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#5 砂色と黄昏色の瞳の少女たち

 星の国、マナの大森林。旅人用に整備された林道を、金色の瞳をした一人の少女が歩いていた。

 この目付きの悪い少女はくすんだ金色の髪を首の後ろで束ね、旅人用の衣装を着てマントを羽織っている。背には箒のようなものを背負っている。

 彼女の耳は尖っている。エルフである。名をエステルという。

 エステルは生まれ故郷である"砂の国"を離れ、長らく見聞の旅をしているところだった。


「……ん?」


 林道の先に人が横たわっているのを見つける。長い黒髪で、頭にサークレットのようなものを被り、白い装束を身に着けた少女。背中には白い翼が生えている。翼人のようだ。


「そんなとこに倒れてると蹴っ飛ばすぞー。ほら起きなさいよ」

「う……ん……私……ボクは……?」


 引き起こしてみると、少女は紫色の瞳でぼんやりとエステルを見つめた。


「ここどこ……?」

「ここはマナの大森林だよ。あんたはなに?」

「ボクは……わからない……けど……今まではコード:ユートピアって呼ばれてた」

(コード……ユートピア? 人間の、それも女につけるような名前じゃないな)

「あ……でもね、ユートって呼んでくれる人もいたよ」

「それじゃあユートでいいか。よろしくユート。わたしはエステル」

「うん……よろしくね、エステルちゃん」

(ちゃん呼び……まあいいか)


 ユートはエステルよりも身長が高く、比較的豊満だった。エステルはあえて意識しなかった。比較しても気分が沈むだけだと自覚していたのである。


「で、あんたはご覧の通り道のど真ん中にぶっ倒れてたんだけど。どこから来たわけ」

「わからないの……いつもは真っ白なお部屋の中に居て、本を読んだり、たまにお注射とかされたりするんだけど……。頭が凄く痛くなって、気がついたらここに居たの」

(どっかの病院か実験施設にでもいたのかな……? サークレットも何かの魔道具か、これ)

「そういえば、マナの大森林って……! ここがそうなんだ……夜はとっても綺麗なとこだって本で見たよ」


 ふにゃ、とした表情でユートが微笑む。

 純朴そうな少女だが、その素性はまるで不明。エステルは訝しんだが、今は考えても仕方ないと割り切ることにした。


「わたしは見ての通り一人旅の最中さ。ここら辺にはたまたま寄っただけだけど……とりあえず近くの町まで道案内をしてあげよう」

「痛いことしない?」

「しないよそんなん」

「う……うん、ありがとう! ボク、外に出たことないから冒険するのが夢だったんだ! えへへ」

(疑うことを知らないって顔してる。放っておけないし、旅の道連れというのも悪くないか……)


 思わず庇護欲のようなものを感じてしまうエステルだった。ユートを連れてエステルは歩き出した。





「それでね、その本には水晶で出来た谷の事が書かれてあって、綺麗そうだなー素敵だなーって思ったの! エステルちゃんは行ったことある?」

「んー、知ってはいるけど行ったことはないかな。それこそ伝説でしか聞いたことのないような秘境だし、モンスターわんさかいるらしいし」

「そうなんだ。ボク、お話に出てくるような場所って想像するだけでもワクワクするの。だからいつか修行をして強くなって旅に出るんだ!」

「そう。ま、わたしも似たようなもんだよ、頑張れー。……ん?」


 歓談しながらしばらく歩くと、剣やボウガンを持った、怪しい風貌をした男たちが林道の中央に立っていた。男たちはニヤニヤと笑いながら舐め回すような視線をエステル達に飛ばす。その後ろには馬車の列。


 ユートが不安そうな表情でエステルを見る。


「ユート、離れないで」

「エ、エステルちゃん……?」


 エステルが箒を手に構えていると、リーダーらしき男が前に出てきた。


「ほーほー、例のエルフのガキに……翼人か! こりゃ高く売れるぜ。お前ら、久々の商品だ!」


 男がそう言うのを聞いてエステル達が周囲を見渡すと、木の陰に隠れていたのか、いつの間にか大勢の男達がエステルとユートを包囲していた。


(くそっ、例の奴隷狩りか! いつから目をつけられてた……? 間が悪い! まずい、数が多いな……ユートを守りきれるかどうか……下手を打ったらわたしら二人とも殺されるかも)


 星の国の冒険者ギルドで聞いた、最近になってどこぞから渡ってきた連中かとエステルは推察した。それでも1人で居たのは、単なる荒くれ者の集団なら1人でどうにでもできるし、最悪でも逃走できると思っていたのだ。そして、無力な同行者が居なければ、実際その通りにできていただろう。


 エステルの"全力"を発揮すれば彼らを殲滅できる可能性が高いが、それにユートを巻き込まず行う自信はなかった。最悪、エステルたちを単なる子供ではないと判断した彼らに一斉に攻撃され、殺される危険性がある。


