#9 お買い物と宿泊
そんなこんなで先に服屋に寄ることになった。道中では例のエレベーターや連絡通路を使う作りになっていた。……エレベーターは一見動力源が無さそうだったが、魔術の力で浮いているのだろうとエステルは言っていた。いわゆる魔道具の一種だとも。
到着した服屋では、流石に首都だけあって、かなりの広さと品数があった。鎧もある辺り服屋というより防具屋だろうか……その中から旅人向けの服が飾られている一角を探す。
「わ、素敵な服やカッコいい服が沢山あるねー」
「ユートは店員に見てもらった方がいいかもしれないね。わたしはファッションには疎いし」
「やっぱりこういうのは黒いやつがいいよなー」
「こういうのって何がよ……やっぱ志郎も見てもらった方がいいわ」
「……ボクも黒いのにしようかな。志郎兄ぃとおそろい。えへへ」
わちゃわちゃと言いながら探していると、見かねたのか店員さんが声をかけてきた。
「お客様、どのようなお召し物をお探しでしょうか?」
「ああ、旅人向けの服を探してるんですよ。なるだけ丈夫なやつで、黒いカラーリングの。予算は銀貨50枚くらいで」
「そうですか、ではお客様の体格ですとこちらなどいかがでしょうか」
そう言って店員さんが指し示したのは、旅人向けセットと書かれた一角に展示されていた一式だった。上は黒く厚い革の生地の服で、下はこれまた分厚い生地のズボン。脛から下を覆うロングブーツや黒いマントも付いていた。マントの先端の形状は一見ボロボロになっているが、そういうデザインのようだ。……うん。なかなかいいなこれ。
「こちらは合わせて銀貨52枚になります。生地はブラックオックスの頑丈な革を使用していますが、身体強化を使用せず、激しい戦闘を想定されるのでしたら、別途に装備を揃えることをお勧めいたします」
「身体強化ができればそのままでも良いんですか?」
「はい、こちら魔力に親和性のある生地を採用しておりますので、魔力を循環させればその分丈夫となり、防具代わりにもなります」
魔力を循環させれば頑丈になる生地か。魔術や魔法が発展してそうなところだけあってそういう素材も取り扱っているんだな。
エステルに聞いてみると、ブラックオックスとは大型の黒い牛のような姿のモンスターで、それこそ身体強化のような技を使い、その皮膚は下手な武器を弾き返してしまう強度となるらしい。
「わかりました、これでお願いします」
「ボクは……あっ、これなんかいいかも!」
そう言ってユートが指差したのは、白いフリル付きのワンピースドレスのような服と、黒地で赤い縁取りのデザインのローブ、それに膝の少し上までを覆うロングブーツのセットだった。
「こちらも同じく魔力に親和性のある生地を採用しております。お値段は銀貨55枚になります」
「わかりました! 試着しても大丈夫ですか?」
「はい、こちらの試着室をご使用ください」
俺も早速試着室で自分が選んだ服を着てみると、意外なほどしっくりとくる着心地だった。厚い生地の割にはそれほど暑くも感じない。魔力循環に合わせて生地自体が呼吸しているかのようだった。
特に問題は無さそうだったので、そのまま購入を済ませた。
少しすると、着替えを済ませたユートが試着室から出てくる。
「エステルちゃん、志郎兄ぃ、どうかな……」
俺にもファッションはよくわからないが…黒と赤のカラーリングにユートの黒髪が自然に馴染み、白い羽根がアクセントを添えているというか…そんな感じがした。ローブの空いた部分から見えるフリルが可愛らしい。
「まあ、いいんじゃない」
「俺も、似合うと思うよ」
「やったぁ! じゃあこれでお願いしまーす!」
そのままユートの分も精算を済ませ、俺たちは服屋を後にした。
幾つかの連絡通路やエレベーターを介し、近くの土産物屋に向かう。
土産物屋に入ると、様々なアイテムや食べ物が売られていた。星の国特産の光る葉の栞だとか、色とりどりの干しフルーツ、旅人用の杖(エステル曰く、魔力の籠もった木から作られた、魔術師や魔法使い向けの品だそうだ)に、木を削って作られたアクセサリなどが並んでいる。
(ダブレッグ型の……キーホルダー? 誰が買うんだろ)
「あ、このお守りなんていいかも……ねえねえエステルちゃん、これ志郎兄ぃともお揃いで買わない?」
「お揃いー? まあいいけど。いくらよ」
「銀貨1枚だって」
「飾りにしちゃやたら高いな……どれ、見せてみな」
「うん。ねぇねぇ志郎兄ぃも、これどうかな?」
