#2 魔力使いの修行1
アストラルに連れられて、広場の端までやってきた。
「さて……じゃあそこに座って、適当に集中力が出せそうな格好にしてくれ」
言われたとおりに座り、胡座をかく。いわゆる瞑想のポーズだ。
「今のままだと、お前さんの魔力は外に漏れ出している。だが魔力を使う際には、身体の中に循環させたうえで、何に使うかを強く意識しなくちゃならん」
「そうしなきゃ魔法は使えないってことか」
「魔術や魔法によるんだが、まあそうだな。それに魔力が漏れ出してる状態ってのはちと危なくてな…モンスターは大体魔力に惹き寄せられるし、お前さんくらい魔力が多いと変な奴に目をつけられることもある」
魔力が漏れていると危ないこともあるのか……多ければいいってものでもないらしい。となると、今こうしている間にもモンスターを引き寄せているんじゃないか……?
「その点は大丈夫だ。このキャンプ場の結界が隠蔽しているからな」
「結界、あるんだ」
「おうよ。安全地帯として所々にそういう場所を作ってるんだ。……で、だ。魔力を身体に流していると身体能力が強化されたりするんだが、そういう風に単純に魔力を使う者の事を"魔力使い"という。お前さんには、その魔力使いになってもらう」
魔力使い…魔法使いだの魔術師だの以前の、初心者的な扱いなのだろうか。
「まずはお前さんに魔力というものを知覚してもらう必要がある。こんな風にな」
そう言うとアストラルは俺の両肩に手を置いた。……何かピリリとした感触と同時に身体に何かが流れていくのを感じる!
「今、お前さんの身体に魔力を流している。今感じている"それ"が、血液のように体の中を循環するのを意識してみろ」
今流れている"何か"を血液に見立てて、体の中を巡るイメージをする。
「……こうか?」
その瞬間、凄まじい勢いの"流れ"が身体を巡るのを感じる。……全身が総毛立ち、意識が覚醒していく!
「ン、いい調子だ。まだ少し魔力が漏れているが、それくらいならまあ問題ないだろう。そうやってイメージを維持したまま、少し走ったり跳んだりしてみろ」
立ち上がり、魔力を身体に流したままジョギングを始めると、いつもよりも遥かに速い速度で身体を動かせるのが自覚できた。まるで風のような勢いでキャンプ場の外周を走り回る。しかし、動体視力が追いついていないのか視界が覚束ない。
ならばと、もう少し頭や目に魔力を集中させてみると、徐々に視界がクリアになってきた。そこからスピードを上げてみたり、ジグザグ移動やUターン、小旋回をしてみたりする。次に前方宙返りやバック宙を試してみるとまるで当たり前のようにできる……! これには感動を覚えた。まるで体操選手のような曲芸を思うがままにこなせるのだ。
この魔力を、ロボットもので言うブーストみたいなイメージで放出させたらもっと加速できたりするのだろうか。実際に魔力を背中から放出するようなイメージをすると身体が加速についていけず危うく転びかけた。これは危ないから要練習だな……。
次に、試しに足の裏から魔力を放出するイメージをしながら思いっきりジャンプをしてみた。その瞬間、視界の木々が凄まじい勢いで下に流れていく……高い!?
「うわっとと!?」
木々よりも遥かに高く跳んでしまったのか、眼下には淡く光を放つ森林があり、地平線まで見渡せた。それはまるで一面の星空のようで、ここが星の国と言われているのもわかるような気がする……。
「……綺麗だなー……」
この世界には、こんな感じの不思議な光景が沢山あるんだろうか。もっと見てみたいと思った。
が、そこで集中を切らしてしまったせいか、魔力の循環する感覚が無くなり、バランスを崩してしまう。
(あっ、落ちる――)
気がつくとアストラルに抱えられて、無事に着地をしていた。危なかった……!
「まあ、初めてにしちゃ上出来だ。今のが"身体強化"といって、魔力使いとしての基礎の基礎となる。単純な使い方だから人間やモンスターにもそれなりに使い手が多い。訓練をしていけば、そのうち呼吸をするように魔力を循環させる事ができるようになるから、まずはそれを目指すんだ」
「あ、ああ……キャッチしてくれてありがとう」
「いいってことよー。じゃ、次だ」
アストラルがぱちんと指を鳴らすと土が盛り上がり、あっという間に分厚い土の壁が出来上がった。……アストラルはワンアクションで魔法を使えるようだ。もしかしたら凄い人なのかもしれない。
「身体強化してこれを殴る蹴るしてみろ。身体を傷めない範囲でな」
「わかった。……シッ!」
試しに拳に魔力を集中させ、肘から魔力を放出させるイメージで加速させ、正拳突きを叩き込んでみると…土壁の真ん中がまるで爆散するかのように吹き飛び、大穴が空いた。 続けざまに一歩踏み込んで魔力を込めた回し蹴りを叩き込むと、残った土壁が真っ二つになって吹き飛ばされた。……自分で言うのも何だが、凄いぞこれは!
