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#12 新生活の始まり

 朝食を取り、宿を出たところでカイ達と合流し、これから住まう家へと案内してもらった。

 家の前にはアストラルと……もう一人。長い黒髪に翠の目の、若い女性がいた。おっとりとした表情をしている。

 しかしなんだろう、そこはかとなく底知れなさを感じる……。エステルも同じような感じを覚えているのか、怪訝そうな表情を浮かべている。


「まずここの管理人兼お前達の読み書きやら魔術やらの先生をやってくれる人を紹介する」


 アストラルに紹介されて女性が一歩前に出る。


「アルテナと申します。よろしくお願いしますね?」


 その名前を聞いた瞬間、エステルが目の色を変えた。


「まさか"黒の賢者"アルテナ……!?」

「そう呼ばれたこともありましたね」

「知っているのかエステル」

「1000年生きてるとか星の国を裏から支えているとか言われてる大魔術師にして大研究者だよ。めっきり情報が入らなくなったから流石に死んだんじゃないかって噂だったけど」

「歳のことは余計ですよ、もう。最近はもうほぼ引退して、あちらこちらに移動しながらひっそりと暮らしているのですよ。本当はあまり騒がしくされるのは好きではないので……」


 つまりアストラルの同類か、うん。どうやら俺とエステルの感覚は間違っていなかったらしい。

 ユートはエステルの説明を聞いて目を輝かせ羽根をパタパタさせている。対して……


「うへー、金級二人ならまだしも白金級がもう二人かい。ここで何を始めるつもりなんだか……」


 エステルはげんなりとした顔になっていた。伝説級の人物が二人も揃っているわけで、気持ちはわからなくもない。


「私がやることは、本当に、単なる管理人さん兼家庭教師なのですけれどもね」

「信頼できる人材だけど暇してるとなると、俺の伝手にはなかなか居なくてね。皆忙しくしてるか、好きに動いてるかでな」


 アルテナさんとアストラルが苦笑している。"信頼できる人材"のランクが高すぎやしないだろうか。


 カイとミツキが前に出てきてアルテナさんに会釈する。


「お久しぶりです、アルテナさん」

「ミツキくんも元気そうでよかったわ。カイくんも」

「おかげさまでピンピンしてますよ」


 二人はアルテナさんと知り合いか。ミツキは心なしかいつもより破顔しているように見える。アルテナさんも朗らかな笑みを浮かべている。


「僕たちは短い間だけどアルテナさんに魔術や関連する戦法を教えてもらっていたんだ。これからは君たちの兄弟子ということになるのかな」

「アストラルに比べて大分優しいから安心しとけー」

「あ、言ったなお前ー」


 カイがアストラルにヘッドロックを決められている。もちろん本気ではなくじゃれ合いって感じだ。カイの顔はどことなくグロッキー気味に見えるが。確かにアストラルは体育会系の雰囲気がする。


「ここで長々と立ち話するのもなんですし、中に入りましょうか」


 アルテナさんに促され、俺たちは家の中に入った。




 家の外観は和洋折衷というか、レトロな雰囲気をしている。2階建て庭付きでそれなりの広さだ。内装はシンプルなものだが、居間や食堂は広めに作られている。風呂も男女別にあった。2階は個人部屋が多く並んでいる。なんというか作りを見ると宿屋に近い感じだ。本来はもっと大勢が住むのを想定して作られたのだろう。


「ほーほー、いい感じなんじゃないの」

「ふふ、ボクたちここに住むんだね……」


 エステルとユートも気に入ったようだ。特にエステルにとっては個室に本棚付きの個人机があるのはありがたいのだろう。部屋も一人で使う分には狭くなさそうだった。


「じゃあ、俺達はこれでな」

「カイ達はこれからどうするんだ?」

「僕達は引き続き君たちを手伝う事になってるよ。後輩の面倒を見るのも冒険者として大切なことだって言われてね」

「他の活動の合間合間になるけどな。つーわけで今後ともヨロシク」


 なるほど、予想はある程度は当たっていたらしい。俺にとってはありがたい。冒険者としての知識も殆ど無い状態だしな……。そしてユートもこれから冒険者として活動し始めるならサポートはあるに越したことはないだろう。