そう言ってユートが見せてきたのは、手のひらサイズの六角形の木の板に、何やら複雑な紋様が刻まれた紐付きのお守りだった。手に取ってみると、仄かに発光している……。
その様子を見て、エステルが得心した様子になって説明してくれた。
「これ、刻んである魔法陣自体は本物だよ……害意にちょっと反応する危険避け程度の代物だけど。魔法陣が反応するとパチンと動くタイプだ。魔力に反応して光ってるのは素材自体の性質だね」
そりゃ割高だわ、とエステルが呟く。魔法使いだけあってエステルは博識だ……。危険避けか、それなら買ってみるのもいいかもしれない。お揃いというのはちょっと照れくさいけどな。
あとは宿でのおやつ用に干しフルーツとフルーツクッキーを合わせて購入した。こっちは幾つか買っても銅貨50枚もしなかったので、やはりお守りは高めだったようだ。
エステルの案内で、宿屋"ステラ"に到着すると、カイとミツキが到着していた。
「あ、来た来た。部屋は全員一人部屋で取っておいたよ……服装似合ってるね、志郎くんにユートちゃん」
「ありがとう、ミツキさん!」
「どうもどうも。おかげで良さげなものが買えたよ」
「おう、少しは見えるようになったな。……そんなわけで集金だ集金」
「はーい」
「へーい」
「ほーい」
「仲いいなお前ら。……ほい、これが部屋の鍵だ」
カイに俺たち3人で一枚ずつ銀貨を渡し、鍵を受け取る。宿代は先に払っていてくれたらしい。
宿屋はひときわ巨大な木をくり抜いて作られていた。一階層につき、一人部屋なら6部屋はあるそうだ。俺たち5人の部屋は3階に纏められていた。
「じゃ、わたし達は食事の時間まで本屋に行くから」
「ああ、わかった」
「行ってらっしゃい」
この街だと時間がよくわからなくなりそうだが、陽の光がやや偏った角度から覗いている事を考えると、昼過ぎ夕方前と言ったところだろうか。日が落ちるまでには戻ったほうがいいだろう。
本屋は、世界有数の大きさというだけあって、周囲がほぼ全て天井まで本棚に囲まれている作りをしていた。その中央にまた幾つかの本棚と受付が存在している。
ユートは目を輝かせながら、本のタイトルを片っ端から見ていっている。
エステルはとある一角を見定めて調べていた。
さて、俺は手持ち無沙汰なわけだが、とりあえず適当な本を取り出して見てみる……うん、読めん!
そんな様子を見ていたのか、ユートが近づいてヒソヒソと話しかけてくる。
「あ、志郎兄ぃは文字読めないんだっけ…じゃあボクが後で読んであげるね。今日は物語の本を買うんだー」
女の子に読み聞かせされるというのも非常に照れくさい話だが、ユートにふにゃっとした表情で言われるとうんと頷くしかなかった……。
「わたしもエロ本でも読み聞かせてやろーか」
イヒヒと笑いながらエステルが耳元で呟くもんだから思わず背筋がぞわっとしてしまった。年頃の娘がそんなもん読むんじゃありませんと言うと、ジジイかてめーはと返された。失敬な!
ユートも顔を赤くしながらえっちぃ本はダメだよー!と言っていたが、エステルはどこ吹く風であった。
結局、ユートは1冊の本を、エステルは数冊ほどをまとめ買いしていた。
エステルが買ったのは、彼女曰く、魔術書の類ではなく魔道具作りや料理に関する本であるらしい。意外とものづくりが好きだったりするのだろうか。それにかさばると言った本人が一番買い込んでる辺り、読書好きでもあるようだ。
ちなみにエステルが買った本のうち1冊だけはどうしても内容を教えてくれなかった。何だか怪しい気配のする表紙だったが、あまり突っつくと藪蛇になりそうなので追求はしなかった。
宿屋に戻る頃には暗い夕焼けの光が木々の天井から差し込んでおり、闇の中に草木の発する光が浮かび上がっていた。建物のランプや街灯も点灯し始めている。
一旦解散してそれぞれの部屋に入る。部屋の中は一人部屋としては狭すぎず、広すぎずといった感じだ。椅子と机とクローゼット、それにベッドが一つずつ。
少しして、猫耳が可愛らしい給仕さんが夕食を運んできた。内容は白パンと、何かの焼き肉と野菜炒めに、豆らしきものが入ったスープだった。
流石に日本のものと比べるとパンは少し硬かったが、肉と野菜と一緒にいただくととても美味しく頂けた。スープも乳製品のようなものが混ざっているのか、コクがある味わいだった。残ったパンにスープを吸わせ、残らず食べ尽くした。
腹も一杯になったので、クローゼットの中にあった寝間着に着替えて、しばらくベッドの縁に座り込んでいると、ドアからノックの音が聞こえた。
