#32 寒がりな少年少女たち
街の中央にある大きな噴水前でカイ達と合流すると、何やらカイがややグロッキー気味な表情で大量の荷物を持っていて、ツバキがホクホク顔になっていた。ミツキやカエデはそんな2人を見て苦笑している。どうやら何事かあったようだ。俺と同じく買い物にでもつきあわされたのだろうか。ちなみに俺の方も荷物を持ってはいるが、まあ持てないこともない程度ではある。
「待たせちまったかな」
「いや、僕達も今さっき来たばっかさ。じゃあ、宿の方に向かおう」
今更だが、この8人はかなり目立つようで道行く人からちらちらと視線が感じられた。まあ大体は好奇の視線だ。
カイ達についていくと、ヒレを持った巨大な蛇のような何かを象ったオブジェが飾られている建物に辿り着いた。
「じゃあ、ラグーンに居る間の宿はこの水竜亭になるからな」
なるほど、オブジェは水竜であるらしい。それにしても大きな宿だ。この街で一番大きな宿な気がする。値段がちょっと気になった。
「今回は私の奢りよ! お金持ちなんだから、少しはばら撒かないとね」
ツバキがそんな事を言いだした。投げ銭でお金が大分貯まっているらしく、俺たちにも一部が配られている。ツバキはグループ全体の金銭管理も行なっている。カエデとクレスは特に采配に不満があったりも不自由を感じたこともないのでそれでいいと言う。俺たち3人やカイ達はまた別々に管理しているので、こういう奢りはありがたい。
「そこはカイにやらせるわけじゃないんだな」
「あー、カイはその辺ケチケチしてるのよね。金なんて溜まったら最低限残してバッと使っちゃえばいいのよ」
「うるへー俺は倹約家なんだ」
「名家の長男が何を言ってるのやら。やっぱり金銭管理やらせようかしら、如月家の将来が心配だわ……」
カイはぐうの音も出ない様子である。
「まあ、そこは僕も頭首補佐として頑張る予定だからね」
「ミツキはカイに甘すぎよー。まああなたならそうそうヘマはしないでしょうけど」
どうもその辺りではカイよりはミツキの方が頼りにされているらしい。まあ確かにミツキの方が色々きちんとしているような気はするけど。
宿の中は、やはり水の流れを意識しているのか、特にエントランス部分では城にあったような透明素材の床の下を流れる水や、小さな噴水が特徴的だった。何というか、いかにもお金持ち御用達みたいな雰囲気だ。俺とか場違いな気がする。
「部屋割りどうしようか」
「大雑把に分けようかしら。志郎達3人と、カイ・ミツキ・クレスと私達2人とか」
「ボクはそれでいいよー!」
「よろしくねーよ」
「もう、エステルちゃんったら照れなくてもいいのに~」
「はっ倒すぞマジで」
「あう……」
エステルは断固反対って顔をしてるが、なんかこのまま放っておいたら、またエステルとユートと一緒にされそうな気がする。でも年頃の青少年としてはなかなか複雑な気分なのだ。色々と。
まあ、これについてはなんか必死になるのも何だし面倒臭くなったので、静観して事の成り行きに任せることにした。決して何かを諦めた顔をしてたわけじゃないぞ、うん。
「なんで反対しなかったんだよこのスカポンタンがーッ!」
「痛い痛いギブギブ」
事の成り行きに任せた結果、エステルからアームロックを食らう羽目になったわけだが。部屋割りに関しては、まあお察しである。ベッドはちゃんと3つあった。
「わーい、また一緒にいられるねー!」
「……はー、まったくもう。もしかして期待してたわけ? このスケベ男」
「いやまあその」
「そこは否定しろよ馬鹿……わたしは添い寝とかしないからね、今度こそ」
前のは血迷ってたんだ、と眉間にシワを寄せながら呟くエステル。まあうん、それはね。本人嫌そうだしそもそも俺から要求することでもない。
「じゃあ、こうしたらどうかな! 志郎兄ぃとエステルちゃんでボクを挟んで寝るの!」
「そういう問題じゃないよ馬鹿」
「きゃんっ」
ビシッと頭をチョップされるユート。
「えぇー、いいと思ったんだけどなぁ?」
「あのねー……まあ、わたしは別にいいから志郎と一緒に寝れば?」
「いや、そこは3人別々とか、よくてエステルとユートってとこじゃねえかなあ」
そう言うとユートが捨てられた子犬のような目で見つめてきた。別におかしなことは言ってないんだがそんなにか。
「……まあ別におかしくはないけどさ。今更って気はする」
「エステルがそれを言うかよ」
「ぐぬぬ」
