#13 冒険者デビュー
今の家で暮らすようになってから一月ほどが過ぎた。
家事をする時や言語や魔術を習う以外の時間は、とにかく体力面と技術面を鍛える事に集中していた。特にユートやエステルは基礎から鍛えた方がいいということで、毎日のように街のすぐ近くの草原で走り込みをしている。俺も身体強化を抑えて走っている。加えてアストラルやカイを相手に武器の扱いや戦法など技術面の指導を受けていた。
俺の場合は主に徒手空拳と短刀での基礎的な戦い方だ。魔剣生成などの練習も同時にやっている。最近はそれこそ刀と同じくらいの長さまで魔力を収束させる事ができていて、刀とかのリーチの長い武器を使う代わりに魔剣を使った方がいいんじゃないかって話をされている。それでも模擬刀を使った素振りは鍛錬も兼ねてやっている。
エステルは杖以外にサブウェポンとして短剣を使うことにしたようだ。魔剣を使えるエステルなら、杖を使いづらい状況でも充分な武器になるということを想定してのことだ。身体を鍛え始めたからか、かなり痩せた体型だったのが少しはマシになった気がする。
大魔法の訓練については、アストラルに安全なところに連れて行ってもらっている。町からは見えない程度の距離にある無人島だ。既にアストラルが荒らしていたのか、ぺんぺん草も生えていないような状態だった。
そして大魔法の内容については……うん、確かに災害級と言うに相応しい内容だった。竜巻と一緒に雹やら雷やらが吹き荒れていたり、マグマの塊が現れて大爆発したりした特はちょっと死を覚悟した。エステルが上手く調整してくれたのか、巻き込まれはしなかったが。
ユートは意外なことに剣と盾を使いたがっていたが、剣は魔術を行使するのに向いていないということで短杖を選択した。でも暇を見つけては俺の模造刀を借りて素振りをしている。一応剣道はやったことがあるから簡単な型を教えはしたし、カイ達からも何やら習っているようだ。運動しやすくするため、最近は髪をまとめてポニーテールにしていることが多い。
町の人達、特に食べ物に関する市場の人達とはそれなりに顔馴染みになった。ユートはその天真爛漫さから、おまけしてもらっていることも多いようだ。エステルは子供扱いすんなファック!などと言いつつも程々におまけしてもらっている。アルテナさんも美人なのとおっとりとした物腰が受けているらしい。俺の場合はたまーにおまけされるくらいだ。なんか男女格差があるような気がしなくもないが、まあいいだろう。
そんな俺たちの生活に転機が訪れたのは、ある日、俺がいつもの鍛錬を終えて家に戻ってきた時だった。
「えへへへー、エステルちゃんぎゅーっ!」
「ぐえー 志郎さんやへるぷみー」
「何やってんの。いやほんと」
エステルがユートに後ろからハグされていた。恐らく全力で。ユートがブンブン羽ばたいていておっかない。それをカイたちが苦笑しながら眺めている。
「あ、志郎兄ぃもぎゅーっ!」
こちらに気付いたユートがエステルを解放し、全速力で突進してくる。ちょっと怖い。何とか受け止めて、勢いのままにクルクルと回転する。
抱きついてきたユートは、そのまま俺の胸に顔を埋めてスリスリしている。一体何がどうなってこうなった。
「えへへー」
「どうしたんだ一体」
「あのね、そろそろボク達も冒険者ギルドの依頼受けていいって!」
「おおー」
ついにか。
そう、俺とユートはサンライズの冒険者ギルドで冒険者証を正式発行してもらったのだが、まだギルドの依頼を受けることはカイ達に止められていた。まずは基礎を叩き込んでから、という方針のようだ。やや過保護な気がしなくもないが、安全策を取れるならそうした方がいいと思い従っていた。
「ちと長くなっちまったが、そろそろ良いだろう。と言うわけで明日からギルドの依頼を自由に受けていくように」
「はい!」
「わたしもようやく活動再開だ……こんなに時間かけるとは思ってなかったよ」
とうとう明日から冒険に出かける日々が始まるのだと思うとワクワクする。最初は簡単な依頼から始める予定だが、割とドキドキしている。社会人一年目の人はこんな気持ちなのかもしれない。
そして翌日の朝、俺たちは冒険者ギルドで依頼の張り紙を見ていた。周囲には俺達と同じような雰囲気の、経験浅いであろう冒険者が割と多く居る。俺達の装備は新人にしてはちょっと豪華なので注目されている……かもしれない。
「あの人達、例のお屋敷の人達じゃない? いつも町の近くで訓練していた」
「へー、あいつらも冒険者なのか。結構いい防具使ってんなあ」
「あの羽根生えた子可愛いよなー」
ちらちらと噂話が聞こえてくる。ユートはやらんぞ。
「さて、わたしたちが受けるとなると……これかね」
そう言ってエステルは2つセットになっている張り紙を指差した。内容は、
『星の平原・西の沼地にて大量発生した巨大ぷるぷるスライムの討伐』と、
『スライムゼリーの採取、及びスライムコアの任意採取』だ。
期日は4日以内。報酬は出来高制で、スライムゼリーやコアの量で決まるようだ。コアは巨大ぷるぷるスライム1匹分につき銀貨1枚。
