは部室である。冷房は無い。冷房がつく予定は多分今後も無い。慈悲は無い。
……そんな暑い中、私は寝ていたらしい。うん。起きたら何とも言えない顔をされた。笑ってるような、呆れてるような。
ということは多分、私の顔には机の痕でもついてるんだろう。うん、名推理。
「気が狂ったんじゃなくてね。私ね、先ほど大学生の君に会ってきたんだよ」
「はあ?」
言う氷上君は微妙に、幼い。さっきまでの氷上君とは、似てるけれどやっぱり違う。
きっと君は私が死んでから私よりも大人になれたっていうことなんだろう。
「それでね。なんか言いそびれたんだけど今言っても君困るだろうから、もし来年以降に私が生きてたら言うね」
「いや、なんの話?」
うん。それはね。私が君のこと大好きだっていう話さ。
「いやー、こういうことだったのか。タイムパラドックスってどういう扱いで処理されんのかなって思ってたけど、うん、分かった。確かにこれは分かる。交通事故で死ぬって分かってても私は交通事故で死ぬ。分かる分かる」
「……何の話だよ」
「私が君のこと大好きだっていう話さ」
「……梨花、お前、なんで」
「んー?」
「なんで今言うんだよそういうこと」
今。
今、私は車に轢かれたところである。轢かれたなう。
うん。交通事故で死ぬって分かってたんだからね、気を付けろよっていうのはほんとその通りなんだけどね。
「大体、なんで、なんで庇ったんだよ!」
駄目だったね。うん。『恋人』が撥ねられそうになってたら、自分が撥ねられるよね。
私は数か月前から氷上君の恋人になった。ついでに氷上君は私の恋人になった。
なんかこう、数か月後には死ぬかもしれないんだぞ自分、と思いつつも、なんか可愛らしくもトチ狂って私に愛の告白なんかしてきた氷上君を無下にすることもできなかったし、私も氷上君にホの字だったのでうっかり了承してしまった結果がラバーズ。
そうして氷上君は私の事を『甘利』じゃなくて『梨花』と呼ぶようになった。なんか妙に優しいというか、紳士的というか、そういう振る舞いをするようになった。
……未来の氷上君の謎行動の理由が理解できた。要は彼、恋人に対する行動を取っちゃってたんだね。なのに未来に行ったのは氷上君の恋人になる前の私だったので、なんか行動だけ浮いてた訳だ。なんかそう考えるとすっごい可哀相。
そうして私は事故に遭った……というか、事故に遭いそうになっていた氷上君を庇うべく、なんか自然に体が動いた。
始めからこうなるって決まってたみたいだった。
歩道に突っ込んできたトラックを見た瞬間、ほんと、サッ、て、動けた。ほんの少し、氷上君を脇に避けただけ。そして私は轢かれた。
説明が下手な自負はあるものの、ひとまず、我ながら天晴であった。我、天晴。それだけ分かっていればOK。
……そうしてそうして、私は今、多分もうすぐ、死ぬのである。これも分かってればOK。オールグリーン。どうぞ。
「あ、そうだ。氷上君。私の財布からお札ありったけ持ってっていいよ。多分3000円ぐらいしか入ってないけど。借金は先払いで……」
血が無くなっていくという感覚はこんなかんじだったんだなあ。うーん、生きることには疲れてないんだけど、なんだかとっても眠いんだ。
「あー……そうだ。ええとね、氷上君。私、デートするなら次はカラオケがいい。ファミレス行ってご飯食べて、カラオケ入って歌って歌って、歌いつくしたら駄弁ってさ。それでそのまま夜明かすの。青少年条例とかぶっちぎって。それから適当に朝ごはん食べて……朝帰り、っていう……」
遠い未来であり過去の話をしてたら、氷上君の顔が歪んだ。
おいおい。今泣かないでよ。葬式では泣かないんでしょう?それで、家に帰って泣くんでしょう?え?泣いてくれないの?いや、泣いてくれ?涙は3粒以上零せ?ただし今以外でな!
「……あのね、光君」
珍しく私も氷上君を下の名前で呼びつつ、とりあえず心残りは無いようにしていこうとおもう。
「私、何も後悔してないから。知ってたから。知っててこうなったから。だから、俺と付き合ってなければ、とか、思わないでね」
顔に出てるよ。めっちゃ出てるよ。なんか後悔とかそういうのがめっちゃ出てるよ。やめてね。そういうのやめてね。成仏できないから。
「それからね。……私に、俺と付き合うな、とか、言わないでね」
氷上君は……いや、光君はもう何も言わなかった。
意味わからん、みたいな顔でもあったし、それ以上になんかどうしようもない顔でもあった。
「約束ね」
でもきっと彼は、約束を守る。
最後の最後、言いたそうなことを何も言わずに黙ってる。俺と付き合え、とも、俺と付き合うな、とも言わず、ただもごもごして終わる。それは私が、よく知っている。
さて、後は何を話したらいいんだろう。ブルーベリー汚れは落ちにくいって話?近所のカレー屋のおっちゃんの話?氷上君がどこ大に受かったとかそういう話?カラオケで何歌って、某ハンバーガーチェーンで何を頼むとか、そういう話?
……まあ、そこら全部ひっくるめて、一言で締めの挨拶とさせていただきます。
「では、以上。私が君のこと大好きだっていう話でした」