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#6 襲撃と救出

 振動する馬車の中で、エステルは機を伺い続けていた。

 突然、何かの咆哮のような凄まじい音が響き、馬車が急停止する。エステルとユートは耳を抑え、目を白黒させた。外の様子は伺えない。

 暫くすると奴隷狩りの一人が血相を変えて馬車に飛び込んできた。


「おい、変な連中が攻めてきたぞ! まるで化物だ、馬を早く起こして走らせろ! 後退だ!」

「何っ!? ちぃ、わかったよ!」


 話を聞く限り、奴隷狩りを何者かが襲撃しているようだとエステルは判断した。


「何かわからんが喰らえ、"魔法:午後の微睡み"!」


 エステルが掌を見張りと御者の方に向け、ユートにはわからない言語で何事か呟くと、その場にいる奴隷狩りたちが突然倒れ伏した。ユートが怯えを含んだ視線をエステルに送る。


「ひっ……し、死んじゃったの……?」

「いんや、眠らせただけだよ……しばらくはお寝んねさ。ざまーみさらせ」


 ひひひっとエステルは笑うと、自分を縛っていた縄を引きちぎり、ユートを縛る縄を解いた。


「なんだか、魔法使いみたいだね……」

「その通り」


 エステルはニヤリと笑った。


「わたしは魔法使い……いわゆるマジックユーザーというやつさ」

「そうなんだ……凄い! ボク、魔法使いは本の中でしか知らなかったんだ!」

「って言っても、まだ安心できないけどね。結局コイツらは鍵持ってないみたいだし、ここを襲ってる連中が助けてくれるとも限らないし……」

「あぅ……」


 ユートの顔があからさまに意気消沈していく。


(思わずやってしまったけど手持ちの魔法だと鉄格子がなー……身体強化だけじゃ流石にキツい。杖で"灯火の剣"とかが使えればこんなもんどうにでもできるんだけど、連中に取られちゃったし……手頃な棒もない。"即席の魔弾"も威力不足……素手での魔剣生成は練習してないしな……)


 結局、襲撃があっても、救助に来るのでなければ五体満足で出られないかもしれないと、エステルはため息をついた。


「とりあえず拘束だけでもしておくか……"魔法:茨姫"」


 魔法を発動させ、眠っている見張り達の身体を魔法の茨で拘束していく。


「これでまあしばらくは大丈夫……でも残りの連中が駆け込んできたらどうなるかな……一応各個撃破で無力化はできると思うけど……!?」


 次の瞬間、轟音とともに馬車の屋根がベリベリと引っ剥がされるような音がした。


「きゃぁっ!?」

「なに!?」


 しかし檻の中からは上の方は見えないため、何が起こっているのかはよくわからなかった。


(襲撃してきた奴らの仕業なのかな……。随分と手荒い連中みたいだ)

「ぼ、ボク達、大丈夫なのかな……」


 ユートはもはや涙目になっている。


「さーね。まあできるだけのことはしてみる」

(少なくともこの子の身は守ってあげよう……わたしが巻き込んでしまったようなものだし)


 焦りがあった。徒手空拳でも魔力を行使できる魔術師や魔法使いは、山賊や奴隷狩りのような手合には邪魔にしかならず、容赦なく殺されてしまう場合が多いのだとエステルは学んでいた。外を襲撃しているのが何者かわからない以上、速やかに脱出し、どさくさに紛れて逃亡する必要があった。杖は大事なものだがこの際命には替えられない。


 エステルは全身に魔力を巡らせて鉄格子を曲げられないかと試みる。


「えーい、この。ぐぬぬ……」


 身体強化をかけての全力に耐えきれず、指の皮が擦り切れて血がにじむ。しかし鉄格子はびくともしない。


(格好つけた手前、どうにかしなきゃね……ええい、ままよ!)


