#27 捻じくれた三角関係
魔猪の群れを全滅させ、昼過ぎには一度村に戻る。死骸を解体・回収するための人手や荷車をお願いする予定だ。
「あー、3人とも……さっきはごめん、ありがとう」
「なに、困った時はお互い様さ」
「いや焦った焦った……エステルは大丈夫か? 足とか痛めてたりしてないか?」
「大丈夫だよ。それよりあんたはどーなのさ志郎」
「俺は、まあ特には。奴の背中でぶん回された時にちょっと酔ったくらい」
「頑丈だねーまったく」
村に戻って村長さんに報告すると、いたく喜んで、もう殆ど村人総出なんじゃないかってくらい人をよこしてくれた。
魔猪の素材をみんなで剥ぎ取りにかかる。皮は一部焦げてたり穴が空いてたりしたが、全体を見れば充分な量が取れた。特に大魔猪の分厚い毛皮や大牙はそこそこお高めの装備に使われるそうだ。
依頼報酬としては、それなりの現金と大魔猪の素材の一部を受け取ることになった。それでも村の収益としてはかなりのものになるらしい。
俺やユートは質のいい防具を使っているし、大魔猪の毛皮はエステルの新しい防具にでも使おうか。それと巨大な牙もかなり頑丈で、良質の武具に使えるようだが、今のところ予定はない。ユートが盾を持ちたがっていたし、それにでも使おうか?
魔猪の肉は一部が今晩の公演の時に夕飯として振る舞われるらしい。バーベキュー祭り……! ちょっと楽しみだ。
夕方過ぎになり、ツバキ達の公演が始まった。村の広場には多くの村人たちが集まっており、歌声や魔法による演出に湧いていた。
ユートを見てみる。目の色は……紫色のままだ。ミーティアでのあれは何だったのだろう?
そんな光景を座って眺めていると、エステルがちょこんと横に座ってきた。
「……」
何やら黙って舞台の方を見たまま動かない。どうしたんだろう。
そのままエステルともども沈黙しながらツバキ達を、ユートを見つめる。目が合うと、僅かに微笑んだ……気がする。
「いつの間にか、さ」
「うん?」
「ユートの存在、色んな意味で大きくなってたんだね。わたしらにとって」
「ああ……」
ユートが居たら、強化魔法によってもっと楽に方が付いたかもしれないし、エステルが危機に陥った時も魔術障壁で事なきを得たかもしれない。いや、そもそも危機に陥ることすら無かったかもしれない。
そして……いつの間にか、彼女が隣にいるのが当たり前になっていた。まあ、それは……
「エステルにも、同じこと、言えるけどな」
「……っ」
そう言うとエステルは何だか俯いて固まってしまった。
「どうした。嫌なこと言ったか……?」
「違う! 違う、けど……」
エステルが立ち上がりそうになったので、思わず手を掴んでしまった。
彼女は……何故だか泣き出しそうな顔をしていた。
「……悪い、思わず」
「……ううん、いいよ」
エステルは再び俺の横に腰を下ろした。そしてぽつぽつと話し始める。
「慣れて、ないんだ」
「何がさ」
「誰かにとって……あー、なんだ。大切な存在っていうの? そういうのになるのがさ」
そんなこと今まで考えてもみなかった、とエステルは言う。
「だから、そう思われると……凄く照れくさいというか……うん、よくわかんない」
俯いたまま言葉を濁している。思わず、ユートにやってるみたいに頭を撫でてしまった。
「…………うぇっ!?」
少しの間されるがままにしていたエステルは、いきなり珍妙な声を立てて仰け反った。頬が真っ赤になっている。
「ゆっ、ユートじゃあるまいし気安く撫でたりしないでくれる! ふんだ! ふんだふんだ!」
そう言い残すと彼女はぷりぷりと怒ったままどこかに行ってしまった。……今まで見せたことのない表情だった。正直可愛い。
◆
あーあーあーもう! あのバカちんが! してやられた気分だ。あんな不意打ちされるとは思わなかった!
あー頬が熱い。この私としたことが撫でられて落ち着くだなんて! ぐぬぬ。恥ずかしいやらなんやらで泣きそうだ。
決めた。あいつには何らかの形で報復をしてやる。精々待ってろよくそー!
……志郎のばか。
―――まあ、その報復の機会自体は割と早くに訪れたのだが。更に恥の上塗りをするとは思ってもみなかった……ファック!
◆
公演が終わっても熱冷めやらぬ様子で、周囲ではどんちゃん騒ぎが続いていた。ツバキ達も割とがっつり飲み食いしてる。俺も酒は程々に料理やら魔猪の焼き肉やらを摘んでいる。元が猪なだけあってちょっと癖があるけど、まあ行けなくもない感じ……かな?
