#4 合流と初めての戦闘
アストラルに連れられて行った場所には、馬車らしきものと、大剣を背負った男と黒装束を身にまとった男の、二人の男性がいた。馬車を見てみると2両に分かれており、いずれも金属製の頑丈そうな作りになっていた。後部車両は巨大な檻になっている。引いているのは馬ではなく、体高が馬ほどもあるゴツゴツとしたトカゲのような生き物だった。……トカゲと言うより、これは……竜?
「これは竜車だ。こいつはドラン。地竜の一種で頭の良い大人しい奴さ」
そうアストラルが解説してくれた。ドラゴン! ファンタジーのロマン的存在をこの目で見れるとは! まじまじと地竜を見つめると、ジロリと睨みつけられたので慌てて目を逸らす。
「おーいアストラル、そいつが寄り道した理由の放浪者ってやつか?」
大剣を背負った男がアストラルに声をかけてきた。ボサッとした黒い髪と瞳をしている……和風に近い服を着ていることもあって、日本人に近い見た目だ。頭には鉢巻を巻いている。
「ああ、そうだ。なかなか将来有望だぞー。……志郎。彼は如月カイ、隣の奴は如月ミツキだ」
日本人めいた名前だ……!? 話に聞いた日の国の出身の人なのだろうか。
「その子は志郎っていうのか。よろしくね」
ミツキさんが手を差し伸べて来たので、握手をする。柔らかい感触がする。この人は長い黒髪と瞳をしていて、バンダナのようなものを頭に被っている。
「よろしくな、志郎」
カイさんとも握手をする。ガッシリとした感覚がした。それにしても、初対面なのに随分と親しげにしてくれるな。
「よろしくお願いします。それにしても、アストラルといい、何でそこまで良くしてくれるんですか……?」
「あ、別に敬語にしなくてもいいぞー。……アストラルがすんなり連れてきたってことは無害だってことだよ。そいつに誤魔化しは通用しないからな」
「そういうこった。ちと待たせちまったが、とりあえず志郎に今回の旅の目的を話してからでいいか」
「問題ないよ、今しがた目標の位置と進行方向を確認したところだ」
旅の目的……そういえばアストラル達は何のためにここで旅をしているのか、何も聞いてなかった。
「俺たちはとある犯罪組織の調査をしていたんだが、その実働部隊がキャラバンに扮してちょうどこの近くまで来るという情報を掴んだ。そこで、そいつらをとっちめてやろうと言うわけだ」
「彼らがやっていることは奴隷狩り……主に身寄りのない子供や若い旅人を拉致して、奴隷として売り飛ばしているのさ。最近になってアジトを星の国の大森林に移したようだけど、国としては当然そんなものを放っておく訳にはいかない。そこで、組織の大本は国の騎士団と冒険者ギルドの共同部隊が叩くから、僕たちは実働部隊を叩けと言われたんだ」
まさかの捕り物だった。……この人達もまた凄腕の冒険者なのだろうか。
「とっちめるって言っても、こんな少人数で大丈夫なのか……?」
「まあいざとなったら俺一人でやれる事なんだが……お前たちでもやれるよな?」
「殺さず捕らえるとか色々と面倒なんだが。まあやってやれないことはないさ」
「右に同じく。……なんなら兄さんはサボっててもいいよ。相手は100人に満たないし、殺しも捕縛も僕一人で充分だ」
「まさか。一応国や冒険者ギルドからの要請だからな、やるぜ」
なんか物騒なこと言ってるし凄く自信満々だった。というかこの流れだと俺も参加させられるのか……?