なんか自爆したエステルは置いといて、ユートは……あ、なんかどんよりとした表情になり始めてる。ほんとーに今更だけど大丈夫かこの娘。依存心がちょっと危ない領域になりつつある気がする。
「ほら、わたしは一人でいいから引き取りなさいよ志郎」
「……まあうん、わかったよ。ほらユートもそんな顔しない。別に嫌いになったとかじゃないんだから」
そう言うと、なんとか立ち直ったのかふにゃっとした笑顔を見せてくれて、懐いた犬のように抱きついてきた。可愛いなあもう。……そんな風に思ってしまう時点でもうダメかもわからんねこりゃ。深刻になりすぎることでもないとは思うけど。
ただまあ、いつまでもこの心地良い関係が続けられるのか……或いは俺達がいつまで一緒にいられるのか……そういった事は否が応でも思考の片隅に浮かんでくるのだ。ずっと考えてるわけじゃないけどな! そんなの息が詰まってしまうよ。
「志郎もなにアンニュイな顔してんのさ」
おっといけない、顔に出てたか。スマイルスマイル。
「だからって急に笑顔になるんじゃないよ気持ち悪い」
ひどい。
その後の夜。そんな事があってからというもの、ユートのひっつき具合が加速した気がする。エステルにもしょっちゅうハグを仕掛けては剥がされているし、俺にも甘えてくる。
……んー、彼女は彼女で何かしら思うところでもあったのだろうか。必死さすら感じる。なのでここは1つ、思いっきり甘やかすことにした。ベッドの上にまでひっついてきたユートを念入りになでなでしてやる。目を閉じて気持ちよさそうにしている……あ、寝た。相変わらずドキドキはしてるけど、なんか慣れてきた気はする。
「一緒に寝るのもいいけどわたしが目を光らせてるのを忘れないでよ」
「言われなくても変なことはせんよー」
「……まあ、ならいいけど。まったく、不健全な関係になっちゃって」
「エステルも似たようなもんだろ……」
ムスッとした顔で黙り込んでしまったエステルを横目に、ユートに布団をかけてやる。
このまま別のベッドで寝ることも考えたが、この娘のことだから目が覚めた時に側に居ないと寂しがりそうだなー、なんて考えてしまって。結局ユートを見守るような体勢で俺も眠りにつくのだった。
◆
志郎も結局そのまま寝てしまったみたいだ。あいつの図太さはいっそ見習いたいくらいだ。
"似たようなもんだろ"
そう言われて言い返せなかったのが悔しい。確かに、恋愛感情って程でもない(と思う)のに同衾したり、縋り付いちゃったりしたのは十分不健全だ。
……暖かかったなあ、あの時は。なんて心の中でポツリとこぼしてしまった。いかんわ。人の温もりってもんを今まで知らなかったのは確かだ。普通は家族から与えられるものなのかもしれないが、わたしの場合は……うん。
あーもう、なんだかムカついてきた。志郎にも、自分自身にもだ。くそったれー。
それにしても、ユートは大丈夫なんだろうか。温もりが無くなった時、彼女はどうなってしまうのか……心配になってきた。
◆
起きると志郎兄ぃの顔がそこにあった。何だかそれだけで安心しちゃう。
本当はいけないって思ってるんだ。ボクはもっと強くならなくちゃいけないのに、こんなに甘えちゃって。
きっと、1人で頑張らなくちゃ駄目な時も出てくる。でも、今は甘えさせてくれる分だけ甘えたいと思っちゃう。それが心地良いから……安心できるから。その温もりが無くなることを考えるだけでも怖いから。
結局、今日もそこにある温もりを求めて……志郎兄ぃの胸に縋り付くようにして、もう一回目を閉じた。この温もりを、志郎兄ぃも悪くなく思ってくれてる事を願って。
◆
目を開けるとユートがくっついていた。ユートは温かいし、柔らかいし、いい匂いがするなあ。ユートを抱き寄せてそんなことを寝ぼけ頭で考えた。程なくして正気に戻り、その思考はないわーと考え直した。いや本当のことではあるんだけど……ちょっとねえ?
今の俺に元の世界の家族や知り合いに関しての記憶はない。その隙間を埋めてくれたのがユート達と言ってもいい。俺も、結局ユート達に依存しているのかもしれない。まあ、彼女らが居ないと駄目になるってんじゃ鍛えてくれたアストラル達に顔向けできないし、一人でも何とかしていけるような心構えはしているつもりだけど。
でも、それはそれとしてだ。彼女らに何かを求められれば返してあげたいと思う。俺にとっては、初めてできた家族のようなものなのだから。




