#20 そして、冒険が始まる!
「凄かったですツバキさん!」
高揚した民衆を抑えつつ撤収を済ませた後、真っ先にツバキさんの所に駆け寄ったのはユートだった。羽根がパタパタと動いている。
「ありがとうユート。あなた達も、よく見ていてくれたわね」
「ええまあ、見張りをやりながらでしたが」
「歌や舞をキーにする魔法があるって話だけは聞いたことがあったけど……実際に見てみると面白いね」
エステルは感心した顔だ。歌そのものよりは学術的な興味があるらしい。それにしても日本のライブもかくやってくらいの凄い視覚演出だった。
「まあ、魔法はあくまで演出のうちよ。私としては歌と舞で勝負しなくっちゃね」
「魔法の効果ばっかり注目されても面白くないものねえ」
「同感」
彼女らは音楽に対してはストイックな姿勢であるようだ。好感が持てる。
「あ、そうそう。別に敬語使わなくっても良いわよ。道中ずっとそれじゃ息が詰まっちゃうでしょう? それに、警護役と言っても実質は旅の仲間みたいなものなんだもの」
「うん、わかった!」
「へーい」
「わかった。今後とも宜しく、ツバキ」
「よしよし。で、カイ。アンタにはマネージャーとして次の町との交渉役やってもらうから」
「うへえ、またか」
「文句言わないの! 私の許婚としてはそれくらいやれるようになりなさい!」
カイとツバキが許婚!?
「あ、やっぱりそうなんだ。何となくそんな気してたけど」
「ええっ、じゃあ2人とも結婚するんだ……!」
ユートがストレートに結婚という言葉を使うと、カイとツバキは揃って照れくさそうな顔をした。
「家に決められたとはいえ、まあ悪くはない関係だからな……」
「ま、まあ、こんな男でもそこまで悪いわけじゃないからね……」
「誰が"こんな男"だ」
「アンタよ!」
「何だかんだで仲いいよねー、兄さんもツバキも」
お互い睨み合っているが、どうやら関係は良好と見ていいらしい。ミツキも微笑ましげに眺めている。そしてユートは自分で言った"結婚"という単語に何か思うところがあったのか、なにやら頬を染めて照れている。エステルはそれを見てため息をついている。
「そういうミツキはアルテナさんと上手く行ってるのかよー」
「あー、まあうん」
「……その分だとあまり進展してなさそうだな」
「まあ、まともなデートの一つもできてないからねぇ……たまに日用品の買い物に付き合うくらいで」
ミツキがアルテナさんに好意を抱いているのは何気に俺にとって新情報だ。ユートは新たな事実に興奮して羽根を振っている。エステルは興味なさげだ。
「アルテナさんも誘えばよかったかなー、どうせあの家に入る奴なんてそうそう見つからないんだし」
「まあ、あの人なら付いていこうと思えば途中からでも付いてくるでしょ」
「そういうとこだぞお前……明日出発する前に一言でも声かけてけよ」
確かに。あのクラスの人達になるとまさに神出鬼没というイメージだ……特にアストラルは。しかし、あの家の住民になる人が見つからないってどういう事なんだろう。
「どの国行っても恋バナは定番よねー」
「……オレにはわからん」
「つれないわねえクレス。私は割と気に入ってるのに」
「あんたとオレが? ……冗談だろう、想像できん」
「もう」
カエデは蠱惑的な表情で囁き、クレスはしかめっ面をしている……こっちはこっちでなかなかややこしい関係のようだ。
話し込んでるうちに以前泊まった旅館に到着した。ツバキ達はここに泊まるらしい。警護役の俺たちも当然ここで一泊する。部屋は男組、女組に分かれてそれぞれ4人部屋に入っている。隣同士だ。
男部屋は比較的静かなのに対して女部屋からは何やら楽しそうな声が時折聞こえてくる。
「そういえば志郎、お前あの後どうよ」
「どうよって何が?」
「酒飲んだ日の後だよ。何かユートやエステルと気まずくなってたりしなかったろうな」
「いや、全然」
「そうか、そりゃよかった」
「いきなりどうしたんですかい」
「酒を勧めたの俺らだからな……」
ああ、それで心配してたのか。……余計なお世話、とは言うまい。
「でも何もなかったって事は無いんでしょ? アストラルは口濁してたし」
脳裏に一瞬あの存在がよぎりかける。思わずブンブンと頭を振ってしまった。
「何もなかったなら、そんなに力いっぱい否定する事はないんじゃないかな……」
「おう、こいつ怪しいぞー吐け吐け」
クレスの方に振ろうとしてそっちを見ると、興味なさげにそっぽを向かれた。シット!
