#35 彼方よりの襲来
翌朝。なかなか眠れなかったのとは対象的に早起きしたので、エステルとユートの寝顔を観察することに成功した。……うん、確かにエステルの寝顔もかわいい。いつもジト目だからなかなか見れない表情だ。眼福眼福。そして眠いので二度寝していたらエステルに叩き出された。おのれー。
朝食。昨日頼んでおいたワイバーンの肉が出てくるという事で、皆興味ありげな様子だ。まあ下ごしらえに時間がかかるようなものは出てこないだろうけど、楽しみだ。
そして、ワイバーンの骨を出汁に使ったスープ、肉煮込み、ステーキとか色々と出てきた。なんというか……何とも例えようのない風味だった。食感は鳥に近い感じだったけど。スープは微妙にピリッとする風味だ。割と美味しくいただけた。
今日はエステルやユートと一緒に防具を新調・改造してもらう予定だ。と言っても製作期間があるから受け取りには少し時間がかかるだろう……もしかしたら公演後も数日かかるかも、という事はツバキ達は了承済みだ。
そんなわけで素材持ち込み可な防具屋へと、エステルとユートと共に向かう。
「……ん?」
ふと周囲が暗くなったような気がして、空を仰ぎ見る。……雲ひとつない晴天で、特に変わったことはない。気のせいか。
「どうしたの、志郎兄ぃ?」
「んにゃ、なんでもないよ」
防具屋では、エステルの服を大魔猪の革とワイバーンの革で新調、身体の各所を守る為のワイバーンの革製のパッドを俺とユートの分で幾つか作っておくということになった。魔力を通せばそれこそ金属鎧以上の強度になるという話だ。
制作期間はもう3日ほどかかるらしい。公演後も少し滞在する事になるだろう。
帰り道。今日は何をしようかと3人で歓談しながら歩いていて、ふと街の外側の上空を見た。
◆
その時、ラグーンにいる全ての人々が上空の"その位置"に顔を向けた。
誰もが目を見開いた。
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その瞬間、俺は一面の荒野に立っていた。空はカオスを具現化したかのような暗いマーブル模様。太陽も星もない。遠目には無数の門が見える。
そして、偏在する真っ黒な人影。人間のシルエットのような何か。確かにそこに居るのに居ないような気もする異様な雰囲気。―――【悪】!
『産まれ落ちよ。星の怨敵の写し身よ』
『世界に"悪"を刻み込むがいい』
皆の視線の先にある上空の空間がひび割れ、崩れ落ち、黒い穴が空く。穴からは黒い液体のようなものがこぼれ落ち、最後に赤い瞳のような球体が落ちたところで空間の穴は閉じた。
黒い液体は赤い球体を取り巻いて激しく流動し、名状しがたい祭壇……或いは枯れ木のような形状をとった。
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そして荒野は消え、元の光景が戻ってくる。街の外に、赤い球体と黒い物体で構成された異様な存在を残して。
◆
「2人とも、今のは―――」
「ボクにも見えたよ! それよりも……」
街全体が騒然となる。
「歪獣……っ!」
エステルが呻いた。
街全体にサイレンのような音が鳴り響き、周囲の人々が我先にと街の西部へと走り出していく。
「歪獣って……?」
「ボクはよく知らないけど……街の近くとかにいきなり出てくる凶暴なモンスターだって聞いたことはあるよ」
「あいつらが……!」
憎悪の籠もった声。エステルを見ると、全身を震わせながら、今まで見たことのないような憎しみと恐怖の混ざった表情をしていた。
◆
歪獣。空間を割って突然現れる異常な存在。時折街の中にも現れ、生物、特に人間を執拗なまでに狙い、大きな被害をもたらす。
わたしの生まれた村は、村の中央部に歪獣が出現し、瞬く間に滅ぼされた。生き残ったのは地下壕に逃げることができた極少数だけだった。わたしの家族も……皆殺しにされた。
あの存在に対しては恐怖が先立つばかりで敵を討つなんて考えられなかった。第一、あの時の歪獣はとっくに討伐されたのだ。
でも、こうして実際に歪獣を目にすると、憎悪と恐怖の感情が抑えきれない。今すぐにでも駆け出したいのに身体が動かない。視界がチカチカする。口の中がカラカラで、荒い呼吸をすることしかできていない。魔力の流れも乱れに乱れたまま制御できない。くそ……。
その場から動けないでいると、後ろからふわりと抱きしめられた。志郎……?
志郎が私の腹部にそっと手を当てると、乱れた魔力の流れが整えられていくのを感じた。それに、なんだか全身が暖かくなって気持ちが落ち着いていく。
気がつくと、前にはユートがいて、震える手を握ってくれていた。
「大丈夫。ボク達がいるから、ね……?」
うん……。
◆
「……ありがと」
どうやらエステルは落ち着いたようだ。見てて本当に辛そうだったから、よかった……。
歪獣の全体像は街中からでは伺えない。少し経ったが、今のところ動きを見せてはいないようだ。
「おーいそんなとこでイチャイチャしてる場合じゃないぞーチミ達」
声の方向に振り返ると、シエールとカイたちが走ってくるところだった。カイが説明を始める。
「防衛戦の招集だ。奴を周囲から叩く攻撃隊と、城で防衛用の儀式魔術を発動させる部隊に分かれるらしい。俺とシエールは城に呼び出されてるが、お前たちはどうする?」
カイが城に? 少し違和感を覚えたが、今は置いといて……さてどうしたものか。
「どうする、エステル」
「わたしは……奴を直接叩きたい」
「ボクはエステルちゃんに付いていくよ」
「なら俺も同じだ」
歪獣に因縁のある本人の意志を尊重したいというのが本音だ。今日のエステルはちょっと危なっかしそうだから、近くで見ていたいのもある。
「わかった……攻撃隊は兵士達がやってくるまで東門前で待機しててくれ。何か敵の行動や攻撃があったら各自の判断で戦闘を開始するように、だとさ」
「了解」
「カイ、カエデとそこのシエール以外は攻撃隊に回されたわ。よろしく頼むわね」
ツバキの言葉に頷く。攻撃隊は俺たちのグループだと、俺、エステル、ユート、ミツキ、ツバキ、クレスの6人か。
「じゃ、私達は城に急ぐから。君達は頑張ってくれたまえよー。ほらカイ達も乗った乗った」
シエールは巨大な箒に鞍がついたようなものを何処からか取り出すと、カイ達と共に乗り込み、凄いスピードで城の方に飛んでいった。
「じゃあ、僕たちも東門に急ごうか」
「おう」
「うん!」
この日、俺たちは始めて"世界の脅威"とされる存在と相対することになった。
■Tips
・歪獣
遥か過去から、前兆無しで突然現れるモンスターとして恐れられてきた異形の存在。赤いコアに身体を構成する黒い物質、というのは共通しているが、個体ごとに能力も強さもまちまち。規模の大きいものは各地の最大戦力が最優先で直行して滅ぼしにかかるほど。今回の件も"星の人"などが急行するのを半ば宛てにされ、防衛戦はその時間稼ぎという想定だったのだが…。