「俺も用事がなけりゃ見に来るよ」


 と、アストラル。彼は彼で忙しいのかもしれない。




 カイやアストラル達と別れ、居間で今後について話し合いをする。主に家事の分担についてだ。ここに居る間は、買い出しや調理は日替わりで交代して行うということで纏まった。掃除に関してはアルテナさんの生活魔術でパパっとやってしまうらしい。


「ボク、料理は初めてだけど……頑張るね!」

「俺もこっちで料理するのは初めてだな……調理器具の使い方とかは一応分かるから、レシピ通りやれば失敗はしないと思うけど」

「ユートちゃんと志郎くんにはまず私のお手伝いをしてもらうから、大丈夫よ」

「わたしは自分で調理することも多かったからまあ大丈夫だよ。教えるのめんどくさいからその辺アルテナに任せるけど」


 アルテナさんは料理好きだと言う。意外と家庭的な人だ。


「それじゃあ、今日は私が料理を作るわね。ユートちゃんと志郎くんは私のお手伝いをお願い」

「はーい!」

「わかりやしたー」


 昼食の内容は、海で取れた新鮮な魚を使ったムニエルと、その魚の骨やアラを出汁に使った炊きたてご飯とお吸い物になった。

 日の国と長く貿易を行っているので、米も多く市場に並んでいるらしい。元日本人としてはありがたい。それに作りやすかった。

 調味料は醤油の代わりに魚醤を使っているようなイメージだ……豆で作った味噌らしきものはあったが、同じく豆から作る醤油はないらしい。この近辺では、調理の際に取り除いた内蔵や余った身を魚醤の材料として使っているとのことだ。


 ユートは魚を解体する時にちょっと怯えた表情になっていたが、それ以外は概ね大丈夫だった。刃物の扱いは初めてと言っていたが、そこはアルテナさんが手取り足取り教えていた。




 その後、アルテナさんの部屋に3人とも呼び出された。なんだろう?


「エステルちゃんはもうやったかもしれないけど、魔術の指導方針を決めるために3人には魔術の適性検査を受けてもらうわ」

「適性検査?」


 つまりどの魔術が使えるか、とかの検査だろうか。アルテナさんは透明なガラス玉のようなものを取り出した。


「検査と言っても、この宝玉に触れてくれるだけでいいのだけれどね」

「わ、綺麗ー」

「懐かしいなこれ。わたしがやったのはもう何年前だか……」

「まずエステルちゃんに見本としてやってもらおうかしら。私も結果に興味が無くもないけれどね」

「今どうなってるか見てみてもいいか……どれどれ」


 エステルが宝玉に触れると、宝玉の色がみるみる変わっていく……。虹色の眩い光が形成されていき、だんだん中心点から暗くなっていく。最終的には、七色に眩く輝く光が宝玉の中を流れ、しかし中心に行くほど暗くなり、中心点はほぼ真っ黒という様子だった。


「え……」


 エステルの表情に動揺が走る。確かに中心の黒い光は不穏な感じがする。


「エステルちゃん……?」

「虹色は、"万能"を示す色。多くの魔術や魔法を扱えるという事を指しているわ。それこそ、その気になればあらゆる属性を扱いこなせるくらい。エステルちゃんは魔術や魔法の才能にとても恵まれているわね」


 それと、ごめんなさいねとアルテナさんはエステルに申し訳無さそうに謝った。


「この黒は"暗黒"の色であり、"虚無"の色であり―――そして、"憎しみ"の色でもある。今、あなたの心には、どこかぽっかりと穴が空いてしまっている。……知られたくなかったかもしれないけど」