「志郎兄ぃ、ボクだよ。ユートだよ。入っていい?」
「いいよー」
返答しつつドアの鍵を開けると、寝間着姿のユートが入ってきた。……割とボディラインがよくわかる服なのであまり首から下を直視しないようにする。子供っぽい割にスタイルいいんだよなユートは……。
「これが今日買った本なの。タイトルはね、"世界の始まりのお話"」
可愛らしく装飾されたそれは、絵本のようだった。
ユートは俺の横に座り、ゆっくりと読み始めた……。
"世界の始まりには、何もない、が広がっていました"
"そんな中にただひとつ存在していた、とてもとても大きな存在が最初の神さまだと言われています"
"神さまは思いました。なんで自分はこの世界に一人なんだろう"
"疑問には思いましたが、寂しさは感じませんでした。神さまは、唯一で、絶対だったからです"
"そんなあるとき、神さまはあるはずのない【外】から何かが入ってくるのを感じました"
"神さまはそこで初めて思いました。寂しい、誰かに会ってみたい、と"
"そうして、永い永い時間をかけて、神さまは【外】からやってきた何かのいる場所に行ったのです"
"神さまは驚きました。【外】からやってきたものも、驚きました。自分とは何かが正反対だけど、同じ姿だったからです"
"「あなたは何?」「お前は何だ?」神さまたちは、お互いに触れようとしました"
"そのとき、神さまたちの身体が少しだけ弾け、飛び散っていきました"
"神さまたちは初めて苦痛や喪失感というものを感じました"
"それでも、互いに覚えた興味は尽きることなく、2人はお互いに触れようと近づき続けました"
"近づくほどに神さまたちの身体はほどけていき、今この世界にある色々なものが生まれていきました"
"神さまたちの身体がこれ以上無いほど小さくなったとき、初めて神さまたちはお互いに触れることができました"
"神さまたちが抱きしめあうと、その体はどこかに消えて、神さまの似姿が最後に生まれました"
「それがなんだったのかには色々な説があります、っと」
「あ、エステルちゃん!」
「おおう、いつの間に」
「鍵、空けっぱだったよ。用心しときな」
そこにはいつの間にか寝間着姿のエステルが居た。
聞くのに集中していた上に鍵を締め忘れていたらしい。不用心だった……。
「よくある創作神話……と言うには影響力高いんだよね、昔っからあるから。天神教の連中も特に何も言わないし……」
「そうなんだー」
「エステルも読んだことあるのかい」
「前にちょっとね」
絵本のようなものを読んでるとは意外、かもしれない。まあもっと小さい頃に読んだんだろうけど。
「じゃ、わたしは戻って寝るから。2人もほどほどにしておきなよ」
「うん……私も戻るね。おやすみなさい、エステルちゃん、志郎兄ぃ」
「ああ、また明日。おやすみ……」
2人が出ていったのを見届け、部屋の鍵を締めてからベッドに横たわると、すぐに眠気がやってきて、そのまま目を閉じた。
◆
星の国王城のとある一室。
「ではやはり……」
「ああ、十中八九そうだろうな」
「なるほど……ではあの翼人の少女は……見たところ、彼女が身につけていたアレは魔力封じのサークレットでしょうかな」
「ああ。それもかなりの量の魔力を封印できる代物だ。だがそれでも常人並みの魔力は"漏れ出ている"。つまり……」
「なんと……彼女もまた、そうであるということですか……。ではあのサークレットの出処は一体?」
「俺もまだ正確に掴んだわけじゃねえが、"天神教"の医療部門が怪しいと見ている。……恐らくは純粋に彼女を保護していたのが半分、貴重なサンプルとして扱っていたのがもう半分と言ったところだろうな」
「……まさか、"ホスピタル"と事を構えるおつもりですか」
「さてね。まずはちょっとお話しさせてもらうくらいさ……」
「左様で。……しかしこの短期間で2人ですか……」
「それ自体は別に悪い事じゃないんだがな。……何かの前触れかと言われても何とも言えないところだ」
さてどうしたものか、とアストラルは独り言ちた。
■Tips
・天神教
天に住まうとされる神々を信奉する宗教団体。それほど政治面での強制力を持っているわけではないが、神聖系統の魔術のメッカでもあるため影響力は高い。
組織内には魔術や医療などの幾つかの研究部門がある。
・ホスピタル
天神教の医療部門は各町で医者として活動している事もあって、"ホスピタル"と称されている。集められた多くの治療情報を分析し、新たな薬や治療器具、治療魔術の開発に役立てている。