……ぷるぷるスライムといい、割と安直なネーミングのモンスターは多い。走るキノコとか暴れニワトリとか。
ぷるぷるスライムは強い酸を持たずぷるぷるとしたゼリー状の身体で、単独ではそれほど強くないが、大発生すると互いがくっつきあって巨大化するのが厄介だという話だ。下手をすると押し潰されてしまう。巨大化したのが更に大量発生となると、もっと巨大なのが生まれてもおかしくはないから、早期に討伐したいということなのだろう。
スライムゼリーはぷるぷるスライムなどのモンスターの身体を構成するゲル状の物質で、薬や美容品、更には食材にもなるという。スライムのコアは魔石代わりになったり、錬金術やらなんやらに使われるらしい。
「スライムゼリー用の大きな袋がいるな……10枚くらい買っておこうか。あと荷車も持ってこう」
「見た目よりも多く入る袋とかあったりしないのか?」
「あるにはあるけど高価だからね……採算取れるか微妙なとこだよ」
「そっかー。それじゃ仕方ないな」
「スライムって叩いてもあまり効果がないんだよね。ボクは2人を援護するのに集中する感じかな……」
「ユートはそうした方がいいね。一応攻撃魔術も使えてるみたいだけど、神聖魔術だとスライムにはそこまで効果無いし」
「うん、わかった!」
簡単な方針が決まったところで、張り紙を受付に持っていく。受付のお姉さんは割と美人さんで、この近辺の冒険者のアイドル的な存在であるらしい。
「はい、こちらの依頼の受注ですね。……エステル様は黒級ですが、志郎様とユート様は白級のようですね。この依頼で宜しいでしょうか」
「ランクが低いけど大丈夫かって話でしょ。二人の実力はわたしが保証しておくよ」
「……畏まりました。期限は4日後の夜までになります。遅延等があると報酬の減額、未達成の場合は罰金等もありますのでご注意ください」
「はい!」
「わかりました」
「お気をつけて、行ってらっしゃいませ!」
受付のお姉さんのスマイルを背に、冒険者ギルドを出る。
さっそく道具屋できめの細かく大きめな袋を購入し、調達した食料等と一緒に荷車に積み込んだ。この荷車は本来馬で引く必要があるサイズだが、それを引っ張って行くのは俺の役目だ。この面子の中では、身体強化込みでのスタミナが一番高いからだ。それに買い出しの時に鍛錬ついでにやっていたので慣れている……おかげで荷車引きの兄ちゃんなんて呼ばれたりするんだが。
「じゃ、行くか」
「うん!」
「おー」
目的地の西の沼地は1日かければ歩きでも行ける。軽くジョギングしていけば半日未満というところだ。近くで野営して次の日にスライム狩りをし、その日のうちにできるだけ町の近くまで戻り、その翌日の昼までには報告を完了させようという計画だ。1日は余裕を持たせておく。
門番の人に軽く会釈をして、町の外に出る。そこから見えるのは一面に広がる"星の平原"だ。
星の平原を3人で軽く走って進んでいく。最近では自分の魔力の漏れをほぼ抑えられているので、モンスターが引き寄せられるということもない。
星の国の草や樹の葉は青緑色のものが多く、普通の草原とはまたちょっと違った光景だ。魔力を含んだ草は魔法薬の原料になるが、モンスターの発生源になることも多く、そこらで暴れニワトリや一角ウサギと格闘している冒険者達が見える。馬に乗って見回りをしている兵士たちも度々見かけた。
そうこうしてると、実際にこちらに寄ってくるモンスターの気配を察知した。どうやら暴れニワトリだ。人間に近い体高を持つニワトリが凄い勢いで突進してくる。
「志郎、任せた」
「あいよー」
荷車から離れ身構える。暴れニワトリはこちらに近づくと、ジャンプし羽ばたきながら蹴りを繰り出そうとする。こちらに届く前に落ち着いて短刀を振るう。一瞬だけ魔剣を展開し、"伸びる"斬撃を繰り出すと、暴れニワトリの首が切断され宙を舞う。突進の勢いのまま跳んできた胴体をキャッチし、逆さに吊るすと首から勢いよく血が噴出した。そのまま少し放っておき、血抜きをする。
「今夜は鶏肉だね」
と、エステルがニヤッとして言う。援護する素振りさえ無かったのは信用されてるということだろうか。
一方でユートは少し腰が引けていた。調理の時は平気になったが、やはりスプラッタな光景は苦手なのだろう。
「ユートもそろそろ慣れないと。これくらいでビビってたら冒険者やってけないよ」
「う、うん」
「日持ちはしないから、夜に解体して余った分は埋めちゃおう」
「帰る頃には腐ってそうだからなー……冷蔵すれば別かもだけど」
「冷凍用の魔石や設備もなしじゃそう何日も維持できないからね……仕方ないよ」
「羽毛はどうするんだ?」
「取っておくなら、皮ごと剥いでおいて後でギルドに持ち込みかな。毟るのは下手に冒険者にやらせるよりは専門の業者にやらせたいみたいよ。あと売れそうなのは骨かな」
「うう、なんだか背筋がゾワゾワするよう……」
「ごめんごめん」
ユートは鳥の解体の話に嫌な感じがしたのか、羽根を引っ込めてしまっていた。俺たちは暴れニワトリを荷車に放り込み、移動を再開した。