「すげえ……こんなこと今まではできなかったぞ」
「お前さんは魔力の量が多いからな、身体強化の効果もその分高いわけだ。……ふーむ、魔力循環の配分やコントロール、魔力放出による強化も上手く出来てるみたいだな……肉体への負荷も少ないか」
初歩の初歩でこれか……こんなに身体能力が上がると少し怖いくらいだ。
「ただし、素の身体能力とのギャップが激しいということでもある。魔力が無くなるようなことがあったら致命的な状況に陥るかもしれんから地力も鍛えたほうがいいぞー。というか鍛えさせるからな」
「お手柔らかに……?」
「ははは、苦労しなきゃ鍛錬にならんぜ」
どうやら手抜きはしない方針らしい。まあ、異邦人としては、何かあっても一人で生きられるよう強くならなければならない身だ。不安だがやらなくてはいけないだろう。それに、少し楽しみでもある。
「よし、じゃあ一応全力を量ってみようか……俺に思うように攻撃してみてくれ」
「いいのか……?」
「構わん構わん。思いっきりやってみてくれ」
少し迷ったが、多分この人なら大丈夫だ…と思う。
全身に"身体強化"を施し、地面が爆ぜるような勢いで踏み込み、拳を叩き込む……アストラルはそれをあっさりと手で受け止める。そこから脛蹴りを繰り出すが、びくともしない。パンチの連打も全て見切られ、手で受け止められる。距離を取り、旋回再接近してからの全力のサイドキック。こちらに負荷がかからないようにしているのか柔らかく受け止められる。ならばと、続け様のショートアッパーを受け止められた瞬間に腕を取り、一本背負いを繰り出そうとするも、やはりアストラルを動かせられない。まるで地に根を下ろしているかのようだ。
その後も考えつく限りの打撃を行ったが、結局アストラルを一歩も動かせなかった。地面には足が滑った跡すらない。完全に衝撃を殺されているのだ。
「ハァ…ハァ…やっぱ強いんだなあんた……」
「そういうお前さんもいいパンチしてたぜ。特に背中からのタックルはなかなかの衝撃だった」
「見よう見真似だけど鉄山靠っていうんだ…はぁ、疲れた」
服が汚れるのも構わず、大の字になって沈む。星が綺麗だ。
「ほらほら、"呼吸をするように"だぞー」
ハッとして身体強化をかけて転がると、自分の居た位置にアストラルが踏み込んでいた。ズドン!と音を立てて、アストラルの足が地面にめり込む。もしも身体強化無しで踏まれていたら……。――ここに来て初めてゾッとする感覚を覚えたかもしれない。
「おお、もう反射的に身体強化ができるのか。うんうん、覚えが良くていいことだ」
「怖えー」
「危険察知はできるに越したことはないし、少しは怖くなるくらいじゃなきゃなあ。ま、力み過ぎても逆効果だからな……そんなにストレスかけるような事はしないから大丈夫だ。常にその感覚を維持することを意識しておいてくれ」
アストラルは呵々と笑っているが、もっと真面目にやらなければいけないかもしれない。無論、人に教えてもらっている以上は真面目にやっているつもりだが、適度な緊張感も持った方がいいのだろう。
◆
志郎の攻撃を受け止めながら、その燃えるように輝く"空色の瞳"を目にし、アストラルは心中で独りごちた。
志郎の読み込みの早さは流石だ。魔力量も尋常ではないが、こうまで早く魔力を使いこなせる人材は希少だ。今こうやって実際に攻撃してるのを見ても、攻撃の鋭さや勢いの良さもなかなか。今面倒を見ている"彼ら"と同じく将来が楽しみだ。もしかしたら、"アレ"に対抗できる一員となれるかもしれない。
(……いや、そっちは考えても仕方ないな)
彼がこの世界で何を見て、何を感じ、何を願い、何をするのか―――それは彼自身が決めること。彼らの道程に祝福を願い、そっと導くことくらいだ、この身にできることは。アストラルはそう思った。
■Tips
・星の国
大陸東部にある国。国土の多くがマナの大森林に覆われている。住民にはエルフが多い。もっともマナ(空間に漂う魔力)が濃く、多くの魔術の徒が集う国。東側には穏やかな海と港町サンライズがあり、栄えている。海向かいの日の国とは深い仲にあり、サンライズには日の国に絡んだ施設が多く見受けられる。
大森林を隠れ蓑にしようとする悪党がしばしば現れるため、政府と冒険者ギルドで共同して対応する事が多い。