#17 町での日常
朝起きると、ユートとエステルが両腕を抱きしめるようにくっついていた。温かい。あとユートの方の感触がちょっと……うん。
どうしてこうなったんだっけ……と記憶を振り返るが、あまり覚えてない。
とりあえず起こすのもなんだしな……外もまだ暗いし、このまま二度寝でも決め込もうかと目を再び閉じようとする。エステルと目が合った。いつものジト目が嘘のように目をパッチリと開けている。あ、顔が赤くなって……腕を凄い力でつねられた。痛いって。
「わたしは何言われたか覚えてるからなこのやろー」
と小声で言われた。ごめん詳細は覚えてない。でもなんか誤解されるような事を言ったのは覚えている。小さく頷く。
眠たいのでそのまま目を閉じると、エステルの方からため息が聞こえた。頬を軽く摘まれる。
「あと、こういうのはこれっきりだからね……バカ」
そう言うとエステルは再び腕を絡ませてきた。それにしても小さいなエステルは……
◆
志郎の腕にもう一度自分の腕を絡ませる。忌々しいことに、どうしようもなく温かい。わたしはこんなに温もりに弱かったろうか。……その意味がどうであれ、異性から名指しで好きだなんて言われたのは初めてだった。思い返すと胸が高まってしまう。落ち着けわたし。
それにしても異性2人に添い寝されているというのに、何だかムカついてくるくらい冷静だなこいつ。……と思いつつ頬を摘む。起きてこない。よくもまあここまでぐっすりと眠れるものだ。
(安心しきったような表情しちゃってまあ)
志郎を挟んで向こう側に居るユートも似たような表情だ。結局わたしら3人とも温もりに飢えていたのかもしれない。こいつめ、顔に落書きの一つでもしてくれようか……まったく。
(これっきりだ、これっきり……)
と自分に言い訳をし、再び目を閉じる。……結局、その後は眠れなかったんだけど。ファッキンシット!
◆
再び目を覚ましたときは、ベッドには2人とも居なくなっていた。部屋を見るとユートが部屋の隅に縮こまっていて、エステルがそれを引っ張っていた。ユートの表情は見えない。羽根で前面がきっちりガードされている。
「おーい、ユート?」
「あ、志郎手伝ってよー。こいつさっきからこんな調子で動かないんだよー」
ユートの肩に手をポンと置くと、飛び上がらんばかりに反応して、ゆっくり羽根を開いてこちらを見てきた。その顔は真っ赤で、ちょっと涙目になっている。
「ぴ、」
「ぴ?」
「ぴええぇぇ~!」
形容に困る叫び声を上げると、再び羽根を閉じて引っ込んでしまった。
「どうしようか」
「あー、志郎に丸投げしていい?」
「まあいいけど」
「そろそろ朝ごはんの時間だし、強硬手段取ってもいいよ」
強硬手段ねえ。……身体強化を全開にしてユートをひょいと持ち上げる。
「ひゃあっ!?」
所謂お姫様抱っこの体勢にしてベッドに運び、膝の上に乗せてやって座り込む。
「え、あ、ああの志郎兄ぃ……?」
「どうしたんだ一体」
「だ、だって、あのっ、昨日変なことばっかり言っちゃって、その……ごめんなさいっ!」
ユートは顔を真っ赤にしてギュッと目を瞑っている。
「大丈夫、細かいとこ覚えてないから」
「え、えー……」
大雑把には覚えてるけどな。誘惑だのなんだの……。色々とやらかしてたからミツキさん達には後で謝っておかないと。
「よしよし、大丈夫だから」
「ぴぅ……」
頭を撫でてやると、ユートは一瞬身体を震わせたが、やがて目を閉じてされるがままになった。何だか猫みたいな感じがしないでもない。生えてるのは羽根だけど。
「お熱いこって……」
エステルが呆れた目でジトーと見てくる。そういえばやたらと触れ合っている気がする……と自覚した瞬間に胸がドキドキしてきた。昨晩からすっかり忘れていた感覚だ。
「志郎兄ぃ、何だかお胸が凄いドキドキ言ってるよ……大丈夫?」
「あー、まあうん。心配する程じゃないよ」
「いつも顔に出さないあたり見栄張ってるのかねーこの人は」
わざわざ人の気持ちを代弁しなくていいからねエステルさん。ドギマギしながらもユートを下ろし、部屋を出た。
3人で下の階に降りると、アルテナさんが朝食を作ってくれていた。
「あら、おはよう。体調はどう? 頭痛くなってたりしない?」
「あー、おはようございます。大丈夫です、何とか」
不思議と頭痛はしていないが、まだどこか意識がぼやっとしている感じだ。酒がまだ残ってるのかな……。今度からは程々にしないと。
今日はカイ達とアストラルは出かけていて、カイ達は数日は戻らないらしい。
「胃に優しい料理にしてあるから、ゆっくり食べてね」
そう言ってアルテナさんが差し出してきたのは、お粥と青菜のおひたしだった。お粥には卵と解した魚の身が入っている。出汁も効いてて美味しい。