「荒事の経験はないんだけどなー」
「心配しないで、君は見ているだけでいい……実際に戦ったり、人を殺した経験はないんだろう?」
その言葉に、胸がキリリとするような感覚がした。もちろんそんな事はしたことない。殺し合いに参加する覚悟なんてないはずだ。でも、俺に出来ることは本当に何もないのだろうか。……何故そんな風に考えてしまうんだろうか。
「いや、志郎にも何かやらせる」
アストラルから予想外の言葉が飛んできた。
「アストラル、実戦経験もないやつにやらせるのか?」
「お前たちだってわかるだろ、過剰な魔力を持つ存在はそのまま放っておいたらいずれ厄介事に巻き込まれる……俺たちがサポートできるうちに出来る限りのことは身につけさせておきたい。それにこいつはなかなか"やる"ぜ」
「確かに彼から感じる魔力は凄い濃さだけど……。僕たちの裏事情と言い、アストラル、君は何をどこまで知っているんだ?」
「まあ、色々とあるのさ」
「おいおい、秘密主義も大概にしてくれ。信用はしてるんだけどよ……」
なんだか険悪なムードになってきてしまったかもしれない。
俺が何か喋ろうとしたその時、森の方からガサガサと何かが向かってきている音がした。
ドランがグルルルと唸りを上げる。
滑るように林道に這い出てきたその姿は……地面から生えた大きな人間の両足のようなものだった。
「えっ何これ」
何、この……何? これモンスター? 何か凄くシュールな光景だ。
「あ、ちょうどいいやつが来た。まずはそいつと戦わせてみれば? 単なる駆け出しだとちょっと厳しい相手だけど、志郎くんなら身体強化もそれなりにできてるんだよね?」
「ああ。そうだな……それがいい。志郎、そいつはダブレッグという奴で、まあ見たまんまなモンスターだ。挙動は単純だが脚力はそれなりのものがあるから気をつけろ」
「"そうだな"ってアストラルお前わざと結界に穴開けたろ。まあ、お手並み拝見ってところかね……ドラン、手出し無用だとさ」
『グルァゥ』
「マジですか」
どうやら俺に戦わせる気らしい。しかもわざとモンスターを呼び寄せたみたいな事を言っている……いや、俺の魔力循環が不完全で魔力が漏れてしまっているのが大本の原因なんだろうけど。ええい、いずれは通る道だ、やってやるか……!
「これを使え!」
アストラルがどこからともなく長剣を取り出し、投げ渡してきた。受け取って鞘から剣を抜き、剣道選手のように構える。
身体強化を全開にし、ダブレッグとやらに対峙する。ダブレッグは両足を∨の字にまっすぐ伸ばすと、回転しながら、いきなり地面を滑るように突進してきた。
「っぐう!」
予想外の攻撃方法に受け身になってしまった。左手の掌から魔力放出をしながら攻撃を受け、反動で後ろに飛び退く。触った感じでは木材のような感触がした。確かに結構なパワーがあり、片手では身体強化をかけても抑えきれないようだ。ちょっと痛い。
再びダブレッグの足が迫ってくる。剣に魔力を流すイメージを意識し、刃で突進を受け止めた。剣がミシリと音を立てたが、片足を脛から切断することに成功した。だがもう片足から続け様に回し蹴りが飛んでくる。反射的に身をずらし、再び刃で受けるが、剣があっさりと折れてしまった。
「おいおい、流石に加勢した方が良いんじゃないか」
「まあ黙って見てな……面白いものが見れるかもだぜ」
どうする。一瞬の逡巡。折れた剣からまだ魔力が流れ出ているのが見える。
(これは……)
折れた剣を握り締め、より鋭く、より多くの魔力を注ぎ込む。イメージするのはアニメ等でよく見た光刃だ。燃え上がるように剣の柄から魔力が吹き出し始める。それをより細く、薄く整えていくようイメージを与える。すると、自分の身長よりも長い魔力の刀身……いや、刀身とも言えない塊が出来上がる。
ダブレッグは暫く悶えるかのように動きを止めていたが、やがて残った足で前蹴りをするかのように突進してくた。やれるか。いや、やるのだ。
「チェストォォォッ!」
剣を振りかぶり、まっすぐ振り下ろす。反動に身体が悲鳴を上げる。ダブレッグの足は……破片を撒き散らしながら吹き飛ばされた。土煙が向かい側を覆う。やったか。いやまだだ。まだ動いている。両足で1セットであるのなら、その本体は地面の中にあるはず……!
高く飛び上がり、地面の、ダブレッグの両足の根本があるであろう位置を勢いよく刺し貫いた。再び土煙が吹き上がる。
……後方に下がり残心したが、何も起きない。
やがて土煙が晴れ、もはや残骸のようになったダブレッグが見える。ピクピクと痙攣していたが、やがて動かなくなった。やったのか……?