「……あんた、この結果をわかっててやったんじゃないか」


 エステルが怒りの表情でアルテナさんに詰め寄る。俺達は何も言えなかった。


「まあ、この結果はある程度見えていたわ。あなたの目は、色々なものを憎んでいるけども何もかもは憎みきれない。そんな目だもの」

「……そうかも、ね……」


 エステルがここまではっきりと動揺しているのは初めて見る。そんなエステルを見つめながら、アルテナさんは言葉を続ける。


「大丈夫よエステルちゃん。あなたは、あなたの大切なものの為に力を振るえる子だわ。そうでなければ、ユートちゃんを助けはしなかったでしょう?」

「……まーね。私の根っこは憎しみじゃないって事はわかってる。……負け惜しみかもしれないけど」

「もしも自分を見失いそうになっても大丈夫。あなたには友達がいるでしょう?」


 そう言ってアルテナさんは俺達の方を見た。友達……か。これまでの思い出を振り返る。


「出会ってからまだ短いけど……俺はエステルのことは友達みたいに思ってるつもりだよ」

「ボクも、エステルちゃんがそばに居てくれると嬉しいな!」


 そう言うと、エステルは僅かに目を見開いて、苦笑した。


「友達……そうかな……まあ、そうかもね。そんなはっきりと言われるとこっ恥ずかしいけど」


 その答えに、ユートは顔をほころばせた。どうやらエステルも悪しからず思っていてくれてたようだ。少し嬉しい。


 アルテナさんがついと手を振ると、宝玉の色は無色透明に戻っていった。


「さて、次はユートちゃんね。大丈夫、意識して魔力を出さなくても自然と結果は出てくるから」

「はい! ……えいっ」


 ユートが掌をピトッとくっつける。

 宝玉は中心から太陽のように白く光り輝き、外側はユートの瞳と同じ紫色と、金色が混ざり合った、まるで黄昏時の空のように鮮やかな色となっていった。


「ユートちゃんは……これも予想してたけど、とても純真無垢で感情豊かな子ね。魔術適性としては神聖魔術と相性が良いわ。……こんなに鮮やかな色なのは珍しいわねー。他にも何か特別な魔法が使えるかもしれないわ」

「神聖魔術……ですか?」


 検査結果にユートは目をパチクリとさせている。いまいちよくわかっていないようだ。


「神聖魔術は主に治癒や守護を始めとした支援系の魔術が多いわね。変わったところでは相手の精神状態によって効果が変わるものもあるわ」

「つまり、傷を治したり誰かを守ったりできるってことなの?」

「そうね。一応攻撃魔術なんかもあったりするけれど」

「わあ、やったあ!」


 ユートは飛び跳ねんばかりに喜んでいる。何か理由でもあるのだろうか。


「嬉しそうだねユート」

「ボクね、誰かをちゃんと守ったり助けたりできるようになりたいんだ。……志郎兄ぃとエステルちゃんみたいに! だから、そういうのに向いた魔術が使えるって嬉しいんだ」


 ユートの冒険者としての目標を初めて聞いたかもしれない。しかし俺達のように、とは……少なくとも俺に関しては何だか過大評価されてやしないだろうか。エステルも何だか怪訝な目で見ている。


「……そう。そういうことなのね」

「?」

「何でもないわユートちゃん。……ふふ、志郎くんとエステルちゃんは責任重大かもしれないわね、これ」

「なんかプレッシャーかけるようなこと言うのやめてくんない」


 ……ユートの期待にはちゃんと応えろ、って事だろうか。よくわからない。


「じゃあ最後は志郎くんね」

「はい」


 宝玉に触れ、魔力を流す。

 その瞬間、宝玉が今までにないくらい激しく光り輝いた。その色は――突き抜けるような空色だった。


「うわっ眩し」

「わわっ、目がチカチカするぅ……」

「あら、ちょっと危ないわね。えい」


 アルテナさんが手を振ると、再び宝玉の色が戻っていく。


「アルテナさん、今の結果は?」

「……そうね。まず、今の光はそれだけ志郎くんの出している魔力が濃いということ……魔力の量だけ見れば物凄いってことになるわね」


 魔力量が凄い、ってのはアストラルから聞いていたけど、あらためて見た目でわかるようにされると実感できる気がする。


「そして、空色とは即ち"空白"に通ずる。あなたは"どれでもない"。既存の魔術を使うことはきっとできないわ。そのかわり、あなたの魔力はあなたの思うがままに応えてくれるでしょう」

「……つまり?」

「既存の魔術と同じ効果にするにせよ、独自の効果にするにせよ―――それには"想像"が必要だわ。あなた自身のね」


 魔力が自分のイメージ通りに動いてくれるということだろうか。逆に言えば、イメージできないことは発動できないと。


「うーん……とにかく何でもやってみるといいってことですかね」

「まあ、大雑把に言えばそうなるわね。ただ、結局単純なイメージほど効果が大きくなるかもしれないわ」


 複雑なイメージには集中力と繊細さが必要だから、とアルテナさんが苦笑する。俺も自分の性格が割と大雑把だと感じているから、まあうん。

 この世界のものにせよ、元の世界のものにせよ……今まで以上にイメージや発想を組み上げていく必要があるかもしれない。


 こうして魔術の適性検査の結果、アルテナさんの指導内容としては、エステルは今までのものにアルテナさんのアレンジを加えた形での修行を、ユートは神性魔術を中心に学び、俺は言語学習以外ではとにかく色々な魔術を紹介してもらうということになった。




