#19 龍月の姫
港にやってきた日の国の船からは、何人かの女性と、それを護衛しているらしき一団が降りてきていた。
先頭に立っているのは、鮮やかな長い金髪と朱色の目をした女性だ。膝までが露出している、丈の短い着物を来ている。動きやすさを重視しているのだろうが、何ともセクシーな衣装だ……。
町長さんと共に彼女らを出迎える。
「ようこそおいでくださいました、龍月ツバキ殿」
「この度は私たちの公演をご許可いただき、ありがとうございます」
「いえいえ。かの龍姫様のご公演ともなれば、こちらからお願いしたいくらいですとも」
どうやら金髪の女性、龍月ツバキが"龍姫様"であるらしい。
(ねね、すっごく綺麗な人だね志郎兄ぃ)
(ああ、何というか華やかな人だな)
しかし日の国出身で金髪というのは珍しくはないのか? カイに聞いてみる。
(ああ、ありゃあいつの家が特別でな……一族の特徴なんだわ)
なるほど。
と、そこに、厳しい面をした大柄な男がこちらに歩いてくる。武者鎧……とは少し違うが、結構な重装備をしている。腰に携えているのは大振りの刀だ。こうも重装備だとガチャガチャと音を立てそうなものだが、彼の歩行音は静かなものだ。多分、相当に腕の立つ人だ。
「如月カイ殿、ミツキ殿……に、今回の警備の方々だな」
「やあ、ご苦労さま」
「お仕事お疲れさん。お前ら、こいつはツバキの護衛隊長をやってるムサシだ」
「君たちがカイ殿の教え子という御三方か。よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
「よろしくです!」
「よろしくー」
ムサシさんはうむ、と頷いてカイの方を見る。
「しかし、カイ殿は相変わらずですな……いつものことですが、姫様のこと、くれぐれもお頼み申し上げますぞ」
「うん? あんたは付いてこないのか?」
「本家よりご用命がございまして」
「何? 俺達のところには回ってきてないぞ。そもそもお前にツバキの護衛以上の命なんて何があるんだ?」
「カイ殿の置かれている状況と同じようなもの、と言えば分かりますでしょうか」
「ん……ああ、もしかしてそういう。龍月家も僕達と同じようなことをするのかい?」
「ええ。……故に、あなた達は、徹頭徹尾、あのお方の味方であってほしいのです」
ムサシさんはググ……とカイの手を握りしめて、どこか必死な表情で訴えかけている。カイは得心がいったようで、頷いた。
「わかった。そういう事なら頼まれよう」
んー……どういうことだろう。ユートも疑問そうな顔をしている。
(ねね、志郎兄ぃにエステルちゃん……どういうことなんだろう?)
(多分、カイ達のやつと同じように見聞の旅やら修行やらさせるんじゃないの。わかんないけど)
なるほど……カイ達が次期当主としての修行を積んでるように、あのツバキさんにも修行をやってもらうということか? まあ、その辺りは後でカイにでも聞いてみよう。
「しかしムサシ達が同行しないのは予定外だったな……追加人員は要りそうか?」
「いえ、むしろこれ以上追加しないようにとのご用命です」
「マジか」
「そっちの家も厳しいねえ……」
その後は互いに警備の予定の話をする。移動は竜車で行う。久しぶりに地竜のドランが同行するらしい。移動のスケジュールとか、食料はどうするかといったことを話し合っている。
その最中、龍姫のメンバー達3人がこちらにやってきた。
「初めまして。あとカイとミツキは久しぶり。私が龍姫こと龍月ツバキよ。あなた達が護衛のメンバーかしら?」
「そうですよー、俺は志郎。このちっちゃいのがエステルで、羽根生えてるのがユートだ」
「何がちっちゃいって?」
「あっごめん手をつねるのはやめて」
「初めまして、ユートです! これからよろしくね!」
「見ての通りの愉快な連中さ。久しぶりだねツバキ」
「皆さん、よろしくね。ミツキも元気そうで何よりね。あ、カイにはまた私のマネージャーやってもらうから。こき使ってあげるから光栄に思いなさいよ? ふふ」
「あー、はいはい。お手柔らかに頼むよ」
ナチュラルにこき使うとか言い出したぞこの人。しかしマネージャーか……カイは色々大変そうだが、"また"ってあたり以前も同じようなことをしていたようだ。
「へえ、その子達が護衛のメンバーね……腕の方は知らないけど、面白そうなメンバーでいいんじゃない?」
「……」
残りの2人は……長い黒髪の和服美人と、頭に猫……いや、イタチ?の耳が生えた黒髪の少年だ。
「私は氷月カエデ。三味線担当よ。そこのぼーっとしてるのがクレセントことクレスで、太鼓担当ね」
「……よろしくー」
カエデさんは如何にもお姉さんって感じで、クレスの方は何となく親近感を感じなくもない雰囲気だ。
「それじゃ、そろそろ公演の時間だから移動しましょ」
「ああ……もう護衛任務は始まっているから、各人気を抜かないようにな」
「「「はーい」」」
「何だか微笑ましいわねえ」
「……オレは少し心配になってきた」
「軽いノリだが、やれる連中だから安心しなクレス」
エステルは早速索敵魔術を使っている。俺たちが星の国で買ったお守りと同じく、悪意に対して反応する類の結界魔術だそうだ。彼女が今使ってるのは、同じように木の板に書かれてはいるが、魔力を常時供給する必要がある分、お守りよりもずっと索敵範囲が広くなっているものだ。
しかし、このお守りは何故"アレ"に反応しなかったのか……?