「"魔法:魔吸唱"」


 エステルの唱えた魔法によって、周囲のマナが急激にエステルに吸収されていく。集めた魔力を肘から先、特に手先に集中させ、魔剣の形成を試みる。


「……"灯火の剣"!」


 燃え上がるような音を立て、白い炎のような魔剣が肘から先を包むように形成される。

 魔力の過剰供給により、指がギシギシと軋み始める感覚がする。手刀を鉄格子に押し当てると、僅かに火花を散らしながら、魔剣がジリジリと鉄格子に食い込んでいく。過負荷に耐えきれず手と腕の一部が裂け始め、漏れ出した血が肌を染めていった。


(くそっ、斬れ味が悪い……所詮は付け焼き刃か)


 エステルは舌打ちをした。魔法使いとしてはそこそこ優秀だと自負していたが、この時ばかりは己の未熟を恨んだ。


「エステルちゃん、血が……!」

「大丈夫、これくらい屁でもないさ」

(マジックユーザーは焦らない。集中してやれば大丈夫……。鉄格子一本さえ斬り落とせばそれを魔剣の媒体にできる……)


 そう言ってユートと自分自身を勇気付ける。ここで諦めるわけにはいかなかった。


(もしかして、エステルちゃんが一緒に捕まっちゃったのはボクのせいなのかな……あんなに血を流して……私の、せいで……)


 一方でユートは、自分を守るためにエステルが捕まったのだと薄々気づき始めていた。今まで堪えていた分の恐怖が、また一気に襲いかかってくるようだった。ごめんなさい、と心中で呟き続けながら、ユートは無力感に身を震わせた。







 道なき道を、ドランは馬以上の速度で事も無げに走破する。やがて、林道を進む馬車の一群が遠目に見えた。一見、単なるキャラバンのように見えるが、その実態は奴隷狩りの実働部隊だ。

 俺とアストラルは竜車を降り、馬車の一群の背後に向けて素早く移動を開始する。竜車は一群の前方に回り込み、勢いよく林道に飛び出し、道を塞いだ。


「耳塞いどけー、キツいの一発かますぞ」


 そしてドランが吼える。


『グオオオオオオオオォォォンッ!!』


「……っ」


 凄まじい音量の咆哮だ。言われた通りに耳を塞いでいなければ、しばらく音が聞こえなくなっていたかもしれない。周囲の森から鳥たちが飛び立っていく。

 馬車を引いていた馬たちが怯えて急停止し、中には転倒した馬もいる。


「うわっ、なんだ……!? 竜車だと!?」

「敵襲か!? くそっ!」

「誰か知らねえがぶっ殺してやる!」


 馬車の中から武器を持った男たちが飛び出し、竜車に向かおうとする。

 そこにカイとミツキが勢いよく飛び込んで行き、攻撃を開始した。


「チェリァァッ!!」


 カイが腕を振るうと、打撃音と共に男たちの1人が空を舞った。


「しばらく痺れていてもらおうか……"魔術:ショック"!」


 ミツキが腕を振るうと、棘のようなものが両手の手袋から飛び出す。それは細い糸のようなもので手袋と繋がれており、ミツキの魔力を通して複雑な軌道を描いた。

 棘が男たちに突き刺さると電撃が流れ、男たちは痙攣して次々と倒れていく。


「野郎! ぶっ殺してやる!」

「射て! 射てーっ!」


 男たちのうち、後方にいるボウガンや弓矢を持った者たちが一斉に攻撃を開始する。


「"魔術:プロテクトウォール"」


 するとミツキの操る糸が瞬時に円形の魔法陣を描き、障壁を展開した。ミツキ達の元に射られた矢群はその全てが弾かれていく。


「"魔術:セントエルモ"」


 更に糸が複数の魔法陣を描いたかと思うと、それぞれの魔法陣の中央から炎の弾が次々に発射され、遠距離武器を持った男たちに命中し、服を燃え上がらせた。


 カイは避ける必要もないと言わんばかりに決断的に敵の群れに突っ込み、近接武器を持った男たちを徒手空拳で沈めている。文字通り殴り飛ばされた男たちが宙を舞う。


「ぎゃあああ熱い、熱いぃ!」

「ひぃぃ! なんなんだよあいつらは! 化け物か!?」

「くそっ、退却だてめえら! とにかく逃げろ!」


 圧倒的と言う他になかった。それぞれが1人でこの奴隷狩り達を制圧できると言っていたのも頷ける……。




 そして馬車群の後方に到着すると、アストラルはふわりと浮かび上がり、手に魔力を集中させ、馬車群の上を掠めるように衝撃波を放った。馬車群の天井部が、まるで蓋を開けるかのように吹き飛ばされていく……。


