#14 星の平原・巨大スライム退治
町を出て一日目の夜。目的地の沼地が遠目に見えるくらいの位置で野営をすることにした。
昼間に倒した暴れニワトリを解体し、部位別に丸焼きにしてパンと一緒に食べる。
暴れニワトリの羽根は皮ごと丸々剥ぎ取って血糊を洗い、荷袋に入れておく。近くに川がなかったので、水は"魔術:ウォーター"で作り出した人工水だ。3人で食べきれない肉と内臓は洗ってから埋めた。骨は一応取ってある。
夜更けに薪を囲みながら一息つく。ユートが布に描いた結界の魔法陣、"魔術:サンクチュアリ"で一帯を囲ってあるため周囲からは遮断されているが、一応交代制で見張りをしている。俺は魔法陣に魔力を供給する役目をするため、その上で待機・就寝するようにしている……本来は魔石を置いておくらしい。
夜の"星の平原"の光景は幻想的だ。草むらや木の葉が淡く光っており、地面がむき出しになっているところ以外は遠くまで見渡せるし、草や木の葉が風に揺れると青い波のようなグラデーションを描く。上を向けば星空が広がり、数多くの星の光が見える。なんとなく地球から見える星座を探してみたが、不思議なことに幾つかは見つけられたりした。偶々同じような配置になっているだけなのだろうか?
「志郎兄ぃ」
ユートがもそもそと寝袋に入ったまま話しかけてきた。寝れないのだろうか。
「なんだー?」
「えへへ、ちょっと緊張しちゃって……ほらボク達、アストラルさん達が居ない時にこうやって夜を過ごすのは初めてじゃない?」
「ああ……」
考えてみるとそうだ。見張りもアストラル達のおかげでほぼ必要なかった。ちなみにあの時とは違い、携帯食も安物になっている。なので昼に新鮮な食材を調達できたことは割とありがたかった。
「そうだな……でも明日は早いから、ちゃんと寝なきゃダメだぞ」
「うん……志郎兄ぃの近くで寝てもいいかな」
「……まあ別にいいよー」
「ありがとう……ふふっ」
そう言うとユートは寝袋から出て、近くにやってくる。そのまま寝袋を敷いて、俺の膝にコテンと頭を乗せてきた。
「こら、動けなくなっちゃうだろ」
「ダメ?」
「いいけど、何かあったら叩き起こすからな」
「……痛くしないでね?」
「どうかなー、ユートはねぼすけさんだし」
「むー」
最近のユートは人の温もりに味をしめたのか、よくひっついてくる。俺としてはドキドキしっぱなしなのでできれば止めてほしいのだが、ユートが嬉しそうにしてるので断ることもあまりできていない。
そんなユートの頭を撫でていると、結局数分も経つ頃には寝息を立てていた。まったくもう。膝が温かい。
早朝、ユートの頬を軽く引っ張って起こしてやる。なかなかよく伸びる。抗議の声を上げていたが、適当に相槌を打ってスルーした。
エステルは自力で起きてきた。眠そうな顔をしていたが、自分で魔術の水を出して顔洗いをするといつも通りの表情になった。
準備を整えて、沼地へと出発する。
「……しかしまあ、予想はしてたけどなかなか……」
「これはちょっと手間取るかな……」
沼地には、直径が人間の背丈ほどもある巨大ぷるぷるスライムがそこかしこにうろついていた。目に見える分でもかなり多めだが、沼の中にはもっといるだろう。さて、どうしたものか……。
「よし、志郎の魔力で陸に釣り出すか。できれば少数ずつ」
「んでゼリーとコア回収してまた次のを釣り出す……の繰り返しか。他のモンスターが寄ってこないようにやってみるよ」
「志郎兄ぃ、エステルちゃん、頑張って! ……"魔術:ヒロイックフォース"!」
ユートの支援魔術により、俺たちの身体が更に強化される。
魔力を指から糸のように伸ばし、5匹の巨大ぷるぷるスライムに差し込むように操作すると、その5匹がこちらに一斉にやってくる。
「"魔法:黄昏の一番星"!」