(いや、やめておこう)
思い出しかかった記憶を振り払う。アストラルにも言われたが、あの存在の事はできるだけ考えない方がいい。
公演用の舞台は組み立て式で、毎回パーツごとにバラしながら運んでいっているらしい。大きい舞台ではないがそれなりに重量があり、パーツ運びは主に俺達の役割だった。道行く人々へ、道を開けるように声を飛ばしつつ、町の広場へと向かう。
広場の中央で舞台を組み立てる。釘を使わないで木のパーツをパズルのように合わせて組む、強度と分解しやすさが両立した構造となっていた。そして各パーツの隠れた部分には、魔術障壁を発生させるための魔法陣や、音を増幅させるための魔法陣が刻まれているらしい。
俺たちは町の警備兵の人達と共に、民衆に紛れ込むようにして警備体勢に入った。ちなみにユートは目立たないように羽根を引っ込ませている。先日出会ったシェーラさんを初めとして何名か顔見知りを見かけたが、軽く会釈するに留める。
舞台の上で、ツバキさんが楽器を携えたカエデさんとクレスをバックに立ち、広間に集まった人々に呼びかける。
「皆様、この度はお集まりいただきありがとうございます」
凛とした、かつ透き通った声が広場に広がる。周囲の人々から歓声が上がる……ファンの人達は思った以上に多いようだ。
「まずは、この公演の機会を与えてくださった町の皆様方に感謝を。皆様が私の歌で少しでも元気になってくだされば幸いです―――」
ツバキさんが喋っている間にも、それとなく周囲に気を配る。幸いにして悪意を持った人影はないし、不用意に仕切りを乗り越えて舞台を覆う魔力障壁に触ろうとする人も居ない。
「―――では、この龍月ツバキ、魂を込めて歌わせていただきます!」
ツバキさんの前口上が終わると同時に、カエデさんとクレスが楽器を演奏し始める。そしてツバキさんが演奏に合わせ、扇子を振るい、舞い踊りながら歌い始めた。音量増幅の魔法陣の効果か、離れていてもしっかりと聞き取れそうな音量だ。
和風だが、非常にスピード感のある曲だ。というかクレスのスティック捌きが凄い。リズムに合わせて首を動かしてしまいそうだ。
そして曲の盛り上がりと共に、ツバキさんの舞に合わせて朱色に光る魔力の波が広がり、周囲を舞う。民衆は一瞬ざわついたが、それが害のあるものではない事がわかると落ち着いた。やがて、歌と舞に合わせて光の粒子が舞う、その幻想的な光景に見惚れていく。中にはリズムに合わせて手を振る人達もいる。
普通に聞いてても気分が盛り上がそうなくらい良い歌だが、この光が体に触れるとほんのりと体が温まり、疲労が回復していく気がする。単なる視覚演出ではなく、確かに何らかの効果をもたらしているようだ。
途中でユートを見かけたが、目を輝かせつつ周囲に気を払うという器用な事をやっていた。いや何というかキョロキョロしてるだけだが。何かウズウズしている感じなのは気のせいだろうか。エステルの方は何やら興味深そうにステージを見ていた。
やがて演奏が終わり、ツバキさん達が一礼をすると、割れんばかりの歓声と拍手が鳴り響いた。
■Tips
・歌魔法、舞魔法
歌や舞を媒介にした魔法。かなりレアなスキル。ツバキは両方持っている。