 そして俺たちの新しい生活が始まる―――







 その日の夜、ユートはアルテナに大切なことがあると言われ、呼び出されていた。


「えっと……大切なことってなんですか?」

「あなたの魔力についてよ」


 アルテナは、ユートの魔力はサークレットによって大幅に抑えられていること、そしてサークレットを外そうとすると頭に激痛が走るのは、肉体のキャパシティを超えた魔力が発生する反動であるという事をユートに伝えた。


「そんな……それじゃあボクはあまり魔力を扱えないってことなんでしょうか」

「このままなら、ね。でも、肉体が反動を受けない程度までサークレットの魔力抑制を抑えることはできる。後は……とにかく魔力を扱うことに身体を慣れさせていくしかないわね。……サークレットをちょっと見せて頂戴」


 ユートが頭を下げてサークレットをアルテナに見せると、アルテナはサークレットに手をかざして何かを操作するよう指を動かした。


「ここをこうして……はい」


 その瞬間、ユートは自身の身体に魔力が流れ出したのを自覚した。意識が少し前よりもはっきりしているのを感じる。


「わわ、何だか変な感じ……身体の中に流れている"これ"を動かす感じなんですよね?」

「ええ、そうよ。……うん、いい感じね。これなら身体強化や魔術を行うにも困らないはずよ」

「やった……! ありがとうございます!」

「ふふ、いいのよ。後は少しずつ魔力の抑制を解除していきましょう。それを繰り返せばそのうちサークレットを外しても大丈夫になるはずよ」


 ユートは喜びのあまり目を輝かせ、羽根をパタパタと動かしている。アルテナはそんな様子を見て微笑んだ。







「……以上よ。これで良かったかしら」

「おう、文句なしだ。懸念事項ではあったが、俺が手を加えるとしくじるかもしれなかったからな……」

「さすが黒の賢者ってところ、かな。ユートのアレは気になってたし、一安心だ」

「いつもながらお見事です、アルテナさん」


 同じ日の夜更け、家のテラスにて。志郎達が寝静まった時間に、アルテナを含めた4人が集まっていた。アストラル、ミツキ、エステルである。ユートのサークレットの効果を知っていた面子だ。ミツキとアルテナはアストラルから伝えられ、エステルは奴隷狩りにサークレットが外されようとした時のユートの苦しみ方で勘付いていた。

 アルテナはアストラルやエステルからの説明で、ユートの持つ魔力の異常や、いつも身につけているサークレットがどのようなものまでをはっきりと理解していた。更に、直接見ることでその構造をも理解した。彼女自身が魔道具にも深く精通しているからでもある。


「人間は本来自分の魔力を無意識に抑えられるはずなのよ。でもあの子は、その無意識のリミッターが機能しなくなってしまっている。恐らくは元居た場所での投薬が原因……かしら。推測になるけれどね」

「アストラルはホスピタルって言ったね……連中、やっぱり"そういうこと"をやってるのかい」

「まだホスピタルの仕業とは決まってないがな……もちろん表向きにはやってないし、裏でもその手の話はほぼ聞かん。昔、徹底的に掃除してやったからな。最近になって過激派が入ったってのは聞いたことがないが……少し深く調べる必要があるかもしれん」


 アストラルは溜息を付いた。志郎達の手伝いばかりに集中している暇はなさそうだ。


「じゃあ俺はここで。折角だから久々に師弟水入らずで過ごしたらどうだ」

「うん? ……ああ、もしかしてそういうこと。じゃあごゆっくり。イヒヒ」

「もう、二人ったら」

「はは……お気遣いどうも」


 その後、テラスにはミツキとアルテナの姿だけが残され、しばらくその影が消えることはなかった。

これにて序章は終了となります。ストックが残り少ないので更新間隔が長くなるかもしれません。

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