エステルの杖の先端から光線が撃ち出され、並んだ2匹の巨大スライムを貫通する。コアも回収対象のため、避けて攻撃しているが、コアが残っていると表皮から自己再生していくため手早く全滅させなければならない。
俺は前に飛び出し、魔剣を短時間形成してリーチの長い斬撃を振るう。青白い軌跡が描かれ、周囲の雑草と一緒に巨大スライム2匹が両断される。
ユートの支援魔術のおかげでいつもよりも体が軽い。残る1匹に突撃し、短刀で表皮を貫き、もう片手を突っ込んで掌から魔力の爆発を引き起こし、一気に大穴を開ける。そのままコアを掴んで、スライムの中身から引きちぎるように回収した。スライムのコアは硬めのゴムボールのような感触だ。
残りの4匹も再生しないうちにコアを回収し、コア用の袋に放り込む。残ったスライムの身体はもう動くこともなくなり、こちらもスライムゼリー用の袋へと回収した。
「よし、この繰り返しでなんとかなりそうかな」
「沼の中にどれだけ潜んでるかわからないな……ヤバそうだったらちょっと志郎から魔力貰うかも」
「りょーかい。さて、次だ次」
この調子で、陸の目に見える範囲に居た数十匹の巨大ぷるぷるスライムを、数時間かけて退治した。
問題は沼の中だが……こればっかりはやってみないとわからない。
昼時にはまだ少し早いが、念のために軽食と休憩を挟む。多めに買っておいたスライムゼリー用の袋は、もう三分の一ほどが満杯になっている。
「思ってたよりだいぶ規模が大きいな……沼ん中にいるのは、地上に出てきてるスライムよりももっと大きくなってるかもしれないから、気をつけよう」
「うん!」
「了解」
休憩を終え、魔力の糸を沼の中に差し入れる。
「……!」
しばらくすると水面が盛り上がり、地上に居たスライムよりも更に巨大なスライムが這い出てきた……! 直径がこれまでの2倍ほども大きく、その巨体は圧巻だ。腕を差し入れてもまるでコアまで届かないだろう。転がるように突進してくるそれに、ユートが防御魔術を展開する。
「"魔術:プロテクトウォール"!」
超巨大スライムが展開された障壁に激突し、勢いを止める。その隙に、エステルが攻撃魔法を使用する。
「"魔法:絶望の楔"!」
闇色の魔力の槍が地面から次々と突き出し、超巨大スライムを刺し貫いていく。超巨大スライムの表皮が破れ、動けなくなる。その隙を突いて魔剣を振るい、両断しようとするが……完全には断ち切れなかった。再生速度が早く、魔法で貫かれた表皮がもう繋がりかけている。
「ちと面倒だな……志郎、魔力貰うよ! "魔法:魔吸唱"」
「了解!」
後方に下がり、エステルに向けて魔力を流し込む。自身のものと合わせて膨大な量となった魔力を、エステルは杖の先端に集中させる。
「"魔法:バベルタワー"!」
エステルの杖から魔力が放たれ、超巨大スライムの上空で渦を巻く。次の瞬間、轟音と共に閃光が超巨大スライムを貫いた。雷を落とす強力な魔法だ。超巨大スライムの表皮がほぼ全て弾け飛び、その中身も多くが蒸発している。
即座に近寄り、魔剣で刻んでから、コアの周囲のゼリーを毟り取っていく。一抱えほどもある大きなコアを引きずり出すと、もう再生することも無くなった。
「ふう、予想よりデカイのが釣れたな……」
「だね。夕暮れまで戦うことになるかもだ。魔力、温存したほうがいいかも」
「いざとなったらボクが守るからね!」
「うん、万一の時は頼むよ」
こうして、他の沼の中に潜んでいた超巨大スライムも、1匹ずつ釣りだして退治していく。幸いにもそこまで強力な個体はおらず、問題なく倒していけた。
一番大きな沼を残して、あらかた超巨大スライムを倒した頃には夕方になっていた。魔力も少し消耗している気がする。
「とりあえず、これでラストかな……」
「今までで一番の大物が来るかもね」
「強化魔術、かけなおしておくね……"魔術:ヒロイックフォース"」
沼の中に魔力の糸を流し込む……来た! 超巨大スライムが1……2……3体!