 ユートを見捨てて諸共に殲滅、あるいは逃走するという選択肢はなかった。それはエステルの美学と矜持に反する。何より自分が巻き込んだようなものだ。


 男たちは下卑た笑みを浮かべながら、たちまちエステルたちを取り押さえてしまう。エステルは箒を振り回すようにして抵抗したが力及ばず、ユートはわけも分からないまま拘束された。


「え、何……なんなの……?」

「へへ、エルフのガキが一人旅なんて迂闊にも程があるぜ……オマケ付きとは俺達も運がいい。大人しくしときな、そうすりゃキズは付けねえからよ」

「ちっ……そうかいそうかい、せいぜい丁重に扱ってよ」

「ケッ、生意気なガキだぜ……ああ、こいつは没収だ」


 エステルはもがいて抵抗するが、箒を取り上げられてしまった。ギリ、と歯噛みをする。


「……っ、返せっ!」

「おっと。おい、これ持っとけ」

「へ? こんなもんどうするってんだ」

「なんか大事にしてるみたいだし値打ちものかもしれねえ。こいつら売り飛ばしたらとりあえず鑑定にかけてみようぜ」

「お前この前もそう言ってゴミ掴まされてたじゃねえか……仕方ねえな、荷馬車に突っ込んどくよ」

「……ん? よく見たら羽根っ子の被ってるこれも……なかなかの値打ちものになるんじゃねえか」


 そう言って男たちの一人が無理やりユートのサークレットを取り外そうとする。

 その瞬間、ユートが悲鳴を上げ、頭を抑えながらうずくまった。


「イヤッ、やだっ、痛いっ! ……やぁぁぁ!」

「おわっ、なんだなんだ」


 尋常ではない様子に、男は思わずサークレットを取り外す前に手を放す。

 ユートの悲鳴に、エステルは身を捻って抵抗し、叫んだ。


「おい、そいつに乱暴するんじゃあないッ!」

「ああ? 口答えするんじゃねえよ!」


 男たちの一人がエステルをジロリと睨み、強く頬を張った。エステルの痩躯が倒れ、頬が赤く染まる。


「エステルちゃん……っ。やめて!乱暴しないで!」


 ユートの紫色の瞳からポロポロと涙が流れ始めた。


「おい、そこまでにしとけよ。羽根っ子の方も丁重に扱っとけ。傷をつけたら値段が下がっちまう。……そいつが被ってるのは後回しにしとけ。首輪代わりに使えそうだ」

「少しは調教して楽しみたかったんだがなあ、うへへ」


 男たちの一人がユートの胸を掴む。ユートは顔を赤く染め、ますます泣きはじめた。


「嫌……やだぁ……」


 ユートの胸を掴んでいた男が他の男に遮られる。


「お前の趣味も変わんねえなあ……止めとけ止めとけ、それは俺らの仕事じゃねえっての。高値の付く商品ほど余計に値下がりしちまうぞ……色々と初モノじゃなきゃあな」

「へへ、わかってるよ……」

(っ、クソ野郎共が……)


 エステル達は馬車の一つに連行され、その中にある鉄の檻に入れられた。


「おう、ちゃんと見張っておけよ!」

「わかってるって」


 檻の中からは馬車の外は見えない。やがて出発したのか、馬車がガタゴトと振動を立て始める。


「ひっく……ひくっ……」

「泣いててもどうにもなんないよユート。……ああもう、怖かったね。よしよし」

「へっ、そっちのガキんちょは気丈だなぁ……結局売り飛ばされるのには変わりないってのによお!」

「あ? 誰がガキんちょだって」

「お前みたいな痩せっぽっちのちんまい奴にゃガキんちょで充分だろ、ヘヘヘ……」

「んだてめーやんのかこら。誰の何がちんまいってんだ!? あー!?」


 ガタガタと檻が揺れるほどの勢いでエステルが抗議すると、見張りは何かを揉むような仕草をした。


「へへ、そりゃーアレよアレ。隣の羽根っ子とは比べようもねえじゃねえか。……おう、その状態で喧嘩してえならやってみろよ。手も足も出ねえガキんちょが粋がるんじゃねえぞオラッ!」


 ガアンと音を立てて檻が蹴られる。ユートは体をビクッと震わせ、嗚咽した。エステルは内心、舌打ちした。


(ちっ、後で覚えてろよ)

「なあに安心しな、2人仲良く売っぱらってやるよ。良い買い手がいるからなぁ……羽根っ子も高値がつきそうだぜ」


 離れ離れにさせられるという最悪の事態だけは避けられそうだ、とエステルはこっそり一息ついた。不意を打ち、共に脱出しようという腹づもりなのだ。だがまだその時ではない……今はまだ。

■Tips

・エステル

 大陸南西にある砂の国出身のエルフ。外見年齢は14歳くらい。くすんだ金色の髪と瞳を持つ。背は低めで平ら。ジト目。言動がちょっと暴力的だけど根は優しい。体型を指摘されるとキレる。

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