「まああったっちゃあったけどさー……」
「ほう」
「へえ」
「3人で一緒に布団かぶって寝た、くらいだよ」
「わーお」
「おやおや、大胆だねえ」
冷静に考えてみると全然"それくらい"な出来事じゃない気もするけれど! なんであんなスヤスヤ寝てられたのか自分でも謎だ。
「それ以外のことは何もしてないかんな、ほんと」
「いやあ、それ以上行ってたらビックリだよ」
「志郎もなかなかやるな……」
変なところで感心されてしまった……。
◆
「で、ぶっちゃけどうなのよあなた達」
「どうって何が」
「あの志郎って子との関係よ! 何だか三角関係の臭いがするのだけれど!」
「やめなさいよカエデったら」
息巻いてユートとエステルに迫るカエデに、ツバキは呆れた顔をしている。ツバキはそれほどでもないのだが、カエデはこの手の話が大好物だ。
「さ、三角関係?なのかな……えへへ」
「何故そこで照れる。……まあ見ようによっちゃそう見えるかもしれないけど。最近は3人セットで居ることが多いのも事実だし」
「ふーん……そういうのって、男女関係とかあまり意識しないものなの?」
何だかんだでツバキも関心自体はあるので、興味深そうにしている。カイとの事はあまり口にしたくはないが、他人のそれとなれば別腹である。
「ボクは志郎兄ぃと一緒だと、とても安心できるの……でも、これってそういうのとは違うのかな……」
「意識ねえ。……まあ無くもないけど、あいつは普段そういうの抑えてるっぽいし」
「へえ」
「あらあら」
これは将来が楽しみだぞ、とカエデが思い始めたところでユートが爆弾を投下した。
「あ、でもでも、よく膝枕してもらったり頭撫でてもらったりもしてるよ! この前は志郎兄ぃとエステルちゃんと一緒に寝たし!」
「あら? あらあらあら?」
「ちょっと聞き捨てならないのを聞いた気がするわ」
「あ、よりによってそこ言っちゃうかーユートくんは」
ちょっとその話詳しく!と息巻くカエデ。エステルは遠い目をしている。
「うん、ベッドが狭くて志郎兄ぃをぎゅーってしてたら暖かくて、とてもドキドキしたけどそのまま寝ちゃったの! エステルちゃんもそうでしょ?」
「あーあーあーもうこの羽根っ子はもー」
「実際どうなのよエステル」
「……まあ、悪くはなかったよ」
じゃなきゃ普通にぶっ飛ばしてるし、と口をモゴモゴさせながら言う。酒のせいだとは、何故だか言いたくなかった。
「あ、顔赤くしてる。可愛いわねえ……これはエステルちゃんの方からも脈アリなのかしら」
「ファッキンシット。ユートは後で覚えててよ」
「あれ、何か悪い事しちゃった……?」
ユートの顔がしゅーんと意気消沈する。それを見てエステルは、いつものように、仕方ないなーと呟いた。ユートの頭を撫でてあやす。
「……まあ、いいよ。でもあまりくっついてるだのひっついてるだの言いふらさないでよね」
「うん……」
「何だか複雑な関係なのね」
「そう? 割と単純だったりするわよ、こういうの」
面白いタイプの三角関係よねえ、とカエデは呟いた。それをツバキは何のことやら、と呆れ混じりの表情で見ていた。
ここでの話が後日、周囲に火種を撒き散らすことになったりするのだが、それはまた別の話である。
◆
翌日、竜車で町の門に向かっていると、アルテナさんが見送りに来てくれた。
「行ってきます、アルテナさん!」
「ええ、行ってらっしゃい。きっと、この旅はあなた達にとって実りあるものになるはずよ」
「見送りありがとうございます、アルテナさん。僕達もあなたを誘おうとは思っていたのですが……」
「家の管理とかがあるから、その辺りは仕方ないわね。でも、"あなたの気持ち"は嬉しいわミツキ君」
「……はい、ありがとうございます」
アルテナさんはミツキと向かい合ってお互いに微笑んでいる。アルテナさんの方は僅かに頬を染めているように見える……。
(お、割といい反応かも?)
(かもな。これは帰ってきた後が楽しみかもしれん)
「アルテナはああ見えて恋愛経験浅いからなー、俺としても祝福してやりたいところだが」
横にアストラルがいた。いつの間に!
「見送りに来てくれたのか?」
「おう。しっかり戻ってくるんだぞ」
露払いはしておいてやるからな、と言葉を続けるアストラル。何をする気なんだか……。
「あら、あなたが噂の"星の人"?」
「どうも、龍の姫さん。今回の旅が良い経験になることを祈ってるぜ」
「ありがとう。……志郎達もなかなか凄い人脈持ってるのねー」
そう言われると頷くしかない。放浪者である俺がこうして無事にここに立っている事自体、幾つもの幸運と様々な人達の優しさの積み重ねだった。
「よし、それじゃあそろそろ出発するぞー」
「しばらくこの町ともお別れだな」
竜車が動き始める。アルテナさんとアストラルが手を振って見送ってくれていた。
そして冒険が始まる。世界を巡る冒険が。