一息ついて部屋に戻る。普段ユートとエステルが部屋で何をしているのかは知らないが、エステルの部屋からはたまにイーヒヒヒとか邪悪な声が聞こえてくる。魔女かあいつは。いや魔女みたいなもんだった。
さて、昨日の今日でまた依頼を受けに行くのも何だし、今日は……いつも通りに勉強と鍛錬でもしようか。
アルテナさんにこの世界の言語の読み書きと魔術を教えてもらう。前者はそこそこできるようにはなってきたが、一月ではまだまだと言った調子だ。魔術の方はとにかく見せてもらったものをラーニングする感じになる。水を出す"魔術:ウォーター"など、俺ではどうやっても再現できない魔術はあるが、知識としては入れておく。
昼食を食べた後は肉体鍛錬の時間だ。まず身体全体を柔らかく解すようにストレッチをする。準備運動は大事。
家の庭で武器の型の反復練習を行う。実際に使うかはわからないが、もしも短刀とは別の武器を使う機会があった時のために、模造刀や木の棒などを様々な型で使う。俺は"魔剣"が使えるから、単純に武器を扱うのとは少し違った型となる……つまり、魔剣を形成して実際の武器のリーチよりも更に遠くを切り裂くのに特化した型だ。
しかし、本来空振りするような距離を前提にした訓練だけでは、どうしても歪な部分が出てくるので、武器のリーチ通りに扱う練習もする。魔剣は構成する魔力の濃度に比例して威力が上がる。より薄く短く形成できればその分様々な物体が斬り裂ける……逆に言えば、対中遠距離の魔剣で斬れない場合は、武器と同じくらいのサイズにまで収束した魔剣を使う必要が出てくるのだ。
一通りの型を数時間かけて終える。身体強化は常に全開にしているから、肉体的な体力はまだまだ有り余っている。
軽くジョギングをしながら町の外へ向かう。たまに道すがら買い食いをしたりする。
次は、身体強化を前提にした速度での長距離走だ。旅をすることを想定した重さの荷物を持ちながら、星の平原を周るような走り込みを、休憩を挟みながら夕方まで行う。かなり速度を出すので、最初は衛兵さんや他の冒険者にはギョッとした目をされていた。そのうち慣れたのか、顔を見知った人は軽く会釈するくらいになってきた。
道中には段差や障害物もそれなりにあるが、そういうところをスムーズに進むのも鍛錬のうちだ。単なるマラソンと言うよりはパルクールに近くなっている。
町からやや遠くまでを周るので、モンスターとの不意の遭遇が多い。しかし大抵のモンスターは普通に振り切れる上に魔剣で簡単に倒せてしまうため、基本的にはスルーしている。今日も全力疾走中の暴れニワトリを追い越した。辻斬り行為はあまりしない。
他の冒険者が戦っているところに出くわすこともあるが、やはり基本的にはスルーしている……こちらに気を取らせるのも悪いから、速度はやや落として距離を取るが。あと苦戦している時は助けたりもするし、冒険者が動けなくなっている場合は衛兵さんに引き渡して治療所まで運んでいってもらっている。おかげで新人冒険者には平原のスピード狂みたいな扱いでそこそこ顔を覚えられてしまった。似たような特訓をする者まで出ているらしい。
ちなみに午後の長距離走にはエステルやユートも参加している。彼女らは身体強化込みでもまだそこまで早くは走れないので、町の近くを壁に沿って往復している。
夕方になったら家に戻り、夕食を取る。その後は家の庭でまた武器の型の鍛錬をしたり、模擬戦を行う。
模擬戦と言っても、家を巻き込んだりするわけにはいかないので、全力には程遠いチャンバラごっこみたいなものだ。身体強化はなるべく抑えて戦う。身体強化無しでは細やかな技術が決め手となるので、技の競い合いになる。
エステルも最近は短剣の扱い方がそれなりに様になってきたし、ユートも打撃武器としての短杖の使い方と……模造刀の扱いも意外と慣れてきていた。魔剣の形成は苦手なようで、リーチの長い剣を使いたいらしい。斬って唱えられる魔法剣士になりたいと言っていた……俺のイメージとしては、どちらかといえばパラディンとかその辺りか。
そうして1日の鍛錬を終え、風呂で汗を洗い流す。癒やしの時間だ。その後は居間でユート達と雑談したりしながら時を過ごし、適当な時間で就寝する。
冒険者ギルドから冒険者ランク昇格の届けが来たのは、ギルドの依頼をこなしつつも、そんな日常を何度か繰り返した後だった。
■Tips
・平原の黒い流星
星の平原を凄い勢いで走り回っている人物に付けられたあだ名というか称号。ほとんどモンスター退治もしないでただ走っているため訝しまれているが、たまに人助けをしていくため、新人冒険者には割と感謝されている。