そんなところにユートがやって来た。酒を飲んだのか頬が赤くなってて……何やらジト目になっている。
「……志郎兄ぃ、エステルちゃん怒らせたでしょ」
「うっ」
やはりというか何というか、見られてたらしい。
「志郎兄ぃはボクで慣れちゃったかもだけど、ほんとは女の子にむやみにそういう事するのはいけないんですよーだ」
「面目ない」
ユートはぷんすかしている。可愛い。……いやそうじゃなくて。その辺りは自覚してたのか。というか添い寝は良いのか。今ひとつユートの基準がわからない。
と、ちょうど向こう側にエステルを見つけた。目が合うとあっかんべーをされた。……しばらく機嫌は治りそうにないかもだ。
「……ボクは、志郎兄ぃとエステルちゃんが自然にそういう事できる仲になってくれると嬉しいんだけど……でも、ボクも志郎兄ぃの事、ちゃんと好きだからね」
告白されてしまった。いや、ユートのことだしそういう男女関係の意味で言ったのかはよくわからないけど、ドキドキしてしまう。
でもうーん。それは、何というか……なんだろう。三角関係というものなんだろうか。
どうすればいいか分からなくなって、ユートの手を握ってしまった。
「もう、志郎兄ぃったら。……ふふっ」
ユートは軽く笑みを浮かべると、手を握り返してきた。軽く酒が入っているせいか、今のユートはやたら蠱惑的な感じだ。元々見た目だけならちょっと年上っぽいんだよな……。頬が熱くて、胸の鼓動がいやにはっきり聞こえる。
何となく周囲からニヤニヤされてる気がする。主にカエデさんの視線を感じる。いたたまれない気持ちになって、思わずユートの手を取って走り出してしまった。
遠くからは大胆ねーとかそんな感じの声が聞こえてきた。シット!
結局、人気のない、広間の外れまで走ってきてしまった。全身が熱い……。
「わわ、志郎兄ぃ……もう、何も走らなくてもいいじゃない」
「ユート」
「きゃっ」
ユートの腰を抱き寄せて、顔を触れ合う寸前にまで近づける。
「俺だって男なんだからなー……あんまりあんな風に好きだ好きだって言われると、狼にでもなっちゃうぞ」
ユートはキョトンとした目をすると、頬を赤く染めて目線を横に逸らした。……そんな風にされると、本当にその気になっちまうぞ。嗜虐心のような衝動が込み上げてくる。
「ボ、ボク……これから食べられちゃうの? 志郎兄ぃ、がおがおさんなの?」
「かもしれないぜ」
「だ、だめだよぅ……」
もう片手でユートの手首を掴み、優しく握る。それにぴくんとユートが反応し、か細い声を上げて目を閉じた。
「ぁ……ん、志郎兄ぃ―――」
「ユート……」
互いに唇を近づけ、重なり―――
「おらーっ!」
―――合わせる寸前、後ろに引き剥がされた。何奴!
「ユートに何かしたらはっ倒すっつっただろてめー!」
頬を真っ赤にしたエステルだった。殆ど力の入ってない拳でぽこすかと殴られる。
「え、エステルちゃん乱暴はダメだよー!」
「うがー!」
ユートが後ろから抑え、エステルはジタバタしている。思わず呆然としてしまう。
「―――!!」
言葉にならない声を発したかと思うと、ユートの束縛を脱して頭を叩いてきた。あいたっ。
勢い余って倒れ込んできたので受け止める。正面から抱きしめられるような形になった。すると今度は凄い力でベアーハッグされる。痛い痛い。
「エステルちゃん、落ち着いて……ね?」
ユートと一緒に、あやすように背中をぽんぽんと叩いてやる。
「志郎のばかーあほーとうへんぼくー……」
その他一通り罵詈雑言を放つと、おとなしくなった。顔を上げたエステルは……目一杯に涙を溜め込んでいた。
「大丈夫か、エステル」
「エステルちゃん、大丈夫……?」
ユートと揃って心配の声を上げる。本当に、どうしたんだ……?
「わかんない、よっ……」
ぎゅう、と顔を胸に埋めてくる。
「自分でも何が何だか、全然わかんないっ……」
その様子を見て、ユートも後ろからエステルを抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫だから……ね?」
「うー……」
もしかしたら、俺とユートがああいう事をしていたのがショックだったのかもしれない。だとしたら……俺はエステルにとても悪いことをしてしまったのかもしれない。熱く衝動を生み出していた胸が、今度はキリリと痛む。
すすり泣くエステルを二人して抱きしめていると、落ち着いてきたのか、泣き声も収まってきた。
「ごめん、2人とも……もう大丈夫」
「……悪かった、エステル」
「いや、いいよ。わたしが勝手に暴走しただけだし……」
邪魔して悪かったね、とエステルは苦笑する。
「いや、正直こっちもあのままじゃ歯止めが効かなくなってたっていうか……うん」
「わ、私、なんだかぽーっとしちゃって……。これから志郎兄ぃにちゅーされちゃうんだって思ったら、何も考えられなくなっちゃってたの……」
「……まったくもう。2人とも放っといたらすぐに不純異性交遊に走っちゃいそうだし、わたしが居ないと駄目ってことかな! 仕方ないなー君たちは」
「ふ、ふじゅんいせいこーゆー」
ユートがボフッと顔を真っ赤にして茹で上がってしまった。直球で言ってくるなコイツ……。
「さっきとか、今のも……とにかくごめん、2人とも」
「ぼ、ボクは嫌じゃなかったよ志郎兄ぃ……? す、すっごくドキドキしたけど」
「いいってば、もー。……心配しなくても大丈夫だよ、志郎。そろそろ戻ろっか、2人とも」
エステルはそう言って、俺たちの手を両手で握りしめて引っ張ってきた。こちらの心境を見透かしたような言葉に、どきりとする。
「あ、うん。わかった」
「う、うん!」
その後、3人仲良く手を結んで戻ったところをカエデ達に待ち構えられ、あれこれ言われたのは余談である。