「凄えなおい……」


 アストラルは目にも留まらぬ速度で飛行し、上空からロープを操り、明後日の方向に逃げようとした男たちをたちまち縛り上げ、ぶら下げていってしまう。まさに神速の業だった。


「なんなんだこいつらはぁ!」

「た、助けてくれええ!」

「くそっ、こっちの弱そうなやつをやっちまうぞ!」


 そう言って残りの連中が武器を振り上げてこちらに向かってくる。その言い分に若干イラっと来た。

 身体強化は既に全開にしている。こちらに向かって来た敵を素早く一人ひとり殴り倒し昏倒させていく。

 一部には身体強化らしきものを行使している奴も居たが、幸いにも手練れと見える敵はいなかった。倒れた男たちを金属入りの頑丈なロープでガチガチに縛り上げる。


 そうして俺が敵を制圧した時、アストラルは捕縛した連中を木に吊るしてから、馬車群の上空を飛行し、馬車の中身を確認していた。


「志郎! そこの馬車に檻がある! 行け!」

「お、おう!」




 指定された馬車の中に立ち入る。中には倒れた複数の男たちと鉄の檻、そしてその中に閉じ込められた2人の少女がいた。

 黒髪の少女は檻の奥で震えていて、金髪の少女は鉄格子に手刀を押し当てていた。その腕はガクガクと震え、血に塗れている。彼女の手に魔力が集中して流れ、魔剣らしきものを形成しているのが見えた。鉄格子は1本が切り落とされようとしている。


「……っ!」


 金髪の少女がこちらに気づくと、血まみれの掌を向けてくる……! 俺は咄嗟に叫んだ。


「俺達は敵じゃない! 助けに来た! 今そこを開ける!」

「何だって? あんたは一体……」

「いいから、そんな状態で無茶すんな! ……ぬおおぉっ!」


 魔力を全力で身体に巡らせ、強化された筋力で無理やり鉄格子を捻じ曲げようとする。鉄格子がギシギシと音を立てて軋む。全身から青い魔力が漏れている……駄目だ!もっと集中しないと!


「うおおおぉぉりゃぁぁぁっ!」


 全身の魔力の流れを体の芯まで集中させ、束ねる! 鉄格子はバキィと音を立てて勢いよく捻じ曲がり、ちょうど人一人が出入りできる程度の隙間ができた。

 金髪の少女は呆れたような目で、黒髪の少女はきょとんとした表情でこちらを見つめていた。


「ふう、大丈夫か、二人とも……」

「あー、うん。わたしは大丈夫。ありがと」

「……凄い。勇者様みたい」

「何を言っているんだいこの脳みそお花畑は。いいとこゴリラかなんかだ」

「あ、ひどい! よくわからないけどボクとこの人のこと馬鹿にしたでしょ!」


 なんだかひどい無差別攻撃をされた気がする。というかゴリラこっちにも居るのか。

 プンプンと頬を膨らませている黒髪の子はユートというらしい。


「誰がゴリラだ。っていうか大丈夫じゃないだろ、そんな手で……」

「へーきだって、唾付けとけば治るよ。それよりあんたはなに」


 何と聞かれると……俺はこう言うしかなかった。


「俺は志郎。……単なる通りすがりの放浪者だ」

■Tips

・マジックユーザー

 魔法使いのちょっと格好つけた言い方。魔法名は個人個人で決めるもの。エステルの場合は独特の魔法名を持つ…現役厨二病。


・エステル

 周囲のマナを吸収する魔法を利用して本来の限界を超えた魔力をコントロールし、強力な魔法を扱うことができる。魔力の受け皿となる杖がないと肉体が耐えきれないため基本的に素手では扱えない。そのため、年若い魔法使いとしてはかなり優秀だが、修行が足りないと自認している。愛用している箒のような杖は祖父の形見。


・ミツキ

 扱う術自体は魔術が主だが、鋼糸を使って直接魔法陣を描き、展開するという行使方法はオンリーワンに近いもので、その点だけでも魔法使いに近い存在。切り札として幾つかの魔法も持つ。

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