「はあーっ、はーっ……」
「お見事」
アストラルが厚手の布を投げ渡してくる。気がつくと全身に汗が吹き出していて、呼吸も随分と荒くなっていた。手や顔を拭き、呼吸を整える。
「ごめん、アストラル。剣、壊しちまったよ」
「気にすんな、安物だし使い捨てみたいなもんさ。それに、お前さんならいざとなりゃ素手でも対応できる相手だ」
それを知ってて渡したのか……と思ったが、アストラルのことだからあの戦いの流れをある程度予測していたのかもしれない。
「お疲れさん。よいしょっと」
カイがダブレッグの残骸を掴むと、地面から引っこ抜いた。地面から現れた両足の根本は木の根の集合体のようになっていて、真ん中に大きな穴が空いていた。
「あ、こりゃ"魔石"は無しだな。まあいいか」
「魔石?」
「こういうよくわからんモンスターには大体核となる魔力の塊があるんだ。それが石のように結晶化しているから魔石、さ。
ま、モンスターの弱点でもあるから、無くなっちまったのはしょうがない」
最後の一撃が魔石を貫き、砕いていたらしい。値打ちものだったりしたのだろうか。少し残念かもしれない。カイは森の方に残骸をぽいと投げ捨てた。
「それにしても、もう"魔剣"の基礎ができているんだねえ。将来有望っていうのもわかるよ。
あ、魔剣っていうのはね、君がやったように魔力で刃を形成して剣を作り出す技術のことだよ」
「ああ、そいつ見つけてから1日とかだろ? どんな鍛え方したんだよアストラル」
アストラルは魔術……?で林道の補修をしている。カイとミツキの問いかけに、アストラルは肩をすくめた。
「それがなー、こいつ魔力放出も自分で覚えて今の魔剣も自力で生成したんだよ。発想力とイメージは力だね、いやはやまったく!」
「へえ……」
「マジか」
イメージは力、か……確かに現代社会では多くの情報があり、星の数ほどの物語があった。無数の発想とイメージの海とも言えるそこから汲み取ったものが、どうやら魔力を使って具現化するといった形で力を与えてくれているらしかった。
「魔剣は、より薄く、鋭く、短く……魔力の密度をより濃くして作り出そうとするほど難易度が高くなる。……これをやるから、事が終わったらそれで練習してみな。多少無茶しても壊れはしない代物だ」
そう言ってカイが短剣を渡してきた。短剣というよりは短刀……か? 和風の意匠をしている。
「ありがとう、カイ。大事にするよ」
「気にすんな。想像の赴くままどこまでも突っ走ってみな……将来が楽しみだよ」
そうまで褒められると照れくさくなる。いけないいけない、これから実戦が舞っているのに油断・慢心は禁物だと自分に釘を刺す。
「……じゃあ、そろそろ行くか。」
「そうだね。アストラル、志郎のやることについて、簡単に説明をしておいてほしい」
「おう。志郎、作戦って程のもんじゃないがそれぞれの役割を伝えておく」
「あ、ああ……」
少し緊張する。これからやることは、捕縛が目的とはいえ人間との殺し合いになるだろう。
「……まずドランが"竜の咆哮"で馬の脚を止め、俺たちが派手に暴れる。この時カイとミツキが前側から、俺と志郎は後ろから奇襲をする。外に出てきた連中はカイたちが全員捕縛なりするから、俺たちは連中の馬車の中を検める。身体強化は常に全開にしておけ、半端な武器は通らなくなる。お前は俺たちが撃ち漏らした敵を抑え込んで拘束するだけでいい。後でロープを渡しておく」
「わかった」
「少しでもヤバい奴がいると思ったら大声出して俺達を呼べ。制圧する」
ヤバい奴か……居ないに越したことはないけど、凄腕の用心棒的なのがいるかもしれないか。
「じゃ……本番と行こうか。作戦決行だ」
いよいよ奴隷狩り捕縛作戦が始まる……。俺達は竜車に乗り、ミツキが指し示す方角に向かって移動を始めた。
■Tips
・如月カイ
日の国の名門、如月家の次期頭領候補。18歳。彼の持つ大剣は斬馬刀のような形状をしている。鉢巻は実は集中力を高めるなどの効果を持つ魔道具。
・如月ミツキ
カイの弟で、同じく如月家の次期頭領候補。18歳。彼のバンダナも魔道具で、カイの鉢巻と同じ性能を持つ。
・魔剣
手に持ったものを媒体として魔力の刃を作り出す魔力使いの高等技術。扱いに慣れれば単なる棒きれでも刃を作り出せるようになり、極まれば素手でも魔力の剣を作り出すことが出来るようになるとされる。しかし形成難易度の高さと燃費の悪さから使い手は少ない。魔剣を戦いのメインに扱う者は魔剣使いと称され、凄腕の魔剣使いは遠距離からでも魔剣を薄く長く伸ばしてあらゆる物体を切り裂くという。