「志郎、魔力! "魔法:魔吸唱"」
「ユート、エステルに防御魔術! あと1体の足止め頼む!」
「うん! "魔術:プロテクション"!」
ユートの魔術によりエステルの周囲に障壁が張られる。そして、ユートは即座に次の魔術を唱える。
「"魔術:ウォールプリズン"!」
ユートの魔術が生み出した光の檻の中に、超巨大スライムの1体を閉じ込める。効果はそう長くは続かないが、その間にもう2体を撃破する魂胆だ。
俺は残る2匹の超巨大スライムに突撃し、引き付ける。超巨大スライム達が身体を転がして突進してくる。 こちらに届く前に魔剣で2匹まとめて切り裂き、横に回避する。超巨大スライム達は勢いを失い互いにぶつかりあう。表皮を素早く再生していく様子が見えるが、再生しきる前に仕留める……!
1匹の表皮を切り裂いて腕を深く挿し込み、掌から魔力の爆発を起こす。パアンと弾けるような音と共に、表皮の傷が広がり、超巨大スライムの中身が周囲に飛び散った。飛び退くと、もう片方の超巨大スライムにエステルが魔法を放つ。
「"魔法:朱の明星"!」
先程放った"黄昏の一番星"のそれよりも強力な熱線が放たれる。コアの近くを貫いた熱線によって、超巨大スライムの中身が蒸発し大きく削りとられる。
身体を大きく損壊した2体に、エステルが更に熱線による追い打ちをかける。最後には俺の魔剣で2匹まとめてみじん切りにし、コアを回収した。閉じ込めていた最後の1体も、特に問題なく処理できた。
戦闘が終わる頃には日が暮れそうになっていた。急いでスライムゼリーを回収し、袋に詰め込んで荷車に乗せる。スライムゼリー用の袋は全てパンパンになり、超巨大スライムのコアも全ては入り切らず、幾つかは荷袋の上に直接積む形で持っていくことになった。
昨日野営した地点で再び夜を過ごす。明日の夕方には町に帰還し、ギルドに報告をする予定だ。荷車が満杯だから移動には時間をかける必要があるだろう。
とりあえず、スライムゼリーでベトベトになった服を、エステルが出してくれた魔術の水で洗っていく。魔力を通すと硬化する服はこんなところで意外と便利だ。雑巾でこすれば傷もつかず、大抵の汚れは落ちてくれるし、早く乾く。手が届かない所はユートがやってくれた。
流石に。自分で戦いながらエステルにも魔力を補給するとなると中々の重労働だった。今日は俺は一晩休んで魔力を回復させる予定だ……結界の魔法陣には魔力を供給する必要があるが、回復速度はそれを上回るから問題ない。
「いやー大漁だったな」
「あそこまで発生してるのは予想外だったよ……まあ、相手の詳細が書かれていない依頼なんてこんなもんだけど」
エステル曰く、この手の"予想外"はよくあることだという。1日分余裕を持たせたのもそのためだ。
「流石に疲れたよわたしも」
「3人揃ってなかったら結構厳しかったかもな……」
「ボク、上手くやれたかな……?」
「うん、ユートが居なかったらもっと手こずってたか、最悪撤退してたと思う」
「えへへ……」
ユートがふにゃっとした笑顔を見せる。この笑顔は、少なくとも俺に対しては癒やし効果がある。可愛い。頬を緩めているとエステルが目ざとくジト目で睨んでくる。何もしないってば。
「じゃあ、見張りよろしく……おやすみ」
「はいはい、おやすみ志郎」
「おやすみなさい、志郎兄ぃ」
思ったより疲れていたのか、寝袋に包まってからすぐに意識が薄くなっていった。
……余談だが翌朝、ユートに頬を突かれて起こされた。昨日の仕返しのつもりかこんにゃろー。でもニコニコしたユートの顔が間近で見れるのは悪くなかった。
■Tips
・星の平原警備隊
星の平原を馬に乗って見回っている兵士たち。重症を負って動けない冒険者の回収もしていたりする。基本的に、積極的に襲ってくるモンスター以外には手を出さないが、実は並の冒険者よりもよっぽど強い。




